飛び降りることができなかった。今ここで死ぬとしても、言い表せない恐怖が私にまとわりついてくる。私は柵の内側に戻って崩れ落ちた。
「怖い……。」
「死ぬのが…怖い……!!死にたくない!!!だけど、このまま生きていたって、あの3人にいじめられ続ける…!…っ、うぅ、っぐす……。いやだよ…。どっちもいやだよぉ!!!!!!うう、誰かぁ……、たすけてよぉ!!うう…ああああ…!うあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
死に対する恐怖。死から逃げても続くであろう生き地獄に対する恐怖。その二つが板挟みとなり、私はどうすればいいかわからなかった。なにもわからず、ただ慟哭した。
あれから数日が経ち、私は今もいじめられ続けている。最近はあの3人だけではなく他の生徒も積極的にいじめに加わっていた。暴力はもちろん私物を隠されたり壊されたりもされている。当然だが以前よりもひどい状況になっていた。
だけど、そこに苦痛はなかった。殴られても、壊されたものを見ても悲しまなかった。
むしろ、私が抱いた感情は怒りや憎しみ。
以前はこんな感情を抱きもしなかった。だが、今は別であった。私をいじめてる人たちに対する憎悪は日に日に増していった。
そしてその憎悪に殺意も混ざり始めた。
私はいじめられているときも相手を睨み続けた。その顔が気に食わないという理由で暴力が増したがそれでもやめなかった。そして誰が私を殴り、その回数も記憶した。
回数によって、私が考えた罰を与えるからだ。
今日、先生に注意されたことを理由に八つ当たりで暴力を振るった生徒を放課後…………。
「……。」
「えっ…?」
階段から突き落とした。彼女は石田さんが私のノートを返したときに女子トイレにいた生徒の一人だった。それからも私をしつこくいじめ続けてきたので相応の罰を与えた。
彼女は意識不明の重体となり、学園を去ることとなった。そんな末路をたどった少女に対してみじんも罪悪感などなかった。また一人、私が他人の未来を奪った。そんな事実を突きつけられても後悔ではなく、私は当然の報いと思いながら高揚していた。
楽しい。
私をゴミのように扱ってきた人たちがあんな風に無様な姿になることが楽しかった。次はどんな風にして陥れてあげようかと思うと不思議と笑いがこみ上げてくる。
私はいじめをした生徒たちに次々と罰を与えていった。階段からの突き落としは無論、盗んだ携帯電話を使って危険な人物が集まる掲示板に彼女たちに身に覚えのない書き込みをして破滅させたりとあらゆる罰を与えた。
一人、また一人と消え去っていく。罰を与えるたびに心が躍った。
あらかたいじめに加担した生徒は片づけた。残るはあの三人。
笹川朱音、早乙女桐子、石田美夏。
彼女たちには普通とは違う罰を与える。あの3人が、私を自殺させるまでいじめていたのは今ならわかる。なら私も相応の受け答えをしなければいけない。
後日、私は笹川さんを校舎の裏に呼び出した。指定した時間より遅れること数分。笹川さんが来た。
「おまえがあたしを呼び出すとはどういう了見だ?」
いつものように威圧するような態度で笹川さんは私に詰め寄る。だけどそんな脅しはもう私には通用しない。
「言いたいことがあります。もう二度と、私に話しかけることは無論近寄らないでください。」
「はぁ?」
「わかるように言いますと、この学園を退学してくださいと言っているんです。あなたのような、暴力で問題を片づけることができない人間は学校という施設には不要なんです。だから退学してください。…っ!」
笹川さんは私の足を蹴飛ばし、私は座り込んだ。
「言うようになったじゃねえか。クソアマが。だけど実際に言うのはバカの証拠だ。あたしが教育してやるよ。」
笹川さんは私に殴りかかろうとした。だが、私は右手で握っていた土を笹川さんの顔に投げつけた。
「ぐっ!?、てめぇ…!」
目に土が入りひるんだ隙をついて、私はスタンガンを笹川さんに突きさした。
「ぐあああああああ!!!!!!!」
高電圧製のスタンガンを思いきり体に突きさし、彼女の意識がなくなるまでそれをやめなかった。その後、笹川さんは意識を失い倒れこんだ。私は動かなくなった笹川さんを古びた倉庫に運んだ。
「ぐっ。どこだよ…ここ。あ…?なんだ、これ?」
笹川さんが目を覚ました。彼女の身体は動けないように縄で椅子にくくりつけてある。彼女は自分が拘束されてることに気づき、私に解くように言ってきた。
「何の真似だてめぇ!!とっととこれをほどけ!!!」
予想通りの反応。怒鳴って拘束を解けと私に言ってきた。だけど私は解くつもりはない。
「聞いてんのか!!さっさとこれを…ぐっ!?」
「だまれ。」
私は笹川さんの顔を殴った。
