とある灰色の獄卒事情 作:裁人
駆ける、駆ける。貴女の手を握って、走り慣れた森の中を。
後ろなんて見なくても、何人もの兵隊の足音が耳に届き、敵はまだ此方を見失っていない事が嫌でも分かった。
このままでは埒が明かない…。何とかしてお嬢様だけでも逃がさなければ。
「はあっ……お嬢様!この先に洞穴が…。私に足止めをします、貴女は先に!」
心底怯えた目をしたお嬢様の耳元で、震える手を握り、そう囁く。
彼女は震えつつもコクリ、と頷き、そのまま駆け出す。
ブーツの足音がだんだん聞こえなくなるのを確認し、大群に向き直る。
「来いっ……貴様等など私で十分だ…!」
支給された一振りの刃を構え、敵に向ける。
恐怖と焦りで手がカタカタと震える。なんだ、結局は私も怖いんじゃあないか。
自称気味に笑い、恐怖を持ったまま目の前の敵に斬りかかった。
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「はぁっ……はあっ…!!お嬢様っ……!」
先ほどより荒い呼吸が暗い森に響く。
あの後、何とか大群を全滅させたが、利き腕をやられてしまった。
もう敵の一人すら満足に殺す事が出来なくなってしまった。
既に息も絶え絶えになった頃、漸く約束をしていた洞穴に到着する。
「お嬢…様」
「――!よく、よくぞ無事でいてくれました……」
彼女は私の名前を呼び、自身の血と返り血とで汚れた私を抱きしめる。
「お嬢様こそ、ご無事でよかった…」
「ああ…――。もう私は貴方しかいない……。地位も名誉もなくなった私に、着いて来てくれますか?」
「…お嬢様、私は、何時迄も貴女の傍に」
私の言葉を聞くと、彼女は一度私の胸元から離れ、幸せそうに微笑んだ。
瞬間、渇いた発砲音が静かな森に響き渡る。
「…え?」
その惨状を私の脳が理解するまで、数秒の時間を要した。
バタリと目の前の「何か」が倒れる。
倒れた「何か」の喉元には銃痕らしき穴が開いており、助からないことは誰が見ても明白だった。
「お、じょう……さ、ま?」
「其処のお前、お前は生かしておいてやる。俺は其の女を殺したかっただけだ」
呆然とする私を置いて、その男は何処かへ去ろうとする。
ザッザッと遠ざかる足音を聞いて、ブツンと私の中の何かが切れた音がした。
最後に覚えているのは、視界いっぱいに広がる鮮やかな赤、だった。
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「うあああ……!あああ……!!」
幾多の命が消え去り、物音一つしない森に、わたしの泣く声だけが響く。
わたしは冷たくなった貴女を抱いてずっと泣き続けているだけだ。
嗚呼、わたしだけが生きて、此の世に何が残るのだろうか?
わたしではなく、貴女が生きていれば何かが変わっただろうか?
