(最初は3話くらいで要港部につくはずだったのに、どうしてこうなったのか)
「私たちが護衛するから、大船にのったつもりでいなさい!」
「――この中でミンスクが一番の大船だけど」
期せずしてジョークとなったセリフの後も、弥生の思考は続いていた。
弥生はこの艦隊中で一番の古株であり、戦果もあげている。初期艦の叢雲を除けば唯一改造対象になるレベルに到達した艦娘だった。
いくたびか死線をくぐり抜けた弥生にとって、謎の多いミンスクを、雷たちのように素直に味方と見なすのは抵抗が大きかった。
その経歴から艦隊の殿艦、千年前であればリア・アドミラルが座上する位置をまかされているが、今回は通常の艦隊の後方警戒に加え、輪形陣の中心にいる艦の監視と観察を期待される立場でもある。
(たしかに敵の感じはしないけれど)
これまでに戦い、倒し、あるいは命からがら逃れてきた敵と相対したときに感じた感覚。空間が変わるようなその感覚を、ミンスクと名乗る艦から感じないのは事実だ。その点は弥生も他の艦娘と同感だった。しかし
『どんなときも油断するな。謎があるときはなおさら油断するな(だが謎だけに気を取られるな)』
多くの敵の命を奪いつつ、みずからは生きながらえてきた弥生の戦訓は、状況を楽観視することを許さなかった。
艦娘とは思えない見た目、対応する艦が思い当らない艦型、そして抜錨直後に座礁しかけるようなまねをしていたのに、今は無灯火での航行にちゃんとついて来ている。
(ついて来ているだけじゃない。測ったかのように正確に、輪形陣の中心に位置取っている)
ミンスク自身は航行開始直後を除いてまっすぐ前、先頭艦の名取を見ているのに、殿艦の弥生と距離をちょうど二等分する位置を維持していた。左右の艦との間隔も同様だ。
(よほど電探の性能が良いのか。電探だけ使い慣れているとも思えない)
さらに今の発言だ。
(普通、艦娘になって最初は、疲れたりおなかが空いたりしやすいことに驚きを感じるもの。私もそうだった)
(でも、ミンスクはそれとは逆に、疲れないこと、おなかが空かないことに驚いている)
それがどのような意味を持つのかはわからなかったし、ミンスクから敵の気配も感じていない以上、直接の危険につながるとも思いづらかったが
(提督からなんでも一人で抱え込まずに話すように言われているから)
弥生は自分の感じた疑問を暗号にして僚艦に送信した。
暗号で送ったこともあり、返事が来るのには少し時間がかかった。また、返事の発信元は口頭であれば真っ先に反論が来たであろう電たちではなく、姉妹艦の三日月からだった。内容は
『しばらく島で暮らしていて空腹を感じたことがあったのでは?そして発見時は食後だったため空腹ではなかったのかもしれない』というものだった。
陸で艤装を外した状態ならば人間に近いペースで空腹や疲労を感じるから、その感覚と比べて今それらを感じないことに驚くのであれば一応理屈は通る。だが、あの小島でいったん空腹になった後、空腹を――それも赤城以上の大型艦のそれを――満たすだけの食料を手に入れられるだろうか。
(どこかに隠し持っていたのかもしれないけれど)
考えをまとめようとする間に、今度は暁から通信が届いた。
『ミンスクは米子を知っていた。敵が一地方都市の地名を知っているのはありえない』
それを言うならば、海外艦であっても東京・大阪や横須賀・佐世保などはともかく米子を知っているのはおかしい。また、そもそも人間とこれだけ会話が通じる深海棲艦があり得ない存在なのだから、もしもミンスクが敵の特異種であれば地名の知識を有している可能性だってあるだろう。
弥生の見るところ、暁の意見は姉妹たち同様に未知の大型艦を敵ではないと思いたがる気持ちの影響を受けたものだった。
たが、――逆に、自分の意見はどうだろうか。敵と思い込みたがって偏った意見になっているのではないか――
