「今日で、もうこのゲームもおしまいかあ。」
残念、残念、と数度呟いた男は、閉じているようにしか見えない糸目で辺りを見回した。男が座っているのは、十人ほどで食事が出来そうなダイニングテーブルの周りに置かれた椅子の一つだ。その部屋は全体が木製で統一され、暖炉まで置かれたそこはどこぞの北欧諸国の様な造りになっている。
部屋を飾るタペストリーや絨毯らは複雑な民族調で彩られており、そこにいる男、エルフの男にはひどく似合っていた。
まるで北国の狩人の様な服装で、どことも言えない部屋の中を眺めていれば、今までの思い出の様なものが湧き出て来る。
キャラクター名、空鼠は基本的にゲームはしない人間である。なぜ、そんな彼がDMMO-RPG ユグドラシルオンラインなんてものを始めたかというと、それは彼のたった一人の家族である弟に誘われたからである。弟がぜひにと誘ったゲームは確かに面白かった。
自由度が高く、マップも広いそこは飽きが来なかった。
弟は何でもユグドラシルでも有名なギルドの一員らしく、一緒にやらないかと誘ってくれたものの、初めて友達が出来たと喜ぶ彼の場所に入るのは無粋な気がして断った。
そんな空鼠がユグドラシルで何をしていたかというと、家づくりだった。自分の居心地の良い家というものを作ることに熱中した。
広大な森に中に見上げる様な巨木を設置し、その中に一人用のギルドを造った。そこからは素材を集め、知人にデザインを頼み、外装を買い込みといったことを繰り返した。
もちろん、弟に相談に乗ってもらい、ある程度まで強くなりはしたが、それもギリギリ中の下に届くぐらいだった。
彼としては、基本的に引きこもりを自称していたのでおおむね満足の結果ではあったが、弟と共に狩りをする時、狩場のレベルを下げねばならないのが申し訳なかった。
時計をチラリと見れば、そこにはもうすぐ12時なろうとしている数字が目に入る。
(・・・・明日は、早めに起きてあの子に何かしら作ってあげよう。)
時計を見ながら考えるのは、恐らく今頃自らがギルドマスターをしていたギルドにいるであろう弟のことだ。
ゲームにも流行り廃れがある。ユグドラシルは確かに有名なゲームではあったが、いつかは結局飽きられる。事実、弟のギルドのメンバーはもう彼以外を残してゲームを去った。
もしかしたら、何かしらの理由はあったのかもしれない。
仕事が忙しいとか、病気になったとか。もしかしたら、単純に他のゲームにはまっているのかもしれない。
仕方がないのだ。けれど、弟はそれでもなお、このゲームに、あのギルドに執着した。
元来、友人と言える友人が少ないせいで、初めて誰かと遊び、共有できるあの場所はきっと彼にとって宝箱であったし、遅めの青春の象徴だったのだろう。
(明日は、出来るだけ甘やかしてあげよう。あの子の好きなものでも帰りに買って帰ろうかな。)
慰めがてら、ギルドに行こうとも思ったが、誰かしらメンバーが来ていれば気まずい。
ギルドメンバー全員にメールは送っていたようだから、もしかしたら数人は最期まで残っているかもしれない。
そこで空鼠は隣りに座る自分が作ったNPCの一人に目を向けた。そこには、自分と同じエルフの子どもが座っている。
「お前とも、今日でお別れだな。」
残念そうな声音に、そのエルフは反応しない。子供特有の嬉しそうな笑顔を浮かべるだけだ。
当たり前なのだが、やはり寂しくはある。ほとんどの時間をギルドで過ごしていたので、NPCに対する愛着も一押しさせた。
そして、もう一度だけ時計に目を向けた。
23:54:36
もう少しで、この世界が終わると思うと寂しいなあと苦笑したくなる。そのまま、椅子に座り、12時になるのを待つ。
他のNPCにはすでに別れは済ませてあるので、このまま終わろうと決めていた。
23:59:00
その数字を見て、天井に視線を投げ、残りの一分をカウントする。
(57、58、59、60・・・・・・・)
・
・
・
・
・
(あれ?)
60秒を数え終わり、強制シャットダウンを待っても一向にそれは訪れない。時計を再度確認する。
00:00:26
「時間を、過ぎてる?」
どうして?
