どうぞ。
346プロダクション、アイドル女子寮の談話室。
日も暮れてしばらく経ったというのに、アナスタシアは一人、ソファーに座っていた。
テレビや雑誌を見ている訳でもなく。
また、誰かと楽しくお喋りしている訳でもない。
一人でぽつんとソファーに座って、窓の外を眺めているだけだ。
翌日にはソロライブが控えていたため、今日は午前中に打ち合わせをしただけで、
午後からは休みとされていた。
しかし、その休みの間をアナスタシアは一人でぼんやりと過ごしていた。
いつもの休みなら、メンバーの誰かと過ごしただろう。
一緒にショッピングに行っていたかもしれないし、
美味しいスイーツ探しでもしていたかもしれない。
ライブ前の半休も、前回ならユニットメンバーの部屋でライブについて語り合っていた。
しかし、今は一人でぼんやりと、暗い夜空を眺めていた。
「……。」
特に何かが見える訳ではない。
いいや、むしろ何も見えない夜空だった。
だから、だろうか。
アナスタシアの
ガチャリ、と扉の開く音。
談話室に顔を出したのは、いつも通り黒いドレスを着た蘭子だった。
「あ、アーニャちゃん。」
「ランコ。こんばんは、ですね。」
心配させないためか、あるいは単純に蘭子に会えて嬉しいからか、
アナスタシアは先ほどまでの沈んだ表情ではなく、笑顔で挨拶する。
対する蘭子は、少し照れたように挨拶を返した。
「う、うん。こんばんは。
アーニャちゃん、どうしたの?どこか、見ていたみたいだけど……。」
談話室を見回して他に誰も居ないのを見、そして窓の方を向いていたアナスタシアを見て、
蘭子は首を傾げながら尋ねる。
「アー。……ズヴェズダ。」
「???」
「星が、見えないかなと思って、眺めていましたね。」
「そう……今日は、曇っているから……。」
同じように窓から空を見上げ、静かに答える蘭子。
今の自分に合わせるように、どこかしっとりとした雰囲気の蘭子に、
アナスタシアはにこやかに問いかけた。
「ダー。見えませんね。
……そう言えば、今日のランコは、熊本弁、お休みですか?」
「なっ……そ、それは、その……。」
不意に指摘され、蘭子は慌てふためく。
いつものキャラ作りした言い回しをせず標準語で喋ったことが、
都会の人ぶって格好をつけているようで気恥ずかしかったのだ。
もちろん、蘭子はそんなつもりで話し方に気を付けた訳ではなかったのだが。
そんな蘭子を見て、アナスタシアは嬉しそうに笑う。
「ふふっ。分かっていますよ。
アーニャでも分かりやすいように、心の言葉で、話してくれたんですよね。」
「う、うん……///」
「優しいですね、ランコ。」
「そっ!そのようなことは、まぁ、その……///」
またしても慌てふためき、次いで照れで頬を染め小さくなる蘭子。
気を遣ったことがバレバレで恥ずかしい、でも気持ちが伝わっていると分かって嬉しい。
しかしこのままでは嬉し恥ずかしで顔から火が出てしまう、
とばかりにキョロキョロと挙動不審になり、話を変えるネタを探す。
そこで自分が手にしていたタオルや着替えを見て思い出した。
「あっ、お、お風呂!」
「オフロ?」
「寮のお風呂、誰も居なかったから……入るなら、今がチャンスだと……思うの。」
蘭子にしてみれば、寮の大きなお風呂を独り占めできるのは贅沢で、楽しいことだった。
だから名案とばかりに勧めてみたのだが、反応は期待したものではなかった。
「アー、分かりました。
……ンー……誰か、来るかな?」
少し考えるようなアナスタシアの様子に、蘭子はふと思い出した。
「そっか……アーニャちゃんは、いつも誰かと入っているから、一人だと、入らない?」
「そんなことは、ありませんよ。
でも、一人だと、ちょっと広すぎますね。」
