とりあえず都を目指すつもりなのだが、ここがどの当たりなのか何も分からなかった。道ぐらい聞いとくべきだった。そんな自分の無計画さに呆れながら歩く事、かれこれ3日だ。食料に関しては1人で生きていた時と同じように現地調達でなんとかしている。今まで妖忌さんが作った贅沢な食事を食べていたからか、久しぶりに草を食べるとかなり不味く、再び慣れるのには苦労した。これから何が起こるか分からないと思うこの胸の高まりも僅か3日で、大分落ち着いてきてしまった。早く何処かに着かないかね。
それは夕日が沈む頃だった。人の声が聞こえた、叫んでいるような大きな声だ。ようやく見つけたが、何やら不穏な雰囲気だ。とにかく走って近づいてみると、
「くそぉ、化け物め!」
大柄で髭の濃い男性が桑を武器に、3匹ほどの大きな狼のような妖怪を相手にしているが、どうやら遊ばれているらしい。どうしようかと考えるより先に身体が動いていた。
「お助けします、早く逃げてください。」
短刀を構え、彼の横に並んだ。彼は声を荒げて言った。
「餓鬼に任せられるか!お前の方こそ早く逃げろ!」
「餓鬼かどうかはこいつらを倒してから考えてくださいよ。」
実は少し自信があった。あの妖忌さんに稽古をつけてもらったからだろう。2匹が飛びかかってきたが、時が止まっているかのように感じた。並んで襲ったのが運の尽き、俺は2匹の間に入り、殆ど同時に脳天に刀で斬り払った。これでも拾われる前は猪狩りをしていたのだ、殺す事に抵抗はない。妖怪は血を流しながら崩れ落ちた。そして残った1匹は怯えて逃げていった。
一息つくとポカンとしていた彼は思い出したかのように俺に話しかけてきた。
「幼いのにすごいなぁ、お前。いやあ、餓鬼なんて言って悪かったよ。もしかして妖怪退治でもやってるのかい?」
妖怪退治、そうか、人は妖怪に困っているんだからいるのが普通なのか。初めて聞いた言葉だから少し返事をするのに時間がかかった。
「まあ、そんな感じです。まだまだ駆け出しですが。」
照れながら頭を掻いていると、避難していたのか恐る恐ると家の中から人がたくさん出てきた。嬉々とする声があがる中、お爺さんが俺の方へ歩いてきた。
「妖怪を退治してくれて有難う。私はこの村を長をしてます。こんな何もない村ですが、私たちを助けてくれたお礼だ、精一杯持て成したいのです。」
「有難うございます、是非、お言葉に甘えさせてもらいます!」
米とは何故こんなにも美味しいのか。まず炊き立ての匂いだ、身体を近づけると僅かな甘いような香りと水を含んだ暖かい煙が顔を包む。これだけでも十分満喫できるが、これを食する事ができるのだ、これ以上の幸せはない。少量のご飯を箸で掴み、ゆっくりと口に入れる。噛むといつも思うのだが、意外にも甘い。モッチリとした歯応えに噛めば噛むほど味が出る。口の中に米の香りが広がる。それを限界まで感じられるよう噛み続け、飲み込むと、水を飲み、口の中を元に戻してまた味を楽しむ。そんな幸せな時間を何度か繰り返し、ようやく全て食べ終えると、正面にいた村長が口を開いた。
「こんなに美味しそうに食べてるところを見ると、見てる方も気持ちが良いですな。」
夢中で気がつかなかったが見られていたのを思い出して恥ずかしくなった。
「え、あ有難うございます。あーっと、ところで、他にも妖怪や何かで困っていませんか?実は俺、都へ行きたいのですが、道がサッパリなもんで。貴方達の困り事を解決することで、お礼に俺は都への道を教えてもらいたいのです。」
村長は困った顔をした。
「いえいえ、都への道くらい今すぐにでもお教えしますよ。」
誤魔化すためとはいえ助けると言ったんだ、ここまで来たら喰い下がれない。
「いえいえ、妖怪を退治したお礼に仮住まいと食事を頂いたのです。今お互い貸し借りは無しの状態なので、俺が何かしないと割に合いませんよ。」
「いえいえ、例え貸し借りは無くなったとしても道をお教えするくらい大したことになりませんよ。」
