「『ひとーつ。人の世の生き血をすすり』」
こたつの上ではっさくの皮を剥きながら、彼女はテレビを見ていた。マスターや仲間たちの姿はない。その長い爪でいともたやすくえぐり出した実をつまんでカーミラさんは無表情で口を小さく開ける。
拷問器具や杖、茨のような鎧は今はこたつの横に置かれている。以前寒くないようにと貰ったカーディガンをかけている彼女の頬はこたつの温みでかすかに赤らんでいた。
「エミヤ」
「何かね」
「人の世の生き血、きっと処女の血だと思わない?」
「いや血そのものではなく、比喩のようなものだと思うが」
ばっさばっさと悪党をなぎ倒して、懐紙で刀をさっと拭きとった桃太郎を真剣に眺めながら彼女がいう。台所からティーセットを持ってきたエプロン姿のエミヤはそんな彼女を鼻で笑った。なぜか行儀よく正座しているカーミラさんがおかしかったのかもしれない。
「なぜそんなわかりにくいことをいうのよ。ガッ! グッ! と吸いなさいよ悪党なら」
「それは悪党というより変態だろう。お茶の間にふさわしいとはいえない」
「わ、私の映画だってあったらしいじゃない」
「君の性癖にケチを付けるつもりはないがそれを子供が起きている時間帯に流せると本気で思っているのかね」
「知らないわよ。あなた私が何時代の人間だと思ってるの」
「それは失礼した」
胡散臭い笑みを浮かべるガングロに腹を立てつつ、彼女はいい匂いのする紅茶に口をつけた。時代劇が終わりテレビはトップのデータ選択画面へと戻る。
「あら、もう終わりなのね」
「というかなぜ時代劇なのかね」
「騎士王が面白いから見るべきだとうるさかったのよ。あとで感想を求められたとき、いい加減なことをいうと面倒じゃない」
手をハンカチで拭いてから彼女はリモコンを操作し、騎士王おすすめリストを表示させた。何をみるべきか。彼女は伸びをしながらリストをスクロールさせる。
「こたつを動かさないでくれ。カーペットに皺がよる」
「うるさいわね。私の肌年齢はまだ10代よ」
「おやつは抜きで構わないかね」
「このドラマ面白そうね」
やれやれと肩をすくめる彼に彼女は気がつかないふりをする。
「これ、主演があなたなのだけれど。同姓同名?」
「よしサーヴァント大喜利の時間だ。チャンネルをかえようじゃないか」
「監督は間桐? 聞いたことないわね」
「やめたまえ」
真顔で制止するエミヤをまるっと無視してカーミラさんは視聴を始めた。
オープニングからなぜか馬に跨って荒野をゆくエミヤがロングショットで映しだされる。肩に黒い棺桶を担ぎ腰回りにガンベルトを巻いている以外は今と同じ格好である。すごくシュールだ。オープニングも終わりに近づいて、クローズアップで大写しにされた決め顔にカウボーイハットが絶望的に似合わない。
「ぷっ」
「セイバーぁッ!」
彼女はアサシンとして立派に気配遮断を用い、こたつの下にリモコンを隠すことで立ち上がろうとするエミヤの機先を制した。拷問技術Aは伊達ではない。
オープニングが終わるとシーンは街へと移った。エミヤは馬を桶屋の軒先に繋いで颯爽と歩き出す。帽子の庇をつかんでニヒルに笑っている姿が実にクールだ。カーミラさんは手を叩いて笑っている。
何故かエミヤだけがガンマンで、他の連中は時代劇と同じ装いだった。街の様子も江戸っぽい。彼女は既視感にとらわれつつもとにかくエミヤがヤクザの親分とかチンピラとかに取りいっていく姿を笑いながら鑑賞した。
「これ、クロサワの用心棒のリメイクか何か?」
「無断でのリメイクだったのでお蔵入りになったものだ。まぁリメイクにすらなっていなかったのだが」
彼女は諦めたように笑うエミヤの顔からおおよそのことを察し、真剣にみるのをやめた。
チンピラたちを銃でバンバン撃ち殺していくエミヤはまるきりの悪党だった。だって相手はドスをもって脅しかけているのにエミヤは葉巻を咥えて警告もなしに発砲するのだ。ドン引きしている彼らに彼女は少し同情してしまう。
「大した名優ね」
「そこだけがこのドラマの許せる点だ」
実際エミヤはひとり頑張っていた。むらがり来るチンピラたちの頭上を飛び越え、屋根へと登るシーンなどワイヤーアクションやCGを用いているとは思えない出来だ。
「……まさかあなた」
「邪推はやめてもらおうか」
そっぽを向きながら早口でそういう彼と、テレビで屋根を全速で走る(カメラがところどころ追いついていない)エミヤを見比べて、彼女はこのガングロがドラマで魔術を使っていることが疑いないことを悟った。
「『クレイジー……』」
暴れん坊将軍みたいな格好をした男が刀を構えたままそう呟くのに彼女は首を縦に振った。
*
続・荒野町の決斗が終わり、彼女はもうひと番組みたらこたつで寝ようと心に決めた。
「あの子のリスト、なんでこんなに長いのよ」
ホロウ時空でニートしてたころの名残であるが彼らに知る由はない。
「そういえば大喜利の時間だったわね。チャンネルってどうかえるのだったかしら」
「青いボタンを押せばいい。それでカルデアチャンネルに切り替わる」
「これね」
「む。まだ少し時間があるな」
チャンネルがかわると、ダ・ヴィンチちゃんショップのCMが流れはじめた。今月はチョコレートが特価!
