鏡の前に立って、カーミラさんは身だしなみのチェックをしていた。
拷問器具よし、杖よし、鎧よし。お肌のケアも完璧ね! と無理やりテンションを高めている様子だ。そして傍らにはゴミ袋。カルデア指定の青い袋である。燃えるゴミ用だ。
「はやくいきたまえ。ゴミ収集の時間が過ぎてしまうぞ」
「わかっているわよ。大体なぜ私がこんな」
ぶつぶつ文句を言いながらも彼女はゴミ袋を手にする。
とっとと済ませようと思いながら彼女は優美な足取りで扉へと向かった。室内の彼女とはまるきり雰囲気も違うように思えるほどの気合の入れっぷりである。外で誰かに会って「あそこの奥さんだらしないわね」「乳も垂れてるわよきっと」とか噂されたくないのだ。
部屋を出、カーミラさんはダ・ヴィンチちゃんショップ方面へ歩き出した。ゴミ捨て場はそこを通りすぎて右折した場所にある。彼女にしては結構な距離だ。
「よいしょ」
拷問器具を軽く持ち直して息をつく彼女からはすでに気合が抜け始めていた。もう帰ってテレビみたい、ゲームしたい、ケーキ食べたいと脳内は帰宅後のことでいっぱいだ。もうそこら辺にゴミを置いて帰ろうかしらと考え、彼女はすぐにそれを振り払う。以前にそれをやって「ポイ捨ては悪い文明!」バスター斬撃を食らわされたのだ。声に驚いてこけなければ即死だった。
重い身体を引きずって彼女はダ・ヴィンチちゃんショップを通り過ぎる。
ショップというかただの工房であるが、カルデア内では珍しく明かりが窓から漏れている場所だ。ダ・ヴィンチちゃんが作ったライトが外に据え付けられでもしているのだろうか、夜も落ち着いた明かりがそこから降り注ぐ。それに照らされた室内は家具や飛行模型、本に楽器とひどく雑多だが彼女なりの秩序をもって物品が配列されている。それほど広い部屋ではないが来るものに手狭さは感じさせない。
その店の主の外見は女性である。カーミラさん以上のスタイルを誇り、王女メディア並みの美形な上に頭脳明晰。だが男だ。な、何を言っているのかわからねーと思うが奴は男だ。
「おはようー。精が出るねー」
「ごきげんよう。あとで寄るわ」
ゴミ捨て場が見えてきてから彼女は早足になって、というかほとんど小走りになり下がったせいで廊下にたったかたったかと妙な靴音が響き渡った。みっともないがどうせ誰も気づきはしないと思いつつ彼女はしっかり気配遮断を用いている。
ボックスの中にゴミ袋を放り込んで、彼女は大きく息をついた。いい汗かいたわーと言わんばかりに腕でおでこを拭う。
「ミッションコンプリ~ト」
最近凝っているロックマンDASHのアナウンスを小声で声真似してから、彼女はそそくさと来た道を引き返した。やってやったぜと口端を歪めたまま入店してきた彼女にダ・ヴィンチちゃんは晴れやかな顔で出迎える。
「ミッションコンプリ~ト」
「黙りなさい」
地味に凄まじくクォリティが高いところがむかついたのか、彼女はドスの利いた声で応えた。しかしダ・ヴィンチちゃんは黙ってたったかたったかと杖でリズムをとりはじめる。
「やめなさい」
「はいはい。今日もチョコレートかな?」
「えぇ。生チョコメインで包んでまた配達してちょうだい」
「了解了解。抹茶とイチゴも混ぜておくよ」
「頼むわね」
「八連双晶もご入りようかな?」
「黙りなさい。あれはちょ、ちょっと失敗しただけよ」
「そうだね。ちょっと失敗しただけだね」
にこにこしている店長から目をそらして、彼女は何か言い返そうと試みるが全く思いつかない。大体あれを「ちょっと」というにはさすがの彼女にも抵抗があった。
「それだけかな?」
「えぇ。あぁ、それと面白い本があったらまた寄越しておいて」
「うむ、承りー」
会話を打ち切り、カーミラさんは踵を返して小走りにならないようゆっくりと動き出した。後方でダ・ヴィンチちゃんが杖で何かを奏でているが気にしない。
