灰に塗れた道の先へ   作:ヴィリバルド

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義勇兵としての始まり

 まだ賑わうには早い朝のオルタナの街市場、商店が建ち並ぶ通りを北側、待ち合わせの場所に向かって歩く。

 スープに浸かった麺料理、ゾルゾや串焼きの屋台からは腹をくすぐるいい匂いが漂い、腰や背中に剣を掛けた義勇兵の男達が店主に注文をつけていたりする。

 俺もどこかで朝食を摂りたいところだったけど、待ち合わせに遅れるわけにはいかないので後回しにすることにした。

 通りを歩いていると板金鎧やローブを着込んだ一目で義勇兵と分かる人とよくすれ違う。

 あの日、あの塔で目覚めてからこの街にやってきた俺の格好は街の人達と比べて生地もデザインもはっきり言って浮いていたが七日経った今日、見た目だけはいかにも駆け出し義勇兵みたいな格好をしてる。

 柄の無い麻の上下に羽織った草色のフーデッドケープ、正直ゴワゴワとした着心地がきついけど元から着ていたような服の生地はここじゃ一般的じゃないらしく手に入らないらしいので慣れていくしかない。

 腰紐に吊るした手斧(ハチェット)、背中に掛けている弓、服も込みで全部義勇兵になってから入った狩人ギルドで七日間の初心者指南を受けたあと貰ったものだ。

 ギルドっていうのは言ってみれば同業者の組合でそのギルドが名を冠する仕事の技術を教わることができる。

 仕事に就きたいならその職種のギルドに加入していなければ雇ってももらえないらしい、この辺りも義勇兵以外の仕事を見つけることが絶望的な要因だ。

 なにしろギルドには無料で入れるわけじゃない、義勇兵になった人間なら戦士、神官、盗賊や俺が入った狩人のようなギルドで戦い方を教わるわけだけどその時には銀貨八枚、八シルバーものお金がかかった。

 支給された金の内八割がそれで消えてしまった、新米義勇兵は戦闘なんて素人なわけだから必要な出費ではあるんだろうけど。

 グリムガルと呼ばれているこの世界で流通している通貨は金貨(ゴールド)銀貨(シルバー)銅貨(カパー)の三種類、一ゴールドが百シルバーで一シルバーが百カパーだ。

 飯を食うのにもまともな一食あたり五カパーはかかるこの世界で、あの時義勇兵にならなかったらまともに生活できていただろうかと思うとぞっとする。

 残っている資金は二シルバー、まだしばらくはもつだろうけどこれからは義勇兵として自分で金を稼がなくちゃならない。

 そのために今日はこうして――

 

「よ、アラタ」

 

 後ろから小走りに走ってくる足音が聞こえたと思うと覚えがある声を掛けられた。

 振り向くと予想通り、あの日誰よりも先に入団を宣言したあいつが居た。

 

「ユウト、七日ぶり」

 

「だな、俺が一番だと思ってたけど朝早いんだなアラタは」

 

 気の良さそうな笑みを浮かべるユウトの格好もまたあの時とは全然違っている。

 歩くと金属の擦れる音がする鎖帷子(くさりかたびら)を服の上に着込み、背には長い刀身のバスタードソード。

 ユウトの入った戦士ギルドで初心者に支給されるらしい装備だ。

 

「結構朝は自然と目が覚めてさ、朝は強いほうだったのかもな」

 

「いいなー俺は朝辛いんだよ、でもちゃんと時間決めるの忘れてたからとりあえず早く来ておこうと思ってさ」

 

 あの日塔で目覚めたお仲間六人は結局全員が義勇兵入りを決めていた。

 無一文で放り出されたりするのはやっぱり皆不安だったんだろう。

 そうして見習い義勇兵になった俺達にユウトはその場で一緒に組んでやっていかないかと持ち掛けたのだった。

 お互い相手の名前も知らないような仲だったけど、一人で上手くやっていく自信があるわけじゃなかったし、そんな俺のように含めて残る四人もユウトの提案に乗り六人で組むことになったのだ。

 後から聞いた話だけど義勇兵は三人か、多くても六人までで小団(パーティ)を組んでやっていくことが多いらしい。

 あの時ブリトニーが言っていたキリのいい人数、というのはその辺りの事を示していたわけだ。

 パーティー結成後、ブリトニーは見習い義勇兵に対しても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるわけではなくて義勇兵の役割についても自分達で調べなければならなかった。