その疑問が頭を埋め尽くそうとしたとき、隣から可愛らしいソプラノが聞こえて来る。それに反応し、隣に視線を向けるとそこにはアイスブルーの瞳いっぱいに涙をためたエルフの子どもがいた。
「え、なんで、泣くことなんて・・・・・・」
「ま、マスター、いなくなっちゃうんですか?」
「え?」
「うわああああああああああああああああん!」
「え、ちょ、わあああああああああああ!」
耳に来る、幼子の大泣きに空鼠は大慌ててそのエルフの子どもをあやしにかかった。
「う、う、ぐず・・・・・」
(大分、泣き止んだ・・・・・・)
弟をあやして以来の子守に空鼠はぐったりしながら、その少年の背を軽く叩く。抱っこをしながら軽く揺すること十数分、静かになった少年にほっと息を吐く。
(・・・・・GMコールもしてみてけれど、反応は無い。それに、この子にも体温があるし。どういうことだ?)
まるで、ゲームが本当になったかのような現実味を帯びてきている。
空鼠は少年が泣き止んだのを確認すると、恐る恐る床に下ろした。少年は鼻を未だに啜っているが、もう涙は浮かべていなかった。
「えーっと。レゴ、ラスですよね?」
「はい、マスター。」
鼻声混じりのそれに、空鼠はだよなあと頷いた。
銀で紡いだ糸の様な髪は腰まで伸び、水色にさえ見えるアイスブルーの瞳がこちらをそわそわと見つめている。
クリーム色のニッカポッカに膝まである革製のブーツ。薄緑のタートルネック、その上に薄い紅色の膝まである前の空いたチェニック。それらを皮のベルトで止め、且つその上にフード付きのケープを着ている。
(・・・・・今日、せっかくだからって態々着せた服も着てる。なら、やっぱりこの子は、俺が作ったNPCのレゴラス?)
恐らく世界で一番有名かもしれないエルフの名を貰った少年は不安げに空鼠を見る。
「マ、マスター、僕、もしかして何か不快なことをしてしまいましたか?」
「え、なんで?」
「だ、だって、マスター、さっきお別れだって・・・・・・」
その言葉と同時に目に溜まる涙に、空鼠は慌てて言葉を募る。
「ほら、さっき言ったでしょう。お別れなんてしないって。約束だってしましたよね?」
空鼠はそう言いながら、レゴラスの涙を自分の服の袖で拭う。
「ほら、レゴラスが泣くと私も悲しくなりますから。」
そう言ってお道化ると、レゴラスは自分で目を乱雑に拭い、背筋を伸ばした。
「はい!なら、僕泣きません!」
「・・・・勇ましいのは結構だけど、悲しい時は泣いていいんですからね。矛盾してますけど。」
空鼠はそう言った後に、レゴラスの前にしゃがんだまま額に手を当てた。
「レゴラス。君は、GMコールって知ってます?」
「GM、コールですか?ごめんなさい、分かりません。」
「ああ。いいんですよ。知らなくても、支障はないことですから。」
レゴラスの頭をぐりぐりと撫でながら、空鼠は思考を巡らせる。
(色々考えて、やっぱりゲームが現実になった、が一番有力だなあ。今の技術じゃあ、さすがにここまで人格を作ることなんて無理だし。)
普通ならもっと慌てたり、パニックになったりするのだろうが。レゴラスをなだめるのに必死で、そうなるタイミングを逃してしまい、完全に冷静になってしまっている。
「でも、どうしようかなあ。現状把握、が一番だろうし。」
「マスター、さっきからどうされたんですか?何か、お悩みでしょうか。お手伝いできることは無いでしょうか?」
「え?うーん、自分でも今の状況がどんなことになってるか分かりませんからねえ。今は、情報が一番・・・・」
空鼠はそう言うと、立ち上がり扉の方に視線を向けた。
「レゴラス。」
「はい、なんですか?」
「一緒にお散歩に行きませんか?」
それにレゴラスは一瞬だけきょとんと眼を瞬かせたが、次の瞬間輝く様に笑った。
「はい!」
その顔が、自分の思い描いた通りの”レゴラス”で、空鼠は思わず同じように笑った。