モモンガさん、あと二話ぐらいで出て来るかな?
「ええっと、外に出るとしても、荷物は入れっぱなしのものでいいですかね。レゴラス、準備は出来ましたか?」
「はい!準備万端です!」
えっへんと胸を張っているもの、先ほどと変わった点と言えばその手に持った杖ぐらいだろう。磨かれた飴色に輝くそれは、先端の部分が鳥の様な形をしており、その目の部分には深い緑色の宝石が埋め込まれている。
「ハンカチとティッシュは、要りませんよね。」
弟にかけていた言葉を思わず言った。昔の癖でそう言いながら、空鼠は出入り口に向かう。
木製の押戸をそっと開けると、そこには自分にとって馴染みのあるギルドの風景が広がっている。
空鼠のギルド、ミスティルテインは見上げる様な大樹を七層に分けたものである。
七階に、薬草などを育てる畑スペース。六階は、空鼠の自室。五階は、NPCの自室。四階に、図書室。三階が、今空鼠がいる居間の様な意味合いの場所。二階に、キッチン兼食堂。そして、一階がエントランスの様なものになっている。
空鼠が出たのは階をそれぞれ繋ぐ踊り場だった。
「じゃあ、下に行きましょうか?」
「はい!」
二人はそのまま階段を下りる。それぞれの階の様子は、残念ながら分からなかったがパッと見では空鼠にとって馴染みのあるギルドだった。
「え?」
順調に降りていたとき、一階を上から見て空鼠は思わず固まった。エントランスにはどう見ても馬よりもまだ一回りはありそうな黒い狼が横たわっていた。
(・・・・ヴォルフ?)
そこでエントランスに確かNPCである人狼を狼の状態で配置していたことを思い出した。そして、それを見て空鼠は思い当たる。
NPCは果たして自分に対して友好であるか?
レゴラスを設定したとき、自分は丁度彼を息子の様なものとして決めたのを覚えている。けれど、ヴォルフはどうだったか?
思わず足を止めている空鼠を無視し、レゴラスは階段から飛び降りた。
「レ、レゴラスっ!?」
レゴラスは綺麗な法線を描いて、ヴォルフの背中に降り立った。
「おい、ごら、ちび助。何、人の昼寝を邪魔してくれてんだあ?」
狼は頭を上げ、自分の背中に視線を向ける。ドスの効いたその声に、空鼠は少しだけ怯えた。けれど、レゴラスはそんな空鼠のことなどどこ吹く風で楽しそうな声を上げた。
「ヴォルフ、いいでしょ?僕これから、マスターと外をお散歩するんだ!」
「は?マスターって・・・・・」
その声と共にヴォルフの視線が空鼠を捕える。
次の瞬間、ヴォルフは立ち上がり、体を空鼠の方に向けた。
「旦那!降りてきたんですか?」
そう言いながら、その体に見合った尻尾をすごい勢いで降り始めた。ヴォルフがしっぽを振るたびに、エントランスに置かれた調度品が倒れるなど悲惨なことになっている。
「ヴォルフ、尻尾何とかしてください!」
レゴラスの言葉など無視して、ヴォルフは空鼠に夢中だ。
空鼠はその様子を見て、恐る恐る階段を下りる。
「旦那、旦那、今日は誰も来てませんよ?俺、番犬の役目ちゃんとしてますよ?」
空鼠が前に立つと、ヴォルフは頭を床に付け上目遣いに話し続ける。
「えっと、そうですか。ヴォルフ、ご苦労さま。」
それにヴォルフは更に尻尾を振る速度を早くした。
「旦那、旦那、俺偉い?偉いっすか?」
その言動に空鼠は自分に求められていることを察し、その頭を撫でた。
「ふおおおおおおお。」
モフモフとしたその感触に、思わず変な言葉が出た後空鼠の中で何かがキレた。
「もっふもふじゃないですか!」
そう言った後に、ヴォルフの頭に抱き付いた。フカフカとして、且つさらさらとした毛並みは温かい。ついでとばかりに、耳の根元をぐしぐしと掻いてやる。
ヴォルフはというと、それにくーんくーんと甘えた声を出した。
が、そんな幸せそうな二人を面白くないレゴラスは、空鼠に話しかける。
「マスター、そろそろ行きましょう?散歩に早く行きましょうよ!」
「え、あ、そうですね・・・・・・」
「え?だ、旦那、俺も連れてってくださいよ!」
それに空鼠は困ったような顔をする。レゴラスは一層不機嫌そうな顔をした。
ヴォルフはあまり空鼠と接することは無い。エントランスは一応通りはするものの、挨拶程度しかしてもらえずに、寂しく感じていたのだ。
時折、おてや伏せといった芸をして褒めてもらえる程度なのだ。
(レゴラスは、居間に配置されてっから一緒にいることが多いだろうけどよ。俺はめったにかまってもらえねえんだぞ?)
