今回のレイシフト先はマスターにこそ馴染みがある、ロマニはそんなことをいって彼らを送り出した。
「本物の、アスファルトで舗装された車道……壁のようにそびえる高層建築……」
実際に現地について半ば呆然としたようにそんなことを呟くマシュの傍でマスターはこくりと頷いた。
彼らは今公園にいた。それなりに木々も茂り、ベンチもある一見普通の場所である。しかし前方にそびえ立つ円塔のような大きなマンションがその印象を一瞬で覆す。南アフリカのポンテシティアパートを思わせる程、奇妙なまでに存在感のある建築物だった。それから漏れる尋常ではない死の気配に彼女も気づいていないわけではないのだろう。自販機や公衆電話をみてちょっぴりはしゃぎながらもマスターを守ることの出来る位置からマシュは決して踏み出そうとはしていない。
「微笑ましいですわね」
「あぁ」
「――――あのお馬鹿連中さっさと連れ戻すわよ」
猫を被っていたかと思うといきなり脱ぎ捨てたマルタの呟きにエミヤが目を閉じたまま相槌を打つ。
今回のメンバーはマスター、マシュ、フォウ君のいつものメンバーに加え、エミヤ、マルタ、ジャンヌ、メディアという陣容だ。ジャンヌは少し懐かしそうに周りを見回している。
「あー、テステス」
マシュとマスターの語らいはドクターの通信によって一旦中断された。
それから三人と一匹がマップを元に状況確認を始める中でサーヴァントたちは上空を睨みつけた。正確にはオガワハイムの最上階、その一角を。
「どうしたんだい? 皆」
「来るぞ」
「あっ、動体反応が上空から、それと付近にも。ゴーストの反応だ!」
「マスター、どうする」
エミヤはいいつつ干将莫耶を投影する。ジャンヌが旗でコンクリートをこつんと叩き、マスターに向かって柔らかく微笑んだ。メディアは「仕方ないわね」とかいいつつろくでもない声を上げる上空の敵を眺めやる。マルタはニコリと笑んでなぜか杖をタラスク君に投げ渡した。拳法家っぽい構えをとった彼女に愛知らぬ竜はちょっと体を震わせている。
「 倒してしまっても構わんのだろう?
ニア皆、ここは頼んだ!」
逡巡は数瞬にも満たず。マスターはマシュとフォウを引き連れゴーストの群れへ駆けこんでいく。それに追いすがるように不快な機械音が公園を満たしていった。ジャンヌの旗が強く風に煽られている。上空から、弾丸のような速さで何かが降ってくる。
「ライアアアアアアア!」
コンクリートに着弾したその鉄塊は白煙と轟音を撒き散らしながらも低空で滑るようにサーヴァントたちへ飛びかかった。なにか臭い煙にむせながらも先頭のマルタは裏拳で飛来する石片を軽く弾き、素早くステップを踏んで飛び上がりざま側面からその巨体に蹴りを叩き込んだ。
「重っ!?」
鉄のひしゃげる異様な音がした。巨体、バベッジはよろめくも咄嗟に蒸気噴射で体制を立て直す。しかしそれをも気にせずマルタは、彼女を振り落とそうと飛び狂う鉄塊にめり込んだ足を軸にして上体を思い切り起こし、そのまま抉りこむように右ストレートをぶち込んだ。
「ぐはぁちょっま」
衝撃を利用して無理やり彼女は離脱。それを待っていたタラスクが駆け寄りマルタを回収していった。バベッジが乗せた誰かもろとも何本もの木々をぶち抜きつつ彼方へとかっ飛んでいくのを、メディアは呆然と見送る。
「ふぅ、悪は滅びた」
「お疲れ様でした」
「爆発炎上してるじゃない……」
大爆発を背景にして一仕事したわー! かーっ! と息をつくマルタに、メディアはちょっと引いていた。それとは対照的に彼女の血だらけになった足を治療しつつ労ってくれるジャンヌにマルタは照れ照れしている。タラスク君も一安心だ。一方エミヤはその鷹の目で燃え盛る木々の中を凝視していた。飛散した金属片からよろよろと立ち上がるその影は見覚えのある二つの剣を交差して掲げ、吠える。
「あるときは銀河美少女X、またあるときは謎のヒロインX……しかしてその実態は!」
そのセリフを最後まで待たず三人はヒロインXの元へ疾走する。爆発的な彼らの踏み込みに公園のコンクリはまたもはじけ飛んだ。一人残ったメディアは一足先に生成しておいた魔力弾の照準を定め、森に向かって発射する。
「ヒロイン、ヅゥェエエエット! ってやめてくださいこのゲームに支援射撃とかありませんから!」
