モモンガと空鼠のいなくなった玉座の間で、守護者たちは頭を垂れたままだった。そんな中、アルベドが最初に立ち上がる。それに続いて、他の守護者たちも立ち上がった。
「・・・・・・なんというのか、ね。」
立ち上がったデミウルゴスはそう言ったきり、周りの守護者たちを見回した。同じように守護者たちも黙ったきりだ。
そして、アルベドが口を開く。
「何というのか、読めない方よね。」
「ああ、そうだね。」
最初から強くはないと言われたが、それでもモモンガの兄だ。なら、それ相応の何かがあるかと守護者たちは期待していた。が、兄というエルフの男に、彼らは何も感じなかった。
モモンガのあの威圧感に対しても怯えなどは見えなかったことから、弱いことは無いのだろうが。
穏やかな物言いに、モモンガを第一とする発言からなかなか好意的に感じた。それでもどれほどの実力か、能力かはっきりとしないせいで、どのような判断をくだせばいいのか分からない。唯、自分たちの主が彼を大事にしていることは理解した。
「で、でも、お優しそうな方でしたね。」
「そうね、なんだかいい人そうよねえ。」
アウラとマーレはそう言ってお互いに話し合っていた。
その言葉に、その場にいた者全員が何も言わなかったが、内心では同意していた。
あの浮かべられた気の抜けるような笑みに、親しみと言えるような感覚が沸き上がった。
その感覚が不快であるわけではなかったが、自分に何故そんな感覚が浮かび上がるかデミウルゴスには理解できなかった。そして、その親しみのほかに、彼の人に対する好奇心も感じる。
「ダガ、彼ノ人モ、モモンガ様ノ兄君。我ラニハ分カラヌ実力ヲ隠シ持ッテオラレヌノヤモシレン。」
「そうね、その可能性は高いわね。」
「まあ、それは置いておこう。彼らの事との話し合いもありますからね。」
デミウルゴスがそう言うと同時に、守護者たちに声が掛けられる。声の方には、額から一本の角が生えた和装の女と、大型犬ほどの黒い狼がいた。
「あー。そろそろいいかしら、各々方。」
「話、終わったか?」
「ええ、かまわないわ。鈴鹿御前。」
返事をしたアルベドに棘を感じる。それに鈴鹿御前は少しだけ顔を顰めた。違和感を持ったものがアルベドに視線を向ける。が、アルベドはそれに応えなかった。
鈴鹿御前はそれに気まずそうに口を開く。
「先ほど紹介されたけど、私は鈴鹿御前。で、こっちがヴォルフ・モント。」
「ヴォルフってんだ。見知りおきを。」
「もう一人のレゴラスは。あー、主が連れってちゃったから紹介はまたあとね。」
その言葉に、守護者側も自己紹介をする
そこで、皆はシャルティアが一人だけ立ち上がっていないことに気づく。
それにデミウルゴスが声をかける。
「シャルティア、さっきからどうしたんだい?君も自己紹介をしたらどうです。」
「あ、あのすごい気配を受けて、ゾクゾクしてしまって・・・・・少うし、下着がまずいことになってありんすの。」
その言葉に、場が固まる。シャルティアの性癖の一つである死体愛好であることを思い出し、デミウルゴスは鈴鹿御前たちの方を見る。
鈴鹿御前の顔には呆れの表情があるが、特に不快感は見当たらない。そして、ヴォルフにいたっては表情が分からない。唯、雰囲気が察して同じように不快感はない。
そこで、アルベドがシャルティアに怒鳴り、喧嘩が勃発した。
目の前で繰り広げられる喧嘩に茫然としながら鈴鹿御前がしゃべる。
「・・・・ねえ、いいの。あれ?」
「まあ、ここは女性同士のほうが、ということで。アウラ、頼むよ。」
「え、押し付ける気!?」
男性陣はその言葉にそそくさとその場を後にする。鈴鹿御前は最後まで申し訳なさそうな顔でアウラを見ていたが、結局デミウルゴスたちの後に続く。
「にしても、すげえ喧嘩だな。あんなことしても意味ないだろ?」
「違イナイ、何ヲアンナニモ言イ争ウノカ。」
「まあ、恋の前には女の友情なぞ儚いものよ。」
「それ、実体験なのか?」
「いや、又聞き。それよりも喧嘩、止めなくていいの?守護者統括殿抜きで話し合いは出来ないでしょう?」
「それはそうであるけれどね。あの中に飛び込むよりは、待った方が賢明というものだよ。」
アルベドとシャルティアを中心に風の渦が沸き起こっている。びりびりとした威圧感さえ感じる。
