雪ノ下家長男の青春ラブコメもまちがっている   作:拳骨揚げ

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 とても遅くなりました。不定期更新を宣言しているとどうしてもそれに甘えてしまいますね。
 定期更新をしている他の作者の方々は本当にすごいです。

 では、第四話です。


④来るべくして、彼女はここに訪れる

 椅子を並べて雪姉ちゃんと本を読む。まだ比企谷先輩は来ていない。だけど来ないことは無いだろう。平塚先生が無理矢理ここに連れてきている姿を想像すると少しだけ笑いが漏れる。

 

「どうかしたの?」

 

 そのことに気付いた雪姉ちゃんの声は、比企谷先輩に向けるものとは雲泥の差である。とても柔らかく優しい。

 

「なんでもないよ」

 

 ポカポカとした陽気が心地いい。読書がはかどる。

 すると、戸がからりと小さな音を立てて開いた。入って来たのは比企谷先輩。ああ、二人きりの時間もこれで終わりか。

 雪姉ちゃんは刹那だけ比企谷先輩に視線を送るがすぐに本の上に落とす。

 

「こんにちは、先輩」

「おう、こんにちは」

 

 比企谷先輩のどもった挨拶に思わず苦笑が漏れる。そして僕たちが挨拶をしてもまったく反応を示さない雪姉ちゃんに比企谷先輩が苦い顔で言う。

 

「この空間、この距離でシカトかよ……」

「こんにちは」

 

 仕方がない挨拶してやろうという、とても上から目線な挨拶だった。

 

「コンニチハ」

「もう来ないかと思ったわ。もしかしてマゾヒスト?」

 

 本に目を落としまま、雪姉ちゃんは比企谷先輩に言う。

 

「違う」

「だったらストーカー? 気持ち悪いからやめてもらえないかしら」

「それも違う。ねえなんで俺がお前に好意を抱いている前提で話が進んでんの?」

 

 なに? 先輩が雪姉ちゃんに好意を抱いている? これは早速抹殺対象確定かな?

 

「だからお前はすぐに俺を殺せそうな雰囲気を出すんじゃねえよ」

 

 おっと、どうやら気付かれてしまった。じゃあここでは無理だから闇討ちとかがいいかな。

 

「昨日から思ってたんだけどさ。お前、雪ノ下のこと好きすぎだろ。シスコンもここまで行くと引くぞ」

 

 比企谷先輩暗殺計画を考えていると、唐突にそう言われた。思考が一気に停止する。

 

 

 ……―――。

 

 

 静寂が包み込む部室。比企谷先輩は、なにか悪いことでも言ったかと思っているらしくチラチラとこちらを見ている。

 

 雪姉ちゃんがため息をつくのを見て、僕は偽るのをやめた。

 

「雪姉ちゃん、ばれっちゃった。ごめんね」

 

 椅子をさらに近寄らせ、いつもの距離といつもの呼び方をする。

 

「いいわよ。それに比企谷君がここに入部する以上、最後まで隠せるものではないし」

「うん、ありがとう!」

 

 ひしっと抱き付くと、雪姉ちゃんは小さく身じろぎをする。

 

「暑苦しいから離れてくれないかしら?」

「やだ~」

 

 ニコニコと雪姉ちゃんに引っ付く僕を見て愕然としている比企谷先輩が視界に入った。

 

「いやいや、変わり過ぎだろ。もうほとんど別人じゃねえか」

 

 そうでしょうとも。普段の生活でこんなんじゃ、いくらなんでも高校生活なんて円滑におくれないから。

 

「誰にも言わないでくださいね。言ったらこの学校での先輩の立場が学籍だけになりますよ?」

「お前の脅迫いちいち怖いんだけど」

「月乃、比企谷君には話が出来る相手がいないから平気よ。それに立場何て最初からないわ」

「あ、そっか」

「簡単に納得してんじゃねえよ。いや、あってんだけどさ」

 

 そのことを完全に失念していたよ。話せる相手がいたら比企谷先輩ここにいないじゃん。すりすりと雪姉ちゃんにすり寄る。それを注意しながらも嫌がらない雪姉ちゃんに比企谷先輩が問いかけた。

 

「お前さ、友達いんの?」

 

 それを聞いて雪姉ちゃんはふいっと視線を逸らす。

 

「……そうね。まず、どこからどこまでが友達なのか定義してもらっていいかしら」

「あ、もういいわ。それ友達いない奴のセリフだわ」

「むっ。それは違いますよ、比企谷先輩。雪姉ちゃんは友達が出来ないんじゃなくて、誰もついてこれないだけです。つまり、周りが無能なのが悪いのです」

「お前の姉至上主義思想とか聞いてないから」

 

