アインズ・ウール・ゴウンがギルドマスター、モモンガの命を受けセバスはナザリック地下大墳墓の周辺調査に出ていた。
モモンガの感じたナザリックの異変。それを突き止めるべく外へと出たセバスの目に入ったのは平原と化した大地だった。
思わず呆然とはしたが、すぐに己に与えられた命を全うすべく行動を開始した。
周囲には人間どころかモンスターの一匹、小動物の一匹すらおらず、手に入った情報も、その場所が見知らぬ土地ということだけだった。
指示を受けた。周辺1キロを調査し終えて、ナザリック帰還しようとしたセバスは何者かに見られている気配を感じる。
モモンガからは知的生命体と遭遇し、敵対行動を受けるならば即撤退を言いつけられていたが、視線から感じるのはセバスを観察しているという感覚だけだった。
視線を感じた方に目を向けると、何かと目が合った感覚を覚える。
セバスは視線の方向に走った。
そこには、大狼に乗ったエルフの親子がいた。
(モモンガ様、セバスでございます)
(セバスか、調査ご苦労だ。なにか進展はあっただろうか?)
(はい、種族は不明ですが大狼が一匹。その狼に乗ったエルフの親子を発見しました。これより、コンタクトを取ろうと思います。)
(エルフ?力量はどうだ?どの程度の強さかは分かるか?)
(私には及ばない程度ですね。ですが、私に気づいても逃走しないことからあちらもコンタクトを望んでいるようです。)
(ふむ、原住民か?まあ、采配はお前に任せる。あちら側の事情を聞き、もしも私たちと同じ事情なら会談の席が設けられるように努めてくれ。)
(は、了解しました。)
目の前に立つと、大人のエルフ以外が自分に警戒しているようだった。
「このような夜更けに申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」
そう言って挨拶をすると、彼らも自己紹介をする。
自己紹介をすると、彼らも自分たちと同じような状況に陥っているらしい。
そして、何故かはわからないが。セバスは空鼠と名乗ったエルフが気になって仕方がなかった。
セバスは元来、人間種に対して友好的な人格だ。けれど、それを踏まえてもそのエルフが気になる。自己紹介と共に浮かんだ、気が抜ける様な温和で優しげな笑みが妙に好ましいと感じてしまう。
何故かはわからない。けれど、目の前の存在が慕わしいと感じてしまう。
魅了か何かでも使われたかとも感じたが、それにしては感情の起伏が小さいように感じる。そして、自分がそんなものに抵抗が出来ないとは思えなかった。
敵対行動か、それともこの場からの逃走か。迷っていると、所属のギルド名を聞かれた。
「私はナザリック地下大墳墓の支配者であられるギルド、アインズ・ウール・ゴウンの配下であります。」
セバスの紹介に対して空鼠は目を見開いた。
明らかに驚いた態度にセバスは誇らしい気分でいっぱいだった。
(我等が至高の方々がお造りになられたギルド。ユグドラシルにおいては知らぬ者のいないとされた名声。流石は我らが創造主。)
そう考えていると、空鼠は大きく、あああああああああああ!、と唐突に叫んだ。
「君、たっち・みーさんの作ったセバス・チャンですね!」
突然自分の創造主の名前を叫ばれて、セバスは動きを止めた。そんなセバスのことなど気にしていないのか、空鼠はヴォルフから降りてセバスに不用意に近づく。
「マスター!」
「旦那!」
幾ら友好的といえ見知らぬ存在に不用意に近づくことに、二人は静止の声を上げたが空鼠はセバスの前に立つ。
手を伸ばせばギリギリ触れることが出来そうな距離まで近づいた。どこか、子どもは好奇心を募らせたような顔でセバスを覗き込んだ。
「ああ、やっぱりセバスだ。」
旧友に話しかける時の様な、慕わしさを込めた声で名を呼ばれセバスは更に戸惑った。
「も、申し訳ありませんが、たっち・みー様とはどのようなご関係で?」
「ああ、そう言えば私と君は実質会ったことないんでしたね。改めて初めまして、私はたっち・みーさんとは友人関係でした。」
その言葉に少しだけ納得しかけたセバスを次の瞬間、爆弾が投下された。
「そして、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガの兄でもあります。」
その言葉に、セバスの中で一瞬、時が止まった。
(あ、に?モモンガ様の?)
モモンガに兄がいることなど知ってはいなかったセバスの中に嵐が吹き荒れる。
(兄!?まさか、謀って。いえ、それにしては私たちの事情に詳しい・・・・)
セバスの中で目まぐるしい思考が横行している中、問題の存在は身内で和やかに会話している。
「え、たっち・みーさんの作った人?」
「そうみたいです。よかったあ、モモンガと合流できそうです。」
「なんだよ、モモンガの旦那んとこの奴か。警戒して損したな。」
もしも、ここで感情的なしもべであったならこの三人に襲い掛かっていたかもしれない。明らかに弱者の部類に入るだろう空鼠が、モモンガの兄を名乗るのを赦せるものはそういないだろう。そういう意味では、セバスは最適の選択をしたということになる。
「しょ、少々お待ちください。モモンガ様に連絡してみます。」
「あ、はい。お願いします。」
相も変わらずニコニコと柔らかな笑みを浮かべ、空鼠は言った。
(モ、モモンガ様!よろしいでしょうか!?)
