気が付くと、目にまぶしい光が入り、視界が真っ白になっていた。
反射的に目を閉じ、今度は少しずつ開いていく。
記憶に残る最後の状況との違いにとまどいを感じる。
たしか目を開ける力も失っていたはずだが
(オレ、生きてるのか?)
前方に砂浜が見える。
景色の見え方から感じられる視点の高さは
(立ってる?)
さっきまでワイヤーと管に繋がれてベッドから動くこともできなかったはずだ。
不思議に思いながらまわりを見まわす。足元には青い水が波を立てていた。
「海?海の上に立ってる!!」
思わず声を上げる。
「もしかして、これが……死後の世界?」
「忘却の岸辺とか?海にしか見えないんだけど、三途の川なのか?」
「いやそれより、なんで水の上に立ってるんだ!?」
状況の異常さに思考がついてこない。他に誰もいないのに声を出すことが止められなかった。
「とりあえず、陸に上がろう」
浜辺に向かいたい、そう思った途端に体が陸に向かって動き始めた。
(よーし、そのまま進んで……)
だが、大して進まないうちに急に抵抗が増えたような感覚があり、そのまま止まってしまった。
(どうやったらいいんだ?)
先ほどまでの進もうとする間隔はあるのだが、実際にはそれ以上進めない。
焦りからか考えが再び声に出始めていた。
「動け!動けよっ!!」
「くそっ!闘病生活で、頭がおかしくなったのか?」
「夢なら覚めろ!これが現実なら、動けっ!」
「陸へ!上陸っ!」
そう叫んだ瞬間、体が水没した。
あわてて泳ぎ始める。さいわいわずかに泳いだだけで足がつくようになり、数分後には浜辺にたどりついていた。
(いったい、何が起こったんだ?)
ようやく地上に足をつけたことで少し落ち着いて思考を巡らせる。
(まずは海上にいると気づく前の記憶を確認していこう) 病院のベット、取りつけられた医療器具、たしかに死を待つばかりの病人だった記憶がある。
(もちろん病院船だったなんてことはないはずだ。たしか病院の所在地は……??!)
病院の所在地が思い出せなかった。病院の窓からの景色や、おそらく入院前に街を歩いていたときの景色が断片的に思い浮かぶが、地名が出てこない。
それ以前に住んでいた住居の場所すら思い出せなかった。
住居とおぼしきアパートの室内の画像は頭に浮かぶのに、何県何市なのか名前が出てこない。
(おちつけ。こういうときはなにか関連のあるものを思い出してそこからたどってみるんだ)
たとえば思い浮かんだ景色に地名のヒントがないかとか。
そう思って記憶をさらに掘り起こそうとしたとき
突然浮かび上がってきた。
――何隻もの軍艦と隊列を組んで海上を進む記憶。
――ヘリコプターやジェット機を「飛ばした」記憶。
それはテレビのニュースで流れた映像のようにも思えたが、はるかに鮮明で、テレビを見ているのではないという感覚があった。
(俺が飛ばしている?)
ローター音とともに飛び立つヘリコプター。
轟音とともに垂直に飛び立っていくジェット戦闘機。
そしてそれが自分の中から飛び立っていったという感覚。
飛行するヘリ、ジェット機もまるでラジコンヘリを飛ばしているかのように「自分が飛ばしている」と感じる。
(おかしい、仮に軍艦の乗組員だったとしてもこの感覚はあり得ない)
さらに、轟音と共に打ち出される砲弾、ミサイル。
(これも俺が発射しているのか)
「これじゃまるでロボット怪獣か、改造超獣じゃないか!」
!?――体の中で人間が動き回っている感覚?
「いったいこれは何なんだ!?俺はどうなってしまったんだ!!?」
次々に再生される異様な感覚にめまいを感じてその場にへたり込んだ。
脳が再起動したのはしばらくたってからのことだった。
記憶をたどるのは負担が大きすぎると感じて一旦中止、気を取り直して現状の確認にとりかかる。
(まずは自分の状態だ)
おぼれかけたときにこの浜まで泳げたことから、体の自由はきくようだ。
すくなくとも入院していたときならばとてもそんなことはできなかっただろう。
浅瀬に辿りついてからは普通に歩くこともできたし、今もショックでへたりこむまでは二本の足で立っていた。
手を動かしてみると、すこし視界に違和感はあるものの、思った通りに動いており、それを目で確かめたことによって少し心が落ち着いた。
(次はまわりの状況を確認しようか)
足元はきめの細かい白い砂浜だ。
今しがた泳いできた海に目を向ける。
沖合に島は見当たらない。
海岸線は緩やかに湾曲し、いずれもかなり遠方の岬で途切れていた。
陸地に目をやると、ある程度砂浜が続いた先に林が見えた。
(松ではない?)
なんとなく南方の木と感じたのは陽射しの強さのせいもあった。
見渡す限り人影は無い。家屋など人工物も見当たらなかった。
(日本国内の海辺でこれだけの広さがあって無人……もしかして無人島か?)
よほど大都市から遠く離れていない限り、リゾート地として開発済み、あるいは元リゾート地の廃墟として何か痕跡がありそうな地形から、相当な僻地の可能性を感じる。
(まあ、日本本土内の僻地程度ならもう少ししたらだれか姿をあらわすかもしれない)
再び意識を自分自身に戻す。今度は持ち物だ。
(携帯電話でもあれば……)
ズボンのポケットを探る。無い。
そのかわりに、もう少し小さな物体が指に触れた。
(これは……マッチ?)
