「…という訳だ、春華よ。私はアドル殿の下に行くことにした。お前は司馬家の邸宅にでも移って…な、何だ春華、その荷物は?」
「何を仰っているのです、旦那様。主様の下へ私も参上するのですから、そのために荷物を纏めたに決まっているではありませんか?」
「そういうことを聞いたのではなくてだな…何故お前までアドル殿の下へ行くのかを聞いているのだ。」
「旦那様が主様に仕えるのであるならば、当然妻の私も仕えるに決まっているではありませんか?それとも何かご不満でも…?」
仲達は自身の妻のことをすっかり失念していた。良く出来た妻である。人一倍賢い妻である。そして…行動力のある妻であった。
「し、しかし…今回は今までの隠居じみた生活とは違うのだ!恐らく…かなり危険な橋を渡ることに…。」
「あら、旦那様。私のことをそのようにご心配して下さるのですね。ですがご安心を。貴方の妻になると決めた日から覚悟は決めていますわ。」
「…もう私が何を言っても無駄だな。わかった、共に参ろう。」
……
…
~アドル サイド~
「司馬仲達だ。宜しく頼む。」
「妻の張春華です。夫共々宜しくお願い致しますね。」
私たちと仲達・春華は改めて挨拶を交わした。対談時に留守番であった星は初対面となったが、仲達とは相性が悪くないようで積極的に会話をしているようだった。…どちらも少々皮肉屋で人を食ったような性格をしているからなぁ…。春華は年長者ということもあって、冥琳と愛紗に慕われているようだ。さて真名を持つ者は交換をし、それなりに打ち解けたのは良いが新加入の二人の役割を明確にしなくては…仲達には寄って立つ地を得るまでは冥琳とともに軍務を見てもらいつつ、文官としても働いてもうおう。春華殿はどうするかな…と私が考えていると春華殿から提案があった。
「情報部?」
彼女は以前から自分の部下や商人などの一般市民を活用した独自の情報網を持っているとのことであった。その情報力を義勇軍のために活かしたい、そう打診してきたのだ。
「確かに…情報を制する者は戦いのみならず、あらゆる場面において優位に立てます。特に私たちのような規模の小さい組織にはより必要です。アドル様、私は春華殿にお任せしても良いと思います。」
「私からもお願い申す。私の妻は…私が言うのもなんだが非常に優秀な人材だ。きっとアドル殿の、いやこの義勇軍の役に立つであろう。」
私も以前から情報を司る人材については考えていたため、この提案はまさに渡りに船であった。しかし、私が悩んでいたのはそのことではなかった。それは私についてのことだ。彼女に情報部を任せるとなると…私の持っている通信機器なども有効活用してもらったほうが良さそうだ。となると、私の身の上話をしなくてはならない。最近仲間になってくれた星や愛紗にもまだそのことは話してなかったし、いい機会だ。ここにいる4人には冥琳に話したことと同じことを全て話すとしよう。
「…その前に4人に聞いて貰いたいことがある。」
アドルは4人に自分のことを話して聞かせた。優れた頭脳を持つ仲達も流石に驚きを隠せなかった。そして彼の住んでいた場所がいかに漢とは別世界であるかの証拠とも言える、ファイターやウィルなどは後日落ち着いてから実物を見せることとなった。
「し、信じられん。…私は全てを知っているなどと驕るつまりはないが、漢の中では知識や見識の深さで右に出るものはそうは居ないと思っていた。しかし…世界はこれ程広かったとはな…。フハハハハハァ!まだまだこの世は捨てたものではなかった。やはりアドル殿の元へ馳せ参じて正解だった。」
「旦那様ったら子供のようにはしゃいでしまって…。主様、その情報部で使えそうだという代物について後で更に詳しくお教え願いますか?」
「やはり私の目に狂いはありませんでした!ご主人様の器量や崇高な志にはそうした背景があったのですね!」
「はっはっはっは。あの戦いで私が感じたことは間違っていなかったようですな!より一層主と手合わせをしたいという思いが強くなりましたぞ!」
