神道武の幼少の頃に両親は呪術師の派閥争いによって殺されている。
「民」の呪術師である父親と「官」の呪術師である母親。互いに理解しあいながらも、周囲が理解しなかった。
極めて稀なことであるが、両親の愛は周りが許さず、殺し合いに発展した。
この事件自体は発覚してすぐに解決に動いた。しかし、手遅れだった。
両親は殺されており、神道武だけが両親に守られるように生きていた。
殺したのは官の呪術師である。在野の血統を許さない。古臭い過去に栄光にしがみつく一部の高貴な血族は彼らに目を付けた。
取り立てて有名ではない家の人間を殺しても大したことにはならない。
そんな考えで神道武の両親を殺した。彼らは処分されたが、一部の人間は軽い処分だけですむ者もいた。
神道武は父親の祖父に引き取られた。厳格であり、武道を主とした呪術を神道武に教え込んだ。
最初は最低限生きるために教えるつもりであった。しかし、徐々に気づく。
神童。
はっきり言って武は神童に領域に入る天才であった。
あらゆる武術と呪術を学び、吸収し、修める。
天才であり、祖父は己の人生の全てを神道武に教えた。
老齢でありながら若者のように充実した日々だった。
神道武が中学生に上がる頃、祖父は亡くなった。
祖父は亡くなる前に教えてくれたことがある。
今や誰も知らない神社がある。我が神道家の人間は一度その神社に挨拶、お参りをしに行く決まりがある。お前も行ってこい。
祖父は最後に言い残した。
神道武は祖父の言うとおりにその神社に向かうことにした。
中学生になる前のことだった。
友人の清秋院恵那が暮らしている山のような場所だなと思う。自然が濃い。ひたすらそう感じた。
誰も手入れをしない自然がそこにはあった。
武は木々を猿飛の術で飛んでいく。
「着いた」
そこには神社があった。
古くはなっているが汚くはない。厳かな雰囲気の神社だった。
二拝二拍手一拝。
静寂。風の音だけが響いた。
どさり、音がした。後ろを振り返ると人が倒れていた。
武は急いで駆け寄り、両手で抱きかかえた。
驚くほど綺麗な少女だった。黒髪の神の造形に等しい少女。
「……うぅ」
少女はうめいた。
武は少し悩んだが、すぐに判断する。神社の中に入る。ご神体は鏡だった。中は以外にも新品のように綺麗だった。少女を中に入れ寝させた。最初は苦しそうだったが、すぐに穏やかな寝息となった。
武は少女の穏やかな寝顔を見ていた。
夕刻になると少女は目覚めた。
「貴方はだぁれ?」
最初の言葉がこれだった。
「俺は神道武。貴女は?」
「……わからない」
間があったがすぐに答えた。
わからないときたか、武はどうしたものかと悩んだが、悩むどころではなくなった。
「……やだ。暗いのやだ。怖いよぅ」
少女は泣き出したのだ。
「明かりよ……」
見た目より、ずっと幼いと思いながら、武は呪術を行使した。光の呪術。周囲に光の玉が幾つも現れる。そして蝶のように動き回る。
少女は泣き止み、喜びながら、笑顔となった。
夜は少女と共にお喋りをしながら過ごし、いつしか眠っていた。
朝日と共に起きると少女がいなかった。
代わりに外から巨大な呪力を感じた。
ゆっくりと外にでる。
目の前には少女と巨大な白蛇がいた。
白蛇は懐く様に少女の体に擦り合わせ、少女は優しく撫でていた。
数分間、少女は白蛇を撫で続け、白蛇は光となって少女の中へ入った。
少女の手足が延びる。少女から大人へ。人から神へ。
「我は処女にして母。地母神にして天空神。我の名は―――」
正真正銘の女神だった。
その美しい光景に心を奪われた。
少女、いや、女神は神道武の元へ近づき、抱いた。
「私は神、まつろわぬ神。されど、人の世に害をなしたくありません。私はこのまま不死の領域へ戻ります。私がいてはこの世は永遠の昼が続くでしょう。闇夜は怖いですが、世界に必要なものです。だから、私はいてはいけません」
神は離れる。
「太古の昔から私は人に加護を与えてきた。これも何かの縁。君にも加護を……」
指先がおでこに触れる直前、指を止めた。
「……いや、止めておきましょう」
女性は寂しそうな表情になった。女性は武から離れる。
「さぁ、行きなさい」
夕方ごろ、山を下りていく途中、嫌な予感がした。
半分ほど下ったあと、元の道を戻った。予感が当たったのか尋常ではない呪力の気配がした。
しかし武は躊躇せず突き進んでいく。
山小屋があった場所は完全に破壊されていた。
武は木刀を取りだし、辺りを見回す。
呪力の大きな場所を感知し、向かう。
そこには……
闇がそこにあった。
闇夜よりも純粋な闇。
星や月さえも飲み込む闇の塊があった。
