ここは駆け足で。
妖精のように可憐な少女に出会ってから、慌ただしく日々が過ぎ去っていった。
ご両親に挨拶に伺ってアイドルプロデュースについて説明し、
武内Pにシンデレラプロジェクトのメンバーを見つけたことを報告し、
千川さんにアナスタシアさんの雇用手続きをお願いし、
引っ越しの手続きとともに荷造りを手伝い、
飛行機でアナスタシアさんを本社へ連れ帰ってみんなに紹介し、
アイドル用の社員寮に荷物を運び込み部屋を整えた。
そして、やっと、今日、アナスタシアさんのレッスンを始められる段取りができた。
待望のレッスン初日。
いきなりトレーナーさんに本格的な練習をしてもらうのではなく、
俺が基礎の発声とダンスを監督することに。
というのも、今日はレッスンよりも事務所の案内が主目的だからだ。
普段みんなが集まる部屋、社内喫茶店、エステ、ジム、そしてレッスンルール。
一通り見て回り、最後に案内したレッスンルームにて初レッスンを行った。
レッスンといっても声の出し方、音階の確認、柔軟と基本ステップだけなのだが。
それでもレッスンがどんなものなのか、雰囲気だけは伝わったのではないだろうか。
「スパシーバ。ありがとうございました。
初レッスン、今日はここまでですね。」
「はい、お疲れ様です。これをどうぞ。」
お礼を述べるアナスタシアさんに、タオルとドリンクを手渡す。
「基礎とはいえ、かなり上手でしたよ」と伝えれば、アナスタシアさんは嬉しそうにはにかむ。
「プロデューサーの説明、とてもよく分かりました。
簡単な日本語、選んでくれた?ブラガダールナ、感謝ですね。
それに言葉、通じにくくても……ジェスチャーで、よく分かります。
プロデューサー、あー、親切……ですね♪」
ちょっと工夫した甲斐があったようだ。
喜んでくれて何より。
しかしこうなるとロシア語の勉強をした方がいいかもしれないな。
俺が喋れるようになれば、もっと細かなニュアンスを伝えやすくなるだろうし、
アナスタシアさんも疎外感を感じずに済むかもしれない。
―――おや?何か浮かない顔をしてるな。
「どうしました?レッスンで分からないことでもありましたか?」
「……中々ついていけませんでした。
できないこと、たくさん……。」
基礎確認のレッスンだったのに、何度もやり直しになって落ち込んでいるのか。
だけどそれは当然だ。
アナスタシアさんは歌手だった訳じゃない。
ダンサーだった訳でもない。
普通の女の子だ。
そんな女の子がやったこともないことをいきなりやれと言われてもできる訳がない。
ましてや初めてやることを完璧にこなすなんて、どんな天才にもできないだろう。
だから気を落とさないように言おうとしたら
「―――けれど、それはとても嬉しいことですね。」
笑顔に止められてしまった。
やせ我慢でも強がりでもない、本当に楽しそうな笑顔に。
何度も同じことを繰り返すのは辛かった筈だ。
何度も注意されるのはキツかった筈だ。
故郷から離れ、家族も傍に居ない。
それなのに、
どうして笑顔を見せられるのか。
どうしてそんなに強く
分からなくて。
だから、思わず尋ねてしまった。
「どうして、ですか?」
「ン―、できないことは、頑張れば……いつか、できるようになります。」
手を合わせ、少し考えてからアナスタシアさんは話し始めた。
「できないことができると、フヴァリーチ……褒めてもらえます。
小さい頃、パパはよく褒めてくれました。」
当時のことを思い出しているのか、嬉しそうに笑う。
「私が素晴らしいアイドルになれば、パパもママも褒めてくれます。
アーニャを送り出してよかったって。」
今度は両親に褒めてもらえる未来を想像してか、誇らしげに笑う。
笑顔1つが、こんなにも色を変える。
考え方1つで、こんなににも気持ちが変わる。
あの日彼女に感じた運命に間違いはなかった。
きっと彼女は素晴らしいアイドルになる。
誰よりも輝くトップアイドルに!
「だから、頑張りたいです。
私ができたら、プロデューサーも褒めてくれますか?」
こちらを見上げる期待と不安の入り混じった瞳。
返事は1つしかなかった。
「もちろん!」
「よかった……。
それはとても……励みになります。
アーニャにゴホウビ……ですね///」
ホッと安心し、次いで照れて頬を染める可愛い姿にノックアウトされた。
赤くなった顔を手で隠し、しゃがみ込んでしまった俺をアナスタシアさんが心配してくれる。
彼女に気を使わせてしまったけど―――これは俺は悪くないと思う。
短くても気にしない。
何故ならここはメインではないから。