いつも通りこたつで寝て、起きて、目をこすりこすりカーミラさんはテレビのリモコンを手にとった。
電源をつける。まだ時間が早いのか通販番組が流れている。カーミラさんは昨日みようとしていた映画のタイトルが思い出せず頭を振った。その拍子に妙な音がした。何か分厚く遠い壁を破ったような。
「こ ん に 血 わぁあ」
通販番組の司会者の顔がパックリと裂けた。その亀裂から馬鹿笑いがきこえる。そこから軽い身のこなしでメフィストフェレスが飛び出した。
「邪魔よ」
もしかしてこの腐れピエロのせいでテレビ壊れたんじゃないのかしらとカーミラさんは若干焦っていた。テレビを買い換えるとなるとQPの収支が赤字にならざるをえない。テレビは高いのだ。世界のダ・ヴィンチ製だから妙に多機能だし。
「ネットにご興味がおありでしょうそうでしょう。あなたの怠惰で無情な日常に必要不可欠なスパイスとなりうる金糸の世界に棚引く蜘蛛の網! 今・な・ら転居費用に敷金礼金すべて悪魔負担でまるっとお得な引っ越し先をごていぃきょぉお!」
「ジャパネットなら間に合ってるわよ消えなさい」
確かに彼女にはささやかながらネットをやりたい、というかアマゾンとやらで買いものをしたり、カルデアのデータベースでは欠損しているような古い映画や音楽をTSUTAYAで借りてみたり、現世でネトゲやったりスレ立てして質問に応えたいという欲求があるにはあった。というかかなりあった。
「何がご不満ご満足? あぁ! 無限の処女に拷問器具、死体もよりどりみどりヒャッハ絞首台へもう楽園地獄真っ逆さまあひゃひゃひゃ」
「消費QP全部負担しなさい」
「ひゃひゃ、ひゃ?」
「消費QP全部負担しなさい。買ったものはカルデアにも届くように。あと召使が必要ね。血なまぐさいことをするとなるとやっぱりエミヤではねぇ。うーん」
「ご承諾、ご承諾? ヒァウィゴーーーォッ?」
「だから召使よ。ジャパネットならおまけつけるでしょう。そうじゃなきゃ引っ越しなんてしないわよ」
メフィストフェレスは少し考えこむふりをして、カーミラさんの方へ身を乗り出した。哄笑を撒き散らしながら悪魔は、カーミラさんがカーディガンを脱いで装備品を身につけたり荷造りしたりするのをじっとりと眺めている。どうみてももう行く気まんまんだった。
「いいですとも!」
彼女は準備を終えると立ち上がり、マスターの部屋へ行ってデスクのメモ用紙に『ちょっとネットしてくるわ byカーミラ』といったような内容を記した。そのメモ書きを見咎めてか不気味に静まり返るメフィストを気にすることなく、彼女はさっとテレビの中へ入った。その隙にとばかりにメフィストはこっそりメモ用紙へ走り寄る。
「死にたいの?」
杖をディスプレイの向こうへ押し出し、彼女は魔力を思い切り集中させる。念じ、圧縮。テレビが壊れないようにほとんど杖全体を露出させ、手だけあちら側に留まらせている状態だ。帯電したように威圧感あふれる黒い光弾を纏った杖先を彼女は容赦なくメフィストに向ける。テレビタイムを邪魔されたことも含めて割りとカーミラさんはプッツン五秒前だ。
「おぉぉおまさしくその通り! 糞垂れのファウスト程傲慢なあなたに死を思われるのはなかなかに不愉快で楽しい心持ちといえなくもぉお」
「死になさい」
メフィストは轟音を聞いたのみで、その一瞬後全身に迸った衝撃で意識が僅かに遠のいた。彼はキレやすい四十路の逆鱗に触れたのである。魔力弾はメフィストの腹部を巻き込んだかと思うと炸裂、肉のはじけ飛ぶ嫌な音を響かせた。彼の腹部は半分えぐり取られ、完全に消滅してしまっている。
「持っていかれたイカれて失せた!」
「二度はないわ」
冷たい声が部屋に響く。ちょっとやり過ぎたかとカーミラさんの声は微妙に小さくなっているが、悪魔はそれにすら狂笑で応えてみせる。メフィストは華麗にステップを踏んで反転し気持ちよさそうにスキップでディスプレイへ向かう。もうメモのことは頭から消え去っているのだろう。すでに傷の再生も始まっている。ぶっちゃけアサシンの攻撃だから見た目ほど効いていない。せいぜいHPの一割が削れたぐらいだ。
メフィストが通販番組の中へ戻るとテレビはひとりでに暗転した。電気をつけたままの部屋で熱を帯びたこたつだけが小さく音をたてていた。
奇妙な風が吹いている。カーミラさんはそれを寒いと感じると同時にどこか懐かしい、心地の良さを覚えていた。
テレビの向こう側は真正の真っ暗闇であった。ディスプレイから離れてしまえばそれさえ光源とはならず一寸先も見通せない。メフィストの声だけが目印だった。