思っていた以上に肯定的な反応であった…というより皆順応性が高くないか?私が皆の立場なら彼らのように信じることが出来たか…。ふと横にいる冥琳をみると暖かい眼差しを私に向けていた。
「アドル様、私たちは皆貴方の人柄や志に惹かれ集まったのです。その貴方の言うことです。信じるに決まっているではありませんか。もっと自信を持ってください!」
冥琳の言葉は私の心にすとんと落ちた。ふっ、私としたことが少し臆病になっていたようだ。
「では私の件はここまでにしよう。数日後には朱儁殿に合流することになる…先日の情報では既に2万近くの黄巾賊が集まったとか。新たな仲間も加わったことだし、戦いの前に打ち合わせをしなくてはな…」
~アドル サイド終了~
◆
~豫州頴川郡~
豫州は生産力も人口も多く、中原においてまさに中枢とも言える地域であった。黄巾賊もその点を理解していたためこの頴川郡と汝南郡に多くの兵を集め、漢の都“洛陽”を脅かしている。何せ洛陽と頴川は100里しか離れていないのだ。ただ平地が多く平時には広大な耕作地として機能するという利点がある一方で、戦時には攻めやすく守りにくいという欠点も抱えていた。
右中郎将たる百戦錬磨の朱儁も当然そのことは把握していた。しかし、想定よりも黄巾賊の数は多くまた士気が高いことは計算外であった。連れてきた官軍が約1万5000人と黄巾賊よりも少ないこともあって攻めきれずにいた。
「むむむむむ!あと…あと一手というところまで来ているのは間違いないのじゃが…。離間の計のほうは上手くいっていないのか?」
「はっ!申し訳ございません。思った以上に波才という者が上手く立ち回っているようでして…芳しくありません。」
「…帝から仰せつかったこの任務、何としても果たさなくてはならぬ。何か名案がある者はいないかのう?」
幕僚たちからはやはり良い案は出なかった。まだ膠着状態が続きそうである。このままでは官軍か黄巾賊かのどちらの兵糧が早く尽きるかの戦いになるだろう。…とそこへ伝令がやってきた。
「失礼致します!アドルと周瑜と名乗る義勇軍の者が朱儁様にお目通り願いたいと申しておりますが…如何いたしましょう?」
朱儁は暫しその名前を反芻した。彼女は周異から以前に娘の周瑜とともに義勇軍がやってくるので上手く取り計らって欲しいと言われたことを思い出した。どれほどの質と規模の軍なのかは分からないがこの膠着状態を動かしてくれる存在かもしれないと考えここへ連れて来るように指示した。
……
…
~冥琳 サイド~
ついに私たちアドル軍は黄巾賊との戦いの場の最前線にやってきた。私は賊退治などの小規模の戦は何度か経験があるものの、これ程の規模の戦が初めてということもありかなり緊張していることを自覚していた。それに対して…横にいるアドル様は堂々としておられる!やはりジェダイという組織の中で指揮官として前線で戦ったという経験が活きているのでしょうか。
「周異殿の取り次ぎのおかげでここまで順調に来ているが、冥琳は朱儁殿のお会いしたことはあるのか?」
「私が幼少の頃に数回会ったことがあると父から聞いているのですが、私自身はほとんど記憶にございません…」
「なるほど…。まっ!周異殿の知人だ。あまり心配はいらないだろう。おっ?いらっしゃったかな?」
すると初老の武人が現れました。恐らくこの方がかつて女傑として名を馳せた朱儁様でしょう。
「お初にお目にかかります。私は約2000人の義勇軍のリーダーをしております、アドルと申します。此方は部下の周瑜です。」
「これはご丁寧に。わしは右中郎将で今回頴川郡の黄巾賊討伐を命じられた朱儁じゃ。そちらの若い女子が周瑜殿か。大きく美しくなったのう。お父上の周異殿はお元気かな?」
「はい。父は健康そのものでございます。この度も朱儁様との取り次ぎに尽力して貰いまして…改めてありがとうございます。」
「それは良かった。だが周瑜殿、そう固くなる必要はない。わしもそのように話されては肩が凝ってしまうわ。…それにしてもアドル殿も中々の好青年ではないか。周瑜殿のコレか?」
「!!!しゅ、朱儁様!!」