その隣には獣。黒い狼。
その隣には巨漢の武士。
3人の人外なる存在がいた。
「私を殺しに来たのですか?」
問いに闇が笑った。
女の声、ひどく、負の念がこもった声。
「うん、殺しに来たよ」
女神はひどく悲しそうな表情だった。
「私はこの地で争うつもりはありません。すぐにでも不死の領域へと旅立ちます」
「そんなことはさせないよ」
闇は笑う。
「そんな幸せな終わり方なんて認めない。私はあんたが憎い。絶対に消滅させる」
「……そう」
女神は諦めて、その代り一言。
「動くな」
言霊が闇を縛った。
「くッ!」
闇の家来たちも言霊に縛られる。
「私が旅立つまで君たちはそうしていなさい」
女神は踵を返し、歩いていく。その油断に……闇は笑った。
女神の腕は喰いちぎられた。
家来の一匹、黒い狼は縛られたふりをして女性が隙を見せるのを待っていたのだ。
「グルルルルルルルルッ」
黒い狼はやったと言わんばかりに大きな口を歪ませる。
「君は、異国の神か」
女神は体のバランスを崩し、木に寄り添った。
女神が傷ついたことにより言霊が解かれ、闇は自由になった。
「私が勝機もなしにあんたの目の前に現れるわけないでしょう?」
闇は笑う。
そして巨漢の武士に命ずる。
「殺しなさい」
武士は無言のまま槍を構えた。
槍は女神の胸を貫くはずだった。
しかし、槍の軌道を変えられた。
武が女神の前に立ち、木刀で槍の軌道を逸らしたのだ。
武士は「ほう」と感心したように呟く。
狼は口を歪ませ。
女神は驚愕し、闇は苛立たしげに言った。
「人間ごときが我ら神の前に立つか?」
闇は人間に憎悪を振りまく。
「何しているの!? 早く逃げなさい」
女神は焦りながら武に言った。
「人の身で神々の前に立つなど愚の骨頂。早く逃げなさい」
武は何も言わない。
ただ全力でこの場から逃げる。それだけを考えていた。
「炎ッ!」
全力で呪力を開放する。
神々にとっては無害に等しい炎だが、炎として目の前にある以上、目隠しとしては機能する。
炎が闇たちの周りから消えた後、武も女性もいなくなっていた。
闇は薄く、凄惨に笑った。
「早く私を置いて逃げなさい」
武は女神を背に抱えながら逃げていた。女神は武に諦めるよう促す。それでも武は女神の言葉に耳を貸さない。
助ける。その衝動だけで行動していた。
猿飛の術で走る。
しかし、背後から闇が近づいてくるのを感じた。
逃げても追いつかれる。そう悟った武は走るのを止めた。
迎撃する。女神を木に寄り添わせ、木刀を構える。
巨漢の武士が来た。
戦国時代の鎧武者。時代錯誤の格好だが、違和感を感じなかった。
巨漢の武士は槍を構える。
武は木刀で護りの構えとなる。
武士は一時の遊びをするように武は全力で集中する。
この二人の力量には絶対の差があった。
武は武士に勝てない。それは絶対。
槍が突く、木刀がずれる。
それだけのことで生き延びた。
槍の突きが当たる前に槍の軌道をずらす。理屈としては簡単だ。しかし、それを人間の達人以上の速さの槍に対して行う異常性。
武士は目を細めた。
期待するように槍を引き戻し、構える。
巨漢の武士にとって武を殺すこと自体は容易い。武は槍の突きに対して全力で木刀を構えている。
素早さで翻弄しても良いし、槍の軌道をずらされた時点で槍を横に薙げばいい。それで殺せる。
しかし、武士はそんな無粋なことはしない。
武の覚悟の闘いに武士は正々堂々と戦わなければならない。そう思ったのだ。
故に一歩も動かずに槍の突きだけにする。
一度、二度、三度。武の身体が悲鳴を上げた。
四度、五度、六度。突きの速さに耐えきれず、風圧だけで服が破れ、皮膚を裂けた。
いつのまにか闇たちがいて、その光景を見ていた。
七度、八度、九度。木刀が耐え切れず、壊れてしまった。
九度目で木刀が壊れると同時に武は吹き飛ばされた。
頭を打ち、意識が混濁した。それでも立ち上がろうとした。
「もう止めて、意味がないのよ。人の身で神に立ち向かえるわけないでしょ! 君たちも私だけが目当てなのでしょう。なら人間だけは見逃しなさい」
女神は叫んだ。
しかし、この場に武を生かして返す気のあるものは女性しかいない。
武士は戦士の誇りある戦いのために。
闇は憎悪のために。
黒い狼は生かす理由がないために。
黒い狼は大和を喰らおうと飛びかかる。
しかし、遮られた。
女神は暖かな光の結界を発動させ、狼から武を護ったのだ。
闇は忌々しそうに光を見る。
「なんで人なんか護っているの?」
闇は女神を睨む。
「もしかして、地上に顕現しておいて、また神話に縛られていたいの? こんな存在のために」
