それから5年程経って今更なのだが妖忌さんはかなり強い。これでも本気で勝つ気でいるのだが勝つどころか擦り傷一つ付ける事も叶わなかった。今日の稽古が終わって縁側で休憩していると妖忌さんが近づく気配がした。
「足音を消していたのだが、茶月もなかなか成長してきたようですな。」
「俺なんてまだ剣士としての一歩も踏み出していませんよ。ようやく草履を編んだくらいです。」
妖忌さんはキリッとしている目を細くして微笑んだ。
「謙虚なのはいい事じゃが、自分に自信を持つ事も大切ですぞ。」
実は何回かこの話をした事があるのだが、妖忌さんはボケてきているのだろうか
「けれど、過信のし過ぎも良くない、でしょう?その調整が難しいんですよね。」
「はい、難しいのです。」
2人で綺麗な庭を眺めながら話していると、
「おや、2人で楽しそうに話して、僕にも混ぜてくれよ。」
歌聖さんがやってきた。歌聖さんが座らながら目を少し開いて言った。
「そういえば茶月は妖忌が言ってた言葉の答えを見つけられたのかな。」
毎晩考えていた事を言った。
「そうですね、相手を見ないなら何処に目を向けるべきか、矢張り自分を見るという事ではないでしょうか。勿論物理的に見る事は出来ないので、自分がどう動いているかを感じる。そして、この言葉は言わば剣に限らず戦う事の入門として使うんだと思いますね。目先に囚われず相手に惑わされない強い動きをするために。けれど、極めてからは分かりませんが結局相手を見ないと戦えない事には変わらないので入門で間違いないと思います。」
妖忌さんは当然だと言うように頷いて、その横にいる歌聖は感心したように言った。
「へえ、凄いね。僕は戦う事なんてサッパリだけど。」
「七十点、ギリギリ合格点ってところですな。いいでしょう、剣を使う事を許可します。」
俺は嬉しさを抑え切れなかった。
「有難うございます、これからも日々精進します。」
言いながら満面の笑みでいると、歌聖さんがジッと見つめながら言いだした。
「ふふ、初めて見た時から思っていたけど、茶月は可愛いね。背も小さくて顔も眺め髪も綺麗で女の子と言われても誰も疑わないだろう。」
「お、俺は可愛いよりカッコよくなりたいです。褒められるの嬉しいのですが、素直に喜べませんよ。」
「素直に喜べない、というのは心の内では喜んでいるという事なのさ。」
これは1本取られたような。とにかくどうすればいいのか分からなくて、
「妖忌さん、助けて下さいよ。」
妖忌さんに助けを求めみたのだが、
「ほほぅ、容姿だけではなく心も可憐なようですな。」
「もう、知りません。」
その場にいるのも恥ずかしくなって襖を開けて逃げた。
「逃げられしまったね、妖忌。」
「逃げられてしまいましたな歌聖様。」
いつか男らしくなって見返してやると思った。
今日も身体が動かなくなるまで稽古してもらった。5年も経った今でも稽古は慣れる事はない。庭で倒れていると、夜で冷え切った草がふんわりと、更に冷んやりとしていて気持ちが良い。天然布団を堪能していると、妖忌さんが横に立った。
「茶月、実は今回で剣術の基礎の基礎は教え尽くしたのじゃ。その後の基盤をどうするか、そこからどう成長するか、それはお主次第じゃ。良くやったな、ようやく初めの第一歩を歩める草鞋の用意はできたぞ。」
実は俺はその言葉をずっと待っていたのだ。すでに限界を迎えてる身体の上体を無理矢理上げ、顔を横に向けて妖忌さんの目を見ていった。
「御教授有難うございました。実は妖忌さんにお願いがあるのです。」
「いつでもかかってきなさい、茶月」
いつもより強く感じる妖忌さん。歌聖さんはどちらを応援すればいいのか迷っているだろう、難しい顔しながらこちらを見ている。用件は別に難しい事ではない、言わば卒業の試験の様なものだ。妖忌さんに一撃お見舞いすれば、俺は此処を出ていく。
「いきます、妖忌さん。」
自分の持てる限界の速さで妖忌さんに右手の刀で斬りかかる。最初から差は歴然としているのだ、長引けば長引く程苦戦するのは見えている。それでも彼の虚をつければ、何とかなるかもしれない。俺の一撃を妖忌さんは受けるまでもないのか右に避ける。このままでは左の刀で斬ることは出来ないので、俺は右の刀を逆に持ち彼を突く。それも読まれていたのか左斜めに前進しながら避けながら彼の右の刀で斬りかかり俺の左の刀で受ける前に彼の左の刀が襲いかかる、俺がそれを避けると彼は目にも留まらぬ速さの連撃を繰り出してくる。それを俺は限界まで目を凝らして避けて、避けた。自分でよく分からないが彼の見た事もない斬撃の避ける道筋のようなものが分かるのだ。そこへ身体を向かわせれば回避が成功する、理由はないが確信は身体にあった。避けて、避けて、斬って。
だがそれもいつまでも続かなかった。体力の限界か道筋は見えなくなり妖忌さんの刀が首元で止まった。
「勝負あったようですな、茶月。」
俺は尻餅をつきながら微笑んで言った。
「ええ、どうやらいつのまにか勝敗が決まったみたいですね」
着物の帯をしっかり締め、玄関を開けた。
「もう行くのかい。」
すごく寂しそうな顔をした歌聖さんが声をかけてきた。結果は俺の勝ちだった。妖忌さんの右肩部分が僅かに裂けていたのだ。
「ええ、住ませてもらったのは大変有難いのですが、このままじゃお世話になりっぱなし、というよりは実は自分の生まれた場所や自分が何をしたいかを見つけたいのです。」
妖忌さんも歌聖さんに並んだ。
「茶月、丸腰で行かすのもなんだ、これを持って行きなさい。」
短刀を一本、貰った。刀身を見ると光り輝いてる、流石は妖忌さん、自分が使わない刀も整備を怠らないようだ。
「ありがとうございます。俺、時々帰ってくるつもりです。」
「うん、何時でも迎えるからね。早く帰ってきて、ここが君の家でもう僕達は君の家族なんだ。」
胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙があふれくる。
「はい、絶対帰って来ますよ。」
「男がそんな顔をするでない。ほら、早く行くのじゃ。」
そう言いながら妖忌さんは声を震わせながら後ろに向いた。これ以上ここに居たら俺は旅立てなくなりそうで、少し急ぐ用に門を出た。
「はい、では。」
「行ってしまったね。妖忌が負けるからだよ。」
少し不機嫌そうに歌聖が言うと、
「確かに私の実力不足もありますが、あの様子ならいずれは出て行ったと思われますぞ。」
妖忌は寂しそうな顔をして言った。すると歌聖は真面目な顔をした。
「正直、これで良かったかも知れないね。僕、きっと長くはないから。ああ、紫にも挨拶しないと。」
「矢張り歌聖様も分かっておられましたか。しかしあの妖怪、茶月がいる間は来ませんでしたな。」
「ふふ、紫も偶には空気を読めるんだね。」
「だぁれが空気が読めないですってぇ?」
何もないところから声がして、一本の黒い線が現れると、歌聖は微笑み、妖忌は苦虫を噛んだような顔をした。