「
みずからの発した叫び声が響く中、直前まで浜辺で胸まで水に浸かっていたはずの体は、浜から離れ、高い視点から海面を見下ろしていた。
「これは……」
「ね、ちゃんと出来たでしょ」
声は軍艦から聞こえていた。いつの間に向きを変えたのか、陸の方を向いていることに気付く。
(さっきの女の子は?軍艦に向かって飛んでいったように見えたけど)
すごいジャンプをして船に飛び乗ったのか?
すでにそれまでの常識では考えられないことを大量に経験していたため、もうその程度の非現実性はあまり気にせず、少女を探して船の上を見つめる。
(?!!?)
再びめまいに襲われた後、そこに先ほど飛んでいった少女を発見した。
それぞれの艦が泊まっていたところに、先に飛んでいった黒髪の少女「暁」と、後から飛んでいった茶色い髪の少女「電」がたたずんでいる。
(いや、泊まっていたところ、じゃなくて)
今もそこには軍艦が浮かんでいるのだ。その同じ場所に、二重になったかのように少女が存在している。
「出来たわね。じゃ、私も行くわ。抜錨!」
声と共に三人目の少女「雷」が現れる。ちょうど三隻目の艦と重なる位置に。
(もう、なにがなんだか……)
「“ミンスク”さん、ですね」
視界の異常へのとまどいがおさまらないうちに、沖の方から別の声が聞こえた。
振り向こうとしたが、体がうまく動かない。首はある程度回せるのだが、下半身がタールにでも使ったかのようで向きを変えられないのだ。無理やり動こうとすると、少女たちが口々に叫びだした。
「ちょ、ちょっと何してるのよ!そんなところで旋回できるはずないでしょ!!」
「座礁しちゃうわ!止まって!!」
「あぶないのです!止まってください!」
その声の激しさに思わず立ち止まる。
「ホントに記憶がないのね」
「重症ね……いいわ、私の動きを真似してちょうだい――後進!」
そう言うと雷はゆっくりと後ずさりでこちらに近づいてくる。
(後ろに向かって動く?)
とりあえず真似しておこうと「後進!」と口にして、後ずさりする。
今度は抵抗なく動くことができた。
「そう、その調子よ!」
「いったんスクリューを止めて――後ろに進もうとするのを止めて。すぐには止まらないけど、――そう、それでいいわ」
「今度はゆっくり前進して」
「進みながら右へ曲がる感じで。面舵一杯!」
少女に指示されるままに動き、気が付くと島を背にする体制になっていた。
「もういいかしら。まっすぐ進むわ。前進!」
進もうとする方向に広がる海原を見て、いいようもない高揚感が沸き起こる。衝動に突き動かされるままに叫び声をあげた。
「前進!――――前進!Ура!」
≪МИНСК≫
――――――海?
――――海だ
――海だ!
海だ! 海だ!! 海だ!!!
ミンスクの艦体の中で、歓喜を爆発させる意識があった。
(神は存在したのか!?)
帝政時代の科学者の言った通り何光年か先に神がいて、願いを聞き届けてくれたのか。
かつての艦の記憶、晒し者にされる日々、そして意識が途切れたと思ったら、海の上にいた。
まだ意識が覚醒しきっていない状態で、はじめからはっきりとわかっていることがあった
――私はМИНСК。重航空巡洋艦МИНСК。
そしてもう一つ、時間と共にわかってきたこと
――貴方が私の提督か。
ゆめうつつの状態で自分を「上陸」させ、陸上を歩くというかつてない経験をさせた、もう一つの意識。今は自分に気付いてもいないその意識が、おのれの指揮官であることを、МИНСКは知覚していた。
(
かつての仮想敵国の一つだった日本。その国の人間の指揮を受けることに全く抵抗がないわけではない。
――だが、彼らは常に手ごわく、尊敬に値する敵だった。少なくとも私を売りとばしたロシア人の豚提督や、あの――――猿どもにくらべればずっと。
まわりを囲む艦たちも、自分よりもずっと小型で、大砲中心の武装は見るからに旧式ではあったが、その動きには隙がなく、高度な訓練を受けていることが見てとれた。
(そもそもそんなことをするつもりはなかったが)たとえМИНСКが――ミサイルであれ搭載機であれ――攻撃をしようとすれば、あっとういまに砲弾の雨を浴びることになるのは明らかだった。
――
操艦のおぼつかない自分たちに、懸命に指示を出す小型艦の姿――軍艦としての姿と、可愛らしい少女の姿、МИНСКには両方が見えていた――を見ながら、МИНСКは微笑をうかべた。彼女たちならば、かつての海軍全盛期の僚艦たちと比べても、まさるとも劣らない艦隊を組めるだろう。
――ああ、ありがとう。大丈夫だ。もう自分で動ける。
普通に海の上をゆくのにさしつかえない程度には意識がはっきりしているのを感じる。
そしてМИНСКは忌まわしい記憶を振り払うように叫んだ
「Ура!」
人だった側の意識・外部視点→ミンスク
艦だった側の意識→МИНСК
と表記します。