これぐらいはいいじゃないかと思いながら、尻尾を振りつつ空鼠を伺う。
空鼠は腕を組み、ヴォルフの方をチラリと伺う。
(思い過ごしかなあ・・・・)
空鼠の前にいる黒狼の様子は、どう見ても散歩を強請る飼い犬の様だった。そして、空鼠は思い出す。目の前の黒狼は、飼い犬が欲しかったからこそ作り出したということに。
「いいですよ。行きましょうか、一緒に散歩なんて行ったことありませんからね。」
そう言った後に頭を軽く撫でた。
それにヴォルフは立ち上がり、意気揚々と尻尾を振る。
「じゃあ、早く行きましょうよ。散歩何て、始めてだなあ!」
弾んだその声に空鼠は苦笑した。すると、ヴォルフは体を屈めた。
「ほら、旦那も乗ってくださいよ。散歩、行きましょう?」
それに空鼠は恐る恐るヴォルフの背に乗る。
「・・・・わあ、これなんてもの○け姫?」
「どうかしましたか、マスター?」
「いえ、憧れた状況というか、某有名映画と同じ体験に感動というか。」
「それじゃあ、行きますよ。」
ヴォルフはそう言うと、ドアを前足で器用に開ける。
「え?」
ドアを潜って感じたのは、気持ちのいい風だった。
空鼠は目の前に広がる、眩いまでの“世界”に目を見開いた。
うっそうと茂る木々に地面に生えた苔や草の青臭さ、騒めく木の葉擦れ、ひんやりとした夜の匂いを孕んだ風が頬を撫でる感触、宝石を藍色の布の上にぶちまけた様な輝く夜空。
「すごい・・・・・・!」
空鼠は勢いよく、ヴォルフの毛を掴んだ。
「ヴォルフ、走って!」
「え?どこまで・・・・・」
「どこでもいい、景色が見える程度の速度で。どこかに、走って!」
ヴォルフはその言葉のままに弾かれた様に走り出した。
叩きつける様な風が空鼠の髪を嬲る。頭の隅でこんな強風の中でも涙が出てこないことを疑問にも思ったが、初めて見たこの自然の中ではそんなこともすぐに消えてしまう。
「ふふ、あはははははははははははははは、あはははははははははははははは!!」
感情の爆発によるその爆笑を、ヴォルフもレゴラスも気にしない。大好きな、創造主がよく分からないが喜んでいる。その事実だけで、彼らは十分だった。
どれだけ走ったのか、ヴォルフは森の終わりで足を止める。
空鼠は相変わらず笑っていたが、移動を止めるとそれも止んだ。
「あの、マスターが何がそんなに嬉しかったんですか?」
「だよなあ、前にギルドがあったとこだってもっと深かったけど森だったじゃねえか。」
空鼠はそれに苦笑を漏らした。そして、レゴラスの頭やヴォルフの頭を撫でた。
「夢、だったんですかねえ。こんな風に、夜空を見て、風を感じて。外を駆け回るのが。」
「そんなの、いつだって出来たんじゃないの?」
それに、空鼠はやはり笑った。
彼らは、自分がいた世界を知らない。こんな風に着の身着のまま外に出ても大丈夫なことが、澄み切った空気を吸えることが、満天の星空を見えることが。どれだけ幸福かを彼らは知らない。それは、知らなくてもいいことなのだと空鼠は思う。
(にしても、外の風景も大分変ってるなあ。前は、本当にジ○リ映画の世界観みたいな森の中だったのに。)
森を抜けた先に広がる草原に、ヴォルフは呟いた。
「旦那、さすがに森を出るのはどうかと思うんですが。」
「・・・・・鈴鹿姉さまに怒られるんじゃないかな?」
「・・・・・そうですね。一時のテンションに任せてさすがに遠出が過ぎましたね。」
