暁、雷、電が浜辺を捜索しているころ、海上に残った名取は要港部からの通信を受け取っていた。
宛 第1艦隊・名取
発 境港要港部・尼子直久
警戒ヲ厳ニシツツ調査ヲ続行セヨ。
以後、本大型艦ニ関スル連絡ハ
緊急時ヲ除キ要港部特別暗号ニテ行ウコト。
(特別暗号?提督はこの艦のことを隠したいの?)
名取の脳裡に、かつて短期間要港部に所属し、今はいない正規空母の姿が浮かび、そして消えていった。
みずから大型艦に近づいて船体を観察、島内に向かった水偵に指示を出し、残った駆逐艦とともに海上の警戒も行う。その合間をぬって暗号文の作成と解読を行う。
戦闘中に比べればまだ余裕があるともいえるが、戦闘中ならば目の前の敵は攻撃するだけだ。
それに比べ、今目の前にいるのは敵かどうかもわからない大型艦。
攻撃すべきなのか、観察を続けるべきなのか、それとも撤退すべきなのか。
敵だとすれば罠というのがまだしも納得のいく解釈だが、周囲に他の敵影はなく、いったいどんな罠をしかけているのか。そもそも軽巡1隻、駆逐5隻の艦隊に対し、1隻とはいえ大型空母をおとりにしてわなを仕掛ける意味があるのか。
(頭が沸騰しそうです)
『人は
精神を削られながらその場にとどまる名取の姿は、人間に対して言われたこのセリフが艦娘にも当てはまることを体現していた。
そしてそのころ浜辺では
(ミンスク?重航空巡洋艦?いったい何のことだ?)
名前をきかれてこたえたはずの本人が、その返事の意味をはかりかねて混乱していた。
いったいなぜそんな名前が浮かんできたのか。自分はミンスクなどという名前ではなかったはずだし、重航空巡洋艦というのも意味が分からない。
その言葉は皮肉にも発した本人よりも少女たちの方が理解出来るものだった。
目の前でうつ伏せになった不審者の言葉を繰り返した後、質問を続けたのがその証拠と言えるだろう。
「みんすく?」「重航空巡洋艦?」
「空母じゃないの?」
「じゃあ、あの船はやっぱりあなたの?」
「外国の艦娘さんなのですか?」
一斉に問いかけられて、一人ずつ順番にきいてくれ、と思う余裕もなかった。
「す、すみません。ちょっと記憶が混乱していて。思い出せなかったり、おかしな記憶が出てきたりするんです。気が付くとこんな姿で浜辺にいて、様子を調に島の中に行こうとしたところで声が聞こえたので戻ってきたんです」
(ドロップ艦?)
(ドロップ直後に記憶が混乱することもあるわ)
(でもどうしてこんなところで?)
(悪い感覚もしないし、これだけ言葉が通じるのだから敵ではないと思う)
(困っているみたいです。助けたいのです)
「名取に連絡するわ。雷は“みんすく”の監視を、電は周囲の見張をお願い」
「こちら暁。大型艦の艦娘かもしれない存在を発見。頭が軍艦の形をしていて、敵を連想させるけど、攻撃してくる様子は無いわ。悪い気配は感じないし、言葉も普通に通じる。種別は重航空巡洋艦で、艦名は“みんすく”って言ってる。あと、ちょっと記憶が混乱しているみたい」
「わかったわ。提督に連絡する。暗号化するから、返事が来るまでその場で警戒を続けて」
「あのSOSを作ったのもあなたなのですか?」
「はい。見た人が助けに来てくれるかと思って」
あいかわらず地面に伏せたまま少女たちの質問されつづける状態だったが、先ほどに比べると語調が和らいだ感じがした。わずかに緊張が緩んだところで、あらためて自分の状態を認識する。
(五体投地……)
それまでの極度の緊張からか、謎の単語が唐突に浮かんできた。
そして、それに続いて視覚から入ってきた情報をそのまま口に出してしまう。
「――白?」
「??――――――――――!!!!」
数秒後、意味を理解した少女が表情を変える。
「な、なに見てるのよ!変態!!!」
少女は手に持っていた巨大な錨のようなものを振り上げ、思い切り振りおろした。
「ぎゃあ!」
「けんかはだめなのです!」
もう一人の少女があわてて仲裁に入るが、まにあわず錨は艦の形をした頭部にヒットする。
さらに追い打ちをかけようとする雷を二人かがりで止める。
「ちょっと、雷!そんなことしたら死んじゃうわよ!」
「はわわ、“みんすく”さん大丈夫ですか?」
「艦娘がこのくらいで死ぬわけないじゃない。ちゃんと手かげんしてるわよ」
「あ゛~~、死ぬかと思った」
どこかのギャグマンガの主人公のようなセリフを言いつつも、内心穏やかではいられない。
発言から殺意はなかった模様だが、行動としては錨を頭に振り下ろすというのは殺人行為以外の何物でもない。だが、それ以上に気になることがあった。
(もしかして、いやもしかしなくても鉄製ではなく発泡スチロール製とか?)
