今回は宣材写真を撮る話。
レッスンを開始して数日。
今日はアナスタシアさんの宣材写真を撮るため撮影スタジオへと来ていた。
……雑誌やポスターの撮影ではないので、私服のままなのが少し残念である。
いや、私服のままでも可愛いけどね?
ただアイドルっぽい衣装を着たアナスタシアさんが見たかった。
「そろそろお願いしまーす!」
お?カメラマンの準備ができたみたいだ。
「アナスタシアさん、撮影が始まりますが大丈夫ですか?」
「撮影……緊張しますね。
ファタフラーフィア……。
昔、撮りましたけど、撮られたことは少ないです。」
本格的な撮影だから緊張するのは仕方ない。
だけどテレビやラジオの生放送と違って、撮影なら一度や二度失敗しても問題ないし、
コンディションを整えたりメイクを直す時間の余裕もある。
だから緊張を解してから始めればいいんだが、問題はどうやって解すか……。
現場の空気に慣れるまで時間を空けるか、
撮影されることをあまり意識しないように持っていくか。
……うーん。
よし、ちょっとお喋りでもしてみるか。
カメラの前まで連れて行かず、足を止めてアナスタシアさんの話を掘り下げる。
「自分で写真を撮ったことがあるんですか。どんな写真を撮ったんですか?」
「私が昔撮ったのは……アヴローラ……オーロラです。
アーニャの小さな手に、パパのカメラ、大き過ぎました。」
当時のことを思い出したのか、クスッとアナスタシアさんが笑みを浮かべる。
よしよし、いい感じ。
「小さい頃は何でも大きく感じますからね。
その時のカメラと比べて、カメラマンのカメラはどうですか?」
傍に居たカメラマンの方を手で示し、アナスタシアさんの視線を誘導する。
いきなりデカいカメラに見つめられるより、ここで少しでも慣れていた方がいいだろう。
「アー、そのカメラのレンズ、凄いですね。
パパのより、とても長いです。
それがあれば、アーニャもちゃんと撮れたかも。」
アナスタシアさんはカメラへと近づき、マジマジと見つめる。
そのままレンズを覗き込んだり、カメラマンへとどんな風に見えるのかなど話しかけだした。
……上手くいったな。
元々物怖じしない子だし、もう大丈夫そうだ。
アナスタシアさんをカメラの前まで連れて行き、後をカメラマンに任せる。
すぐにレフ板のセッティングがされ撮影の準備が整った。
「アナスタシアさん、撮影を始めますので、なるべくいい笑顔を見せてください。」
「ダー、お願いしますね。
私の、なるべくいい笑顔……。
こうでしょうか?」
輝くような笑顔をカメラに向けるアナスタシアさん。
彼女をアイドルにスカウトしてから幾日。
ようやく俺は、北の大地で出会った可憐な妖精を、カメラに収めることができた。
△▼△▼△▼△▼△▼
撮影スタジオを出た所でアナスタシアさんを発見した。
今日は撮影だけだから寮へ戻ってもいいと言ったのだが、何か忘れ物でもしたのだろうか?
いや、下を向いてブツブツ言ってるし、考え事かな?
「写真……。私の……写真……。
あ……そうです。」
何か思いついたのか、手を打ち合わせるアナスタシアさん。
とりあえず声をかけてみよう。
「アナスタシアさん、どうかしましたか?」
「あ、プロデューサー、いいところに。
さっきの写真、アトピチャータチ……プリントしてもらうことはできますか?
送りたいところがあります。」
んー、宣材写真だし現像枚数は何枚でも増やせる。
でも送りたいところか……他のプロダクションに応募したいとかだったらどうしよう?
いやいやいや、アナスタシアさんに限ってそんなことはないない。
となると、家族に送りたいってことかな?
北海道ならその気になれば帰れるから―――
「―――ロシアのご家族に送られるんですか?」
「はい、大好きなグランマが、ロシアに居ます。
遠いから、中々会えません。
アーニャたちが日本に戻る時、グランパ、グランマとお別れしてきました。
2人とも、とても寂しそうで……。」
そう言うアナスタシアさんの方が寂しそうだ。
お祖父さんとお祖母さんが離れ離れになるのが悲しかったんだろうけど、
アナスタシアさんもお祖母さんと離れることが寂しかったんだろう。
本当にお祖母さんが大好きなんだな。
「だからアイドルになった、一番いいアーニャを送りたいです。
ピエーチカ……暖炉の前で、笑いながら見てくれますね。」
お祖母さんが写真を見て笑ってくれることを想像し、嬉しそうに笑うアナスタシアさん。
確かに先ほどの写真は綺麗に撮れているだろうし、お祖母さんも喜んでくれるだろう。
ロシアだけじゃなく北海道に送る分も含めて、
多めにプリントしてもらえるよう手配するとしよう。
頭の中で予定を立てていると、不意にアナスタシアさんが表情を曇らせた。
「新しいところで暮らすの、いつも少しだけ、怖いです……。
ロシア、北海道……そしてアイドルの世界……。」
新しい環境に移ることへの不安、か。
レッスンの時は明るく前向きなようだったけど、
時間が空いて不安な気持ちが強くなってきたのかもしれない。
後はホームシックなんかも軽く感じているんだろう。
こちらにはご家族もいないし、俺がフォローしていかないと。
「大丈夫です。アナスタシアさんは一人ではありません。
遠く離れていたとしてもご家族がいらっしゃいます。
それに、ここには私も居ます。
いつでも力になりますので、何でも頼ってください。」
胸を張り、少しでも頼り甲斐があるように見せ、
俺なりの精一杯の言葉を伝えた。
これで少しでもアナスタシアさんを安心させられればいいが。
「ダー、ありがとうございます、プロデューサー。」
……よかった、笑ってくれた。
やっぱりアイドルは、女の子は笑顔でなくちゃな。
俺がほっとしていると、アナスタシアさんがじっとこちらを見つめてきた。
な、何だろう?やっぱりさっきのは変だったか?
「―――アーニャの行く先、必ず、優しい人が居ます。
雪を溶かすような……暖かい心、持った人たちです。
プロデューサーが居れば、大丈夫ですね。
アイドルとして、歩むのも安心です。」
柔らかい微笑と、今までより縮んだ距離に嬉しくなる。
こんな俺を頼ってくれているのが誇らしい。
……必ずこの子をトップアイドルにしてみせよう。
背を向けて寮へと進みだしたアナスタシアさんを見ながら、決意を新たにする。
そして寮の入り口まで送ろうと一歩踏み出した時―――
「そうです、プロデューサー!
ワタシのことは、アーニャと、呼んでくださいね!」
―――振り向き様に見せてくれた笑顔は、俺の動きを止めるのに十分すぎる威力があった。
残すところ後1話。
駆け抜けて行きましょう!