(それにしても……我が提督にもそろそろ私のことに気付いてもらいたいものだな)
輪形陣の中心で一方の意識がもう一方の意識に対して要求を出していたころ。
要求された側、かつて人であった方の意識はそれどころではなかった。
「見た目が人間の女性に似ているので、『艦』の『娘』と書いて『かんむす』です」
(「娘」?見た目が人間の「女性」って、もしかして、いま、女になってる?)
そういえば、島にいたときに用を足す機会はなく、自分が男であることの確証は得ていない。艦娘の説明を聞いて、自分の性別が変わっているかどうかすぐにでも確かめたかったが……そうもいかない。
(『ほーらお嬢ちゃんたち~(ボロン』とかやった日には即座に警察行きだ)
実際にはまわりにいるのは普通の女の子ではなく、警察の何万倍もの火力を持った軍艦であり、その中の最小の1艦からでも攻撃されれば人間などあとかたもなく消し飛ぶ。そもそも目的は自分で確認することであって、まわりの艦娘たちに見せるというのは積極的に目指すことではない。
にもかかわらずこのようなことを考えている時点で、ここにきてようやく取り戻したかに見えた冷静さがあっさり消え去ってしまっているのは明らかだった。
そのまま艦隊の中で一人悶々としたまま朝をむかえる。
海上の夜明けに多少感銘を受けはしたが、陽の光を受けた目の前のふとももを見て楽しむ余裕などありはしなかった。
そして、太陽が真上近くに来るころには、あらたな難題が意識を悩ませることになる。
いくらなんでも不眠不休での活動が24時間を超えることになるのに眠たくならないのはおかしい。その意識が重圧となって、疲労感、さらには眠気を呼び起こしていた。
幻肢痛ならぬ幻想の疲れ・眠気との戦い。疲れてる。疲れてない。眠い。眠くない。そして自分が男なのか女なのか。
二日目の昼以降はそれらのことに頭を支配され、それ以外のことを考える余地はなかった。日没すらほとんど気にとめることなく、思考(の空回り)に時間を費やしていたのだ。МИНСКの意識が全面的に操船を担当していたため陣形を乱すことはなかったが、居眠り航海からの事故を起こしても不思議ではない状態だった。
МИНСКも、それまでの思考にふける状況ではなくなっていた。
操船に慣れて余裕ができ、
(そうか、お前たちも来ていてくれたんだ、……な?)
艦内を動き回る存在。こちらも航海を続ける中でようやく通常の活動状態となった自艦の乗組員を感じ取ったはずだった。
(乗組員?)
奇妙なことに、彼らは普通の人間とはいささかかけ離れた姿をしていた。まるでトーベ・ヤンソンの物語に出てくる妖精の中の人に近い見かけの方を思わせる姿をしていた。だが、その行動はかつての乗組員たちと変わらない。“妖精乗組員”とでも呼ぶべきだろうか。
(ああ、気付いてやれなくてすまない)
自分たちに気付かないМИНСКに対して、なにやら不満げにアピールをくり返していた妖精乗組員たちも、МИНСКが彼らを意識したことを知ると、作業に戻っていった。艦内の点検、兵装を含めた状態の確認、彼らにとってやるべきことは多かった。実はМИНСК自身は自分が良好に整備された状態にあること、燃料・弾薬も充足していることを理解していたのだが、ずっと行われてきた通常の任務を止める気もなく、彼らの活動を好ましく眺めていた。
(おっと、砲塔を動かすのは止めておいてくれ。まわりの艦に疑われたくないからな)
そして対馬海峡を(ミンスクは気づかないうちに、МИНСКは接近する中型艦に気づいたものの輪形陣の手前で反転して行ったためそれ以上追うこともなく)通過し、ミンスクの思考が空回りするままに時間の感覚もなくなったころ、二日目の夜が明け、艦隊は境港要港部の建物が目視できるところまでたどり着いていた。