「てめぇ…!こんなことして、どうなるかわかってんだろうな!?」
態度を変えることなく怒鳴ってくる笹川さん。どうやら自分の立場が分かってないみたい。私は近くに転がっていた角材を持った。
「な、なにするつもりだ…。」
「………。」
私は無言で角材を笹川さんの頭めがけて振り下ろした。
「ぐっ!!てめぇは絶対に、うがっ!!あぐっ!ぐあ!!」
何かを言おうとしたが構わず角材で殴り続けた。笹川さんの顔は血にまみれて歯も折れていた。いつも私の身体を暴力で傷だらけにしていた人が、顔中血まみれにして、私の目の前にいる。しかもそれは私がやったものだ。
私はかつてない快感に酔いしれているのかもしれない。いじめに加担をした生徒に罰を与えるよりもはるかにゾクゾクした。
「ぐっ…ごはっ…、なに…笑って…やがる。この、くそ…が……。」
「ふふふ。それは楽しいから。あなたをここまで殴れるのが楽しくてしょうがないから笑ってるの。」
「はぁ…?ふざ…けん…な!」
「…。」
「ごあっ!?」
もう一発、角材で顔を殴った。笹川さんの返り血が私の顔や制服に飛び散る。私は血の付いた角材を捨てて、用意していたものを取り出した。
それは熱湯の入った水筒だった。私はそれのふたを開けて、笹川さんにかけた。
「があっ!あ、熱いいいいい!!やめ、ろ!!ぐああ!!熱っ!ああああああ!!」
1リットルもの熱湯を浴びせられ、笹川さんは悲鳴をあげながらもだえ苦しんだ。この古びた倉庫には誰も近づかない。彼女がどれだけ叫んでも誰も来ることはなかった。
水筒の中身は空になり、笹川さんも叫ぶのはやめたが息を切らして私を睨んでいる。これだけされても助けを希わない。別に面白くないとか腹が立つわけじゃないけどなぜだか気になった。
だけどそこまで聞く興味はなかった。今はそんなこと聞くよりも、まだまだ楽しみたいから。
「ここにはいろいろなものを用意してきたから。時間のある限り、楽しもうね?」
どれくらい時間が経ったか知らない。当然、日も暮れていて夜になっていた。
私はあらゆる道具で笹川さんに罰を与えた。
ナイフで腕を突き刺し、やすりで爪をすべて削り、釘を足の甲に打ち込んで、ガソリンをかけた腕にライターで火をつけ、鉄パイプで骨が折れるまで足を殴る。
これらをやるたびに絶叫が絶え間なく発せられた。そして私はその絶叫を聞くたびに高揚してくる。
そんなことをやってるうちに、もう笹川さんは途中で睨むことすらしなくなり、ただうわごとのように「殺す」とつぶやいていた。今でも意識があるのかどうかわからないけどずっとつぶやいてる。
もう十分に楽しめたので、最後の罰を与えることにした。
私はバッグに入っていたのこぎりを取り出した。
最後の罰とは、笹川朱音を殺すこと。
私はのこぎりを彼女の首に宛がう。それでもなお「殺す」とつぶやいてる笹川さん。もうすでに正常な判断ができていないのかもしれない。
「死ね。」
のこぎりを振りかぶり思いきり首を切った。刃が首に深く食い込み、血が大量に噴き出した。笹川さんも何も言うことなく動かなくなった。
「……………。」
言葉を発することなくただ血を流している笹川さん。その姿を見ると満たされていく。
私が人を殺した。自分の手で………………。だが、そこに後悔という感情はない。
あるのは空虚な心が満ち足りていく感触。私を徹底的に迫害した人を私自身の手で殺した達成感。どれも初めての感覚だった。これで私は十分に楽しめた。
だけど、これじゃあ足りない。笹川さん一人だけじゃまだ足りない。
なら、次はあの二人。石田さんと早乙女さん。あの二人を…………殺す。もうこんな小細工をしてあの二人を苦しめるんじゃなくて、明日、教室にいるであろう二人を殺す。そのための準備をここでしないと。
私は返り血をぬぐいもせず、作業を始めた。
これまでに無いほど、歪んだ笑みを浮かべながら…………。
朝。1年1組の教室。すでにホームルームが始ろうとしていた。教室にはいない生徒がちらほらいる。その大半は退学をした生徒たちの席だった。急に退学をする生徒が出て、教室内の雰囲気は暗かった。生徒の中には不安になっていたりしている者もいる。
私は教室の戸を開けて中に入った。
「誰だ?もうホームルームの時間は過ぎて……」
入ってきた私を注意しようとした織斑先生は言葉を失った。それと同時に私を見た生徒は凍り付いたように動かなくなった。
私の姿は血まみれで、手には血に染まったバッグを持っていた。その、普通とは遠くかけ離れた姿でクラス中の視線を釘づけにしている私だが、今となっては何も感じない。
私は意に介さず、バッグから写真を取り出しそれをばらまいた。生徒たちはそれを取った瞬間………。
「きゃああああああ!!!!!!」
「嘘!?これ、何なの……!?」
「誰なの……?え?この人……!」