そこでセバスがその空気が断ち切るように声を上げた。
「私は、ここで職務に戻らせていただきます。ところで、鈴鹿御前様。あなた方の部屋についてもペストーニャに言っておきます。何か、要望はありますか?」
「うん?いや、特にはないけれど。でも、私たちは元のねぐらに帰るかもしれないしね。ヴォルフは?」
「うーん?俺も特にねえ。あ、でも部屋については俺やレゴラスの分はいらねえかな。たぶん、旦那のとこで寝ると思うし。」
「畏まりました。それでは、私は。」
深々と礼をして、セバスはそそくさとその場を後にする。
そして、鈴鹿御前はどこか覚悟を決めた顔でアルベドとシャルティアを見た。
「にしても、あの喧嘩を止めなくちゃ何もできないのよね。」
「あ、あの何かするんですか?」
「お、なんかやんのか?」
マーレとヴォルフの言葉に鈴鹿御前は頷いた。
「まあね。やらなくちゃ始まらないから。ということで、フォローもよろしくね。」
「え?」
その場の皆が何かを言う前に、鈴鹿御前は叫んだ。
「二人とも、喧嘩するのはいいけど、モモンガ様がどんな女性が好みか知ってるのお!!」
その声は玉座の間に広く響き渡る。声が届いた二人は、遠目から見ても分かるほど目をぎらつかせて走ってくる。その後を、慌てた様子でアウラが追う。
その覇気にヴォルフが呆れた様に呟く。
「マジで大丈夫か?」
「だから、フォロー頼んだ。兄さん。」
「・・・・こういう時だけ、兄貴扱いするんだよなあ。」
ぼやく様なその呟きの後に、二人が鈴鹿御前の目の前に到着した。砂埃が舞う中、アルベドとシャルティアが鈴鹿御前に詰め寄る。
「モ、モモンガ様の好みを知っているの!?」
「どっち!?どっちが好みでありんすか!?」
「いや、私はモモンガ様の好みなんて知らないわよ?」
「え?」
事もなげにそう言い切った鈴鹿御前を目の前にアルベドたちだけでなく守護者たちも目を丸くした。
そして、アルベドが怒鳴る。
「なら、どうしてそんな思わせぶりなことを言ったの!?」
「私が言いたいのは、不毛な喧嘩をしても無駄だって事よ。」
「不毛?それって、どういう意味でありんすか?」
「さっきもいた通り、モモンガ様がどんな女性が好みかも分からない中、そんなことを言い合っても不毛なだけでしょ。喧嘩するよりも、今は協力する方が賢明って意味。」
「そうそう、喧嘩するよりもモモンガの旦那の好みについて協力して探った方がいいんじゃねえか。もしかしたら、モモンガの旦那はぐいぐい来るようなのじゃなくて、おしとやーかなのが好みかもしれねえよ?空鼠の旦那は、大人しいのが好みって言ってたし。」
「・・・・・なるほど、ご兄弟であられるなら同じように育たれたはず。ならば、ある程度の性的嗜好なども同じ可能性は高いと。」
空鼠とヴォルフの発言に、二人は思わず黙り込んだ。そして、デミウルゴスの言葉にお互いに視線を交わし合う。
自分たちがモモンガに今まで取っていた行動からして、好みから外れていたらと考えているのだろう。
そこでアルベドが勝ち誇ったように言った。
「まあ、私は兄君に気に入られているけどね。先ほども、私のことを美人と評していたし。」
「な!アルベド、抜け駆け!?」
「いや、別に旦那はそこまで深い意図があったわけじゃねえよ?」
「唯、自分の美的観点からして綺麗って言っただけで、シャルティア殿を見ても美人と評するわね。」
二人は自分たちが同じスタートラインに立っていることに気づいたのか、またお互いに睨み合う。
そこでまた、呆れた様にコキュートスが言った。
「先ホドモ言ッタガ、何ヲソコマデ言イ争ウンダ?」
「何を言うの、コキュートス!モモンガ様の后よ、その座を望まないものはいないわ!それに御子だって生まれたら、あなたも素敵だと思わない?」
「ふむ、それに関しては私としても興味深いですね。」
「そうでしょ、デミウルゴス!」
デミウルゴスの賛同に、アルベドは嬉々として食いついた。
そこで、そこでマーレが不思議そうな顔をした。
「えっと、どういう意味ですか?」
「偉大なる支配者の後継はあってもいいものだろう?それに、モモンガ様の子ならさぞ優秀な方のはず。戦力の増大としても、興味深いということだよ。」
「・・・・・モモンガ様ノ、御子。」
「ああ、コキュートスもモモンガ様の御子にも忠義を尽くしたいとは思わないかい?」