引っ張り出してみると、手ざわりから想像した通りマッチ箱だった。
だが、デザインに違和感がある。地味な色合い、それだけならばそういうマッチ箱を置いてある喫茶店もあるだろうが、寸法の比率が普通と感じるものと違っている。
確かめようとして、それ以上に視界に違和感があることに再度気づく。
目の前に持って来ようとしてもうまくいかないのだ。
(おちついて。正面から、ゆっくりと)
再びあせりそうになる気持ちをおさえて近づけようとしたとき、手が顔に当たった。
目にうつるマッチ箱の大きさ、感じられる腕の角度、どうみてもまだかなり距離があるはずなのに、顔にぶつかってそれ以上近づけられない。
マッチを放り出して両手で顔をさぐってみる。
違和感の正体が判明した。
左右の目のあいだ、鼻とその前方あたりに巨大な突起があり、それがつい立てのように視界を制限していたのだ。左の目が右を、右の目が左を見ようとするとそれにさえぎられる。人類の先祖が樹上生活をしていたころに手に入れ、それまで当たり前のように感じていた広い立体視野の喪失。そしてほぼ常に目に入る鼻の何十倍もの突起。それが違和感を引き起こしていたのだ。
(これはなにかの器具?それとも『かぶりもの』)
手の平からはなにか固いものに触っているという感覚が伝わってくるが、顔は触れられているという感じがしない。
かぶりものならば外せるのではないかと思い、取り外そうと力を入れかけて、その手を止めた。
(もしもこれが医療器具の類であれば勝手にとるのはまずいだろう)
ここにきて自分の状態すら怪しくなってきたことに再び気が遠くなりかけつつも、なんとか持ち直して調査を続ける。だが、携帯電話はもちろん、免許証や定期、カードなど自分の情報につながりそうなものは何一つとして見つからなかった。
そのかわりに見つかったのは十徳ナイフのような器具。
(なんだ?サバイバル・ゲームでもしろっていうのか?)
金持ちの道楽とかテレビ局の企画で、十徳ナイフ一つ持たせて無人島に放置する。行動や体調をモニタリングするための装置を頭に取り付ける――不条理な状況をなんとか理解しようとして無理やり考えた構図がそれということは、それまでの読書歴――マンガかテレビの視聴歴かもしれない――から自分自身について推測する手掛かりだったかもしれないが、それに気付くことなく思考は先に進んでいった。
(テレビ局の企画ならまだましか――最悪なのは死亡エンド前提の金持ちの道楽か、ゲームじゃないサバイバル――どっちだろう)
ゲームではないサバイバル状況で長く生き残れる能力を持っていたという感覚は無かった。テレビ局の企画であれは、視聴率のためなら人命を軽んじることがあるとしてもむやみに死者を出すことは避けたがるだろうから、いよいよとなったら助けが来るかもしれないが……
(だがそちらを前提にするのはそうでなかったときに危険が大きすぎる。ともあれ、とりあえずはサバイバルのつもりで行動していこう)
こんなことならもっとその手の訓練をしておけばよかった、などと二重の意味で詮無いことを思いつつ――そもそも「以前」においてその種の「訓練」なり「学習」なりをする機会が身近にあったかどうかもわからないのだ――再び周囲の状況を調べ始める。
照りつける陽射しを意識して、まず内陸に広がる林へと進むことを決める。
台風シーズンなのだろうか、浜には流木が転がり、林の入口にも何本かの木が倒れているのが見えた。
(杖がわりになる枝でも落ちているといいのに、これはちょっと太すぎ……え?)
少し大きめだがまだしも使えそうなサイズの枝を持ち上げようとして、この日何度目かの違和感に気付く。昔の感覚で何とか持てそうと思った枝が、弱った体で持ち上げられなかったからではない。その逆に、力を振り絞る感じもなく、あっさりと持ち上がったのだ。バルサ材のような材質かと思ったが、見たところそうでもない。
(まあ軽くて強ければよし、軽くて弱くてもとっかえひっかえすればいいから、重くて持てないよりはずっといいか)
そこまで考えたところで思いついた。
(そうだ、この木が動かせるならそれを使って)
付近に散らばっていた倒木を集めて浜辺に「S」「O」「S」の文字を作る。
健康な成人男子でも消耗する位の仕事量のはずだったが、息も切らさずに完成させ、さらに林に向かって矢印を付け加える。
(これで救助が来てくれたらいいんだけど)
作業中何度もまわりを見まわしたが、海に船の姿は見えず、陸にも人の影は無かった。
(仕方ない。やっぱり内陸を探すしかないか)
林の入口で探しても道らしい道はない。昼なお暗いジャングルというわけではなく、木々の間をぬって歩ける程度の林ではあったが、足元に気をつけながら進むうちに、
(
そう自分に言いきかせて、実際には大休止、うたたねを始めていた。
現時点では艦名は(バレバレでも表向き)伏せておきます。
ソ連の軍艦を表現するのに「ベ□ク□ンみたいな」と言ったらはたして通じるかどうか
いずれメカO゙O゙Oの「全弾発射!」みたいな圧倒的な攻撃シーンも出せるといいのですが(もっとも「弾薬の節約が限界に達した末の最後の花火」とかの恐れも)