 そして雪姉ちゃんに視線を向ける。たぶん雪姉ちゃん。引っ付いてるから僕も同じ視線上に入ってると思うけど……。

 

「お前人に好かれそうなくせに友達いないとか、どういうことだよ?」

 

 雪姉ちゃんはむっとして不機嫌さをあらわにし、さらに視線を外してから口を開く。

 

「私って昔から可愛かったから、近づいてくる男子はたいてい好意を寄せてきたわ」

 

 その、傍から聞けば自慢にしかならない話、だけどそれは自慢じゃない。そんな可愛げのあるものじゃなくて、真実はもっと醜いものだ。だけどその真実を知らない比企谷先輩が苦い顔をするのは仕方の無いことだった。

 

「人に好かれるくせにぼっちを名乗るとかぼっちの風上にも置けねぇな」

 

 あなたのぼっち至上主義もかなり拙いものだと思いますけど……。

 

「本当に誰からも好かれるのなら、それも良かったかもしれないわね」

「あん?」

「小学校のころ、60回ほど上履きを隠されたことがあるのだけど、うち50回は女子にやられたわ」

「そのうち48回は僕が相手をあらゆる意味で終わらせました」

「その事後情報いらねえ」

 

 逃げおおせた二人絶対に許さない。孫子の代まで呪ってやると誓ったことは今では懐かしい。

 ついでに言ってしまえば、残りの10回の内、3回隠した男子三人は転校させ、2回買い取った教員二人は退職させ、5回隠した犬は一緒に遊んだあと丁重に返してもらった。

 

「おかげで私は毎日上履きとリコーダーを持って帰るはめになったわ」

「大変だったんだな」

「ええ、大変よ。私、可愛いから」

 

 そう自嘲気味に笑う雪姉ちゃんを見ていると、当時の自分をぶん殴りたくなる。

 

「でも、それも仕方のないことだと思うわ。人はみな完璧ではないから。心が醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とそうとする。不思議なことに優れた人間ほど生きづらいのよ、この世界は。それはこの子も一緒」

 

 そして僕の頭を撫でてくれる。

 

「そんなのおかしいじゃない。だから変えるのよ、人ごとこの世界を」

 

 そう語る目は完全に本気だ。誰にも譲らない、確固たる意志がある。

 

「努力の方向があさってぶっ飛びすぎだろ……」

「そうかしら。それでも、あなたのようにぐだぐだ乾いて果てるよりはマシだと思うけれど。あなたの……そうやって弱さを肯定してしまう部分、嫌いだわ」

 

 そしてまた視線を本に落とす。

 僕は雪姉ちゃんから離れ、鞄からハーモニカを取り出す。そして雪姉ちゃんが一番好きなクラシックを奏でる。静かな空間でゆったりとした曲調が流れていく。その中で、緊張したように比企谷先輩が言った。

 

「なあ、雪ノ下。なら、俺と友……」

「ごめんなさい。それは無理」

「えーまだ最後まで言ってないのにー」

 

 そして視線はハーモニカを吹き続ける僕に送られた。僕は曲を中断し、しっかりその視線と向き合う。

 

「宣言だけで友達は出来ませんよ、先輩」

 

 ガクッと肩を落とす先輩を目の端に捉えながらハーモニカを吹く。

 それでも、この部活には比企谷先輩は必要な気がする。だって、比企谷先輩を罵っている時の雪姉ちゃんはイキイキしているから。雪姉ちゃんのことが好きな僕としてはそれだけで満足である。

 

× × ×

 

 雪姉ちゃんと先輩の言い合いがひと段落して、二人とも読書に集中しだしたころ、トントンと控えめに叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 本にしおりを挟みこみ、扉に向かって声をかけた。

 

「失礼しまーす」

 

 小さく開いた戸から滑り込むように入って来たのは女子生徒だった。肩までの茶髪に軽くウェーブを当てている。さらには短めなスカートとボタンが三つほど開けられたブラウス。光るハートのチャームのネックレス。あれ? 校則違反のオンパレードなんだけど? そういえば、今年の冬のディスティニーのパレードがどうなるのか気になります。

 

 と、そこで胸元のリボンの色が赤なのに気づく。この学校では三学年を色で割り当てられたリボンがあり、赤のリボンは雪姉ちゃんや比企谷先輩と同じ二年だ。

 というか、この先輩もどこかで見た覚えがあるのだけど……?