「やはりあなたは面白い! それほどあのマスターを気に入ってらっしゃる?」
「そんなのじゃないわ」
「そこまでして面倒をかけずにいようというのにまだ言い逃れを、いやいや逃げているのは確か? 不確か? 私は気まぐれの殺害の巻き添えに?」
「何言ってるのあなた。さっさと連れて行きなさい。何も見えないじゃないここ」
「おんやぁあ? 闇の中は心地悪いとお見受けする。悪のあなたが? 物語の私など目ではない下衆の極みが? あひゃは」
カーミラさんはネットにホイホイ釣られて引っ越しを決断したことを早くも後悔し始めていた。暗いところは何より嫌いだし、みようと思っていた映画の続きが地味に気になるし、デレステだってまだログインボーナスをもらっていない。第一、彼女はこんなところにいると本当に気分が悪くなってくるのだ。もう今の彼女の足取りは重くなりはじめている。久しぶりにゴミ捨てとお茶会以外で外に出たからというわけでは多分ない。もっとこの風が強く吹けばいいのにと彼女はひとりごちた。
「あひゃああっっはっはっはあぁははは!」
その耳障りな笑声の中、カーミラさんは極限までネットを楽しむことに決めた。元をとるのだ。根こそぎとってとってとりつくし5倍ポイントセール時の主婦の如く倍プッシュで地獄の釜の底を空になるまで貪ってやるのだ。狂気の沙汰ほど面白い。
「本当にネット出来るんでしょうね。当然ダ・ヴィンチ工房にも繋がるようにしてあるわよね」
「悪魔は嘘は、いいません。私ほどの正直者は、おりません」
「別にあなたが何者でも構わないけれどQPは耳を揃えて払ってもらうわよ。延滞した場合はマスターに請求書送ってあなたの無駄遣いとして報告するからそのつもりでいなさい。レオナルドにもそこら辺しっかりいい含めておくわ。払えなかったらあなたを焚べて返済の足しにする、って聞いてるのあなた」
「やはりあなたは怪物だ。バートリ・エルジェーベト」
唐突にそんなことを言い出した悪魔の表情はこの暗闇では見通せない。彼女は先をゆく悪魔を小走りで追いかける。
「そんなこと、いわれなくても知ってるわ」
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部屋の様子を見に来た時エミヤはカーミラさんがまたこたつに潜り込んで眠っているのだなとしか思わなかった。そういうときの彼女は何故か眠りながら気配遮断をしているのだ。猫のように丸まっている自分を誰かに見られたくないのかもしれない。
それだから、深夜にロマニが緊急招集をかけたとき彼は心底驚いたのだ。
「就寝中にごめんね」
異常事態発生はカルデアの恒例行事であるが、今回はいつにもまして不味い状況であるようだった。その上毎度のことだがサーヴァントがいなくなっている。そのうちには普段主力として頑張っている者もかなりいた。
「生体反応は僅かだけど動体反応は多数。はっきりいって観測しきれない数だよもう」
頭を抱えんばかりのロマニを慰めるマスターを横目にダ・ヴィンチちゃんはエミヤに念のためといった感じで問いかけた。
「エミヤくん、オガワハイムって知ってる?」
「記憶に無いな」
「君の生きていたころの建物でさーあの冬木からもそう離れてはいないんだけど」
首を振るエミヤにダ・ヴィンチちゃんは息をついた。
「あそこはどうも現段階では特異点ではないみたいなんだ。放置しておいても今すぐ致命的なことにはならないと思う。けれどまぁ、そういうわけにもいかない事情があってね」
「皆さん、いってしまっているのですね」
「その通り。無断欠勤が多すぎるんだ」
寝ぼけ眼のままのマスターに寄り添うマシュは突如発生したその特異点もどきに真剣な態度で臨んではいるのだが、少々浮かれているようだった。我慢しているつもりでも尻尾を振りまくっている犬みたいな感じだ。犬マシュだ。
「それで、ドクター。行方不明になったサーヴァントは確認してあるのかね」
「あぁバッチリだよ。まずカーミラ、メドゥーサにステンノ、」
「ドクター」
「なんだいマシュ?」
「カーミラさんはメモを残していました。無断欠勤ではありません」
「ちなみに、なんて書いてあったのかな?」
珍しく微妙な表情を浮かべるダ・ヴィンチちゃんの気持ちがエミヤにはわかるような気がした。マシュは白衣のポケットからメモをとって、マスターに一礼しそれを読み上げる。
「『ちょっとネットしてくるわ byカーミラ』」
あのバカがと彼は思わず天を仰いだ。