「そうだね……。
今日は、みんな遅くまでお仕事なのかな。」
アナスタシアの答えに、蘭子は小さく頷き、メンバーたちのことを考えた。
いつもは賑やかな談話室も、今は蘭子とアナスタシアの二人だけだ。
ちょっとした沈黙も大きく感じてしまう。
だから、なのか。アナスタシアも寂しそうに相槌を打つ。
「そう言えば、あまり、人を見かけませんね。」
その様子に心配になり、蘭子は問いかける。
「あの……アーニャちゃん、寂しい?」
「ンー?」
「その、アーニャちゃん、一人で居ることが多いと思って……。
今日は、みくちゃんとかも居ないし、それで、その……。
だから、寂しくなったりしないのかなって思って、えぇと……。」
つっかえつつ、それでも何とかしないとという思いに駆られて、蘭子は言葉を続けようとする。
あまり自分から話しかけることはない。
だから、自分と同じように話の輪から一歩引いていることが多い。
いつも場を明るくしてくれる みくや、アナスタシアと仲のいい美波のことを思い浮かべ、
そのどちらもが居ないことに心細さを感じ、2人のように振舞えないことに歯がゆさを感じる。
―――この同じ寂しさを知る友人に、何かできることはないのだろうか。
悲しそうに言いよどむ蘭子の様子に、アナスタシアは小さく眉に皺を寄せる。
「ンー……そんなことは…………。」
何故だか蘭子に心配をさせてしまっていることは分かったので、
アナスタシアはすぐに『寂しくなんてない』と否定しようとした。
―――否定しようと、した。
しかし、その言葉がどうしても口から出せず黙り込んでしまう。
「……?」
何か言いかけて黙り込んでしまったアナスタシアの顔を、蘭子が心配そうに覗き込む。
その視線にアナスタシアはハッとして、できるだけ自然に見えるように微笑を作った。
「心配してくれて、ありがとう、ランコ。
―――大丈夫ですよ。」
笑顔を見て安心したのか、それともアナスタシアの言葉を信じたのか、蘭子はほっと息をついた。
「う、うん。……じゃあ私、もう寝るね。
アーニャちゃん、また、明日。」
「ダー。
別れの挨拶にいつも自分が使っている言葉をアレンジされて使われ、
蘭子は照れつつもで同じ言葉を返した。
「や、やみのまー……///」
パタン、と扉が閉められる音。
蘭子が部屋を出ていき、再び一人になったアナスタシア。
「…………。」
無言のまま眉に皺を寄せていた。
「……アーニャは一人。寂しい……寂しい?」
ポツリ、と自分に問いかける。
「アディノキィ……?」
母国語で、もう一度。
しかし、当然どこからも答えは返ってこない。
アナスタシアは一人ぼっちの静寂の中、窓から空を見上げた。
「パパ……ママ……。元気に、しているかな……?」
空には相変わらず雲がかかり、何も見通せなかった。
「……星は、遠い……ですね。」
△▼△▼△▼△▼△▼
ライブ前の控え室。
出番待ちのためスタンバイしていたアナスタシアさんたちに、スタッフから呼び声がかかった。
「本番、巻いてまーす。
みなさん、そろそろ準備の方、お願いしまーす。」
いよいよアナスタシアさんの初ソロステージだ……!
北海道で彼女を見つけてからここまで、色々なことがあった。
スカウト、レッスン、ユニットデビュー……。
でも、とうとうココまできたッ!
その他大勢でも、グループの一人でもない、
『アナスタシア』というたった一人のアイドルが輝く時がッ!!
そんな、もしかすると本人よりも勢い込んだ気持ちで、俺はアナスタシアさんたちに声をかけた。
「準備はいいですかッ、みなさん!!」
「「「「はいっ!」」」」
……返ってきた声は四人分。
そして、その中に加わっていたなかったのは、今日の主役のアナスタシアさん。
どうしたんだ?
