かちかちとマウスをクリックして、カーミラさんは表示されたページを熟読していった。ググッて出た結果の最前列のサイトだが彼女的にはこれで十分だったようだ。
「ふむ」
とりあえずジャージじゃダメねと彼女はラップトップの電源を切った。まぁ正装といっても彼女のサーヴァントとしての衣装は極めて露出の多いものなので、むしろジャージの方が穏当である。彼女にもそれがわからないわけではない。ジャージに手をかけたまま数秒考えたあと、カーミラさんは躊躇いなく服を脱いだ。
ピンポーン
「うがー」
彼女は慌ててジャージを着直して判子と朱肉をもって玄関へ急いだ。ドアノブを回して引くとスーツを来た顔色の悪い男性がひどく大きな箱を何個も重ね持って立っていた。重くてしんどいだろうに背筋をピンと張って必要以上に緊張している。
「うがー」
「判子よね? 支払いはカードで済ませてあるわよ」
「うがー」
「わかったわ」
箱に視線が釘付けになったカーミラさんはそんな彼の心情に気がついた風もなく、パッと朱肉ケースを開いて軽く判子を押し付け、用紙に向けた。
「うがー」
何か物凄く感謝していることが伝わってくる絞りだすような声でそんなことをいう彼に軽く会釈してカーミラさんはたくさんの箱を受け取り、ドアを閉めた。ズシリとしたその重みに実感が湧いてきたのかカーミラさんはなんとなくウキウキしている。男の靴音とともに馬の蹄の音が聞こえたような気もしたが、彼女は嬉しそうに箱を持って廊下を戻っていった。
早速こたつに座った彼女は爪でテープをすっと切り裂いて一番上の箱を開いた。お菓子やらDVDやら本やらが大量につめ込まれている。それらを早く楽しみたいという気持ちを抑えて彼女は明細書を抜き出しファイルにぱちんと綴じた。ちょっとずれてしまったのが気に入らなかったのか彼女はもう一度ぱちんと留め金を鳴らす。
ふと、あいさつの手土産を考えていなかったことにカーミラさんは思い当たる。箱の中から選ぶのは論外として冷蔵庫にそんないいものがあっただろうか、まぁクッキーの箱が二つ残っていたしそれでいいかと彼女は二秒で問題を解決する。とっととDVDみたかったのだ。
まずはチャップリンのコンプリートボックスである。美麗な箱に収められたディスクを抜き出し彼女は片手でラップトップの電源を入れ、慣れた手つきでさっとディスクを挿入する。
言うまでもなく、彼女はサーヴァントであった。生前なら一時間もしないうちに目が痛くなってちょっと休憩ーそこのあなた血と処女をよこしなさい返事は聞いてないわとなるところだが、今の彼女は違う。たとえ立て続けに独裁者の演説に複雑そうな顔をしたり、街の灯のラストになんともいえない気持ちになったり、ライムライトの主人公に妙に感情移入してしまって涙目になったところでその体力は微塵も消耗されはしないのだ。カーミラさんはちょっと高級なティッシュで目元を拭った。「年をとるとダメね」とか無意識に呟いているあたり本当に感極まっているようだ。引っ越しの挨拶? 奴は死んだよ。
コンプリートボックスを仕舞い、彼女はワインをグラスに注いだ。次は音楽でも聴こうかしらと片手で酒を煽りつつ彼女はがそごそとクラシック音楽のボックスを探す。何か値引きが凄かったので思わずポチってしまったのだ。
「モーツァルト?」
彼女は思わずその名を見て嫌悪感を露わにする。口で勝てない上にクラス相性まで悪くオルレアンでのこともあってカーミラさん的にはちょっと避けたい名前であった。しかしせっかくのボックスである。
「こいつのCDだけ避けておきましょう」
大体なぜこの時代でもあいつの音楽が人気なのよカルデアにもあったしなどとぶつぶつ言いながら彼女は箱からCDを取り出す。そこまで人気があるなら後で聴いてみてもいいかしらねと内心思いつつも、カーミラさんは結局16・17世紀の(つまり彼女の生きた時代の)曲をピアノで弾いたCDを選んだ。カルデアになかったので割りと彼女にはそれが不満だったのだ。中には彼女の知らない作曲家もいたが彼女は勢い勇んでCDを取り出した。奏者はグレン・グールド。彼女には覚えのない名前だった。
