誤字指摘、ありがとうございました。
転移した先は、豪奢な部屋の中だった。
空鼠は自分のギルドとは違う内装を興味深そうに見回した。
その時、背筋が凍りそうな雰囲気が後ろから溢れて来た。後ろを振り返れば、そのピリピリとした空気がモモンガから出ていることに気づく。
「えーっと、モモンガ?」
「・・・・・兄さん。少し、話がある。寝室で、話しましょうか?」
「あー。その、レゴラスもいるから。ここで話さないかな?」
その言葉にモモンガは伝言で誰かに連絡を取る。
「セバスに連絡した。レゴラスのことはこれで大丈夫だ。さあ、行こうか?」
もしも、ここでモモンガに肉があればにっこりと微笑んでいただろう。その笑みを思わず幻視しながら、空鼠は囚人の様な気分で寝室に足を向けた。
「兄さん!さっきのことはどういうことだ!?」
寝室に置かれた小さな二脚の椅子に座り、二人は向かい合わせになっていた。
久方ぶりに聞く、弟の怒声に空鼠は苦笑交じりに聞いていた。
「いや、話すことが無かったから本音でも話しとこうかなあって?」
「だからって、あの内容はなんだ!?まるで、死んでもいいみたいじゃないか!」
モモンガにとって、僕といえる存在がいない寝室では思う存分感情のままに叫ぶ。叫ぶたびに、感情が沈静化されているのだろうか蛍火の様な光が漏れ出る。が、感情自体は沈静化されても後から溢れ出て来るのか、モモンガの怒りは止まらない。
机に拳を叩きつけながら怒り狂うモモンガを見る。
鈴鹿御前の忠告通り謝っても、怒りは沈みそうにはない。
かといって、あの言葉の真意について言う気にもなれなかった。
(でもなあ、お前は私と彼らを天秤にかけて。そして、どちらかを選ぶことなんて出来ないだろう。)
守護者の彼らは、モモンガの最初の友人たちの残したもの、置き土産。モモンガにとって、友人であり、先生であり、悪友であり、憧れであり、恩人たちが残していった彼ら。そして、モモンガにとってたった一人の家族である空鼠。
選ぶことなんて出来ないだろうし、どちらかを失うなんて弟は考えることだって嫌だろう。
いや、失うかもしれないことを想定はしていても、失うことを考えたことは無いはずだ。
空鼠は、モモンガに大切なものが少なかったことを知っている。だからこそ、その数少ない宝物をどんな手段を持っても、死に物狂いで守ろうとし、手放さそうとしない。大切なものと、そうでないものと線引きがきっちりしているのだ。
それについては、空鼠に呆れるほど似ている。
だからこそ、どちらかを切り捨てなくてはいけない苦悩も、悲しみも嫌というほど分かる。
空鼠はモモンガに大切なものをどちらか斬り捨てるという選択肢をさせたくはなかった。優しくて、寂しがりで、情の深いモモンガにそんな選択肢をさせる気はない。最初から、どちらを選ぶか。選択肢を狭めてやるぐらいはしたかったのだ。今、兄として出来る精一杯の甘やかしが、微かすぎて情けないことこの上ない。
(・・・・・弟に守ってもらわなくちゃいけない兄でごめんね。)
ひどく情けない気分で、空鼠はモモンガの説教を聞いた。
「・・・・・説教はここで止めておくけど。でも、二度とあんなことを言うのは止めてくれ。」
「ああ、もうわかったよ。俺が悪かったよ。」
「それと、二度と勝手に外に出るなんて。絶対にやめろよな。セバスに聞いた時、肝が冷えたんだぞ?この世界の情報だって不確かっていうのに。」
「はい、この世界の平均的なレベルが百だっていう可能性もある、だったかな?まあ、俺も少し軽率だったなあとは思うけど。」
そういう兄を目の前に、モモンガは内心でため息を吐く。次の瞬間に、目をキラキラとさせながら空鼠はモモンガに被りつく様に顔を近づけた。
「でも、聞いてくれよ!外、すっごく綺麗なんだ。夜空は暗闇に宝石をぶちまけたみたいで!森の中は、草とか木の匂いで溢れてて!虫とか、獣臭かったり!でも、草原は気持ちのいい風が吹いてて。夜の匂いっていうのかな。冷たくて、でも、清々しいんだ!」
まるで子供の様な声でそれらを語る兄に呆れながらも、悪くない気分でモモンガは、はいはいとそれを聞く。
空鼠も、ブループラネットとは別のベクトルで自然に魅入られていた人間だった。
空鼠は元々、製薬などに対して興味を持っていた。が、大学に入学するなど夢の又夢であり、個人で続けていくのも限界があった。
そして、彼が次に興味を持ったのは薬草などの昔の知識だった。毒になる草、薬になる草、調合によっては毒にも薬にもなる植物。劣悪な環境下の中で、そう言った薬草や野草の本は無用の長物でしかなく、安く売りだされていた古本を拾ってきては読みふけっていた。
それが転じて、昔は小さなコミュニティに置いて医者の代わりをしていたという魔女などについて興味をもち、そこからファンタジー小説などを読むようになっていった。