さっきまでは緊張のためかどこか固い感じはしても、いつも通りの様子だったのに……。
当然、アナスタシアさんの様子にみんなも気づく。
そして新田さんが励ましの言葉をかけるが―――
「アーニャちゃん、今日はソロのステージ、頑張ってね!」
「ダー……。」
―――アナスタシアさんは元気のないまま。
新田さんに続き、川島さんも神崎さんも声をかけてくれる。
「私たちも、後ろで応援してるわよ。」
「共に手を携えて、白銀の妖精に魔力を分け与えよう!」
―――が、アナスタシアさんは静かに目を閉じるだけ。
……本当にどうしたんだろう?
アナスタシアさんが誰かから心配されたのに反応を返さないなんて……。
具合が悪いのだろうか?
どこか怪我でもしたのだろうか?
それとも精神的な重圧だろうか?
―――俺は、何か大事なことを見逃しているのか?
まずは自分が慌てないように一つ深呼吸。
そして、責めるような調子にならないようにできるだけ柔らかく、呼びかける。
「……アナスタシアさん?」
…………。
「ソロのステージ……一人だけ、ですね。」
呼びかけから数秒。
アナスタシアさんがやっと喋ってくれたのは、ポツリとした呟きだけだった。
元気の欠片もない弱々しいアナスタシアさんに、新田さんが心配そうに問いかける。
「……アーニャちゃん?どうしたの?」
「ミナミ、ハグしてください!」
「えぇ!?あ、ちょっと、アーニャちゃん!?」
問いかけに答えず、アナスタシアさんはいきなり新田さんに抱きついた。
……何がどうしてそうなった?
突然のことに混乱する俺をよそに、川島さんがアナスタシアさんの肩に触れ、
落ち着かせようと声をかける。
「ちょっとちょっと、どうしたの突然~!」
そしてやんわりと2人を離そうとしてくれるが、
アナスタシアさんはギュッと新田さんを抱きしめ、
子供のようにイヤイヤと首を振る。
その様子に「川島さん」と声をかけ、とりあえず引き離すのは止めてみる。
そうすることでやっとアナスタシアさんは話し始めてくれた。
「……昨日、少し寂しい気持ちになりました。
ずっと、考えていました。
一人で……アイドルをすること。」
「う、うん。それで……?」
新田さんが優しく続きを促してくれる。
「ソロのステージも、一人ですね。
だから……一人じゃないと、思いたいです。」
そのアナスタシアさんの言葉に神崎さんが顔を曇らせるのが分かったが、
今触れてはいけないだろうと静かに見守るだけにする。
何より、今はアナスタシアさんの方をどうにかしないといけない。
一人であることに寂しさを感じていることは分かった。
それを埋めようとして新田さんに抱きついているのも。
しかし、このままではライブができない。
どうしたものか……、と抱きしめられたままの新田さんを見ながら考える。
「そう……だからって、その、もう収録が始まるのに、そんな……///
プ、プロデューサーさんも見てるし///」
チラチラとこちらに助けを求める新田さんの視線には気付いているが、
打開策が思いつかないのでもう少し我慢してもらおう。
「ダメ、ですか?」
「その、ダメじゃないけど……ど、どうしたら?」
捨てられた猫のように悲しげに問いかけるアナスタシアさんに、新田さんも慌て始める。
……このままでは新田さんにも影響がでてしまう、か。
―――仕方ない。
そう思ってアナスタシアさんに近づくが、
その前にアナスタシアさんは新田さんからそっと離れた。
「……イズヴィニーチェ。困らせてしまって、すみません。」
「アーニャちゃん……。」
今にも泣き出しそうなアナスタシアさんに、新田さんは自然と手を伸ばしている。
このままだと、今度は新田さんがアナスタシアさんを抱きしめることになってしまいそうだ。
そんな空気を変えるように、パンパンと手を叩く音が鳴る。
その主は川島さん。
「ほらほら!本番前にしんみりしないの!
もう時間もないんだから!ちゃっちゃと動く!」
「ダー……。」
多少強引にでも暗い空気を断ち切ろうと、
そしてライブに向けて勢いをつけようとしてくれてるんだろう。
……アナスタシアさんも何とか返事をしている。
「ほーら、美波ちゃんも!