「あぁ、スウェーリンク……」
楽器は違っている。ピアノなんて彼女の時代にあるはずもない。おそらく曲の解釈も大分違っているだろう。しかし彼女は目を閉じて深く感じ入っていた。この時ばかりは、彼女もメフィストフェレスに感謝した。
「きゃっ」
暗転、バチバチと隣室から何かが弾けるような音がしたかと思うと室内の明かりがいきなり途絶えた。慌てた彼女は闇の中で杖を探そうとこたつから脱出する。そうこうするうちに電気がついて、杖をひしと握って身構えたカーミラさんの姿が照らしだされた。ラップトップが再起動の音を響かせる。彼女はほっと息をついた。
「何なのよ全く」
メフィストにクレームつけて、えぇとついでに大家に電話しないといけないわねとカーミラさんはちょっとビビりつつも怒っていた。杖で宙空を強く叩き、「ふん」とか言い出す始末だ。さすがに音楽を聴く気分でもなくなったのか、彼女はそのまま冷蔵庫からクッキー箱を二つ抱えて玄関に向かった。ジャージでいることに慣れてしまったのだろう、もう彼女は着替えようという素振りさえみせない。ジャージにハイヒールはあれなので彼女はビルケンのサンダルに足を通し、外に出た。
寒風から身を守ろうと彼女はカーディガンの皺をちょっと伸ばした。そのそよ風がカーミラさんには心地よくはあっても薄着だから寒いものは寒いのだろう。
多分601号室よね……たったかたったかという靴音が廊下に響き渡る。はやく済ませたいという気持ちから彼女の足は自然と小走りになっていた。ついでに引っ越しの挨拶もすませれば一石二鳥よねと結構ポジティブなカーミラさんだった。
ピンポーンと、彼女は呼び鈴を鳴らす。いないのかしらとカーミラさんはもう一度チャイムを鳴らした。物音と異様な叫び声は聞こえるが返事はない。試しにドアノブを回してみるとドアはそのまま内に開いた。鍵がかかっていない。カーミラさんは律儀に「邪魔するわよ」と大きめの声を出して部屋に入った。
「ウー……ウゥー?」
誰かを制止しているのかどこかで聞いたバサカ声を振りきるように少女の声がこだまする。
するとリビングのドアから電光を纏った角つきの少女が姿を現した。先ほどのバチバチィッ! という騒音もばっちり発散している。心なしか玄関口が白熱して前が見づらいぐらいだ。あなたを犯人です。
「隣に越してきたのよ。これ、つまらないものだけど」
「ゥゥー」
誰だよこいつという感じでフランは困惑気味に頭を下げ、クッキー箱を受けとった。何気に最終再臨をしているので仮面もなく、いつもつけている前衛的なボンデージの代わりにジャージを着ているカーミラさんは額の上の飾りと白すぎる肌を除けば割りと普通の美人に見えた。
「……カーミラよ」
「ウーーーッ!?」
その声にリビングのドアが乱暴に押し開かれた。天井を突き破らんばかりの赤い巨体が廊下を大きく揺らしながらこちらへ向かってくる。小さなスペースで方天画戟を器用に振り回し、男は雄叫びを上げた。
「呂布まで来ていたの」
しかし何かファンシーなキャラ物のクッキー箱をもったフランとカーミラを見比べて、彼は少し顔を赤らめた。明らかに自分が出てくる場面ではなかったと悟ったのだろう。
「フラン。何をしているのかは知らないけど、停電を誘発するようなことはやめて頂戴」
「ウー」
あいさつもそこそこに、カーミラさんは次の要件を切り出した。そう無茶な要求でもあるまいと彼女は気軽に言ってみたのだが、フランは頷くことをしない。何か譲れないことでもあるのだろうか。呂布はそんな彼女の姿に今度こそ出番かと方天画戟を振り上げる。それを無視してカーミラさんは大仰に溜息をついた。
「出来ないのなら私は大家にこのことを報告するわ。迷惑なのよ」
大家と言っても彼女が念頭に置いているのは主にメフィストであった。さすがに本物の大家にサーヴァントの相手が出来るとは彼女も考えていない。しかし彼がこんな小事に対応してくれるかは甚だ疑問であった。
「ウ、ゥウ……」
