あくまでもIFモノ。本編とは一切リンクしません。
番外 IF 編[1]ヒソカ・モロウの場合
「ヒソカ。これがうちの妹のミルキ」
相変わらず抑揚のない声でイルミが告げる。イルミの後ろに控えて腰を折ったのは、明らかにまだ10代の少女だった。少女の動きに合わせてさらりと短く黒髪が揺れる。憂いを帯びた瞳に、通った鼻筋、形の良い赤い唇をした美少女だ。
「へえ。流石イルミの妹。美形だネ」
軽薄に言葉を紡ぎつつ、少女を観察する。じいっと見詰めると、ミルキと呼ばれた少女は実に嫌そうにイルミの後ろに隠れた。仕立ての良い、アオザイ風の衣装の裾が揺れて視界から消える。
――ああ、残念。彼女はハズレだ。全然美味しそうじゃない。
この瞬間、ヒソカは少女の名前を言語野の奥へと放り込む。興味のない人間をいつまでも覚えているほど彼は酔狂じゃなかった。短い人生だ。他に気を払うべきことは沢山ある。――そう、例えば目の前にいるゾルディック産の男とか。彼も自分のおもちゃ箱の中身のひとつだ。イルミとはいつか闘ってみたい。
ただ、闘いにも旬というものがある。
こうしてビジネスライクな関係を築いているのは、単にその時が来ていないからだ。
ヒソカが「信頼出来る情報屋を紹介してほしい」とイルミに頼んだのは3日前。個人的に懇意にしている別の情報屋は、ヒソカの依頼に匙を投げた。つまりヒソカは今、仕事を代行してくれる人間を探しているのだ。
靴裏には上質な絨毯の感触。
ここはゾルディック家が経営するホテルのひとつで、主に利用者はセレブリティばかり。その中でもセキュリティーに定評のあるVIPルームが、今回イルミが指定してきた場所である。「ピエロの恰好とメイクも許さない」という一言も付け加えられていた。イルミがこういった指定をしてくるのは非常に珍しい。
だが蓋を開けてみれば、イルミが紹介する情報屋というのは彼の妹のことだった。妹を紹介するだけなのに、随分御大層に舞台を整えたものだ。
ゾルディック家が情報屋のひとりやふたり知らない訳がないと踏んで連絡をとったのだが……。ちらりともう一度少女に視線を遣る。
こんな
「うちの妹をそういう目で見ないでくれる? 穢れるから。情報屋を紹介して欲しいって泣きついて来たから、絶対に危害を加えない条件で会わせてあげたんだけど」
「やだなあ。ボクは至って紳士的だと思うケド?」
にんまりと笑うと、イルミは瞬きの極端に少ない目を僅かに細めた。くるりと後ろを振り返ると妹に話し掛ける。
「ね、気持ち悪いでしょ? ミルキが嫌なら止めとこうか?」
「兄さま……」
苦笑してイルミの妹は首を振る。表情の乏しいイルミと違い、妹の方は至って普通の人間の反応だ。ゾルディックはイルミしか知らなかったから、暗殺一家の面々は皆イルミのような鉄面皮だと思っていた。妹の反応を見る限り、どうやらそうでもないらしい。むしろ感情の起伏に乏しいのはイルミに限定した事象とも考えられる。
「私、やってみる。情報屋をする以上、顧客の選り好みなんてしてられないもの。慣れなきゃ」
「ヒソカに慣れる日なんて来ないから」
少女の方はこそこそとした小さな声だが、イルミの方は隠す気もないらしい。どっちにしろヒソカの耳は会話を全て拾っていた。……きょうだい揃って失礼なんだけど。ボクはイロモノか。
「あの、頑張りますので、宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げた少女を見て、次いでイルミを見る。無表情ながらイルミは不機嫌そうだ。
――へえ、面白い。
イルミの関心は後継者の弟にだけあると思っていたが、この認識は改める必要がありそうだ。とすれば、このツマラナイ少女にも利用価値はある。
「こちらこそ、ヨロシク。――じゃあさ、早速なんだけど今この人物を探してて……」
マフィアから受注した仕事で、取り逃がしたターゲットの写真と資料を渡す。イルミの妹はぱらぱらと資料に目を通すと、ボクに視線を遣った。
「ヒソカさん、これはお急ぎですよね?」
――どういう意味だろう。調べるのに時間が掛かるとでも言いたいのか。イルミには『優秀な情報屋を』と言ったのに。
「出来ないの?」
「いえ、少し時間を頂ければ今お調べします」
「時間、ねぇ。ボクも暇じゃないから2日も3日もここで待てないけど」
ボクの言葉に彼女はきょとんと目を丸くする。
「いえ……。15分ほど頂ければ」
「え?」
聞き返したボクの目の前で彼女がPCを開く。起動させると、恐ろしい程の速さでプログラムを複数立ち上げて、流れるようにキーを打つ。目まぐるしく画面は変わり、それは唐突に終了した。
「ヒソカさん。端末に送りますから、アドレスを入力して下さい」
「まさか、もう出来た?」
「え?――はい」
驚いた事に、僅か10分足らずの出来事だった。ヒソカの知っている情報屋もそれなりに優秀だ。だがそれでも無理だと言われた案件だ。それをこんな短時間で。
ボクはぱしりと瞬いて、一度は「どうでもいい」にカテゴライズした少女を改めて観察する。戦闘力はやはりない。これでよくゾルディックが名乗れるものだと呆れるレベルだ。
だが、どうやらこの少女は後方支援要員としてはかなり使える。それも飛び切り優秀だ。
――ああ、名前――なんだったっけ。そう、ミルキ。ミルキ・ゾルディックだ。
「ありがとう。これからもヨロシクね――ミルキ」
イルミがそれと分かる程、眉根を寄せたのを目の端で捉える。
ああ、愉快だ。
ボクは口角を上げて笑った。
実際には、絶対にミルキをヒソカに紹介なんてしません。