(・・・・兄さんも、一部では有名なプレイヤーだったものなあ。)
ユグドラシルには、数々の植物が存在していた。それはポーションを作る有名なものから毒などを精製できるものと数多くあった。
それらは組み合わせによって効能も千差万別だった。といっても、ポーションも毒も自分のスキルや道具、もっと簡単に手に入る方法は多く在り、それらの組み合わせ、レシピについて研究するものなんて物好きぐらいしかいなかった。
そんな中で、空鼠はその物好きの部類に入り、数多くのレシピを所有しているものの一人だった。
といっても、空鼠が有名な理由はそこではない。
空鼠が拠点を設置していた場所の近くは低レベルのプレイヤーがレベリングする所があった。空鼠は、そこで薬草などの収集をおこなっていたわけだが。
とある時、ポーションがなくなっていた新人に余っていた下級ポーションを格安で譲ったことがあった。
それから、どんな勘違いがあったのか、どこそこの森に下級ポーションを売ってくれるお助けキャラが顕れるなんて噂が出始めたのだ。
空鼠も何故か急に下級ポーションを売ってくれるように頼まれることを不思議に感じていたものの、代価はきちんと貰っていたのでさほど疑問には思わなかったそうだ。
下級ポーション自体は趣味にしているレシピ作りの上で大量に出る。その処分が出来るならありがたいほどだったそうだ。
大型掲示板サイトでも新人に対してのおすすめ情報に入っていた。
(・・・・・・確か、それを知った時みんなでとうとうお助けキャラになったって騒いだんだっけ。)
昔のことを考えていたモモンガに、空鼠は不思議そうに声を掛けた。
「モモンガ、どうかしたのか?」
「あ、いや。何でもないから。」
モモンガの言葉に空鼠は不思議そうな顔をしたが、すぐに話しを続けようとする。が、モモンガがそこでストップをかける。
「話しはここまでにするぞ。」
「え、でも、今後の事とか話し合うのは・・・・・」
「眠いくせに何言ってんだよ。さっきから何回も欠伸を噛み殺してんの知ってるからな?」
空鼠はそれに若干、視線を逸らす。図星であったことにモモンガはじっと空鼠を見る。
「大方、俺が眠れないことを気にして言い出せなかったんだろうけど、眠らなくちゃ体調崩すかもしれないんだぞ。」
「はい、眠いです。寝床、貸してください。」
観念した空鼠を、モモンガはベッドへと促す。我慢をする意味もなくなった空鼠は目をこすりながら、ベッドに寝転がった。そして、体を少しずらすと自分の横をポンポンと叩いた。
「モモンガ、久しぶりに一緒に眠らないか?」
「・・・・あんたね、俺たちの年齢とか性別とか分かってますか?」
「良いじゃないか。ベッド、フカフカだぞ。それに、今日ぐらいいいだろう?」
今日ぐらい、という言葉にモモンガは少しだけだまり、そしてその横に寝転んだ。ベッドは確かにフカフカで寝心地は良かった。
モモンガが横に寝転ぶと、空鼠は楽しげな笑い声を上げた。
「あはははははは、一緒に寝るなんて何年ぶりだろ。」
「もう、十数年ぶりじゃないか?」
「もう、そんなに経つんだ。」
空鼠はしみじみという横で、モモンガが飽きれたような口調で言葉を吐いた。
「野郎二人でベッドに寝るなんて虚しくないか?」
「まあ、いいじゃないか。眠たいって言っても、当分眠れそうにないんだ。添い寝というか、寝物語ぐらいは付き合ってくれ。」
その口調が、どこか弱々しさの様なものを含んでいるようにモモンガは感じた。それをモモンガは指摘しなかった。兄というのは、弟に弱みを見せるのを好まないものだ。
「寝物語って、何話せばいいんだよ?」
「そうだな、転移したとき、どんな感じだった?」
「・・・・・ここが、現実なのかって考えてた。何もかも、終わるはずで。過去の遺物が終わろうと、別れを告げようとしてたっていうのに。」
誰も、残らなかった。
迷子になった子どもの様な声で、モモンガは呟いた。その次の瞬間、モモンガを蛍日の様な光が包む。沈静化された証に、空鼠は目を細めた。
「・・・・これ、便利だよな。何があっても、冷静で、何をすればいいか考えられるんだから。」
その言葉は本心からの様だった。空鼠はモモンガを横目に見た後に、小さく呟いた。
「でも、寂しいよな。」
モモンガはその言葉に体を固くする。
「遊ぶのは、楽しかったろ。ここは、お前の遊び場だったはずだ。だから、そこに友達が誰もいなくなれば。寂しいだろうさ。置いていかれるのは、悲しいよな。」
掠れた様な拙い声で空鼠は呟いた。
それにモモンガの中で、怒りが溢れて来る。
何が、この人に分かるのだろうか?たった、一人で、皆が集ったあの王座に残された自分の気持ちが分かるのか?
