宛 境港要港部・尼子直久提督
発 第1艦隊・名取
先程ノ大型艦ハ航空戦艦ニ似タル艦型。
全長260メートル以上。
後方ヨリ中央ニカケテ斜行セル飛行甲板。
大型艦橋ノ前方ニ大型ノ魚雷発射管ラシキモノ8基
主砲・搭載機ハ確認デキズ。
水偵ガ至近距離ニ近ヅクモ反応ナシ。
艤装解除ニテ放置サレタカノゴトシ。
マタ浜辺ニ流木ヲ並ベタSOSノ文字ヲ発見。
調査ノ為、暁、雷、電ヲ上陸サセル。
「助けにきたわー!」
「聞こえたら返事をしなさーい!」
「聞こえたら返事してー!」
「助けにきたのですー!」
「返事をしてくださーい!」
浜辺に少女たちの声が響く。
上陸した三人は三方に分かれ、それぞれ声を上げて呼びかけながら進んで行った。
――――助けにきたわー!
誰かが呼んでる?
うたたねしていた意識が急激に戻り、浜辺から聞こえる声を認識した。
「聞こえたら返事してー!」
(助けが来たのか?)
SOSのサインを出してからわずか数時間後、のことだったが、こんなときにはすぐに救助が来るのが当然、という感覚もあった。
今しがた、異常な状況にあわせて考えたテレビ局の企画説や金持ちの道楽ゲーム説をあっさりと放擲して、声のする方に向かうその姿は「平和ボケ」と言われてもしかたないものだったかもしれない。だがそのような他人――それも(もしかすると全人類の中では多数派なのかもしれないが)自分の所属していた集団とは異質の――の目が意識に上がることはなく、浜辺に向かって足を動かし続ける。
ほどなく浜辺と林の境界が近づいてきたところで、声の主の姿が目にうつった。
(女の……子?)
歩いている間にも何度も聞こえた声から、呼びかけているのが女性であることは気付いていたし、その声質が年齢の低さを思わせるものであることも感じていた。だが、その張りのあるよく通る声と、救助に来てくれたのだという意識から、てっきり女性のレスキュー隊員かなにかだと思っていたのだ。しかし、木々の間から見えたのはどうみても10代前半、中学生か、下手をすれば小学生に見える少女の姿だった。
(地元の生徒も捜索に協力しているのかも)
『ロリ声の小柄なレスキュー隊員』という想像は、視野に入った三人が三人とも幼い少女にしか見えなかったことで、次の――これまた傍から見れば都合の良い――解釈にとってかわられた。
「おーい」
声を上げ、少女たちに向かって歩き出す。
「「「!」」」
「「「大丈夫」」ですか~」
一斉に向き直り、近寄ってきた少女たちの表情は、しかし、木陰から出た瞬間に一変した。
「「「!!!」」」
駆け寄ろうとしていた動きが止まり、よどみのない動作で棒のようなものをこちらに向けてくる。
(棒のようなもの?)それは銃火器を撃とうとする動作のように感じられた。
「動かないで!動いたら撃つわ!」
(おいおい、どうなっているんだ?)
記憶にある日本では、セーラー服を着て銃器を振り回す中学生などフィクションの世界にしか存在しなかったはずだ。
(とにかく言うとおりにしないと)
反射的に手を上げかけて、その動きが相手を刺激する可能性に思い当たってあわてて止める。
「撃たないで。プリーズ・ドント・シュート!」
目の前の異形の存在が日本語で返事をして、今度は艦娘たちが戸惑う番だった。
人型の身体の頭部に軍艦を載せたようなその姿は、どうみても艦娘よりも深海棲艦に近かった。
深海棲艦が艤装を外して陸に上がるなどということは、古い記録に僅かな例が記載されているだけで、彼女たちが陸戦の訓練をうけたのはごく短い期間だったが、それでも艦娘の本能から瞬時に攻撃態勢に入る。
警告を発したのも、かつての陸上戦闘訓練が、実際には主として人間――暴徒やテロリストなど――を相手にする場合を想定したものだったことから形式的にそれを再現した部分が大きい(艦娘たちの中でも攻撃性の低い彼女たちの個性による部分もあるが)。
次の瞬間には相手が警告を無視して攻撃を仕掛けてくる。そう思っていたところに返事が返ってきたのである。
「「「えっ?」」」
艦娘たちはそろって驚きの声を上げた。
(しまった)
自分の姿を思い出す。顔になにか器具のついた今の自分の姿は、さぞかし異様な姿に見えているだろう。
(姿をあらわす前に一声かけておけばよかった)
後悔しても、今目の前には自分に向かって銃器のようなものを向けている少女たちがいる。その雰囲気からは、到底次の瞬間に「ドッキリカメラでした~」といって笑いかけてくる未来を創造することはできなかった。
「あ……えっと、お、おれは見た目怪しいけど、敵じゃないです。襲いかかったりしませんから。
なんなら、この場でうつ伏せになってもいい」
手を上げかけたところで、どこの記憶だったか『両手を上げようとする動作が威嚇とみなされて撃たれる』という話を思い出して動きを止め、つまりながらも言葉をしぼり出す。
「そうね。じゃあうつ伏せになって。言っとくけど変な動きをしたら撃つから」
少女の一人がこたえた。
その通りに、ゆっくりと動いてうつ伏せになる。
あいかわらず銃器らしいものをつきつけられたままだ。それが銃器の形を模しただけのおもちゃであるとか、彼女の言葉が台本にあるセリフだとかいった可能性は思い浮かばなかった。思考の奥底には存在したかもしれないが、即座に却下されていたのだろう。その場の雰囲気、そしてチップになっているのが自分の命だと思えば、五分五分ならもちろんのこと、9対1、いや99対1であっても楽観的な賭けに出る気にはならなかった。
持っている銃は本物で、撃つと言う彼女たちのセリフは本気だ。
(子供兵士)そんな言葉が脳裡をかすめる。人生の後半期、自分の住む国の治安が悪化しかけていたとは言え、それはまだニュースで知らされる別の国の話のはずだった。
(ここは日本ではないのか?)
だがいまはそのようなことを考えている場合ではない。目の前の少女たちの機嫌をそこねたら、次の瞬間にはその銃器が火を吹くかもしれないのだ。思考の流れを修正して、少女たちとの応答に集中する。
「あなたの名前は?」
一人の少女がたずねてくる。
「私の名前は……」
(まずい、今自分の名前も思い出せないなんて言ったら……)
だが思い出せないものは思い出せない。ごまかすセリフも思いつかず「思い出せない」と本当のことを言うしかないと思ったとき、突然言葉が口をついて出た。
「МИНСК――――私は重航空巡洋艦ミンスク」