 

 探るように動く視線は比企谷先輩で止まり、そしてひっという悲鳴に変わった。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんの!?」

「……いや、俺ここの部員だし」

 

 ヒッキー? ああ、比企谷だからヒッキー。そのネーミングセンスの無さには驚きを隠せないけど、それより驚くべきことがあった。

 

「比企谷先輩、あなた知られている人いたんですね」

「まったくな。一生の不覚だよ」

 

 認めているんだ。まあこの先輩ならそうだと思ってたけど。でも、今はそんなことより所在なさげに立っている依頼人に椅子を勧めなくては。

 

「どうぞ、座ってください」

 

 椅子を引いて、座るように勧める。実家の執事の人たちがやってくれていたのを、僕はずっとやってみたいと思っていたのだ。

 

「あ、ありがと……」

 

 戸惑いながらも彼女はちょこんと椅子に座る。それを見届けて僕も所定の位置に戻ると、正面に座っていた雪姉ちゃんが彼女と視線を合わせる。

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

 

 ぱっと顔を輝かせる。まあ、この学校随一と言ってもいい雪姉ちゃんに覚えられていれば、それだけで嬉しいものだろう。

 

「お前よく知ってるな。もしかして全校生徒覚えてるんじゃねえの?」

 

 感心したように言う比企谷先輩に雪姉ちゃんは憮然という。

 

「そんなことないわ。あなたのことなんて知らなかったもの」

「そうですか」

「別に落ち込むようなことではないわ。むしろ、これは私のミスだもの。あなたの存在からつい目を逸らしたくなってしまった私の心の弱さが悪いのよ」

「お前それ慰めてるつもりなの?」

「ただの皮肉よ」

 

 その言い合いに、由比ヶ浜先輩はなぜか目をキラキラと輝かせた。

 

「なんか……楽しそうな部活だね」

「楽しいかは分からないですけど、心地いい部活ですよ」

「だよね!?」

 

 僕の受け答えにさらに喜びを全身で表す由比ヶ浜先輩。どこか子どもっぽいところがある人だ。

 

「心地よさはそこの男が来てからかなり減ったけれどね」

「じゃあすぐに俺をやめさせろよ」

「いやよ。そうなったらあなたの更生に失敗したことになるじゃない。あなたのせいで私の人生に汚点を作るなんて万死に値するわよ」

「まあまあ、姉さん。その辺にしてあげなよ。それに大丈夫だよ。比企谷先輩はここから逃げ出せないよ。ほら、平塚先生が許すはずないもん」

 

 僕が言うと、雪姉ちゃんは「それもそうね」とこの話を終わりにした。一方、比企谷先輩は「くっ、余計なこと言いやがって」とか言っていたけど雪姉ちゃんが一睨みしたら静かになった。

 そのやり取りを、由比ヶ浜先輩はさらに楽しそうに見る。

 

「てゆうか、ヒッキーちゃんと喋れるんだね。クラスにいる時とは全然違うから」

「ああ、そういえば由比ヶ浜先輩は比企谷先輩と同じF組でしたね」

「え、そうなん」

 

 間の抜けた声が聞こえた。

 

「まさか、知らなかったんですか?」

 

 僕の言葉に由比ヶ浜先輩がぴくりと反応した。

 僕と雪姉ちゃんの比企谷先輩へ向く視線がどんどん冷たくなっていく。それから逃れるように、比企谷先輩はあさっての方向を向いた。

 

「し、知ってるよ」

「……なんで目逸らしたし」

「まあ仕方ないですね、比企谷先輩ですし」

「そうね、比企谷君だから仕方ないわね」

「俺の存在を最大の理由にするのやめてくれる?」

「ん? あれ? てゆうか、なんで雪ノ下君があたしのクラス知ってるの?」

 

 自然に僕が由比ヶ浜先輩のクラスを言い当てたからスルーされていたけれど、どうやら疑問に思われたようだ。まあ、確かに学年が違うのだからそう思うのも無理はない。

 

「え? 同じ学校に通っているんですから、それぐらい知ってますよ」

 

 言うと、ポカーンとした表情をされた。あはは、この表情が見れただけでも言っただけあったかな。

 

「おいおい、じゃあ全校生徒覚えてるのこいつのほうかよ」

 

 比企谷先輩が驚きに声をあげる。

 