てっきり宝具を使用するのだと思っていたメディアは拍子抜けしながらもキャスターより優れたアサシンなど存在しねぇぇ! と弾幕を緩めない。アル、じゃなかったヒロインXはそれをなんとか凌いではいるもののフォースなバリアもとい対魔力が足りていないため割りと防戦一方であった。
「ヒロインX、今日はまたなぜこんなところへ来たのだ」
燃え盛る森の中で低い声が響くと同時、弾幕がやんだ。ぱちぱちと火が木々を鳴らしている。周囲は爆発とメディアのおかげで真っさらな焼け野原に変わっていた。
二人を手でおし留めて単身歩み寄ってきたエミヤにヒロインXは剣を構えた。そんな彼女の愛機を拳で潰していったマルタが後ろでグローブをビキビキ鳴らすのにヒロインXは頬を引きつらせる。
「マルタさん、あまり怖がらせては」
「あらあらうふふ」
エミヤは交戦の意志がないことを示すために干将莫邪を破棄し、両の手を挙げた。アサシンな彼女とてそんな彼に斬りかかるほどダークサイドに落ちてはいない。剣を収めるというかおろして彼女は帽子のひさしを掴んだ。
「あのバベッジ、一体ロンドンのどこから拐ってきたのだ。デザインも違う上、武器も携えていないものには覚えがないぞ」
「いいえ、あれこそは私の相棒スチーム・ファルコン号です!」
「なに?」
「嘘屋のバックヤードで埃かぶってるのを一箱かっぱらっ、頂戴してきました」
若干悲しそうにばらばらになった蒼天10周年記念スチーム・ファルコン号を見ながらも彼女の声は自慢気だった。所詮原典を元にした動く模型みたいなものなのだが彼女は気に入っていたのだろう。なにせ組み立てるのに丸2日かかった上にバベッジ卿が仕上げにと中身を弄ってくれたのだ。愛着も一入だったろう。
「…………つまり、本物のバベッジ卿ではなかったというわけか」
「私の相棒をぱちモン呼ばわりするとはなんですか喧嘩売ってるんですかそうですか。ちなみにうちのやかん卿は部屋にいます」
「いや本当に何をしに来たんだね君は」
「チャーハン……」
頭を抑えながら呆れたように半目になった彼にヒロインXは何故かほんのり顔を赤らめた。それに対して何も言わないエミヤを今度はマルタがジト目で睨む。いやなんでさ、エミヤは思った。
「わ、私にはあなたのチャーハンが必要なのです!」
「何を、っとマルタ押すのはやめたまえ」
杖で背中を物理的に押し始めたマルタはにやにやと近所のおばさん笑いを浮かべるばかりで何もいわない。いつのまに駆けつけたのかメディアは興味深そうにジャンヌの隣で観戦している。ジャンヌはそれに困ったようにこてんと首を傾げるばかりだ。天使か。
「チャーハンならコンビニで冷凍のものをチンすればよかろう。最近のものはクォリティもそう悪くはない。大体なぜ私が君にチャーハンを作らなくては、」
彼女はさっとエミヤの懐に飛び込んで、彼にだけ聞こえるよう小さな声でつぶやいた。抱きつかんばかりの距離、上目遣いでそう言う彼女のあざとい姿にエミヤは数瞬思考が停止した。
「あいあむ、ゆあせいばー」
「の、ノォオオオオオオオオ!」
摩耗しても輝いていたあの頃の思い出がエミヤの中でギシギシ軋みを上げている。しかし「はいはい、じゃあ私ら先行ってるからねー」とマルタは二人を引き連れてマスターの向かった方へ歩いて行った。あとは若いもの同士で、というわけだ。腹を抱えて爆笑しているメディアに後で覚えていろよ魔女めがとか思いつつエミヤは必死でジャンヌに助けを求めたが聖女は清らかに笑って手を振った。ジーザス。
「ノォオオオオー……」
ヒロインXは魘されているエミヤを肩に担ぎ、にやりと口端を歪めてひとりごちる。ちょっぴり声はかすれていたが。
「計画通り」
**
「アラ・フォウーッ!」
カーミラさんは卓上のそれを乱暴に何度か叩いてとめた。つけたままの電気の眩しさが開いた目に飛び込んできて、彼女は少しうめいた。
寝ぼけ眼をだぶついたジャージの裾でこすり、彼女はフォウ君型目覚まし時計をしげしげと見やる。セットした覚えはなかった。大体こんな不愉快なアラームをわざわざ聞こうと思うほど彼女は酔狂ではない。
「余計なサービスを……」