(どうした、セバス。そんなにも慌てて。もしや、何かあったのか?)
(い、いえ。その、先ほど接触を試みたエルフのお方が、モモンガ様の兄だと名乗っておられるのですが・・・・)
数秒、二人の間に空白が顕れる。そして、セバスの頭の中に絶叫が響く。
(兄さんが!?)
言葉の端から分かる知恵者である主人の動揺に、セバスは目の前の温和そうなエルフが本当に兄であることを確信する。
(兄さんにあったんだな!?それよりも、何故外になんて。ああ!あの人のことだ、深く考えもせずに散歩気分で出たんだろう!この未知の世界で、どんな危険があるかもわからないというのに!セバス、兄さんに変わって。ああ、メッセージでは変われん!)
怒涛の様に送られて来るメッセージに戸惑っていると、ピタリとそれも止んでしまう。
(兄さんに、怪我か何かは無いか?)
精神の沈静化によって冷静になったモモンガは絶対に聞いておかなくてはいけないことを確認する。
(いえ、目立って怪我などはありません。)
(分かった。ともかく、兄さんをこちらに連れて来てくれ。怪我などは、けっして無いように。)
(畏まりました。)
モモンガの言葉の端々から、目の前の兄を相当大事にしていることを理解した。
空鼠は連絡が終わったのかとセバスを伺っている。
「モモンガ様から、あなた様をナザリックにお送りする様にとのことです。ということですので、ご同行をお願いします。」
「あ、はい。それについては構わないんですが。一度、ギルドに戻っても構いませんか?ギルドの子に何も言ってこなかったので、これからどこに行くか程度は言っておかないと。」
「ああ、分かりました。」
「じゃあ、行きましょうか。」
「私は鈴鹿の所に行ってますから、三人はアンキッラの所に行ってお茶でも飲んでてください。すぐに帰ってきますから。」
空鼠はそう言った後に、慌ただしく階段を駆け上がる。
目指すのは四階にある図書室だった。
四階に着き、恐る恐るドアをノックする。中から応答はなかったが、空鼠はドアを開ける。
室内は、夥しいともいえる本棚に埋め尽くされている。中央の部分には申し訳程度にスペースが取られ、二人掛けのソファが三脚ほど置かれている。
そのソファの一脚には、和装の女性が寝転び本を読んでいる。空鼠が入ってきたことに気づくと、気だるそうな仕草で起き上がった。
「・・・・・主、どうかしたの?」
腰まである黒々とした緑の髪に、鋭い金の瞳。額から伸びた白い角が彼女を鬼人であると示していた。
「ええっと、鈴鹿。ごめん、少し話があるんだけど。」
「なに?」
早くしろとせかされているその様は、どう見ても主上関係が逆転していた。
鬼人の鈴鹿御前はNPCの中でも物理方面に特化した存在だ。そんな彼女が作られた時、空鼠は自分の保護者的な存在を望んで作った。
だからこそか、空鼠は鈴鹿御前に今までのことを話せば100パーセント怒られるのは分かっているわけで。
今、ここがどうやら未知の場所であること。ギルドが移動していたこと。勝手に外に出たこと。そして、先ほどセバスと会い、これからナザリックに行くことを話した。
話していくうちに深くなっていく皺に恐怖していたが、話し終えたその直後、空鼠の頭を鈴鹿御前は掴んだ。
「こおんのバカ主は、何してんのかなあ?」
「い、たたたたたたたた!ちょ、鈴鹿、私あんまり物理に対する耐性強くないんですけ!?」
ぎちぎちと締めあげられる頭に、空鼠が悲鳴を上げる。
「精々痛がんなさい!あんた自分がどれだけ危険なことしてんのか、分かってんの!?」
「分かってるから謝ってるでしょ!?自分でも一時のテンションに任せて、まずいことしたなあって自覚はありますから!」
赦してくださいと、情けない声を出す空鼠に鈴鹿御前は大きくため息を吐いた。
何だかんだで自分を作り出した創造主にあまりに厳しいことなど言えるわけもなく、あっさりとその頭を離した。
「はああ。もういいわよ。それで、モモンガの兄さんの家令は今、食堂にいるの?」
「はい。私もこれからモモンガと合流しようと思ってるので。鈴鹿には留守番を頼みたいんですけど。」
「却下だ。」
「え!?」
「そんなの却下に決まってるでしょう?未知の世界で、あっちとの情報のすり合わせなんかもあるのに。どうせ、連れていくのはレゴラスと駄犬でしょ?それに主なんて正直不安よ。」
そうでしょ?
その有無を言わせない威圧感に、空鼠は無言で頷いた。