 ギルドに関してもその後街で皆が聞き込みに回ってやっと知ることができたことの一つだ。

 

「アラタは義勇兵の職業、狩人だったよな。どんなこと教わったんだ?」

 

「色々かな、弓術と剣鉈術に、森とか山での狩りのやり方とか、教官の人がすごい厳しくてさ……叱られない日なんか無かったよ」

 

 ギルドで教わったことなんかをユウトと話しながら歩いていると市場の北口にはすぐに着いた。

 そのまましばらくユウトの話、これまではギルドに住み込みで心配する必要が無かった宿のアテなんかについて話しながら待っていると俺達が歩いてきた方から見覚えのある二人がやってきていることに気づく。

 

「クザク、ツジ!」

 

 同時に見つけたユウトが手を挙げて二人を呼ぶと向こうもこっちに気付いて歩きを速めていた。

 仏頂面をしていて背の高い方はクザク、確か聖騎士ギルドに入ったはずで一部を鉄のプレートで補強した革製だろう鎧を着て柄に六芒星が刻まれたロングソードを腰に吊るしている。

 隣にクザクがいるせいで平均を少し下回るぐらいの背が低く見えるツジは神官の衣装らしい青い装飾の入った白い長衣姿だ。

 聖騎士も神官も光明神ルミアリスを信仰しその力を借りた魔法を使う――魔法の原理はよく分からないがそういうものらしい、ので二人共ギルドは北区のルミアリス神殿にあるから修練が終わった後合流してそのまま来たんだろう。

 

「ユウト、アラタももう来てたんだ、二人ともすごく義勇兵らしくなっちゃってるから一瞬分からなかったよ」

 

「それを言うならツジ達もだろ。ギルドはどうだったんだ?」

 

「もう指導者のおじいさんが厳しくて厳しくて……魔法より怒られたことの方がよく覚えてるよ」

 

「ははっ、それはどこもおんなじみたいだな。クザクの方は? 聖騎士ギルドに入ったんだったよな」

 

「あーこっちの方は……」

 

 ユウトが水を向けるとクザクの方は思い出すように宙を見て、ちょっとの間を空けてからどこかぼんやりとしているような口調で続けた。

 

「まあ教官の人は美人だったよ」

 

「女の人だったのか、いいなー」

 

「でも俺より大きかったし、身長。それに聖騎士ってやたら決まり事とかあるみたいで、面倒臭かった……」

 

 低い声のトーンを更に落として言うクザクの肩を撫でながらツジが慰めている。

 クザクが言っている決まり事というのはおそらく各ギルドが掲げている掟のことだろう。

 ギルドには心構えのようなものから行動に制約を強いるようなものまで色々な掟がある。

 その内容は各ギルドにより千差万別だけどその中でも聖騎士は面倒なものが多かったみたいだ、同じ光明神ルミアリスに帰依する神官になったツジも似たようなもののはずなんだが。

 

「えっ、もう皆集まってるの?」

 

 明らかにこちらに向けられた少し慌てた調子の声が聞こえて俺達が一斉に振り向くと、そこにはスレンダーな体形を膝丈のローブに包み、手には木製の杖、魔法使いの身なりをした少女が居た。

 いや彼女一人じゃない、傍には髪を肩に届く当たりで切り揃えている大きな瞳が特徴的な少女も連れ添っていた。

 二人ともあの日一緒に義勇兵になったお仲間で髪はショート、細身で背が高めの方がアヤカ、ボブカットの方がチョコ。

 アヤカの方は見た目そのまま魔法使い、チョコの方は盗賊になっているはずだ。

 実際チョコの方は体にフィットした動きやすそうな服になっていて腰にはダガーを提げている、二人とも無事に初心者講習的なものを済ませて来たんだろう。

 

「確か時間は決めてなかったよね?」

 

「大丈夫大丈夫、俺達が早く来過ぎただけだよ、二人とも七日ぶり」

 

 手を振ってユウトが言うと遅刻したかと心配していたらしいアヤカは胸を撫で下ろしていた。

 チョコの方は表情にほとんど変化が無くてクザク以上に考えていることが読めない。

 

「チョコは大丈夫なのか?」

 

「――何が?」

 

「目の下、隈が出来てるからさ」

 

