京勇樹の予告短編集   作:京勇樹

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前々から要望があり、ようやく纏まった明久の提督です


おバカの提督業 ☆

「ここが、僕が担当する鎮守府……で、合ってるよね?」

 

「はい、その通りです」

 

白い軍服を着た少年、吉井明久(よしいあきひさ)の問い掛けに、駆逐艦娘の不知火は頷いた。

そんな二人の前に建つのは、どうやら元々は学校の校舎だったらしい建物で、五階建てになっている。

のだが

 

「……ちょっと、酷いね」

 

「はい。こちらは、数ヵ月前まで所謂ブラック鎮守府と呼ばれていた鎮守府でして、所属艦娘も極一部を除いて少々荒んでいます」

 

明久の問い掛けに、不知火は淡々と答えた。

ブラック鎮守府、それは海軍の内部で問題になっている鎮守府で、提督の艦娘に対する扱いが極端に悪い鎮守府をそう呼んでいるのだ。

さて、艦娘とはなにか。

それは、今から十数寝ん前に現れた正体不明の敵。深海から現れた艦隊。深海棲艦とほぼ同時期に現れた人類の味方だ。

彼女達は第二次世界大戦期の戦闘艦の名前と魂を受け継いだ存在で、深海棲艦に対抗出来る唯一の戦力だ。

そして明久は、その艦娘を指揮できる役職の提督だ。正確には、新人提督だが。

 

「さて……中に入ろうか」

 

明久はそう言って、敷地に一歩足を踏み入れた。その直後、不知火が明久の前に滑り込んで

 

「シッ!!」

 

鋭く短い呼気と共に、何処から取り出したのか刀を上から下に振り下ろした。それにより、明久目掛けて飛来してきていた砲弾は、地面に叩きつけられた。

 

「お、おぉう……ありがとう」

 

「いえ……今のは、14cm砲ですね……あの辺りでしょうか」

 

不知火は刀を仕舞うと、足下の石を拾い

 

「ふっ!」

 

と見事なフォームで投げた。数秒後

 

「いったー!?」

 

と少し離れた所から、声が聞こえてきた。どうやら、命中したようである。

 

「今の声は、天龍さんですか……さあ、行きますよ」

 

「あ、うん……」

 

不知火に促されるままに、明久は不知火と一緒に庁舎に向かった。場所は変わり、庁舎屋上の一角。

 

「ぐおぉぉぉぉ……いってぇ……」

 

そこでは、左目に眼帯を着けた若い女性が額を抑えながら悶えていた。彼女が、天龍型軽巡洋艦娘の天龍である。

 

「あの不知火ちゃん……私達が知る不知火とは、服装が違ったわね~……もしかして、噂に聞く改二かしら~?」

 

そう呟いたのは、頭上にわっか。通称でパルックが浮いている天龍型軽巡洋艦娘の龍田だ。天龍とは姉妹艦に当たる。

 

「待てっ! あいつ、ド新人の提督だろ!? なんで、そんな奴が改二の艦娘を連れてるんだ!?」

 

龍田の言葉を聞いた天龍は、ガバッと起き上がると涙目で睨みながら、龍田に問い掛けた。すると龍田は

 

「ん~……推測になるけどぉ……さっきの天龍ちゃんみたいなことをする子から、あの提督を守るために、大本営が付けた……ってところかしらぁ?」

 

と顎に手を当てながら、自身の考えを口にした。

 

「ちっ……大本営の連中すら、オレ達を問題児扱いか? 気に入らねぇ!」

 

「今のは、天龍ちゃんが悪いと思うなぁ……先に撃ったの、天龍ちゃんだしねぇ……それと天龍ちゃん」

 

「なんだよ」

 

天龍が立ち上がると、龍田は少し間を置いてから

 

「さっき撃った砲弾のこと……あっちの人に、自分で説明してねぇ」

 

と言いながら、天龍の背後を指差した。

 

「へ?」

 

天龍が振り向いた先に居たのは、怒りの表情の眼鏡を掛けた艦娘。金剛型戦艦娘の霧島だった。

 

「天龍……さっきの砲撃はどういうことか……説明してもらえますか……?」

 

「げえっ!? 霧島の姉御!? さ、さっきのはえっと、アレだ! 皆のために……た、龍田!?」

 

「私は知らないわよぉ? 私は止めたのに、天龍ちゃんが撃ったんだしね~」

 

「ウソだろ!?」

 

妹に見捨てられ、天龍は固まった。その直後、天龍の肩を霧島がガッシリと掴み

 

「さあ、天龍……行きましょうか……」

 

「え、ま、待って!? お助け!?」

 

天龍はなんとか逃げようともがくが、悲しいかな。戦艦娘と軽巡洋艦娘では馬力差がいかんともし難い。結果、天龍は霧島にプロレス技よろしく担がれて、去っていった。それを見送った龍田は、真新しい貫通痕のあるフェンスの傍から、眼下の庁舎に向かってくる二人。特に明久を見た。

どうやら不知火に何か言われてるらしく、困ったような笑みを浮かべながら後頭部を掻いている。

それを見て、龍田は

 

「彼なら、信じても良さそうねぇ」

 

と呟いてから、中に入っていった。

それから、数十分後。恐らくは、元々は体育館だったのだろう、広い講堂に、100人近い艦娘達が並んでいた。

その前の檀上には、明久と不知火。そして、霧島とは違う眼鏡を掛けた艦娘。大淀型軽巡洋艦娘の大淀が立っていた。

大淀は二回程、軽くマイクを叩いて調子を確認してから

 

『それではこれより、本日新しく着任されました提督からご挨拶があります』

 

と告げた。それを聞いた不知火は、真ん中辺りにあるマイクを指差し、それを見た明久はマイクに近寄り

 

『えー……皆さん、初めまして。本日付けでこの絃神鎮守府の提督となりました、吉井明久少佐です』

 

と自己紹介してから、軽く頭を下げた。そして頭を上げると、ズレた帽子を直してから

 

『それでは、これからのこの鎮守府の行動指針と訓辞を言います』

 

そこまで言うと、明久は視線を不知火に向け、不知火は懐から小さい何かを取り出し、操作した。すると、明久の後ろの壁際に、スルスルとプロジェクター用のスクリーンが降りてきた。完全に降りたのを確認した不知火は、更に手元の機械を操作した。

その直後、スクリーンに文章がデカデカと表示された。

 

1.大破進撃、ダメ、絶対! 場所によっては、中破でも撤退を!

2.負けること、撤退することは恥じゃない。生きることを最優先! 生き残れば、再戦の機会は必ずある!

3.仲間を見捨てず、最後まで諦めず、生きる為に戦う

 

その三つを見て、艦娘達がざわめいた。明久は、静かになるのを待ち

 

『前の提督が、どんな指示を君達に出していたのかは、僕は知りません……知っているなんて、とても言えません……ですが、僕に出来ることは精一杯やるつもりです。僕は、皆さんを絶対に見捨てません。どんな状況だろうと最後まで皆さんを信じます……こんな僕ですが……どうか、着いてきてください』

 

そう言って明久は、深々と頭を下げた。少しすると、最初はまばらだったが、拍手が始まり、最後には万雷の拍手となっていた。

つまりは、受け入れられたということ。そう思った明久は、安堵のため息を漏らした。

ここから、明久のドタバタな鎮守府活動が始まる。


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