段々と肩を落としていくフランにカーミラさんは喜悦に口元を歪ませた。さっと口元を隠しつつやっぱり可愛いわねこの子と彼女はその笑みを益々深くする。呂布は方天画戟をくるっと回し、その風圧でカーミラさんの頬を凪いだ。次はよろめく程度ではすまんぞとばかりに呂布は彼女を睨みつける。ちょっと視姦しただけじゃないのと彼女は軽く舌打ちした。別段、カーミラさんもやり合いたいわけではなかったので(というか彼女は武装していない)、面倒くさそうに怖い父親に軽く手を振り肩をすくめる。
「はぁ。まぁ、どうせすぐにマスターが来るわ。それまで我慢するぐらい、出来るのではなくて?」
「――――ウー!」
なんだかもう帰りたくなってカーミラさんはマスターに後のことを丸投げし、601号室を出た。フランが喜びのあまりまた放電する音をドア越しに聞きながら彼女はクレームもあいさつも結構大変なのねとげんなりしていた。
ともかくあと一つよあと一つと自分に言い聞かせながらカーミラさんは603号室へ向かった。足取りは重く、彼女にあまり元気がないので通路はひどく静かだった。そよ風にかすかに香る腐臭も彼女には吹きすぎたファブリーズみたいなものだ。テンションに影響はない。602号室を通り過ぎ、彼女はようやく最後の部屋へと至る。
呼び鈴を鳴らそうと爪を向ける前に彼女は郵便受けを見やった。もうここに突っ込んであいさつをしたことにすればいいんじゃないかしらと、彼女は指先を口元に当てて考えこむ。
「待て」
しかしメモぐらい添えるべきかしらね、いやいや一々ペンを取りに戻ったりするのも億劫だしなどとああだこうだ黙考する彼女はその声に一度では気がつけなかった。完全にオフである。
「そこの貴様」
「何ようるさいわね」
彼女が振り返るとそこには馬がいた。白いたてがみに金のアクセサリーをつけたオシャレな奴だ。馬上には漆黒の鎧。ウロコを継ぎ接ぎしたような不自然なそれにカーミラさんは眉をひそめた。なぜか胸部がバーンと突き出ている。手にしたドリル(いや槍だろうか)をそんな彼女に向けて騎士は言葉を続けた。きらりと鎧兜の奥で目が光る。
「う、馬?」
「その部屋に何のようだ。むっ? 貴様、カーミラか」
「そ、そうよ」
腰が引けているカーミラさんが自分に気がついていないと思ったのか、ランサーオルタは鎧を脱ぎすてた。カーミラさんは突然の巨乳出現に言葉も無い。ていうか私の言えた義理じゃないけど際どすぎじゃないかしらあの格好と我知らず彼女は呟いている。馬が同意するように嘶いた。
「本当に貴様の言えた義理ではないな」
「えぇと」
「それより、何をしに来た。その部屋に何のようだ」
「何って、引っ越しの挨拶よ」
「は?」
カーミラさんはずいとファンシーなクッキー箱をランサーオルタに押し付ける。それをみて騎士王は一瞬間の抜けた顔をしたかと思うとすぐに小さく笑みを浮かべた。
「ふっ。なら、よかろう」
彼女はそれだけ言って鎧をつけ直し、馬を走らせ去っていった。何だったのかしらとカーミラさんは首を傾げる。大体馬って。マンションに馬って。ジャージにサンダルの彼女は騎士王の破天荒さを思った。気を取り直して、早速彼女はドアをノックする。
「うるせえな。何だよ」
頭を掻きながらこれまた鎧姿のモードレッドが現れた。来客を拒むように彼女はドアを半開きにしたままそれ以上開こうとはしない。何か嫌なことでもあったのかひどく不機嫌そうだ。
「隣に越してきたものよ。これ、つまらないものだけど」
「うぇ? ……お、おう。サンキュー」
「邪魔したわね」
カーミラさんにクッキーを手渡されモードレッドはどう返していいのか、ちょっと口ごもってから無難な返事を返した。そしてすぐに行ってしまった彼女が部屋に戻るのを見送って、モードレッドもドアを閉めた。
カーミラさんは先ほどと違いスムーズにいったことに気を良くして意気揚々と自室に戻り、素早くこたつに潜り込んだ。601号室からの騒音は今のところ鳴り止んでいる。彼女はラップトップに手を伸ばし、CDの続きを聴き始めた。