「要港部はすぐそこよ!」
「もうすぐなのです!要港部についたらお風呂に入って、おいしいごはんを食べるのです!」
輪形陣の中心に正確に位置取ってはいるものの、意識の集中が切れかかっているように見えるミンスクを気づかい、艦娘たちが声をかける。
港の主の意見は異なるかもしれないが、ミンスクにとって幸いなことに、境港要港部は規模も小さく、出入りする船も少なかった。特にミンスクたちが帰投する時間帯、要港部の近くには警備らしき艦娘が一人と支援用の小艦艇が数隻いるだけで、他の艦娘や一般の船の姿は見当たらなかった。これが横須賀であれば、
(1) 東京湾に出入りする一般の船舶とぶつかる
(2) 鎮守府に出入りする艦娘の誰かとぶつかる
(3) 接岸する位置を間違える
のどれかひとつ、場合によってはふたつみっつやらかしたに違いなかったし、呉であれば
(4) 瀬戸内海の島で座礁
の可能性すらあったであろうが。
半島の先端をさらに埋め立てたとおぼしき要港部の港湾設備の中で、迷う余地もないただ一つの大型艦用岸壁にミンスクが接岸したのを見て、名取を除く前方に位置していた艦娘たちが小型艦用の桟橋に接岸し、かけ声とともに陸に飛びあがる。
「「「投錨!上陸」」なのです!」
ミンスクも見よう見まねで叫び声をあげ、陸に向かって飛びあがった。
「とうびょう!、っ、じょうりく!、っ!、なのです!」
べしゃっ!
(『なのです』はいらないんだっけ)
そう思うのと、着地の異音、どちらが先だったか。
スタッ!という音が似あいそうな着地を決めた艦娘たちに比べて、ミンスクの着地はお世辞にも見事とはいえなかった。海中への落下や、岸壁への激突といった事態こそ避けられたが、着地したときにはしゃがみ込み、両手をつくことでかろうじて頭からぶつかるのを防ぐありさまだった。そして
「――――っ!」
(体が重い!)
海上にいるときはまぼろしのようだった疲労と眠気が、陸地についたとたんに現実のものとしてミンスクにおそいかかってきた。立ち上がろうとするとひどい立ちくらみを感じる。
とりあえず一番耐えやすい姿勢で固まって、立ちくらみがおさまるのを待とうとするミンスクに艦娘たちが駆け寄ってくる。
「ミンスクさん、肩につかまって下さい」
「いや……だいじょうぶ……」
(オレが自分の足で立てなくなったときは、そのまま死んでしまうときだ……ってそんなキャラクターじゃなかったはずだけどな)
身長の差もあって、下手に肩を借りるとそのまま倒れこみそうに思えたこともあったが、なんとか立ちくらみが軽くなったので、艦娘たちに続いて歩き始める。
「がんばれ! がんばれ!」
「がんばってください。あと少しなのです!おいしいごはんも用意しているのです!」
普段の半分ほどの速さで歩くミンスクを、見まもり、あるいは声をかける艦娘たち。
フラフラになってなお進もうとするマラソン走者を思わせる光景だったが
(……いや……メシよりなにより……ねむい……)
もうろうとしつつも、最後の気力を振り絞ってかろうじて要港部の建物までたどりついたミンスクだったが、入口のポスターを見たところでひざをついてしまった。
『この門をくぐる者一切の希望を捨てよ』などと書かれていたわけではない。
パステル調のポスターにポップな文字で書かれていたのは次のような文章だった。
『境港要港部では次のような人材を求めています
・
・
・
・
・まともな奴 』
(だいじょうぶか、ここ?)
一抹の不安を抱いた後、ミンスクの意識は暗転した。
>ポスター
かと言って、そこで
もう一段
生活下げて
もう一艦
とか書かれていても嫌だし。
ちなみに境港は下から二つ目にひっかかるかな、という感じの提督が一人いるだけの状態です。(まだ一ケタだから『たくさん』というほどでもない?)