彼女はこたつから身体を抜いて冷蔵庫へ向かった。部屋の間取りはほぼカルデアの彼女の部屋を再現している。シャワールームやキッチンはオガワハイムのものだが、こたつやテレビ、冷蔵庫に本棚は出来る限り彼女の部屋のものに似せられてあった。
「あの悪魔妙に仕事熱心よね」
独り言をいいながら彼女は冷蔵庫を開き、テキトーにお菓子を引っ張りだす。そしてこたつに戻って彼女は机上に手を伸ばした。ラップトップにお菓子、スマホにワイン瓶とかなり乱雑なそこをまさぐって、彼女は探り当てたスマホを早速立ち上げる。ログポの時間だ。
ピンポーン、ピンポーン
音はしっかり聞こえていたのだが彼女はちひろさんにスタドリを貰う方が先だ大体今ジャージだしと無視していた。しかしマイルームでライク返しをしたり60ガチャをやってレアという名の特技上げ素材を引き終えても、チャイムはまだ断続的に鳴り続けていた。
「何よ、もう」
彼女は本当に、本当に渋々といった体でスマホを置き、玄関に向かう。もしかしてもう荷物が届いたのかしらという淡い期待を抱いて。
「どちら様」
扉を開いたその先には、永遠の筋肉がそそり立っていた。赤いマントをなびかせ威風堂々としたその新たなる神は不敵な笑みを浮かべている。
「ローォオマ」
「は?」
「ローマ!」
「え、えぇ? いい声で鳴くわね」
「ローマ!」
眠そうな顔をして横に突っ立つアルテラがマルスソードを掲げるのに合わせて、ロムルスはそれを叫んだ。カーミラさんはすぐ正気を取り戻し、「私今からお隣さんに引っ越しのあいさつをしないといけませんのよオホホ」とかなんとかいってドアを閉めた。ドアの向こうではまだ「ローマ」が続いていたがカーミラさんはそそくさとこたつに戻った。
何だったのだろう。というかアルテラはなぜあれにひっ付いているのだろう。
疑問は尽きなかったが彼女は再度スマホに明かりを灯して、今度はミッションの課題曲をやろうと画面をタップしていく。今日はミツボシ☆☆★だ。
「でも引っ越しの挨拶ぐらい、するべきかしらね」
もはや楽曲レベル24のマスターなど鼻歌交じりでフルコン可能な彼女は、ふと口からでまかせで飛び出したそれが少し気にかかった。「今度越してきたお隣さん、何か不気味よねぇ」「ねぇ」「挨拶にも来ないし」とか噂されているのではないか。そんな小さなことを熟考していたせいか彼女はタップをミスし、珍しくコンボはA止まりになってしまった。舌打ちし、彼女はスマホをこたつ布団に優しく放り投げた。
かといって、動く気にもなれない。艦これでもしようかとラップトップに彼女が意識を向けると、スマホが鳴り始めた。みてみると着信である。地味に通話機能を使ったことのなかった彼女はいそいそと電話に出た。
「もしもし」
「あ、カーミラ? レオナルドだよー」
カーミラさんは初めての電話でちょっとテンションが上がっていた。両手でスマホをもっていつもより大きな声を出している。
「あら。メールをみたの」
「君が送ってきたこのマップ、これどこで手に入れたの」
「入居希望者には配布されているのよ。私には特に必要ないのだけれど、あなたたちには必要でしょう」
「何がお望み?」
「請求書よ。あとで私の消費QPはこの件の首謀者に回してくれるかしら」
「おーけー。約束する」
思った以上に待遇がよかったのでカーミラさんは素知らぬ顔で首謀者の正体を隠すことにしたようだった。召使がいないのと存在が不愉快なところは減点だったのでマップは横流ししたが。
「オガワハイムはどう? 安定してる?」
「忌々しい血の通わない多分処女な幽体のようなもの、ゴースト、屍人、素体。湧いているのはそのくらいね。生活するのに不自由はないわ」
血を吸わなくてもいいぐらいここはどす黒い血と死の匂いがするから頗る肌の調子がいいとまでは彼女もいわなかった。
「そっか――あぁ、すぐ行くよ! ごめーん。今から会議だ。何かマスターたちに伝えることはあるかい?」
「もう伝えてあるわよ」
そう言って彼女は電話を切った。ていうか読んでるわよねメモと若干不安になって彼女は通話履歴を眺め、少ししてから画面を消した。やっぱり彼女は気にしないことにしたようだった。それより引っ越しの挨拶である。持っていくものってどういうものがいいのかしらと彼女はラップトップを開き、ググってみることにした。