モモンガは沈静化されるよりも早く起き上がり、空鼠に怒鳴ろうとした。けれど、兄の方を
見ればそこには、目を瞑り、今にも夢の世界に飛び立とうとしている兄の姿があった。
呆気に取られている間に、感情は沈静化される。
「・・・・二人、ぼっちだ。」
寝ぼけているのか、その言葉はどこか胡乱だった。
「みんな、いなくなって。でも、それは仕方ないから。でも、寂しいなあ。」
漏れ出て来る言葉を、モモンガはじっと聞いていた。
「ウル、ベルトさんとか、たっちさんとか、仲良かった人もいるから、寂しいんだ。でも、仕方がないから。」
その声が、なんだかひどく寂しそうに聞こえたものだから。モモンガは、それに応える。
「・・・・・そうだな。仕方が無くても、寂しいな。」
「でも、残された何かがあるなら、寂しくないな。モモンガが、いれば俺は寂しく、ない。」
そこで等々眠気に負けたのか、本格的に寝入ってしまった。
寝息をたて始めた空鼠にモモンガは小さくため息を吐き、その体にシーツを掛けてやる。
考えれば、眠ろうとしていた直前のゲームからこの世界にやってきたのだ。今までは興奮状態で眠ること自体を忘れて居のだろうが、ここにきてやっと体が疲労を訴え始めたのだろう。
思い返せば、空鼠自身もギルドのメンバーとは顔なじみだったはずだ。モモンガも全ては把握していないが、数人とは個人的に連絡を取り合っていた記憶がある。
「兄さんも、俺ほどじゃなくても寂しいよな。」
取り残されるのは、悲しくて、寂しいな。
言葉以外に呟いたそれに、モモンガは少し息をするのが楽になるように思えた。
空鼠の顔は、兄の現実の顔を多少美化した程度の顔だ。そういう意味では、その顔はモモンガにとっては馴染みのあるものだった。
幼いころにも、こんな風に眠りこけている兄の寝顔を眺めていたことを思い出した。
一回り程年の離れた兄は自分を養うために馬車馬のように働いていた。疲れ果て、泥のように眠る兄を今でも覚えている。
二人ぼっちだと、呟かれた兄の言葉は思う以上に胸に響いた。確かに、自分たちが何だったかを知っているのはお互いでしかない。そういう意味では、確かに自分たちは二人ぼっちだ。そして、モモンガはそれを意識すると同時に嬉しいと感じた。
空鼠に髪をひと撫でした。サラサラとして指通りが良い髪は現実の世界の兄とは全く違う。兄の髪は、もっとくせ毛だったはずだ。この人には自分の様な感情の沈静化などないというのに、現実と今の乖離に対して何も思っていないようだった。それは、エルフという人間と近しい容姿を持っているからなのかもしれないが。
「どうでもいいとか思ってそうだな。」
そちらの方がしっくり来る。モモンガは言った後に、自分の骨の手に視線を向ける。
骨になった自分に違和感はない。けれど、兄からすれば、現実を知る空鼠からすれば自分を弟と認識するのは難しいだろうに。けれど、目の前の人はそれをあっさりと受け入れた。
この疑問を、空鼠に聞いたところで質問の意味自体を理解しないだろう。
モモンガは、モモンガだからだとかそんな答えが返ってくるだろう。
おとっりしていて、やさしくて、のんびりしていて。共に居ると肩の力が抜けるような抜けるような人だった。
そこでふと、目の前の人は現実に帰りたいと思っているかもしれないことを考えた。
自分とは違い、恋人がいた時期もあったし、時折ではあるものの酒を飲む友人もいたようだった。
モモンガは現実に未練はない。友人も、恋人もいない、家族だった兄もここにいる。けれど、兄はどうだろうか。帰る理由は、あるのだろうか?
じわりじわりと、沈静化されるほどではない不安感と焦りがモモンガの精神を嬲る。
もしかしたら、兄までも自分のことを置いて行くんじゃないか。
その考えを振り払うために空鼠の手を強く握りしめ、そして空鼠の顔を見た。空鼠は、涎を垂らして寝ていた。
思わず、がくりと体を揺らした。そして、精神の沈静化もされる。
モモンガは改めて考えて、自分の考えがあり得ないことに気づく。
(考えれば、みんなにもブラコンだって散々言われてたもんなあ。正直、俺よりも他の何かを優先する人じゃないか。)
考えれば考えるほど、杞憂であったことを自覚した。
人付き合いがなかったので、この年齢での兄弟間の距離というものを知らなかったが、兄は人よりもスキンシップの激しく、自分に構ってくる人だった。
試しに、自分から離れる想像をしてみるが。
「・・・・うん、あり得ない。どんなに想像しても、最後には帰ってくるな。」
モモンガはもう一度、空鼠の方を見て苦笑した。