「毎度ありー」
**
部屋に戻り、彼女はさっそく装備品を脱ぎ捨てこたつに潜り込んだ。次いでリモコンをもぞもぞと手さぐりするが見つからない。こたつから出るのも嫌なのでなんとか手の届く範囲を探しまわるが、ない。
「エミヤ、エミヤー」
返事はない。カーミラさんは周りを見渡してみる。
エミヤが増築したこの部屋はオーソドックスなフローリングの上にシックなカーペットが敷かれ、その中央付近にこたつが置かれてあった。テレビの横にはゲーム機やソフトを収納したボックスがあり(無論整理整頓にカーミラさんはノータッチである)、左手の壁面には無駄に立派な本棚があった。カーミラさんの主張で冷蔵庫もそこに備え付けられている。ソファはそのすぐ前だ。右手の壁にはドアふたつ分ほどのスペースがあり、その向こうに以前からのマスターの部屋が見えている。部屋の増築・改装は無論他のサーヴァントの要望にもエミヤが応えて行っているためここだけではない。出不精のカーミラさんはよく知らないがかなりの数に登っている。
「いないのかしら」
久々に出番だったのかしらねと呟きつつ、彼女がテレビを諦めるかリモコンを探すために立ち上がるかを考えていると、マスター部屋の扉が開く音がした。
「カーミラ」
「あら、アルテラ」
ひょいと部屋に顔を出したのは褐色の肌が眩しい白銀の大王であった。お菓子っぽいマルスソードを握りしめたまま、彼女は何の感情も示さないその目でボーッとカーミラさんとこたつを眺めている。
「帰った」
「え、えぇ。マスターは?」
「種火集めをしている」
この子、何か苦手なのよねとカーミラさんは嫌そうな顔を隠さない。それがわかっているのかわかっていないのかアルテラは躊躇いなくこたつに近づき、座り込んだ。剣がこたつ布団に触れて何かガリガリいっているが気にもとめていない。
「ちょ、ちょっと!」
「うん?」
触れたら痛そうだしどうしてくれようでもこたつから出たくないしと、カーミラさんは早く帰ってこいよガングロ! と内心で叫びをあげていた。実際のところ彼が奮闘したおかげで強靭な戦士となったこたつ布団が駄菓子剣の切れ味に頑張って耐えているのだが。カーミラさんがそんなことを覚えているわけもなかった。まぁちょっと何故か回転しているのでもうだめかもわからんね。
「リモコン、とってくれないかしら」
何を言っているのだ私ぃいい! とキャラ崩壊を起こしつつもカーミラさんは泰然とした態度を崩さない。きょとんとして首を傾げているアルテラにそんな虚勢が必要だとも思われないが、彼女はビビったら負けだと思いこんでいた。既に色んな面で負けているが。
「りもこん?」
「テレビに電波を飛ばすあれよ、あれ」
そんな雑な説明でも彼女は理解出来たのか、マルスソードを律儀にカーミラさんの装備品の隣に置き、リモコンを探し始めた。
ひとまずセーフと息をついたカーミラさんは机上のお菓子籠に手を伸ばす。今日はアップルパイだ。ちらりとアルテラの方を伺うと、彼女は四つん這いになってこたつの中を覗いていた。ぎょっとしてカーミラさんが思わず声をかける。
「あ、アルテラ?」
「あった」
顔を出して、彼女はこたつに座り直す。リモコンを握ったアルテラは心なしか誇らしげな顔をしている。
「りもこん」
「よくやったわ。アップルパイでも食べなさい」
「いただきます」
リモコンと交換するようにカーミラさんはアップルパイを差し出し、アルテラもリモコンを差し出した。
「配達だぞー」
「あらもう来たのね」
「どっこらせ」とカーミラさんが立ち上がる。さすがに受け取りまでアルテラにやらせるのは気がとがめたのだろう。無表情なので分かり難いが彼女は幸せそうにアップルパイを頬張っている。
「タマモキャット配達便はクールに去るのだぜワゥフゥウウ!」