「じゃ、じゃあ雪ノ下君は全校生徒のクラスを覚えてるの!?」

「覚えてるって言うか、興味本位で調べたら覚えたって感じですね」

「どこに興味持ってんだよ、お前ちょっとおかしくない?」

「それに全員じゃないです。二年F組に比企谷八幡って言う人がいるのは知らなかったので、たぶん聞いた人が教えてくれるのを忘れたんですね」

「クラスの人に存在すら認識されていないなんて、さすがは比企谷君ね」

「僕や姉さんほどとは言いませんけど、クラスの人は覚えておきましょうよ」

 

 比企谷先輩に言うと、先輩は胸を張って答えた。

 

「必要のないものを覚えるぐらいなら英単語の一つでも覚えたほうが有効的だ」

 

 まあ、たしかにその考えはわかりますけど。でも、今回ばかりは当てはまらないので

は?

 

「ヒッキーそんなんだから、クラスに友達いないんじゃないの? キョドり方、キモいし」

 

 わお、辛辣ぅ~。それに対する比企谷先輩の返答は、

 

「……このビッチめ」

 

 だった。こっちもこっちで容赦ない……。

 その毒づきに由比ヶ浜先輩は反射的に噛みつく。

 

「はあ? ビッチって何よっ! あたしはまだ処―――う、うわわ! な、なんでもない!」

 

 手を顔の前でぶんぶんと口にしようとした言葉を掻き消す。うーん、由比ヶ浜先輩は少しあれなのかな? アホなのかな? その慌てぶりを助けるためなのか雪姉ちゃんが言った。

 

「別に恥ずかしがることではないでしょう。この年でヴァージ―――」

「わーわーわー! ちょっと何言ってんの!? 高二でまだとか恥ずかしいよ! 雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」

「………くだらない価値観ね」

 

 女子力、僕もよくわからないものだ。例えば、付ける化粧水一つで論議をしたりというのは男子にはわからない。……当たり前か。

 

「にしても、女子力って言葉がもうビッチくさいよな」

「また言った! 人をビッチ呼ばわりとかマジありえない! ヒッキー、マジキモい!」

「ビッチ呼ばわりと俺のキモさは関係ねーだろ。あとヒッキー言うな、ビッチ」

 

 段々と話の主旨がずれてきた。目の前の論争もそろそろ飽きてきたころだし、この辺で話を戻そう。

 

「まあまあ、言いたいことは依頼のあとにしてください。由比ヶ浜先輩、なにか頼みたいことがあって来たんですよね?」

 

 僕が話を戻したことで、由比ヶ浜先輩は、はしゃぎすぎて疲れたのか、ふぅと短くため息を吐く。

 

「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願い叶えてくれるんだよね?」

「そうなのか?」

 

 そういえば、具体的な活動は比企谷先輩が来てから初めてだ。

 

「それは少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなたしだい」

 

 しかしその説明では由比ヶ浜先輩は理解できなかったみたいで、

 

「どう違うの?」

 

 キョトン顔でそう聞かれた。

 

「えっと、そうですね」

 

 なにかいい例えはないものかと視線を向けた先には―――比企谷先輩。

 

「比企谷先輩にクラスの知り合いをあげるか。知り合いの作り方を教えるかの違いですね」

「ああ、なるほど!」

「それ、俺である必要なくね? ―――しかも知り合いなのかよ……」

 

 でも、とてもわかりやすいと思います。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……」

 

 言いかけてちらっと比企谷先輩を見る。比企谷先輩はクッキーじゃないですよ、ヒッキーです。それとも二年F組のクラスでは空気の人をクッキーと呼ぶ流行でもあるのだろうか。陰口はいただけないな。

 などと思っていると、その視線は僕にも送られた。いえ、僕は教室で空気ではないからクッキーではないですよ? むしろクラスの中心です。

 

「月乃」

 

 雪姉ちゃんに呼ばれてそうやく理解した。そういうことね、男子にはあまり聞かれたくないことということか。

 

「うん、わかった。比企谷先輩、行きましょう」

 

「おう、俺ちょっと『スポルトップ』買ってくる」

 

「僕もなにか買ってこようかな。姉さんは『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいい?」

 

 

 ―――それに、丁度いいかもしれない―――。

 

 

「ええ、お願いね」

「なんで飲みたいものが分かるんだよ」

 

 そんな呟きは置いといて、二人そろって部室を出る。

 

× × ×

 

 特別棟の三階から一階までは往復約十分弱。ゆっくり歩けば雪姉ちゃん達の話は終わる。問題は、こちらの話がその時間で終わるかだ。

 