それならば少女が振り回せたことも納得がいくが、発泡スチロールならあの速度でぶつかれば壊れるはず。
(あの速度でぶつかって壊れない材質でできたものを頭にぶつけられて、痛いけど無事なオレって一体…………そしてあの大きさのものを軽々と振り回す少女って……)
「かん、むす?」
口をついて出たのは、少女たちのことばの内、一番わからなかった単語への疑問だった。
「そうよ、私たちは艦娘。あなたも艦娘でしょ。重航空巡洋艦とか言ってたし。あ、私は駆逐艦“暁”。特Ⅲ型駆逐艦の一番艦よ。よろしくね」
微妙に勘違いしつつ、一人の少女が答えたことで、残りの少女たちもそれに続いた。
「私は三番艦の“雷”よ」
「四番艦の“電”なのです」
「あかつき、いかづち、いなづま?――くちくかん――って、駆逐艦?」
たしか、入院前に流行していたゲームの中に、兵器などの無機物を擬人化――美少女化して戦うゲームがいくつかあった。結局どれにも手を出さない内に入院するはめになったが。
(たしか陸・海・空それぞれあって『揃ったなぁ』とか思った気がする)
目の前の少女たちは、そのコスプレをしているのだろうか。
(それとも本当にゲームの……)
「私は……」
ここまで思い出していて、自分の名前が思い出せない。
さらに思い出そうとすると頭痛がぶり返し、それと共に頭の中で「МИНСК」という声が響いてくる。
「やっばりよくわからない。ミンスク……かもしれない。重航空巡洋艦……みたいな?」
Тяжёлые авианесущие крейсеры(重航空巡洋艦)。「МИНСК」とともに頭に響く聞きなれない音は、なぜかその意味が理解できていた。
「ミンスクさん、夕立ちゃんみたいな話し方なのです」
「それと、ごめんなさい」
雷と呼ばれた少女に謝罪する。
「あ、……、うん、もういいわ。忘れてちょうだい。あと私もごめんなさい」
その頃海上では名取が懸命に暗号文を組み上げていた。
発:名取 宛:提督
上陸部隊ガ大型艦ノ艦娘ト思ワレル存在ヲ発見。
頭部ガ軍艦ノ形ヲシ、敵ヲ連想サセルモ攻撃ノ気配ナシ。
悪イ気配ハ感ジラレナイトノコト。
言葉モ通ジ、“みんすく”ト名乗ル。艦種ハ重航空巡洋艦トノコト。
尚記憶ニ混乱ガ有ル模様。
本艦隊ノ監視下デ日本ニ回航シテノ治療・調査ヲ具申ス。
海上オヨビ島内部ニハ異常ナシ。
引キ続キ周囲ノ警戒ト“みんすく”ヘノ尋問ヲ行ウ。以上。
暗号文を送信し終わったところで、錨を振り上げる雷と止めようとする電の姿が目に入った。
騒動はすぐにおさまったが、確認のため問いかける。
「何があったのですか?」
「え、えーーっと…………「“みんすく”さんが雷ちゃんのパンツを見てしまったのです」
「ちょっと!言わないでよ!」
電があっさりと事実を伝えてしまい、一気にその場の緊張が崩れる。
「そ、それで相手の様子は?」
もしも、本来敵ではなかったのに、これをきっかけに敵意をもたれることになったら……。
不安から早口になった名取の質問に対し
「謝ってもらったし、もういいわ」
「なかなおりしたのです。そもそも偶然目に入っただけなのです」
上陸部隊からの返事は、名取の期待していたものとずれていたが、それでも心配することはないという感覚は伝わってきた。
ほぼ同時に要港部からの暗号文が届く。
このペースで返信があるとは……名取の脳裡に提督と秘書艦が懸命に処理している姿が浮かんだ。
大型艦トノ意思疎通可能ナラバ監視ノ元デ秘密裏ニ境港マデ回航セヨ。
他艦隊ノ誰何ヲ避ケラレヌ時ハ「どろっぷ」セシ空母ト称セヨ。以上。
(本当に、内密につれて帰りたいんですね)
海上にも、島内にも異常は発見されていない。イレギュラーなドロップ艦と考えてもよさそうだ。そう思ったのは、未決囚状態から逃れることを切望する精神の防衛策だったかもしれない。
この日のこの島で連続して起こっていることだが、そんなことは知るよしもない名取は上陸部隊に連絡した。
「その“みんすく”さんは敵ではないのですね」
それはもう、名取にとってもなかば決まった判断を確認するだけの発言だった。
艦娘が敵深海棲艦に感じる感覚は独特のもので、暁たちがそれを感じない時点で、たとえ見かけが似ていても、それはもう別のなにかなのだろう。まして――艦娘の…………パンツを見て殴られてあやまる深海棲艦など、名取には想像もできなかった。
「提督から要港部に連れてくるようにとのことです。ついてくるよう説得してください」
「「「了解!」よ!」なのです!」
>この変態!
「ロシア語に入った日本語」に“