 つい気になって口にしてしまった通り、うっすらとチョコの目の下には隈が浮いている。

 盗賊ギルドのは手習いって言っただろうか、それが厳しくて眠れなかったのかと心配になったんだが、チョコは首を横に振る。

 

「残ってるだけ」

 

「そ、そうなのか」

 

 そう言えば初日は気にする余裕も無かったけど会ったときからチョコはこんな目をしていた気がする。

 

「よし、皆揃ったな」

 

 集まった俺達はパーティ結成の発起人であるユウトを中心に固まる。

 俺を含めた五人はあまり主体性がある方じゃないらしく、皆をまとめたこともそうだけどこの中でリーダー気質を持っているのはユウトぐらいなものだったから自然とそういう流れになった。

 

「アラタが狩人、クザクが聖騎士、ツジが神官、アヤカが魔法使いでチョコが盗賊、それで俺が戦士。うん、結構バランスはいいんじゃないか?」

 

 なんでも義勇兵のパーティには前線の要となる戦士、そして傷を治す神官が必須らしい。

 居なければ活動できないというわけじゃないらしいが、それだけ重要度が高い職業なんだってことは役割を聞くだけでなんとなく分かる。

 幸い義勇兵の職業がある程度知れてからユウトが戦士に立候補してくれたし、ツジが神官になりたいと言ってくれたので俺達のパーティはその枠を満たすことが出来た。

 欲を言うなら俺も戦士になっていれば前衛の安心感が高まったんだろうけど――こっそり盗賊になったチョコの方を見て狩人になると決めたときの気持ちを思い出す。

 盗賊ギルドには珍しくも他のギルドのような掟が無いらしい。

 だからとチョコが言ったわけじゃないが、なんとなく面倒事を嫌ってそうな彼女はそれが決め手で盗賊になろうと思ったんじゃないだろうかと俺は考えてる。

 問題はパーティにおける盗賊の役割とその性質だった、盗賊は戦士のように正面切って戦うことはほとんど無いがその身軽さを生かして斥候役を務めたりする。

 勿論その場合は一人でパーティから離れて、ということになるわけで、女の子にそんな危ない真似をさせるというのがどうにも、未だに理由を言葉にすることが出来ないけど俺にとっては見過ごせなかった。

 けれどパーティに盗賊は一人だけ、他の盗賊の縄張りを荒らさないという掟ならぬ盗賊の仁義が存在するらしく俺に盗賊の道を選ぶことは出来なかった。

 だから狩猟術、獲物を追跡したり気配を潜めたりと共通するところのある技術を教わることができる狩人ギルドを選んだのだ。

 

「――?」

 

 見られていたことに気づいたのかチョコがこっちに顔を向ける、寸でのところで顔を背けることに成功する――した、と思いたい。

 チョコも盗賊ギルドで気配の探り方なんかを教わってるだろうし、バレてしまったかもしれないが。

 女の子を危険な目に遭わせたくないとは言っても当の俺は女の子を相手にするのが得意というわけじゃなく、社交辞令な挨拶ぐらいなら問題ないけど会話を長続きさせる自信なんか無い。

 なし崩しにパーティを組むことになったけど、よく考えれば皆名前ぐらいしかよく知らない相手なんだ。

 皆と良好な関係を築けるのか、それも目下の悩みに追加しないといけないだろう、誰とでもフレンドリーに話せているユウトが羨ましくてならない。

 

「それじゃあ皆、今日は俺達の義勇兵活動初日だ、張り切っていこうぜ」

 

 いつもの爽やかな笑みでリーダーらしく言い放ったユウトの顔は自信に満ちていて、こっちの不安を大分まぎらわせてくれる。

 なんにせよ義勇兵になった以上皆とやっていかなくちゃいけないんだ、ユウトの言う通り、精々気持ちだけは引き締めておこう。

 

「――けどまあとりあえず、腹ごしらえしてからにしようか、俺まだ朝飯食ってなくってさ」

 

 腹をさすりながらユウトがそんなことを言うと引き締められた空気が一気に弛緩してツジやアヤカが小さく笑いを漏らす。

 

「じゃあさ、ここに来るまでに美味そうな屋台見つけたんだけど、行ってみないか?」

 

 いつそれを言い出そうか悩んでいた俺は心の中で感謝しながらユウトの尻馬に乗っていた。


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