分からない、何もかもが分からない。
貴女が死んでから、時間こそ経っていないが、わたしの全てが変わってしまった。
「…貴女がいなくなった此の灰色の世界なんぞに、何の未練が有るんだ」
わたしは、沢山の生命を終わらせてきた剣を手に取り、自身の首に添える。
「さようなら、貴女が愛した世界よ」
首に鋭い痛みが走り、血を流しすぎていたわたしの意識はすぐに途切れた。
せめて次の人生では幸せに…。
~~~~~~~
「…い、起きろ」
誰かの声に暗闇の中にあった意識が急激に覚醒する。
ばっと飛び起きて周りを見るが、全く見覚えが無い場所であった。
「ここ…は?わたし、は」
頭の中に記憶はあるものの、靄がかかっているように、鮮明に思い出す事はできない。
ただ残っていたものは、「お嬢様」と呼ばれる存在と其の最期。
「おい」
上から声が降ってきて、反射的にその方向を見上げる。
「何故此処にいるんだ?」
其処には、褐色の肌と赤色の目を持った大柄な男が立っていた。
何故、と言われても、と言おうとしたが、男から発せられる威圧感に話すことができない。
「まぁ、この際何故なのかは関係ない。俺に着いて来ないか」
そう言って大きな手が差し伸べられる、がわたしはその手を取らずに俯いた。
「何か理由が?」
「…わたしは「お嬢様」を探さなければ」
「その事だが、「お嬢様」も、お前も、もう生きていない」
わたしの言葉を遮って、男は淡々と事実を述べた。
だがわたしは少し驚きはしたが、別段失望したりはしなかった。
それはなんとなく、自分が生きていないと感じていたからだろうか。
「ほう……そこまで驚いてはいないようだな…。それで、お前はその「お嬢様」とやらを探すのか?」
「…ああ」
「そうか。だが、既に彼女は輪廻の輪をくぐり、別の人間に転生している」
衝撃の言葉にばっと顔をあげて目を見開く。言葉が出なかった。
「彼女を追ってお前も転生すれば、今持っている記憶は全て消える。そこでもう一度問おう。俺に着いて来ないか?」
男は意地が悪い顔で笑みを浮かべた。
その笑みを見た瞬間わたしは思った、この人には敵わない、と。
「…貴方に着いて行けば、「お嬢様」に会えるのか?」
「あくまで可能性があるだけだが、会えるかも分からないのに転生をするよりは此処で待ち続けた方がお前にとっても良い話と思うが」
こうなったら、もう悩むなど無駄なだけだった。
「…分かった、貴方に着いて行こう」
立ち上がり、長身の男の赤い目をしっかりと見据えて言葉を発する。
わたしの言葉に満足したのか、目の前の男の口は弧を描いた。
「その返事を待っていた。さて…着いて来て貰うからには名前を聞いておかないとな」
名前、と言われて少し悩んでしまった。自分には記憶がないのだから。
わたしの心を見透かしたように男は
「別に本名である必要はない…なんなら、自分で決めればいいさ」
と、言うので、時間をもらって考えることにした。
『――!』
ふっと「お嬢様」の笑顔を思い出し、頭を抱える。
同時に彼女が口に出していた名前も一緒に記憶に蘇る。
そうだ、わたしの名前は―――――――
「千葉………いや、わたしの名は、千刃」
今度こそ、大切な人を守るための“刃”が欲しい。
決意を固め、口をきゅっと結ぶ。
「千刃、か。いい名だ。…ああ、俺の名前を言っていなかったな。俺は肋角だ。さて、そろそろ行かなければな。俺が上に怒られてしまう」
煙管を加えて歩き出した肋角と名乗った男の背中を、わたしは慌てて追いかけた。
設定
千刃(ちば)
身長:179cm 体重:?kg(平腹の次に軽い)体格:身長の割に細身
性格:人懐っこく感情豊か。頭脳派。本部では真面目エリートで通っていた。
武器:大鎌 髪型:黒髪、長さは胸まであり、細く一つに結っている
目の色:薄鼠色(薄紫に近い灰色)
一人称:小生(同僚に対して、私用)、私(上司に対して、仕事時)
「それにしても…千刃の奴、如何してあんな所に志願したんだろうな。此のまま補佐に就いてりゃ順風満帆だったのにな」
「さあな、あんな天才様の考える事は俺達には分からんさ」
「ま、そうだな。そういやこんな話知ってるか?……」
初めまして!裁人と申します!
此方で小説を書かせていただくのは初めてなので、誤りがありましたらご指摘などよろしくお願いします。
誤字脱字や、できるだけなくしますがキャラ崩壊など有りましたらコメント欄にてお願いします。
今回、プロローグでは千刃君の過去と肋角さんの出会いを綴らせていただきました。
此処さえ越してしまえば後はシリアスなしの普通の日常とかだと思います!(多分)
さて、次の話にはいよいよ特務室の獄卒さん達が出てきます。どうぞお楽しみに。
ちなみに更新は気まぐれですのでご了承願います。