死亡確定のユージオくんになったので取り敢えず剣術を極めてみた 作:鬼城
先に謝っておきます。
闇の国。またはダークテリトリー。
外が近いからと歩き続けなければ良かった。そんな後悔とともにユージオは空を見上げた。
赤い赤い空が続く景色の中で、キラリと煌めく一筋の光。まるで、星のようなその輝きに目を奪われる。
あれは……。
「…整合騎士だ」
聞こえるかどうか分からないくらい小さな声でユージオは呟く。
その瞬間に、赤い空に黒い何かが現れ、その光と交差し始めた。かすかに響く金属音。整合騎士が戦っているのだろうことはすぐにわかる。
「竜騎士だ…」
隣で空を見上げていたキリトが掠れ声で囁いた。
黒い何かは闇の国の騎士なのだろう。そして、闇というだけあって、その剣は瘴気のようなものを放っているのが分かる。対して、整合騎士の剣はまさに光だ。その闇と光が衝突するたびに、火の粉が宙を舞う。
「白いほうが…教会の整合騎士、なのかしら……」
そんなアリスの声に、ユージオは頷き「僕はそうだと思うよ」と声を上げた。
ダークテリトリー目前、しかしユージオの頭の中では危機よりも好奇心の方が勝る。ずっと、死なない為に頑張ってきたユージオ(朔弥)にとって整合騎士は目標でもあったのだ。
世界最強だと言っても過言では無い彼等と同等の技術を持つことができれば、そう簡単には死なない筈だ。そんな考えを抱いて必死に剣術を密かに極めていたのだから。
この戦いの行方をみたい。結局は整合騎士が勝つだろう。そんな気持ちと予想を立てて見守り始めるユージオ。
「黒いのは、闇の軍勢の竜騎士、かな…。整合騎士と、互角の強さだな……」
「いやいや、整合騎士が闇の騎士に負けるはずがないよ」
キリトの見解を否定して、ユージオはやれやれと息を吐く。
ちょうどその時。
闇の国の騎士のバランスが崩れた。どうやら、戦いは整合騎士の勝利のようで、墜落して行く黒い竜に騎士をボーッと眺める三人。しかし直ぐにユージオは、嫌な予感を感じてか一歩下がった。
「ねぇ、もう行こう」
さっきまでの興奮はすでに収まり、アリスをダークテリトリーに近づかせないように手を引くユージオ。
アリスの手を離さなければ、きっと《ダークテリトリーへの侵入》は起こらないだろうと、信じるが故に。
「痛っ」
アリスの顔が僅かに歪んだ。
強く握りしめすぎていたのだろうことにユージオはようやく気づき、パッと手を離す。
そして、洞窟の外から聞こえる鈍く大きな音。
黒騎士の剣なのだろう黒い剣が地面に突き刺さっていた。そして、次に騎士が墜落する。最後に、かなり遠い岩山に黒竜が激突し、周りに断末魔が響いた。
思わず、ユージオは洞窟の外を見やる。
「え………」
アリスが細い声を漏らした。
黒騎士は苦しそうにもがき、上体を起こそうとする。胸からは血がどくどくと流れ出て、もう助からないだろうことはユージオ達でも分かった。
黒騎士の助けを求めるような右手が三人に伸ばされ、その直後に鎧の喉元から鮮血が迸り、騎士の右手は上体は地面へと沈み込んで行く。
大量の血が何故か死んだ時と重なって、ユージオは吐き気を覚え、しかし踏み止まる。誰かの目の前でしかも、女の子の目の前で吐くなんてものはユージオのプライドが許さない。
「あ……あ…」
そんな中で、その騎士に吸い込まれるようにアリスは進む。洞窟の外へと向かって行く。左側でキリトが「だめだっ!!」と叫ぶ声を聞いて、ユージオはげっそりとした顔で悟った。
これはきっと、変えられない運命なのだと。
キリトの声にびくんと体を震わせたアリスは、立ち止まろうとしたが、足がもつれて体が前に傾く。
必死にアリスの服を掴もうと手を伸ばす二人。その手はアリスの服に触れることもなく宙を切って、アリスは虚しくも洞窟の地面に倒れこんだ。
ただ、転んだだけ。それだけならどれほど良かったことだろう。そのアリスの指先は確かにダークテリトリー内に侵入していて。
ユージオは自分を殴りたくなるほどの衝撃にかられる。知っていたのに。知っていたのに、この結末を変えることが出来なかった。そんな自責にいや、まだだと顔を上げた。
「アリスっ!!」
二人して叫び、アリスの体を掴むと洞窟内へ引き戻す。誰にもみられていないことを願うしかなかった。ユージオは先ほどの整合騎士がいるかどうか空を見つめ、その後に洞窟内へと視線を動かす。
大丈夫だ、きっと。そう言い聞かせ、アリスの指についた黒い土を払い落とした。
「………わ、…私…」
「大丈夫だよアリス。誰もみてない。それに、転んじゃっただけだ。洞窟からは出てないんだから心配する必要はないよ」
きっとそれは、ユージオ自身に言い聞かせる言葉だったのだろう。
これは、禁忌を犯したわけではないと。正当化するためだけの言葉だったのだろう。
「きっと、大丈夫なんだ。そうだろう?キリト」