守護者たちが盛り上がっている中、ヴォルフは鈴鹿御前の足にじゃれ付くように擦り寄った。
「子どもかあ。あ、そうだ!なあ、鈴鹿、お前も空鼠の旦那の子ども産んでくれよ。」
「・・・・・ヴォルフ、お前事もなげに言ってるけど、私が一人で頑張っても産めるもんじゃないからね?」
「じゃ、空鼠の旦那に頼んでくれよ!俺も一緒に頼んでやるから。」
「なかなかデリケートな問題にぐいぐい行くお前も嫌いじゃないけど、駄目だから。」
「えー、旦那なら俺たちの強請りなら聞いてくれると思うんだけどなあ。」
「いや、さすがに子供欲しいから父親にって言ってOKは出さないだろ。うん、出さないはず。」
「なに!?鈴鹿御前、あなた、空鼠様とそういう関係なの?」
二人の会話を耳にしたらしいアルベドが、会話に入り込んでくる。鈴鹿御前の肩をギリギリと掴んで、揺すった。
ガクガクと揺すられながら、鈴鹿御前はアルベドに話しかける。
「お、落ち着け。私は別に主とそんな関係じゃないわ!」
「でも、頼めば寵愛が得られるかもしれないのでしょう?」
「主は、そこそこ天然というか、こう、ふわっとしてるのよ!家族みたいなものである私たちに、甘い人のなの!」
アルベドの思う以上に強い拘束から逃げようと足掻いた末に、鈴鹿御前は叫ぶ
そして、鈴鹿御前の言葉に守護者たちの眉間に皺が寄る。
「偉大なる創造主に対して、家族と名乗るのは不敬ではないのかね?」
「・・・・そういや、あんたらって部下として創られたんだっけ?」
ヴォルフが今気づいたとばかりに、呟いた。そして、鈴鹿御前もそう言えばという顔をする。
「俺たちはただ単に、あの人が待っていてくれる誰かを望んで創られた存在ってだけだから。一応、主とか旦那とか言ってるけどよ、感覚的には家族みたいなもんって話。」
「家、族?」
「そうそう。ここは、強いて言うなら王城で。あんたたちは、玉座を守る騎士で兵士だ。でも、空鼠の旦那は、家を望んだ。家族と暮らすとか、それだけの場所を。そこで、帰りを待ってくれる存在として生まれた。まあ、家を守る番人みたいな面もあるけどな。」
そう言われて、守護者たちには理解が出来なかった。
彼らは、良くも悪くも仕えるものとして生まれた。
至高の御方、彼らに仕え、忠義を尽くす。それが何よりもの幸福だ。
家族として、創造主と気安い関係として生まれたという目の前の存在が理解できなかった。そして、自分達の在り方とは離れた彼らに少しの嫌悪感さえあった。
自らの創造主と家族であるというヴォルフに。
「家が出来たら誰かに帰りを待っててほしいだろう?玄関でじゃれ付くペットやらそんな感じで、俺たちそれぞれに役割を持たせて創ったんだよ。でも、まああんたらと俺たちは、ただ単に根本が違うだけで、結局のところベクトルは同じなんだからな。」
「私は、姉。ヴォルフはペット、レゴラスは子ども。あと二人ほどいるけど、そんな感じかしら。でもまあ、ヴォルフの言う通り行動原理は同じ。唯、創造主が為に。」
創造主、鈴鹿御前の言葉に絶対的な音を感じて、守護者たちは黙り込んだ。
その言葉に、目の前の存在が自分たちと同じであることを悟る。こちらを見る強い目の中に自分たちと同じ価値観を見つけた。
そして、そこでヴォルフが楽しそうな声で歌うように言った。
「俺たちは何があっても空鼠の旦那が大好きで、空鼠の旦那の味方だ。家族として望まれたのなら、そうありたいと思ってる。旦那のために生きて、旦那のために死ぬ。旦那が望むなら、俺はなんだってする。旦那の幸福のためになら、俺は何にだってなる。だって、俺はそのために生まれたんだから。なあ、俺とあんたたちは何が違うんだ?」
至極単純!
そう言いたげなヴォルフに、デミウルゴスが頷いた。
「・・・・・確かにね、君たちと私たちはあり方が違っても生き方は同じようだ。」
その肯定の言葉に、守護者たちはそれぞれ頷いた。
目の前の存在は、確かに自分たちとは始まりは違っても、辿る道は同じなのだろう。
そして、何よりも創造主にそうあれとされたなら、それを否定するような権利は自分たちにはないとも感じていた。
その雰囲気を察したのか、鈴鹿御前が苦笑を浮かべた。
「納得してくれた?ところで、そろそろ本題に入らない?」
「・・・・そうね、それじゃあ話に戻りましょうか?」