「そうね。しかし、最近本当に誰も帰ってこないわね」
「今日もレイ・シフト先で泊まってくるのだろう。これで何日目だったかな」
「ちょくちょくあなたが増築したり改装したりしてるから、もう部屋に入っても間取りがわからない子もいるでしょうね」
「扉の前に地図プレートを打ち付けてあるさ。引きこもりの君にはわからないのかもしれないがね」
「信長に出番を持って逝かれて置いてけぼりのサーヴァントが何か言ってるわね」
二人して虚しい気分になりそうだったところへ、テレビからお馴染みのBGMが奏でられ始めた。チャッチャカチャカチャカッチャッチャパフッ!
「これいつも思うのだけど、どこで撮ってるのよ」
「宿泊先だろう。ドクターが撮影しているのではないかな」
「暇なのね」
「次の特異点が見つかるまではそう差し迫ったものもないのだ。致し方あるまい」
ぞろぞろと音楽に合わせて登場したサーヴァントたちを尻目に司会席に座ったアンデルセンが床机をぱちんと扇子で叩いた。同時、音楽が鳴り止む。背景には鬱蒼とした森。なんだか得体のしれない声が響いている。
「『画面の向こうの暇人ども、待ちかねたか? 今日もくだらない暇つぶしの時間だ。さてお笑い芸人共よ、お前たちに生前の手紙が今日届いたそうだ。あらん限りの大声で内容を読み上げろ。ではジャック』」
「『うん!』」
「『ほう、なんとも古めかしい手紙だ。一体なんと書かれていたのだ特段興味はないが』」
「エミヤ、はっさくはもうないの」
「月見団子ならあるが」
「それでいいわ」
「『ではクー・フーリン』」
「『おう!』」
「『ほう、なんとも汚らしい手紙だ。一体なんと書かれていたのだ全く興味はないが』」
「『クー・フーリンへ! できちゃったのぉ! あの熱い夜の日に命中したのよきっと! やっぱりあなたのゲイ・ボルクは必中ね! あなたのエメルよりチュッ!』」
「『アーラ田君、ステラ』」
「『ステラァアアアアア!』」
矢避けの加護で座布団を死守しているクー・フーリンはともかく、薔薇礼装でなんとか食いしばったアーラ田君は瀕死だった。慌てて駆け寄るマスターの後ろ姿で画面がいっぱいになったかと思うと、そのまま番組はCMへ移行していった。ドクター・ロマンが最近ハマっているゲームの宣伝である。
「映らなくなったわよ」
「ボタンを連打するのはやめたまえ。今日はこれで終わりのようだ」
しばらく待ってみてもCMばかりなので、カーミラさんも諦めてリモコンを放り投げた。
「眠るわ」
「了解した」
彼女はカーディガンを脱ぎ、丁寧に折り畳んでこたつの上に置いた。それからおもむろにこたつの中に手を伸ばし、パワーを弱めた。いい感じになって彼女は身体を横たえる。エミヤが部屋の電気を豆球に切り替えた。彼の足音が遠ざかっていくのを意識しながら、彼女は目を閉じた。