今回はバックメンバーだとしても、私たちももう行かなきゃ!」
「は、はいっ!すみません……。
アーニャちゃん、大丈夫だよ。頑張って!」
川島さんは次に新田さんへと矛先を向けた。
そして新田さんの背中を押して、2人でステージの方へと強引に進んでいく。
「(プロデューサーくん、あと頼んだわよ!)」
「(すみません、プロデューサーさん。アーニャちゃんのことお願いします。)」
すれ違い様、2人から小声で頼まれ、こちらも小声で「もちろん」と返す。
2人に続き神崎さんも足を進めるが、アナスタシアさんの前で足を止めた。
「アーニャちゃん……。ごめんなさい、私が余計なことを言ったから……。」
今にも泣きそうな神崎さんが、アナスタシアさんに謝りだした。
これは、昨日2人に何かあったのかな?
だけど2人が喧嘩したとかではなさそうだ。
その証拠にアナスタシアさんが慌ててフォローしているし。
「あっ、ランコ、大丈夫ですよ。
ランコのせいでは、ありませんね。」
「そう……か?
では……後の舞台で見えよう!」
神崎さんはアナスタシアさんの言葉にぐっと涙をこらえ、気持ちを切り替えるように勢いをつけて歩いていく。
彼女もすれ違い様、俺にぺこりと頭を下げて後のことを託していった。
みんながステージに向かい、残されたアナスタシアは不安そうに俯いている。
「…………。」
よし!やるか!!
「
まずは勉強してきた拙いロシア語でアナスタシアさんへ声をかけた。
丁寧な離し方はまだ覚えてないので、ぶっきらぼうだけど、今くらいはいいだろう。
一番大事なのは、アナスタシアさんを励ますことだ。
効果はあったと思う。
俺の片言のロシア語にアナスタシアさんは目を丸くして驚いてくれているから。
『プロデューサー……!
いつのまにロシア語を話せるようになったんですか!?』
『毎日、少しずつ、勉強してたんだ。
アナスタシアさんと、もっとお喋りできるように。』
『嬉しいです!私ももっと、プロデューサーとお喋りしたかったから!』
喜んでくれるアナスタシアさんに、俺も嬉しくなる。
だけど……今はゆっくりできないから。
『うん、ライブが終わったら、たくさんお喋りしよう。』
『あっ……。』
今の状況を思い出し、表情を曇らせるアナスタシアさん。
そっと、核心に触れてみる。
『……“ソロ”のライブが怖い?』
『ライブは、怖くありません。ただ……一人なのが、寂しいです。』
俺の言葉に、アナスタシアさんは躊躇いながらも返事をしてくれた。
だから、俯いた彼女の頭を優しく撫でる。
『……一人じゃないよ。後ろには新田さんたちが居る。
舞台の近くには俺も居る。』
『プロデューサー……!』
新田さんにしたように、アナスタシアさんは俺に抱きついてきた。
そのアナスタシアさんを、優しく、包み込むように抱き返す。
親が子供にするように。
傍に居ることを示すように。
『……大丈夫。』
そのままそっと背中を叩いて落ち着かせる。
言い聞かせるように、あやすように。
彼女がもう一度、立ち上がれるように。
『
たとえソロのステージだって、俺が傍に居る。近くから見守ってるから。
だから輝くアーニャを見せてくれ。
客席の
―――俺のズヴェズダ。』
『……ッ!!』
俺を抱きしめる腕にギュッと力がこもる。
そして次の瞬間には、アーニャはパッと離れた。
『はい!プロデューサー!アーニャのこと見ていてくださいね!!』
―――綺羅星が、輝いた。
これにて完結です!
いや~、スターライトステージでこの話を見てから、これが書きたくて書きたくて(笑
あ、この前の3話はこのラストのためだけにちょこっと書きました。
いきなりこの話にはできませんからね!
では、ご愛読ありがとうございました。