「みんすくは以前の記憶が無いのね」
『あかつき』と名乗った少女が、先ほどとうって変わってやわらかい口調で問いかける。
「まるで無いわけじゃないけど、断片的にしか思い出せないし、つじつまも合ってないような感じで。名前も本当のところはわからなくて……」
“ミンスク”と名乗ったばかりなのにそれはないだろう、と突っ込まれても仕方ない返事だったが、少女たちの顔には同情が浮かんだ。
三人ともドロップ直後から艦としての記憶があり、艦娘であるという認識もすんなりと受け入れたが、僚艦でドロップ直後に記憶が戻っていなかった艦娘から、その言いようもない不安を聞いたことがあった。それでも普通はその場に他の艦娘がいるはずで、事実その僚艦も説明を受けることができたのだが、このミンスクは記憶が戻らないまま、一人ぼっちで島に上陸し、さまよっていたのだ。
(すごく、心細かったと思うのです)
「そう、大変だったわね。でも、私たちが来たからにはもう大丈夫よ」
『いかづち』と名乗った少女が声をかける。何が大丈夫なのか突っ込ま以下略。
だが、自分よりずっと年下に見える少女の言葉は力強く、不安が打ち消されるような感覚があった。
「えっと、みなさんは、私を助けに来てくれたのですか?」
正確に言えば最初はそうではなかった。もしも敵と判断していた場合、銃弾を浴びせていた。
そのことで一瞬あきかけた間を埋めたのは『いなづま』と名乗った少女だった。
「“みんすく”さん困っているのです。電たちが助けるのです」
「そ、そうよ。助けにきたのよ。それでなんだけど、これから私たちの要港部にきてもらいたいんだけど、いいかしら?」
「ようこうぶ?」
「そうよ、要港部。鎮守府よりちょっと小さいけど、立派な基地なんだから」
「仲間の艦娘たちもたくさんいるから、あなたの記憶もきっと戻るわ」
(チンジュフ?キチ?)
あいかわらずわからない単語が混じっていたが、少女たちの言葉の不思議な説得力に、再びすがりついてしまう。だが、この日2度目のそれは、前回すがりついた自分の想像よりもずっと力強く感じられた。
「お願いします」
「こちら暁。“みんすく”を保護。これから要港部に来るって」
「こっちよ“みんすく”」
うながされるままに海に向かって歩く。
「えっと……船か何かで移動するんですか」
「船か何かって、そこに泊まってるのがあなたの艦でしょ?」
暁が海をさし示す。
(いや、そこに泊まってるって言われても…………!?)
指さす方向に、あった。
一瞬、目がくらむような感覚の後、視界には、小型の客船ほどの大きさの、しかし一目で軍艦とわかる船が岸辺に3隻並んで停泊しているのが映っていた。
その少し先に、その3隻が小舟に見えるほどの大きさの軍艦。
さらに沖寄りに手前の3隻と同じか、少し大きいくらいの軍艦が数隻遊弋しているのが見える。
見えるのだが、なにか見え方がおかしい。
「あれ?あの船?」
なにか、バーチャルリアリティーのゴーグル越しに見ているような感じがして、目の前を手で払ったが、船はまだそこに見えていた。
「見えるでしょ」
「あ、えっと、見える、けど……」
「艦の世界なのです。あれが見えるのは艦娘だけなのです」
もちろん、敵である深海棲艦にも見えるのだが、それには言及せずに電は断定した。
「だから、“みんすく”さんも艦娘なのです!」
「さ、ついてきて」
そう言うと三人はそのまま波打ちぎわから海に向かって歩いていった。
いま見えているもの、出てくる単語の現実味の無さにくらべると、足のつく深さの水に入ることに抵抗は無く、言われるままに歩いていく。
「このくらいかしら?」
「大丈夫でしょ。赤城さんもっと遠くてもとんでたし」
胸まで水につかるようになって、さすがに大丈夫かと思い始めたころだった。
背たけの関係ですでに首から上だけが水面上に出ている状態の少女が声をかけてきた。
「“みんすく”さん、この距離から抜錨できますか」
「え、ばつびょう?」
なにそれ、と声には出さなかったが、わからないということは語調で伝わっていた。
「えっ?抜錨もわからないの?」
驚いたように聞き返す。
「あ、はい。……というか、わかりません」
否定疑問にどうこたえようかと、ちょっと迷ってから言葉を足す。
三人は顔をしばらく見合わせていたが、やがて一人の少女が声を発した。
「まぁ艦娘ならやれば出来るはずよ。見てて。こうよ―――」
続けて叫ぶ
「抜錨!」
同時に起こったことは、この日印象に残るわけのわからないことトップ3入りが確実だった。
叫んだ少女は水面から跳び上がり、目の前の船に向かって光跡が伸びる。
光跡が船に届くと、一瞬船体が光を帯び、それがおさまった後の船はあきらかに雰囲気が変わっていた。
そして
「こうよ。わかった?」
船から少女の声が聞こえてきた。
「え?え?」
(ふ、船がしゃべった!!)
「もう、暁ったら。いくらなんでもそれじゃわからないでしょ」
疑問の声をきいて、残った少女の一人が言葉を続ける。
「いい?あなたの艦に意識を集中して。跳びあがる感じで叫ぶの。雷ちょっとやってみて」
(いや今最大の疑問はそれじゃないんですけど)
口をはさむ間も無く、少女は話を進めていく。
「はいなのです。“みんすく”さん、見ていてくださいね――――抜錨!なのです!」
叫び声とともに、同じような超常現象が繰り返された。
「こんな感じ。あ、『なのです』はいらないから」
(そう言われても……)
「すみません。わかりません」と言おうとした口は、異なる動きをして声を発していた。
「
抜錨のロシア語については“Weigh anchor.”を翻訳サイトで英→露訳しました。
(実際のソ連/ロシア海軍でどう言っているかは置いといて)作品世界のヨーロッパではweigh anchorに相当する言葉が「抜錨」、という扱いで。
なお、逆に和訳させると
Weigh anchor.→いかりを重量測定しなさい。
Сняться с якоря.→アンカーを揚げること。
と、なんとなく正解に近づいている感じで不思議。