海上を一列に並んで進む六つの影があった。
もしも二十世紀前半の人間がその姿を見たならば驚きの声をあげただろう
「人が海の上に立って動いてる!」と。
観察力に富んだ人間ならば、それが若い女性、少女と呼ぶべき姿をしていることと、大砲や魚雷のようなものを身に付けていることでさらに驚きの度合いを増したかもしれない。
だが、現在、この海域において、それはありふれた光景であった。
少女たちは「艦娘」と呼ばれ、沿岸部や港湾で見かけても腰を抜かしたりあわてて逃げ出したりする必要のない存在、もっとはっきり言えば「人間の味方」と見なされていた。それは裏を返せば彼女たちと違う「人間の敵」に当たる存在がいるということでもあったが、少なくともこの場には「敵」はおらず、少女たちは誰に邪魔されることもなく海上を進み続けていた。
「島が見えてきたのです」
「もう南西諸島?結局、今回の任務も何も起こらなかったわね。まる1週間何もない海を見張っていただけ」
「みんなケガもなくてよかったのです」
「そうはいうけど、これじゃ私たちも成長できないわよ」
「はいはい。まだ任務は終わっていませんよ。提督も言っておられるでしょう『基地に戻るまでが遠征です』って」
おしゃべりを始めた少女たちを、先頭の少し年長に見える少女がたしなめる。
だが、その少女も内心では同じことを考えていた。
(ここまで来ればもう戦闘になることは稀)
(今回の哨戒任務も交戦ゼロだった)
(全員無傷で済んだのはいいけれど)
(これではレベルアップは望めない)
近海での哨戒任務が交戦ゼロで終わるのは珍しいことではなかった。
最近では1度でも戦闘があれば「久しぶりの」という修飾語が付けられるのが常となっていたぐらいだ。
それは、近海の安全が確保されたという意味では喜ばしいことに違いない。
だが、戦って、敵を倒すことによって得られる成長のチャンスが手に入らないということでもある。
(このままでは、私たちは強くなれない。燃料も、機材も消耗するのに……)
「君たちが気にする必要は無い。それを気にするのは私の仕事だ」
そう言われた記憶はあっても、現在おかれている状況を、後続の幼い少女たちよりも深く理解している少女は気に病むことを止めることはできなかった。
そのためだろうか、視点の高い彼女よりも先に、後方の少女が気付いて声をあげたのは。
「名取さん。浜辺になにか見えます」
「!」
まだ浜辺が水平線下に隠れる距離の島に目をやると、たしかになにか島の景色と異質なものが見えた。豆粒か針の先のようにしか見えないが、見つめているとかすかに動いており、ときおり光を反射しているのが見えた。
(あれは……艦橋?)
(言ったはしから自分が油断するなんて)
後悔の念を抑えて、名取と呼ばれた少女が指示を出す。
「艦橋らしきものが見えます。接近して調査します」
「こんな島に船?」
「いったいなんなのかしら」
「動けなくて困っているかもしれないのです」
「難破船ならば救助するわ。でも、敵艦の可能性もある。みんな、戦闘準備を」
「「「「了解!」」」なのです!」
島に接近していくと、少女たちの目に海岸線近くに停泊する船の形がはっきりと見えてきた。
「大きい」
「飛行甲板?空母なのでしょうか」
もしもその場に艦娘たちのことを知らない人間がいたら、彼女たちの正気を疑っただろう。あるいは水上を立って進んでいる少女を見たということで、自分の正気を疑ったかもしれないが。
人間の目には何一つ人工物のない浜辺しかみえなかっただろうから。
しかし、艦娘である少女たちの目には、飛行甲板をもった軍艦の姿がはっきりと映っていた。
艦娘たちだけが見、そして干渉することのできる世界。人間たちから艦界とよばれるそこでは少女たち自身も排水量数千トンの艦として存在していた。だが、今そこに存在する艦は彼女たちにとっても未知の存在だった。
「見たことのない形ね」
「こんなところで泊まって……動く気配もない。座礁でもしたのかしら」
(すでに距離は20キロを切った。敵の航空母艦だったとしても、ここまで近づけば搭載機を飛ばされる前に攻撃できる。戦うつもりならもっと早い段階で動きがあったはず)
「だったら――
「油断しないで。何かの罠かもしれない。むやみに接近するのは危険だわ。水偵を飛ばして周囲を調査します。それと、提督に連絡します。皆はいつでも攻撃できるように準備して」
年長の少女名取は自分自身混乱しかけながらも、リーダーとしての責任感から、救助を提案しようとしたのであろう少女の発言をさえぎって指示を出した。
名取は艦としても他の艦娘たちよりひとまわり大きい。その艦体中央から飛行機が飛び出す。「水偵」と呼ばれた水上機は、軽飛行機を少し上回る程度の速度で浜辺に泊まった大型艦に近づいて行った。
ほぼ同時刻、帰投予定だった基地に対し通信文が飛んだ。
宛 境港要港部・尼子直久提督
発 第1艦隊・名取
南西諸島○○島海岸付近ノ艦界ニ空母ラシキ未知ノ大型艦ガ停泊中。
接近スルモ反応無シ。コレヨリ水偵ニヨル接触ヲ試ミル。
(それにしても、まるで見たことのない形の船だわ。あれだけ大きな飛行甲板をもっているのだから空母だとは思うけれど。敵の空母にもあんな艦型のものは報告されていないはず)
その船は、彼女の知るどんな空母よりも大きかった。
さすがに重量感ではおよばないが、船体の長さはかつて観艦式で見た戦艦大和に匹敵するだろう。
(それにあの艦橋。まるで重巡洋艦の大型艦橋ね――そうか!)