縋るように力なくユージオは聞く。
しかし、キリトはただ静かに周囲に視線を走らせるだけで、返事はない。そんな様子にユージオは首を傾げる。
「ど、どうしたんだ?キリト」
「……感じないか、ユージオ。なんか……誰かが……何かが…」
不意に襲ってくる違和感と不安にユージオは身震いをした。
あの、物語の主人公であるキリトがそう言うのだ。不安にならない訳がないだろう。同じように周りを見渡すユージオ。しかし、先ほどと同じで整合騎士がいるわけでも他の人間がいるわけでもなく、洞窟内には何もない。
「気のせいじゃ…」
ユージオの言葉が途切れる。
嫌な予感が背筋を凍らせていく。キリトはユージオの肩を思い切り掴むとナニカがある方向へ視線を向けた。
それは、明らかに洞窟にはなかった奇妙なものだった。水面のように揺れる紫色の円。その中に見えるのは–––––人の顔だ。まるで、ホラー映画のようだとユージオはソレを見た。
皮膚は生白く、頭はスキンヘッドのように一本の毛も生えていない。まるでドールのような表情筋。何も読み取れないその表情からしかし、ユージオだけは直感的に察した。ソレの視線の先は間違いなくアリスであると。
「シンギュラー・ユニット・ディテクティド。アンディー・トレーシング……」
不意にソレが奇妙な言葉を発した。
英語であることはユージオにも分かるが、意味を問われると流石に分かるはずがない。なにせ、生前は英語が苦手だったのだ。
「コーディネート・フィクスト。リポート・コンプリート」
また英語が発せられる。
そして、紫色の窓は消滅した。そこに残るのは洞窟のゴツゴツした壁だけで、特に何もない。
どこか神聖術の式句に似ていた気がしたユージオは一応、アリスとキリト、最後に自分の体を見るがなんの変化もないようだった。
最後の言葉がコンプリートだったことから何かを完了したことは間違いない。そう考えた、ユージオはもう手遅れだと知る。
「帰ろう、か」
あの怪奇的な現象を見て、小刻みに震えるアリスにそう手を差し伸べる。キリトはさすがというべきかあまり、動じていないようだった。ユージオは、実のところもう限界である。後悔と自分の弱さに押し潰されそうになりながら、なんとか立っている状態だ。
そんな二人はアリスを抱きかかえるようにして洞窟の奥へ––––また来た方向へと進み始めた。
どのようにしてルーリッドの村までたどり着いたのか、ユージオはよく覚えていない。
限界を迎えた足でようやくいつもの景色を見たときは、さっきまでの冒険が嘘だったのではと夢見るほどだった。緊張感が解れ、安堵からか三人はようやく小さな笑みを交わし会話を開始する。
とにかく、逃げるようにして帰った帰り道は切羽詰まるものがあったので、ずっと話していないようなそんな感覚がユージオにはあった。
「ほら、アリス、これ」
キリトがアリスに差し出したのは、今日の冒険の成果だ。
しかし、それを見るとユージオは胸が痛くて仕方がない。物語通りに行くのであれば、アリスは王都に連れて行かれるのだろう。それも、自分のせいでだ。気づいていたのに、何も出来なかった罪は重い。
「その氷があれば、ゆっくりご飯が食べられるね」
今すぐ、泣き喚いて、アリスを連れて何処か遠くへ行けたらいいのに。そんなユージオの願いは叶わない。
だからと。ユージオはいつもの日常に戻ったふりをする。隠し事は苦手なユージオだが、今だけは気づかれるわけにはいかないのだ。
「帰ったらすぐ、地下室に入れておいたほうがいい。そうすれば、明日までには持つんじゃないかな」
「………うん、解った」
素直な返事をしたアリスは二人を見ると、やっと普段の調子に戻って、笑顔を浮かべた。
「明日のお弁当、楽しみにしててね。頑張ったご褒美に、腕を振るっちゃうから」
あぁ、それは楽しみだ。
いつ最後になるか分からないアリスのお弁当だからこそ、そう思うユージオ。いつもだったらここで、腕を振るうのはサディナおばさんだろと思っていたに違いない。
「あぁ、楽しみにしてるよ。アリスの弁当は美味しいからね」
「え、あ、うん。そうね」
少しだけ、顔を赤く染めたアリスにキリトはニヤニヤとした顔を向けながらも「もう、帰ろうぜ」と歩き始める。
闇の国とは違った赤さを持つ夕焼けの空の下を、三人はそれぞれ違う方向に向かって歩き始め、丁度、六時の鐘がなる前にユージオは自宅に着く。
今日の冒険は誰にも言えそうもなかった。そして、誰かと話す気分でもない。ユージオはただこのまま何も起きないことだけを願うことしかできなかった。
そして、それは叶うこともなく。
物語は動き始める。
数年後の未来へと向かって。
あるいは、最後の戦いに向けて。
大きな大きな運命の歯車は回り始めた。
今回も読んでくださりありがとうございました。
次回も二週間後になりそうです。