(やっぱり、わからない)
名取が議論を切り上げ、意見をまとめて要港部に伝えると言ったとき、異論は出なかった。
考えれば考えるほどわからない状況だが、今回も賢明な提督がきっと正しい判断を下してくれる。
古参の弥生から艦隊に来て日の浅い三日月まで、その場にいる艦娘は全員がそう思った。これまでその思いが裏切られることはほとんど無かったのである。
同じ頃、輪形陣の中心。
ソ連海軍の軍艦であったМИНСКには暗号文が飛び交っていることはわかっていた。
おそらく自分について話し合いがあって、最後の大出力の通信で、結論を基地に送信したのだろう。
わからないとなると多少気にはなるが、いきなり攻撃指令が出されるといった不安はМИНСКには無い。それは、かつて相対していた自衛隊に対する感覚もあったが
(いずれにせよもしも自分を沈めるつもりなら、あの場で雷撃をしていれば一撃だった)
(わざわざ基地に向かって護送している今、急に攻撃するように方針を変える根拠がない)
そして――このあたりは艦隊の花形として生まれ、実戦を経験することなく艦としての生涯を終えたМИНСКの性格によるものかもしれない――基地についた後についても、捕獲され、解体・調査されるといった悲観的な予想はしていなかった。
それは今МИНСКのまわりを囲んでいる艦娘たちを観察した結果。
海上での彼女たちの動きは、敵国との交戦状態にある軍艦のそれだった。
――おそらくは潜水艦。発見すれば即座に戦闘に突入する態勢だ。だが――
奇妙なことに、彼女たちは潜水艦に対すべきソナーを持ち合わせていないようだった。それどころか、通常の水上艦に対するレーダーすら使用していなかった。МИНСКにレーダーの使用を許可したことから考えて、電波封鎖をしているとも思えない。
(本当に日本の軍艦なのか?)
かつての、目と耳の鋭さでは世界で一、二を争うほどだった相手(その一方で引き金の重さは疑問の余地なく世界一重かったが)を知るМИНСКにとって、今まわりにいる艦娘たちの装備は、同じ国のものとは信じられないほど旧式に感じられるものだった。
――そのような旧型艦ですら実戦に投入されているとするならば――
自分は大きな戦力となることができる。
МИНСКにとって疑問の余地のない確信だった。
彼女たちの練度には敬意を表するが、装備は圧倒的に自分が上。普通に離れたところから戦えば、相手が見つけることもできない距離から6隻すべてを撃沈する自信があった。
(それだけの戦力をおろそかに扱うことはないだろう)
第三者から見れば希望的観測と言われるような考えだったかもしれないが、МИНСКの思考がそこから大きく外れることはなかった。
(もしも彼女たちの「敵」がかつて祖国だったロシアだったら?)
一瞬生じた懸念も
(それはありえない。もしそうならばミンスクと名乗った時点で攻撃してくるか、すくなくともより敵対的な態度になるはずだ)
そう考えて意識から消えていった。
(サカイミナト、そしてヨナゴか……)
かつてウラジオストクにはサカイミナトからの船が来ていたことがあり、船の客と話した乗組員たちが山陰地方では屈指の都市となるヨナゴの地名も口にしていた。
狭い海を隔てて、半日ほどで行けるのに実際には訪れる機会のなかった日本の都市の姿を思ってМИНСКは気分を高揚させていた。
(それにしても……我が提督にもそろそろ私のことに気付いてもらいたいものだな)
暗号でやりとりする間も艦隊は無灯火での航行を続けていたが、訓練を重ねた艦娘たちにとってはそれ大きな危険のある行動ではない(実際はМИНСКがあれこれ考えながらも艦娘たちの夜目を上回る電子の目で見張っていたため、さらに安全な状態だったのだが)
東シナ海に朝日が昇るころ、艦隊は九州沖合に接近していた。