境港要港部の提督執務室にたてつづけに声が響きわたる。
「工廠に新型の大型艦が入港する予定を連絡」
「ツイてるぞ。今週の海峡警備はうちの担当だ。味方が大型艦を連れて戻ってくると伝えといて」
「大型艦用に整備した桟橋はまだ使えるな?確認しておいてくれ」
(司令官、ホントに大丈夫なのかしら)
未知の大型艦――艦名と艦種は伝えられてきたが、いずれも聞いたことのないものだった――に対する受け入れ準備を進めていく提督を手伝いつつ、秘書艦である叢雲は不安が湧き上がるのをおさえられなかった。
初期艦として着任直後から支え、今では自分の仕える提督は能力的にも人格的にも平均を大きく上回ると評価している。その叢雲から見て、この1年間は要港部にとっても提督にとってもそれまでの着実な成長から一転して、急上昇と失速を味わう期間だった。
待望の、というよりむしろ望外の成果である正規空母の入手。
空母1隻以外は軽巡と駆逐艦だけの、むしろバランスの面では悪くなった艦隊を見事に運営してみせた提督の手腕。
弱小から一躍中堅艦隊への道のりが見えてきた要港部の日々。
そして――予想され、かつ、避けられなかったとはいえ――奪われてしまった正規空母。
民間出身の提督としては心が折れても仕方ないような出来事の後も
「これはこれでティンカン・ネイビーとしてバランスが良くなったとも言えるし」
と、つとめて明るくふるまい、それまで以上の正確さで要港部の運営業務をこなしていた提督だったが、やはり内心のショックは大きかったのか。再度おとずれたチャンスを前にして、未知の大型艦が味方として要港部の戦力になる以外の可能性を頭から排除しているように見えた。
(私が気を付けないと)
叢雲の見る限り、空母が奪われた後も、提督の的確な指揮のもと、大きな飛躍は無くとも要港部は着実に成長に向かっていた。再びあらわれた空母は、むしろそのペースを乱す邪魔者にすら思えた。
――それに、敵の高度な罠の可能性だって無くなったわけじゃないんだから
その頃の南西諸島沖
色々渦巻いている目的地と対照的に、洋上のミンスクの心は、先ほどまでの反動もあってか妙に明るかった。
前方にこの場で唯一の軽巡洋艦娘の名取、左右前方に駆逐艦娘の雷と暁、後方寄りには電と三日月、真後ろには弥生。囲んでいる側にとっては――その比率は艦娘によって違うにせよ――護衛に加えて監視の意味もある配置だったが、ミンスクは先ほどまでの悩みから一転して
(ZOC?――――そうか、これが噂に聞く美少女ZOCというやつか!)
などとわけのわからないことを考えて浮かれていた。
(ああ、でもせっかくみんな可愛いのに、横を見ていると怒られるしなあ……せめて、せめてその艤装が無ければ名取ちゃんのお尻とか、お尻とか、お尻とか、見えるのに)
ある意味生命の危機にさらされて、種の保存本能が(斜めに)発動した結果かもしれなかったが、ばれたら不興を買うこと確実な内容が思考の表層を支配する。
それでも、そうとは知らぬ名取の率いる艦隊は、ミンスクを囲んで順調に北上を続けていた。
やがて、東シナ海に夕日が沈む時間帯がやってきた。
「ミンスクさん」
「は、はいっ!ごめんなさい!」
「??」
艤装で見えない臀部をあきらめて、太腿とふくらはぎに視線を移していたミンスクの反射的な謝罪が理解できず、名取は言葉を続ける。
「これから日が暮れます。着いて来るのが難しいようなら船尾灯をつけますから言ってくださいね。あ、でも着いて来れるようなら無灯火で進みます。念のためミンスクさんも灯火は消しておいてください。敵に遭遇する可能性も少しはありますから」
「あ、ああ。多分大丈夫。レーダーで見えてるから……もしかしてレーダーも使ったらまずい?」
「レーダー?――ああ、電探ですね。いえ、電探の使用は問題ないです」
「その艦橋の上で首を振ってるのがあなたの電探?」
「ええ、そうです――――
主レーダー
自分の知らないはずの単語が浮かんできたが、なかば慣れてきたミンスクは、口に出すことなく返事を終わらせる。
「では今晩は無灯火で九州沖に向かって航行します。みなさんしっかり見張をしてください。ミンスクさんもレーダーになにか反応があったら知らせてください」
「「「「「了解!」」」」」
「了解――今のところレーダーの反応は皆さんだけです」
そして暗い夜の海をひたすら航行すること10時間。
腹時計でも体内時計でもなく、正確に時刻がわかることももはやおどろきではなかった。
(レーダーが装備されているくらいだから、時計くらいあるんだろう)
おどろいたのは――――
(ねむくない。腹もへっていない)
腹時計も体内時計も機能していないように思われた。意識が戻り、島に上陸してからどうみても半日以上たっているのに。意識が戻るまで長時間睡眠をとっていたとすれば眠けが無いのはまだわかるが、島の上でも相当に体を動かし、いまはどんな原理か知らないがかなりの速さで水上を動き続けている。2食、下手をすると3食抜かした状態で、空腹をおぼえないのはおかしかった。
(だがこれも「そういう体になったということ」なんだろうな)
人間の順応力か、今回ミンスクが思考に没入したのは短い時間だったが、目ざとくそれに気付いた艦娘が声をかける。
「ミンスクさん。大丈夫ですか?疲れていませんか?」
「ああ、ありがとう。大丈夫。疲れてないです。というか、なんで疲れも空腹も感じないんだろうって不思議で」
「大丈夫なのです。たしかに船だったころとちがって、艦娘になると疲れたり、おなかが空いたりするけれど、このくらいなら大丈夫なのです」
(ふねだったころ?「船」か?じゃあ「かんむす」って「艦むす」?)
自分の現在の状況から、何度か出てきた「かんむす」の「かん」が「艦」だと気付く。だが
「……『むす』っていったい……」
口に出た疑問を、艦隊旗艦が引き継いだ
「私たちは艦娘とよばれる、昔の船の能力をもった存在です。見た目が人間の女性に似ているので、『艦』の『娘』と書いて『かんむす』です。ミンスクさんはまだこちらに来たばかりでわからないかもしれませんが、電ちゃんの言うとおり、大丈夫ですよ、もうすぐ夜が明けて、九州沖につきますし、そこからはあと一日ちょっとです」
「そうよ。私たちが護衛するから、大船にのったつもりでいなさい!」
「――この中でミンスクが一番の大船だけど」
「や、弥生ちゃん?? と、とにかく要港部についたらくわしく説明しますので、今は航行と索敵に集中してください」
予想外だったらしい後方からの一言にあわて気味になりながら、名取は締めくくった。