ドアにたどり着くと彼女の姿はもう見当たらず、荷物と思しきボックスが放置されてあった。ボックスの取っ手に爪をひっかけてカーミラさんはくるりと背を向けた。
「ごちそうさま」
こたつに戻ると、アップルパイはフン族の王に侵略され尽くしていた。思わずボックスを取り落としそうになるが彼女はすんでのところで踏みとどまる。
「私の分もあったに決まってるでしょうというかそれも私のよ!」
「横取りはいい文明」
ぷいっと顔をそらすアルテラにカーミラさんは怒り心頭である。どうしてくれようと思いつつもさっさとこたつに足を突っ込み、彼女はボックスを机上に据え置いた。
「全くこれだから野蛮人は」
ぶつぶついいながらも彼女はボックスを開き、並んだチョコレート箱からゴディバのアソートを一つと、何冊かあった本のうちから真新しい漫画本を取り出した。アルテラが物欲しそうにしているのを無視して彼女はボックスを閉じて机上から取り除けた。
「ちょこれーと」
「ふん」
カーミラさんはラップを外し、箱を開ける。一つをつまんで寄ってくるアルテラに向けてこれ見よがしにぶらぶらさせた。そして彼女はいきなり自分の口へチョコレートを招き入れる。がっかりしている美少女の顔を肴に食べるチョコの味がなんとも甘美で、カーミラさんのテンションはうなぎ登りである。
「あぁ、美味しい」
彼女は続々とチョコレートを平らげていく。一々アルテラを誘惑した上に、みせつけるように大げさな咀嚼を重ねていたので完食までにかなりの時間がかかってしまったが。
「一体どういう状況だねこれは」
帰ってきたエミヤを一瞥し、彼女はハンカチで手を拭いた。
「チョコレートを食べていたのよ」
やれやれとため息をついた彼はボックスからチョコレート箱を三つ程見繕って、死んだ目で電源の入っていないテレビをみているアルテラの前に置いてやった。目を輝かせたアルテラは軽く頷いて早速箱を開け始めた。
「全く、君は子供か」
「私のアップルパイを侵略するからよ」
彼女は少しバツが悪そうにしてエミヤから視線を切りリモコンを手にとった。
「今日は戦闘でもあったの」
「あぁどうにも厄介なセイバーが相手でね。そろそろ、君にも声がかかるだろう」
「えぇ……」
「そこで複雑そうな顔をするのもどうかと思うがね」
パクパクとトリュフチョコを口に放り込んでいくアルテラをみて、カーミラさんはふっと笑った。
「この子だって今そんなことを言われたら気分を害すると思うのだけど?」
「君と違って彼女はこたつで寝たりはしないし、ゴミ捨てへいく毎に駄々をこねたりしないのと同様に、そんなことで機嫌を損ねたりはしないと思うのだが?」
「うぐ」
ぐうの音も出ないので、彼女はアルテラのリクエストをきいて『ランボー』を再生することにした。そしてふと机上の漫画本のタイトルが彼女の目に入った。
「そういえばこれ、あなたも好きだったんでしょ」
「む、銀英伝か。漫画版は初見だな」
「ちらっとみたけどよく描けているわね。帯にも原作者が「こうきたか、と思った。藤崎さん版の銀英伝をずっと読み続けていたい。」なんて書いてあったわよ」
「ほう」
彼は一言断って漫画を借り、定位置のソファに戻っていった。
そして、ランボーが始まる。
アルテラがチョコレートのおかわりを求めるのを無視しながら、彼女はボックスを開いた。しかし背中にエミヤの視線を感じてカーミラさんは愉悦しながらの映画鑑賞をひとまず断念した。
「はぁ。半分こよ。あなたが食べていいのは半分だけ。私もね」
「いただきます」
「躊躇いがないわねあなた……」
頬肘をついて彼女は、チョコレートが半分になってから愉悦しようと心に決めた。カーミラさんは楽しげに目を細めている。
「早く食べなさい」
「全く、度し難いな」
小声でつぶやいた言葉に返事が聞こえ、彼女はびくっと肩を震わせた。やはり彼女の愉悦映画鑑賞計画は頓挫せざるをえないようだった。