「比企谷先輩」

「ん?」

「比企谷先輩は入学式に出れなかったってことでしたけど、それはどうしてです?」

 

 比企谷先輩は少しだけ眉をひそめた。僕がそのことを聞く理由が分からないのだろう。

 

「ちょっと、興味があって」

 

 そう言うと、まだ釈然としなさそうにしながらも話してくれた。

 

「あ~、なんかアホの子が犬のリード手放してな。その犬を俺が助けたわけ。ヒーロー的に超かっこよく」

 

 なんか少々脚色されているけど、やっぱりそうだ。でも犬、そうか、あの人もか……。

 

「比企谷先輩は、轢かれた車を覚えてますか?」

「ああ、なんか金超持ってそうな黒塗りのハイヤーだったな。それがどうかしたのか?」

「いえ、もしそれが本当なら。こちら側としたら謝らなければいけないので」

「謝る?」

 

 訝し気にこちらを見る先輩。僕は立ち止まり、その視線を真っ向から受ける。僕の部室とかけ離れた雰囲気を悟ったのか、先輩少し背筋を伸ばした。

 

「その車の所有者は雪ノ下家です。その日、乗っていたのは雪乃姉さんでしたけど。それでも、もう一度しっかり謝罪させてください」

 

 少し驚いている先輩は、少し息をのんでから口を開いた。

 

「それなら、お前が謝ることないだろ。それに雪ノ下も謝る必要はない。あいつは乗ってただけだ」

「そう言っていただけると、こちらとしても恐縮です」

 

 そこで言葉を切って、僕はしっかり比企谷先輩の目を見据えた。

 

「しかし、雪ノ下家次期家長として、ここでもう一度深く謝罪申し上げます。たいへん、申し訳ありませんでした」

 

 腰を九十度に折り、頭を下げる。

 

 

 ……―――。

 

 

 静寂が廊下を支配する。ここでは、こんなことしかできない。それに、この問題は雪姉ちゃんと比企谷先輩の問題。僕がどう手出ししても、解決するのは当人の二人、いや違う。比企谷先輩の話の通りなら、三人で解決するものだ。僕には、頭を下げるぐらいしかできない。

 ハア―という大きなため息を聞いて、僕は少しだけ肩を竦ませる。

 

「頭あげてくれ、はっきり言ってそんな堅苦しい謝罪されてもこっちとしたら困るだけだ」

 

 言われて顔をあげる。先輩は僕を見ずに言った。

 

「さっきも言ったが、あの事故はお前らのせいじゃない。俺が勝手に飛び出しただけだ」

 

 比企谷先輩は優しい人だ。まだ会って二日目。それなのに、そう思えてしまう。この人はたぶん僕とは別の、人の醜い部分を理解している。理解したうえで、この人はこんなにも優しい。

 

「ありがとうございます」

 

 ようやく空気が軽くなったことに安堵したのか先輩はあからさまにため息を吐いた。その姿に微笑が漏れる。

 

「それと、お願いがあります」

「ん? なんだ?」

「僕が先輩に謝罪したことは、雪姉ちゃんに僕が言ったときか、雪姉ちゃん自身から先輩に謝るときまで、言わないでください。そういうのは、雪姉ちゃん嫌いますから」

 

 言うと、比企谷先輩はふっと笑って皮肉を言ってきた。

 

「お前、ホントに雪ノ下のこと好きだな」

「ええ、好きですよ。大好きです」

 

 僕の応えに意表を突かれたような顔をしていた先輩だが、呆れるような笑みをすると僕の頭をぽんぽんと叩いて歩き出す。

 

「あいつのどこがいいのか、俺には分かんねえけど、お前の頼みは聞いとく」

 

 その姿は、年上の兄を思わせるもので、兄という存在を知らない僕としては少々面喰ってしまう。それでも、この人になら甘えてもいいかもしれない、なんて僕らしくない考えをしてしまった。

 




 月乃君の真面目な一面が見えました。そして重大な発覚ですね。月乃君雪ノ下家次期家長ですって。まあ、長男だからそうなるんじゃないかなと思って付けた設定です。この設定、後々月乃君に大きな障害をもたらすことになる―――予定です。

 そしてもう一つ。シスコンがばれた人の前では月乃君は隠しません。むしろばれて良かったとか思っちゃってます。
 雪乃ちゃんはそのことを許容できるぐらいにはブラコンです、というかもう諦めが入ってます。

 ではでは、そういうことで第四話、ありがとうございました。

 次回の投稿も安定の不定期ですが、なるべく早くするように努力します。
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