名取はようやく目の前の船を異様に感じた理由を理解した。
(あの船は前半分は飛行甲板が無い。普通の軍艦の形をしているんだわ。まるで航空戦艦のように。飛行甲板は船体後部と、張り出した形で中央部まで伸びている)
(その割に大砲を積んでいるように見えないけど)
船体の前半分だけを見れば重巡洋艦の20センチ砲、いや、金剛級戦艦の36センチ砲を載せていても不思議ではないのに――そこまで考えたとき、不明艦の間近まで接近した水偵から連絡が入った。
「大型艦の至近距離を飛行するも反応ありません」
「大型艦の兵装は、船体前方に大型の魚雷発射管と思われるもの8基。その他は8センチ級の高角砲と機銃。いずれも動く気配はありません」
(大型の魚雷発射管?艦砲ではなく魚雷が主兵装なの?)
「飛行甲板はどうなっているの」
「飛行甲板は船体後部から中央左に張り出す形で斜めに伸びています。搭載機は確認できません」
(斜めの飛行甲板?どうやって発着艦するのかしら)
それまで見てきた空母の発艦・着艦風景からわいた疑問は、次の報告で意識から外れていった。
「ここまで大型艦の反応ありません。艤装解除で放置された状態に似ています」
(放置状態――もしかして……ドロップ状態?)
ドロップ、発生、誕生あるいは出現、表現はともかく、その直後の艦娘はただ浮かんでいるだけの状態でいることが多い。反応を示さない大型艦は、ドロップしたままの状態なのだろうか?
(ドロップ艦は普通戦場に現れる。そして、その場に艦娘がいるはず)
「わかりました――これから私が接近して調べます。水偵は周囲の偵察を。暁・雷・電は島を警戒。弥生と三日月は後方を警戒して。全艦いつでも不明艦を攻撃できるように照準を合わせておいて」
「そんな。危険なのです」
「そうよ。ここは小回りのきく私が」
他の少女たちが言い終える前に水偵からの連絡が届いた。
「海岸にSOSの文字を発見しました。流木を並べて作ったと思われます」
「「「!!!」」」
何か言いたげな少女に対し、名取は今度はなだめるような口調で告げた。
「水偵から連絡がありました。接近するも大型艦からは反応なし。艤装解除で放置された状態に似ているとのことです」
「それって」
「はい。ドロップした艦娘が何らかの理由で上陸し、救助を求めている可能性があります」
このとき、名取もまた、理解できない状態で最初に思いついたアイデアに「すがりついてしまった」のかもしれなかった。未知の大型艦と、SOSの間には別の関係――無関係を含めて――も考えられたはずだ。だが、名取がそのアイデアを口にした瞬間、残りの少女たちはこぞってそれを支持し、次にとるべき行動は決定された。
「助けに行かないと」なのです!」
今度こそ一歩も引かないぞという意思を込めて主張する少女たちに、その意思に沿った指示が出される。
名取は主砲を陸に、魚雷を未確認艦へ向けながら指示を出した。
「暁、雷、電は上陸して要救助者を捜索。弥生と三日月は海上の警戒を続けてください。水偵は島を上空から捜索して」
「「「「「了解」」よ!」」なのです!」
「くれぐれも気を付けて。敵の罠の可能性が消えたわけじゃないわ。危険を感じたらすぐに戻ってくること。いつで援護射撃できるように主砲は陸に向けておくから」
(本当は、酸素魚雷を持っている貴女たちを海上に残す方が良いのでしょうが)
名取の思いをよそに、高速で浜辺に突っ込んだ三人はほとんど速度を落とすことなく叫んだ。
「「「投錨!上陸よ!」なのです!」」
2016/03/04 艦の名前を変更しました。
(すみません、初回投稿時に訂正するのを忘れていました)