「黙りなさい」
「まだ。人を護るの? まつろうの? ねぇ、ねぇ、ねぇ?」
「黙りなさい!」
光が周囲を照らした。
狼と闇は光から逃げるように後ずさる。
あらゆる邪悪から人を護る聖なる光。
だが、傷ついた身では限界があった。
徐々に光が薄まる。
あぁ、これまでか。
女神は諦めた。しかし、諦めない者がいた。
神道武。
彼は立ち上がり、女性の前に立つ。
意識は混濁しながらも、ただただ、女神を護る。それだけのために立ち上がった。
異常だった。普通ではなかった。女神は焦り、大声で叫んだ。
「何しているの、立ち上がらないで!」
目の前の愚者に言った。しかし、武の耳には響かなかった。
闇は忌々しく思い武を睨んでいたが、はっ、と気づいたことがあった。
「はははははは、滑稽ね」
闇が笑う。
「神が地上に顕現した時点で地上に…人に災厄をもたらす。あんたも例外じゃない」
闇の言葉に女神は青ざめた。
「あんたはこの国の最高神、絶対の支配者。あんたが不死の領域に行こうと思っていても知らず知らずのうちに人間を支配し、操る。そこの人間も同じ、あんたの威光に魅了され、本能的に護ろうとしている」
闇の言葉に女性は愕然とした。女性の頬に一筋の涙が流れた。
人と触れ合えば、その人は平穏な人生から外れてしまう。だから加護を与えなかった。けれど、意味がなかった。出会った時点で武の人生を狂わせてしまった。
武士は武の異常な行動の意味を知り、少しだけ消沈したが考え直した。実力だけは本物。人としては強者。
「名を名乗れ。小僧」
巨漢の武士は武に問う。
武は意識が混濁し、闇と女性の話を聞いていなかったが、それでも目の前の武士の言葉だけは届いた。
「……神道……武」
なんとか、言葉を紡いだ。
「武か、良い名だ……誇るがいい。人の身にて、神の一撃を捌いたことを」
槍を構える。槍に爆発的な呪力が巻き起こる。
これで最後、死体も残らない。
最強の一撃が武を襲った。
……武は躱し切れた。
偶然か必然か。
木刀の時と同じように槍の軌道を右腕でずらした。
だらんとしていた腕を神業のごとき速さで動かし、槍の穂先が胸を貫く前に、槍の柄を横に押した。
軌道がずれて武の背後は爆発する。武の右腕も槍に触れた時点で吹き飛んだ。
それでもなお、武は生き残った。
武士は本当に驚いた表情を浮かべた。
そして、
「お主と会えたことを誇りに思うぞ」
武士は真剣な表情で、武を倒すべき存在と認めた。
「はい、茶番はここまで」
闇の塊の女はイラついた声で武の心の臓を抉り取った。
動かず、指先を向けただけで。
「……あ?」
倒れる。所詮は人の子。神とは対等ではない。その現実を思い知らせるように。倒れた。
武士はひどく残念そうにして、顔をそむけた。
「じゃあ、それと一緒に死んで逝きなさい」
闇の塊とそれに従うものは消えた。
まるでそこにいなかったかのように。
女神はひどく悲しそうに泣いた。生きるべき、光ある穏やかな世界で生きるべき人の子が死んでしまった。
そうならないためにも、元の場所に還ろうと決めた矢先に。
自分が自由だったころを捨てて、また「まつろう神」になろうと思ったのに。
生気が失われていく武を見ながら悲しみに打ち震える。このまま共に死んでしまう。
ひとつ、最悪の生き延び方を思いついてしまった。この方法で生き延びたら最後。死ぬまで神々の憎悪を受け止めなければならない。
しかし、それでも・・・生きてほしかった。
「私の命を君に捧げます」
秘儀が始まった。
神を贄して初めて成功する簒奪の秘儀。
愚者と魔女の落とし子を生む暗黒の生誕祭。
「まさか、このような形で新しい息子が生まれるなんて」
「ふふふ、あなたがパンドラ?」
「はい。天照大御神様」
子供の様でありながら艶めかしい女を感じさせるパンドラ。
「別にいいじゃない。神の一撃を防いだもの。充分素質はあります」
「貴女様が言うのなら確かなんですね。期待できるわ」
天照大御神は武を優しいまなざしを向けながら祝福を、パンドラは逃れられぬ宿命を。
「さあ天照大御神様、祝福をこの子に与えて頂戴! 七人目の神殺し―――若き魔王となる運命を得た子に、聖なる言霊を奉げて頂戴!」
「神殺しの宿命を背負わせてしまう私を許して頂戴、神道武。転生する君の人生は栄光と苦難の道に彩られるでしょう。けれど、けれど、それでも生きて欲しい」
だから―――
「生きなさい」
以前同じタイトルの作品を投稿し、凍結しましたが、復活させました。
どうか楽しんでお読みください。
また、主人公の名字が違う誤字脱字があるかもしれないのでご指摘お願いします。
ではまた、近いうちに