三公九卿と呼ばれる官職に就いているような方とは思えない接し方なのですね…と驚いていると朱儁様はとんでもないことを聞いてきた!わ、私がアドル様のコレ!?!?いやアドル様には何の不満もありません!寧ろ軍人として、人して、だ、男性としてもお慕い申しておりますが…はっ!私は何を考えているの!?そ、そうではなくて今は…アレ?私たちは一体何をしにここへ…
「あー朱儁殿。うちの周瑜をあまりからかわないで頂けるであろうか?」
「わははは!まさかこうも慌てふためく反応が見れるとは思わなんだ。この辺で周瑜殿を弄るのは控えておこう。許せ。」
や、やっと落ち着いてきました。私もまだまだ未熟ということですか…。そうでした、私たちは黄巾賊討伐のためにここまで足を運んだのでしたね。…それにしてもアドル様ももう少し反応があってもいいのではないですか!こんなに私だけが取り乱して…
「め、冥琳?何故私を睨んでいるのかな…?」
「し、知りません!!」
「ふふ、本当に相性の良い主従のようで羨ましい限りじゃ。」
ふと朱儁様をみると何やら生暖かい目で見られていた…は、恥ずかしい!!
「ゴホン!そろそろ本題に入りましょうか、朱儁殿。私から見ますと、戦況は膠着状態となっているように思えたのですが…」
「お主の言うとおりじゃ。わしの目算の誤りもあるが、連中がただの賊と侮ってはならないということを再認識させられたわ。一時は此方が押していたのだが、敵の頭目の波才という者が前線で指揮を取り出してからはにっちもさっちもいかなくなってしまったのじゃ…何曼という腹心との離間の計などもやってみてはいるが芳しくない。だからこそ、ぬしらの義勇軍2000人はおおいに助かるというわけじゃ。是非わしらに力を貸してくれないか?討伐の暁にはわしからも帝にお主らのことを上奏しよう。」
「もとよりそのつもりで馳せ参じたのです。まずは明日にもう一度正面からぶつかりましょう。先陣は私がきります。」
「…何か考えがあるようじゃな…よし!明日以降は暫しお主の意見を取り入れようではないか。責任はわしがもつ!」
……
…
~アドル軍の陣~
「なんと!先鋒ですか!流石我が主だ。私の槍が敵を引き裂きましょうぞ。」
「アドル軍の大舞台ですね。ご主人様、私にお任せを。」
星と愛紗はアドル様の報告を聞いて武器を取り歓喜の声を挙げていた。二人とも特に義の心に溢れ、常々「略奪や殺戮をする黄巾賊許すまじ!」と言っていましたから仕方ないのかもしれませんね。しかし…
「はぁ…これだから脳筋は。アドル殿が今の段階で馬鹿正直に正面から野戦を仕掛けると本当に思っているのか?」
「の、脳筋…」
「…仲達殿。いくらなんでも脳筋とはあんまりでは…」
二人ともショックを受けている…私も仲達殿と似たようなことを思っていたとはいえない…。
「仲達の言い方は少し悪いが概ねその通りだ。星や愛紗のような一騎当千の豪傑ならば黄巾賊相手に遅れをとることはそうはあるまい。だが我らの軍全体でみるとそうはいかない。かなりの兵が今回の戦が初めての大舞台で浮き足だっている。また兵の質もまだまだだ。正面からぶつかっても恐らく勝てるだろうが…此方の犠牲も相応のものになりかねない。だからこそこうした戦いの中で星や愛紗には今後は一人の武人としてだけでなく、軍を率いる武将としての力や眼も養って欲しい。」
「「はっ!精進致します!」」
アドル様の仰るとおり私たちはまだ軍としては未熟…だからこそ我々幹部が一層努力する必要がありますね。この平地で黄巾賊を乱し、此方の被害が少ない形で勝利を収めるには…
「では仲達、冥琳。貴方がたの考えを聞かせてくれ。数日は被害が出ないよう敵を攪乱するための攻勢を仕掛けるつもりだ。その後の敵軍を浮き足立たせ敵の頭目を討ち取るための方策に何か案はあるか?。」
「「…火計です(だろう)」」
「よし!では二人は火計の準備をしてくれ。星と愛紗は兵の装備や馬のチェックを頼む。何か足りないものや必要なものがあったら私に言ってくれ。その時は私が朱儁殿に掛け合ってくる。」
「「「「御意!」」」」
こうして明日から始まる黄巾賊との戦いの準備が進められた。私もアドル様のお役に立てるよう精一杯頑張らなくちゃ!