「いえいえ…。」
「いえいえ…。」
「そろそろなんだが。」
村長が折れる事によって話は終わった。村から少し離れたところにある、狩りをする時に拠点として使う洞穴が不思議な術を使う少女が住み着いてしまい迷惑しているらしいのだ。その少女は銀髪で見た事もない服を着ているとか。
「おっ、ここかな。」
上り坂の頂上辺りに近づくと、続く道の右側に小さな洞穴があった。洞穴の入り口からそっと覗くと聞いた通りの少女が後ろ姿で其処にいた。その少女の奥には紫、というよりは黒に近い大きな穴があった。
「其処にいるのは、誰?」
そう言うや否や突然炎が湧き上がり、岩が飛んできたので慌ててその場から逃げた。どうやら、バレてしまったようなので入り口真ん中に出て、此方を向いた少女の全貌が明らかになった。ハッキリとした銀色で左側に結んである綺麗な髪、透き通った宝石のような空色の瞳に、白くてモチモチの様な肌、服装は赤を主としていて、服の袖や襟、袴にしては短すぎる布にヒラヒラした白い装飾が付いていて、身長は俺と同じくらいで襖を四つに分けて三つ分くらいの高さだ。歌聖さんにも驚いたが、彼女はそれ以上の魅力を感じた。尤も歌聖さんは男なのだが。
「じ、ジロジロ見るなんて、変態ね。」
じっくりと見ていたからか彼女は顔を赤くしながら胸の前で腕を交差させて一歩後ろに下がる。
「すまない、君があんまりに綺麗だから見惚れしまった。」
「はぁ!?ちょっ、やっぱり変態よ変態。近づかないで!」
正直に話せば許してもらえると思ったが、どうもそうはいかないらしい。彼女は更に一歩後ろへ下がる。実を言うと俺は女の子、というか女性と話をした事は皆無に等しい。歌聖さん曰く、思っている以上に優しく接した方が良いらしいのだが、全く分からん。
「いや、ほんとに悪いと思ってるよ。あ、そ、そうだ。自己紹介がまだだったな、俺は茶月。君は?」
なんとか会話しようとまずは質問に答えてみた。彼女は目を少し細めて暫く俺を見つめると、語った。
「…、私の名前は神綺。魔法使いよ。」
聞いた事無い言葉がだったのに、何故か知っているように感じた俺は、疑問を投じた。
「ま、マホーってなんなんだ?」
神綺と名乗る少女は呆れる様に言いだした。
「魔法よ。普通目には見えないもので、生物なら多かれ少なかれ持っている魔法の源、即ち魔力を使う事で起こす有り得ない現象を現実にする手段よ。まあ知らないのも無理無いわ、この辺りで使ってる人を私以外に見た事無いし。」
初めて聞いて戸惑ったが、とても興味深い話だった。
「凄いな、魔法って。それに魔法を自在に使える神綺はもっと凄い訳だ。」
神綺は満更でもない顔をして腕を組んだ。
「そ、そうよ。もっと崇めなさい!」
暫く神綺を褒めていると、本題を思い出したので少しは距離を縮まっただろうと思い、話し出してみた。
「神綺、この近くの村を知っているだろう?実は俺はその村の人に頼まれてここは元々村が使っていた場所なんだ、返してはくれないか?」
神綺は少し腹を立てたらしく、声を少し大きくして言った。
「嫌よ。この場所、魔力が溜まってて、私が世界を創るのにとてもいい場所なんですもの。」
一瞬思考が止まった。
「世界を、創る?どういう事だ?」
「そのまんま、世界を創るって事よ。私は魔法で自分の世界を創りたいの。」
これは驚いた。世界を創れる程神綺は凄い魔法使いだったのか。それでも人の場所を盗るのはよくないが、どうにか移動出来ないかと頼んだところ、魔法でこの近くに新しい洞穴作る事によって話は落ち着いた。そのくらいならすぐに作れるとか、驚きだな。
洞穴はすぐに作り終わった。周りの土が意志を持つ様に動き出し、あっという間だった。朝飯前と言わんばかりに余裕の表情の神綺。
「ほら、これでいいでしょう。さっさと帰りなさい、私は忙しいの。」
「おう、ありがとな、神綺。」
俺は走って帰った。すぐに村に報告したいのもあるが、もう一つ急ぎたい理由があったのだ。
「あっ、…変な奴。」