私がばらまいた写真は人が血まみれになって椅子に縛られている姿を映したものや、その縛られているであろう人のバラバラになった遺体が映っていたものだった。
「く、止まれ!!鬼咲!」
私の行動に危険を察知したのか、織斑先生がこちらに向かってくる。私は手に持ったバッグを織斑先生に投げつけた。
バッグは織斑先生の足元に転がり、その中身も一緒に出てきた。
「な!?なんだこれは……………、笹川…なのか?」
バッグの中に入っていたのは笹川さんの首だった。瞬き一つすらしないその顔はかつて自分と同じ人間とは思えないものだと、ここにいる人たちには思っているかもしれない。笹川さんの首を見た生徒たちはますますパニックになる。織斑先生もこの状況で私を取り押さえるなど頭に入っていないかもしれない。
だけど私はこの教室に入ってからずっと同じ人物しか見ていなかった。私は混乱に乗じてゆっくり近づき、ナイフを取り出して…………………。
首を切った。最初に首を切ったのは早乙女さん。早乙女さんの首からは血が噴き出し、早乙女さんは何も言わずに横たわった。そしてすぐにその隣にいる石田さんの胸にナイフを突き刺した。さされる瞬間の石田さんの顔はよく見えた。私をいじめていた時の目じゃなく、とても恐ろしいものを見る目だった。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。」
二人の生徒が殺されて教室内は阿鼻叫喚の地獄と化した。叫び声を上げる人。泣き叫ぶ人。この教室から逃げ出そうとする人。私を死んだ石田さんと同じような顔で見る人。
この混沌とした状況で私は笑った。とてもうれしかったからだった。これで私を苦しめるものは何もない。私をいじめた人が無様に死んでいく。こんなの笑わずにいられなかった。もう十分に満たされた。この先、生きていても私は人として生きられないほど歪んだ。それにこんな満足した状態なら死んでもいいと思えるほどだった。
私は窓の縁に足をかける。屋上ほどの高さではないがここからでも十分に死ねる高さ。
「そこから離れろ!!鬼咲!!」
怒鳴り声がする。後ろを振り向くと織斑先生がいた。その表情は怒りと困惑に満ちているようにも見える。たぶん、私をこのまま死なせるつもりはないんだろう。
「死ぬ気ならやめろ。おまえは然るべき場で罪を償え。こんなことを起こしたのに理由があるなら私が聞くし、それにおまえが死ねば家族も悲しむ。だからこんなことはやめろ!!」
家族?悲しむ?先生が何を言ってるのか理解できなかった。私に家族と呼べる人なんていないから誰も悲しまないのに。
「先生?おかしなことを言わないでください。私が死んでも誰も悲しむわけないじゃないですか。それに何の罪を償えっていうんですか?私はただ三人に罰を与えたんですよ?他の退学した生徒たちだってそうです。私が罰を与えたからみんな無様な末路を辿ったんです。」
「な、なんだと……。」
「それにこれもまた罰なんです。あなたたち学校に対するね。こんな歪みを生み出した学校にも、罰を与える必要があります。本当は盛大にやりたかったんですが、用意ができませんでしたので簡単にしました。私が言ったことは今は理解しなくて結構です。理解したければ罰を与えた生徒たちにでも聞いてください。聞くのが怖ければそれでもかまいません。それではさようなら。」
「ま、待て!!!」
歪み。私は歪んでいたのか、歪んだのか、歪んでいたから嫌われていたのか、嫌われたから歪んだのか、今となっては知る由もない。
私は窓から飛び降りた。
○月□日。IS学園で殺人事件が起きた。被害者は三人。早乙女桐子。石田美夏。笹川朱音。この3人を殺した少女は早乙女桐子と石田美夏をナイフで殺した後、窓から飛び降りた。この事件でIS学園は今年に廃校となることが決まった。
事件が起きて数週間後。新たな事実が明らかとなった。被害者の3人は加害者をいじめていたことが発覚。加害者の犯行動機はいじめていた相手に対する復讐と推察された。その責任は学校にあるとメディアで報じられ、学校側は非難された。担任の教員も、事件が起きた後にいじめがあったと分かり同じように非難の的となった。遅すぎる対応。学校は黙認していた。生徒に対するアフターケアのずさんさ。名前に傷をつけないため。そんなうわさまでもが広がり、世間のISに対する風当たりが強くなり、ISの見方がこの事件で変わっていった。
加害者の少女は今も生きている。
飛び降りて心肺停止に陥ったが、一命はとりとめた。だが、意識が戻る見込みはないとのことで植物人間の状態となっている。推察された動機が果たして本当なのか。それを知る手がかりはもうないのかもしれない。
彼女が選んだ未来の末路が正しいのかもわからない。
それが眠っている彼女自身にも…………。