レゴラスの言葉に、空鼠の脳裏には自分が作ったNPCの中では一、二を争う程度に癖のあるだろう存在が浮かんだ。
「ヴォルフ、元来た道、帰れますか?」
「へへん、においで辿れば一発だぜ!」
そう言って方向転換をしようとしたヴォルフは、ふと草原の方に振り向いた。
「どうしたんですか、ヴォルフ?」
ヴォルフははっきりと感じ取れる殺気ともいえる様な威圧感を出す。空鼠はそれを落ち着ける様に背中を叩いた。
「・・・・・旦那、なんかめちゃくちゃ強そうなのがいる。」
「えっと、どれぐらいですか?」
「うーん、俺とちび助二人がかりでもたぶん勝てない。たぶん、竜人。」
「どうします、マスター?」
「うーん・・・・・正直、今は情報が欲しいのが本音なんですよね。どっちの方向ですか?」
「あっち。」
ところで、空鼠はロールプレイを重きに置いたキャラを作った。それにおいて、彼はエルフのイメージを大事にした。そこで、弓矢を主とした職業をとったその他に少しだけ薬師や錬金術師などの職業も取ったが。
「えーっとスキル発動、“鷹の目”」
まるで高性能な双眼鏡のような気分で視界が良くなる。
「・・・・あ、いましたね。」
そこには綺麗なフォームを保ったまま走ってくる、銀髪とも白髪ともいえる髪をきっちりと整えた執事服の老人だ。
「あー。もう見つかってますね。ばっちり目が合っちゃってますもん。」
「逃げますか、マスター?」
普通ならこんな所に放り出され、おまけに敵かも味方かも分からない存在が近づいていると分かればもう少し慌てるだろう。
それでも、なお未だに和やかな雰囲気なのは、空鼠が楽観的な性格であり、NPCの二人もその性質を受け継いでいるからこそともいえる。
「・・・・接近で。危険そうなら逃げましょ。目くらましになりそうなのもありますし。」
「んじゃあ、ここで待機か。」
「はい、お願いします。」
そうやって三人がその場で待っていると、目視でも分かるほどまでにその老人が近づて来る。
「・・・・あれだな、なんかあそこまできっちりした服装の奴が、あんだけ綺麗なフォームで走ってくるといっそシュールだよなあ。」
「というか、何で執事服なんだろ。」
「なんでしょ、そう言われるとあれが面白いものに感じて来ます。」
三人が下らないことを言っていると、話題の中心であるかの執事が目の前にやってきた。
「このような夜更けに申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」
見惚れてしまいそうな見事な礼をした後に、執事はそう聞いた。
「あ、はい、かまいませんが。申し訳ありません、どういったご用件でしょうか?」
「はい、私はセバス・チャンと申します。どうぞ、お見知りおきを。」
「あ、ご丁寧にどうも。私は、空鼠。こっちの子がレゴラス。こっちの人狼がヴォルフ・モントと言います。」
空鼠の紹介に三人は同時にぺこりとお辞儀をする。
(・・・・セバス?なんか、聞いたことがある様な。でも、どうやら彼もNPCみたいだな。)
引っかかるものを感じながら自己紹介を終えると、セバスの事情について聞いた。どうやら、彼の所属するギルドもまったく見知らぬ場所に転移し、情報が欲しいようだった。
「ええっと、ところであなたはどこの所属の方でしょうか?」
「私はナザリック地下大墳墓の支配者であられるギルド、アインズ・ウール・ゴウンの配下であります。」
「え?」