~冥琳 サイド終了~
◆
そしてアドル軍・朱儁率いる官軍の連合軍と黄巾賊の戦いが始まった。アドルたちの指揮の上手さもあって被害は最小限に留めつつ、戦況は動いていった。戦いが始まって4日後、連合軍が黄巾賊を押し始めた。その後、長社の草原で波才が陣形を立て直そうとしていると斥候から報告が入った。
火計の機会到来である。事前に打ち合わせをしておいた朱儁・仲達・冥琳に合図を送り、愛紗・星の率いる急襲部隊を東の丘に回し、残りは逃げ場を無くすかのように四方を陣で固めた。陣を組んだ敵に正面からぶつかるのは下策。つまり…火計で浮き足立ったときが攻め時である。待つ。もうすぐ火の手が上がるはずである…すると草原が赤く燃え始めた。陣を組もうとした黄巾賊も火の前ではただの逃げ惑う群衆となった。そして数刻後、火の勢いが弱まってきた。
「この機を逃すな!騎馬隊で黄巾賊を分断する。それで崩れ敗走するだろう。愛紗、星頼んだ!」
「「承知!」」
愛紗と星の指揮する騎馬隊が黄巾賊に襲いかかった。最初にぶつかった兵を愛紗が馬からたたき落とした。星の馬術は惚れ惚れするほどで敵はその圧力には勝てない。逃げ惑う黄巾賊。しかし、朱儁軍に退路まで塞がれているとは思わなかったのか、敵は矢で攻撃することすらしなかった。
アドルは冥琳の指揮する護衛50騎とともに少し離れた丘に駆け上がった。朱儁の軍に退路を防がれ、愛紗に叩き切られ、星に突き落とされ、仲達率いる弓隊に狙われる。敵はもう軍としての機能を果たせなくなっていた。あとは敵の頭目を討てれば…そう思いアドルはフォースを使い五感を研ぎ澄ませた…いた!!馬から降り、今度は身体能力にフォースを集中させ一気に僅かな兵に守られた波才の下へ向かった。
「だ、誰だ!?グハッ…」
波才はアドルのことを認識する前に首を飛ばされた。頭目を一瞬で討たれた黄巾賊は戦意喪失。腹心の何曼は星が討ち取っていた。生き残りは半分以上が降伏し、残りは辛くも逃走した。
……
…
「よくやってくれた、アドル殿!とても義勇軍とは思えぬ手並みであった。世にはまだまだ英傑がいるのじゃな。」
「朱儁殿、私はあくまで最後の一手を決めたに過ぎません。私の臣下と貴方の部下たちの力あってのことです。」
「そう謙遜するものでないぞ。貴殿の武人としての腕前には驚いたわ。変わった武器を使うようだしのう…。その貴殿らの腕を見込んで頼みたいのだが、これから皇甫嵩殿と合流してこの辺の潰走した敵の掃討戦をやるのじゃ。宜しければ引き続き協力を願えないだろうか?」
「少し兵糧が心許ないのでその支援をして頂ければ是非に。」
「うむ、その程度のことはわしに任せておけ。」
そうして南陽郡で神上使を自称した張曼成を討った左仲郎将の皇甫嵩と合流した朱儁とアドルたちは汝南郡・陳国郡・東郡の黄巾賊残党を掃討。その後、彼らは黄巾賊頭目の張角がいるという冀州へと軍を進めた。