アイドルマスターシンデレラガールズ・スターライトステージというゲームをご存知だろうか。今、例によって例のごとくこたつに入ってスマホを叩くカーミラさんがプレイしている音ゲーである。
音ゲーといってもそこまで難易度の高いものではないし、単純に可愛い、あるいは美しいアイドルを用いてアイドルユニットを組み、ライブを行っていくだけのゲームである。プレイヤーはPとなって(どこぞの腹黒イケメン錬金術士のことではない)彼女らを鍛えたり、コミュニケーションをとったり、また彼女らの集まる部屋をカスタマイズしていくことも可能である。このように一見なかなか自由度の高いゲームなのであるが、メインである音ゲー部分のライブには結構な忍耐が求められる。ライブ中は選択したアイドルたちの歌と踊りを見ながらリズムに合わせて画面をひたすらにタップしていくのだ。カーミラさんがカカッカカッと爪で液晶が割れないのかと感じさせるレベルで熱心にタップしているように。そしてイベント開催時にはそれを半日以上繰り返してようやくランキング上位にたどり着くことが出来るのだ。
ライブが終わったのか、カーミラさんの手が止まる。ワイングラスに手を伸ばして彼女は一息に飲み干した。昼間から酒である。
もう少しでフルコンボだったのに、悔しい! と爪を噛みながら彼女は片手でスタージュエル購入画面へと移っていく。そう、課金である。大体のソーシャルゲームに備えられたあのガチャとAP回復に使用するアレである。カーミラさんは酒で少し煮だった頭を振って、早速スタージュエルGを購入する。頭のなかでそろばんを弾きつつ、彼女はあとどれぐらいで宝物庫貯金がなくなってしまうのかを考えているのだが、指先というかP的な本能は即座にAPを全開にし、ライブへと移っていく。
彼女の担当アイドルの一人である渋谷凛の持ち歌、Never say neverがスマホから流れ始めた。カーミラさんはリズムに合わせて身体を小刻みに揺らしている。カーミラさんの悪い癖だ。それではタップ時に僅かではあっても狂いが生じてしまうのに、とはロマンPの談である。
ライブが成功し、彼女はまた酒を口に含んだ。少々疲れてしまったのかカーミラさんはライブをMV(ミュージックビデオ)モードに移行させる。文字通りただライブをみる側に回りたくなったPのための機能である。彼女はユニット3のNGメンバーユニットを選択し、流れ星キセキのMVをみることに決めた。
カーミラさんはスマホにタイトルが浮かぶと即座に立ち上がり、アイドルたちと同じポーズをとった。そして曲が始まると腰に手を当て、天井を指差す。そこからカーミラさんは無表情で彼女らのダンスを追いかけ始めた。サーヴァントとしては身体能力の劣る彼女であるがそれでも人外は人外である。むしろMV以上にキレッキレ過ぎてちょっと怖い流れ星キセキダンスを音程の外れた鼻歌を鳴らしながら彼女は見事に演じ続ける。
曲が終わり、彼女はちょっと前かがみになって左耳に添えるようにした指をまた天に向けた。そして拍手が鳴り渡る。ふーいい汗かいたわちょっとお酒ー次はアニメ版でいこうかしらーでも生ハムメロン再現はむずいわーとカーミラさんは何事もなかったように席に戻った。
「あら、もう終わりなの?」
ちょっとスマホからの拍手が長い上に何かリアルだなぁと思ってゲームの設定を弄り始めたカーミラさんは、その声にびくりと身体を震わせる。壊れた人形みたいに鈍い動きで彼女は首をマスター部屋の方へ向けた。割りと素直に感心した風の王女メディアが、そこに立っていた。
「……………………………………………………………………………………」
「変わった歌ね」
カーミラさんは頭が真っ白になった。
「あとで部屋に来てちょうだい。いい茶葉が手に入ったの」
固まったままのカーミラさんに困ったように微笑してメディアはそこから立ち去っていった。数分後、我に返って思わずメディアを追いかけようとカーミラさんは勢い良く立ち上がる。そして思い切り足があたって蹴りとばすような形になったこたつが宙に舞った。ひどい音がして部屋が汚部屋になりようやく、彼女は正気に戻った。
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「全く、本当に何をやっていたのだ君は」
「……悪かったわよ」
自室で休んでいたエミヤに片付けを手伝ってもらって、なんとか彼女の部屋は平生の様子を取り戻した。
珍しく殊勝な返事をするカーミラさんにエミヤはむしろ怪訝な表情を浮かべている。しかしそれ以上追求することもなく、彼は二言三言嫌味を言い残して去っていった。気遣いのできるいいガングロであった。
カーミラさんは冷蔵庫からお茶請けになりそうなものを見繕うと装備品を身につけ、部屋の電気を消した。割りとまだ突発的に叫びだしそうになる状態であったが、彼女は伯爵夫人的な意地で平常を装っていた。
メディアの部屋はダ・ヴィンチちゃん工房とは逆方向の、カーミラさんの隣の隣のところにある。カーミラさんはケーキ箱を手に、その古びた木製扉をノックした。声がしてから少し待つとメディアがドアを開いてくれた。深い紫のロングドレスの胸元に金細工を嵌め、長い髪を垂らしたメディアが顔を出す。近未来的で無機質な廊下からみるとそのドアは別世界への入り口のようだった。
「いらっしゃい」
「お邪魔するわ」
床も、おそらくは壁面も大理石だろう。彼女らが歩を進める毎に小気味の良い靴音が鳴り響く。天井から吊られたティファニー・ランプに灯った光がテーブルを淡く浮かび上がらせている。窓もアール・ヌーボー風で、控えめなその色合いはどこか感傷的に映る。その傍で羊が低く鳴いている。主人に向かって軽く頷き、カーミラさんに向かっては露骨に嫌そうな顔をした。カーミラさんも負けじとフンッと鼻を鳴らしている。
「お茶、入れるわね」
カーミラさんを席につかせるとメディアはキッチンへ向かっていった。台所に据え付けられた棚には調味料の他、得体のしれない薬品も並んでいる。少し不安に思いながらもカーミラさんは失礼にならない程度に、部屋の中央に置かれたジオラマに目を向けた。神代のモデラー謹製の傑作である。遠い目になりながら、彼女はその精巧な町並みに感嘆する。
生前感動し、読み返したエウリピデスの『王女メディア』。カーミラさんからすると彼女はアイドル以上の存在なのであった。出会った瞬間にちょっとサインが欲しくなった程度にはファンだったのだ。そも実在するとは思っていなかったし、いたとしても言葉を交わせるとはさすがに彼女も思っていなかった。
まぁ、彼女はそんなアイドル的存在に流れ星キセキを完コピしてドヤ顔を浮かべつつ酒をかっくらっている姿をみられたわけだが。カーミラさんはそれを忘れようと必死である。
いい匂いがしてきたかと思うと、ティーポットと食器を器用に抱えたメディアがテーブルに戻ってきた。席を立ってカーミラさんも食器を受け取りケーキを用意していく。
「美味しそうね。アーチャーの手作り?」
「えぇ」
酔い覚ましにいいわねなんてことを思いつつカーミラさんはメディアに入れてもらったお茶に早速口をつけた。
「これ、ブレンドしたの?」
「中々面白くってね。どう? 美味しいかしら」
「とても」
嬉しそうに笑いながらフォークを手にとって、メディアもケーキを食し始めた。
他愛ない話をしながら二人はゆったりとした時間を過ごす。時折羊が鳴いたり、お茶をたて直すためにメディアが席を立つとき以外はひどく静かだった。
「カーミラ、あなた騎士王と仲がいいみたいだけれど、どうやってコマしたの?」
「人聞きが悪いわね」
悪戯をしかけるように口を歪めてメディアが明るく問いかける。しかしカーミラさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。行儀悪く頬肘をついて遠いところを眺めはじめる始末だ。
「アーチャーともそうだし、あなた結構人付き合い多いわよね」
「それはそうよ。マシュとエミヤの次に私がマスターに召喚されたのだから」
「ふーん」
面白がって唇に人差し指を沿えたメディアに悪寒を感じて、カーミラさんは自分から口火を切った。
「さっきみたいな、醜態をみられたのよ。だから、そう、親しみ? こう、やっぱり人間だし、みたいなあれとか、持てたんじゃないかしらきっと」
「醜態?」
あまりに支離滅裂なカーミラさんの言葉に、メディアは首を傾げる。
「その、アイドルのダンスを踊っているような血の伯爵夫人をみて、そうね。こう、うん」
吐きそう。カーミラさんは深く思った。
「あのダンスのことをいっているの? 凄かったじゃない」
「いや、まぁ、そういうことなのよ」
「どういうことよ」
本気で不可解そうな様子のメディアに追い打ちをかけられるともう、なんだすごく困るので、カーミラさんは話題転換を図るべきか闘争もとい逃走に移るべきか真剣に悩んでいた。そんな盗んだバイクで走り出す五秒前という体のカーミラさんを見かねてメディアはそっと息をつき、ケーキにフォークを差し入れた。
「そういえば、今度シバ前で即売会やるらしいわね」
「即売会?」
天の助けとばかりに食いついたカーミラさんにメディアが苦笑する。その綺麗な笑みにまた黒歴史を生み出してしまったことを悟ったカーミラさんはもう、開き直ることにした。
「黒髭がドクターに呼びかけたみたいね。もうポスターも刷ってあるわよ。そろそろ廊下に張り出される頃じゃないかしら」
「初耳ね」
「要は各サーヴァントが自作の品や戦利品を売り出す市場のようなものだそうよ」
「……メディア、黒髭のいうそれはもっといかがわしいものだと思うのだけれど」
「黒髭はともかく、ドクターやレオナルドも許可を出しているのよ。心配のしすぎではないかしら」
カーミラさんは余程言うまいかと思ったが、結局それを口にすることにした。
「エロよ」
「え?」
「黒髭の求めているのはエロ同人誌よ。俗にいう薄い本。あれのことだから手先が器用だったり絵心があったりする連中をかき集めて、ついでに作家連中も抱き込んでそういうものを作るに決まっているわよ」
「それぐらいなら、いいのではないかしら」
「メディア、下手をするとあなたがその本の登場人物になるわよ」
絶句したメディアに、カーミラさんは首をふる。
「黒髭の嗜好からするとないとは思うわよ。でもね、あれは真正の変態でオタクだから。何をするかわからないわよ。ドクターはあの口車に抵抗できるか怪しい上に、レオナルドは面白がってとめないでしょう」
私もちょっと欲しいしとはさすがのカーミラさんも口に出さなかった。
「私はジオラマを出品するつもりだったのだけれど……等身大の人形でも作ろうかしら?」
「ゴルゴン三姉妹フィギュアなら即完しそうね」
思いの外ノリノリな王女にカーミラさんは目を細めた。なんというか獲物を狙う眼である。メディアはそれを横目にナフキンを手に取り口元を拭った。
「ふぅ。美味しかったわ」
いつのまに完食したのかメディアはもうフォークを置いてカップに手を伸ばしている。それをみてカーミラさんはふと自分がケーキに全く手を付けていなかったことに気がついた。フォークを手にして彼女も生クリームの上に鎮座するイチゴに、その刃先を突きつける。ここに来る前の少し嫌な気分は、彼女の中からもう粗方消え去っていた。