ある日のカーミラさん。   作:ktomato

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イベント参戦カーミラさん4 オガワハイム篇(完)

 カーミラさんがぐーたらしている一方で、マスターたちは幾多のゾンビどもを打ち倒し(具体的に言うとそれぞれ200体)、部屋にこもっていたサーヴァントたちをぶちのめし続けていた。その破竹の勢いを支えるのは、その目はどうみても堅気じゃないですよね両儀式である。落ち着いた色合いの和服に赤いジャケットを羽織った彼女は、美女揃いのパーティの中でも一際鋭い存在感を放っていた。

 

 彼女は紙束をめくり、601号室にペンでチェックを入れる。ブレーカーが頻繁に落ちるという苦情が集まったページだ。何気にカーミラさんが電話して入れた苦情もそこに混じっていたのだが残念ながら式は気が付かなかった。彼女の旦那がいればカーミラさんの苦情どころか個人情報を全体的にすっぱ抜くことも可能だったろうが。

 

「次の部屋は、特に何もないな」

 

 紙束を懐にしまって式はぽつりと呟いた。

 ジャンヌとマルタが彼女に話しかけ始めたのを横目にメディアは怠そうに口を開く。かなりお疲れのようだ。

 

「さて、誰が入居しているのかしらね」

「602号室はカーミラさんですよ。ダ・ヴィンチちゃんから連絡がありました」

「あ、そう」

「はい」

 

 真面目に返してくれるマシュに愛想笑いを浮かべメディアはドア向こうで多分こたつか何かに入ってダラダラしているだろうカーミラさんの姿を幻視した。ふつふつと胸底から湧き上がってくるそれをメディアは抑えようとは思わない。聞き耳をたてていたのかマルタもぎろりとドアを睨みつけた。

 

「そのカーミラというやつ。変質するような過去でも持っているのか」

 

 そんな剣呑な彼女たちの様子に式がもっともな問いを投げかけ、一同はハッとなった。

 このマンションの濃密な死に晒されて歪んでしまったサーヴァントを彼らは何人か見てきていた。あの普段は慈母のようなブーディカでさえローマによって蹂躙された過去に狂っていたのだ。そしてカーミラさんの過去からの分岐であるエリザベートもそのうちの一人だった。

 

「204号室のエリザベート、あれが怪物と成り果てた先の存在がカーミラよ」

 

 メディアがそういうのに式は目をすっと細めた。

 

「カーミラさんはオルレアンでも狂化をかけられていました。そのときはこちら側のカーミラさんとやりあっていましたが……」

「私はそこら辺のことを知らないのだけれど、実際どうだったの」

 

 それ以降の加入であるジャンヌも首を振った。当事者だったはずのマルタは何かいうつもりは無いのかマスターとマシュに喋るのを任せて拳の具合を確かめている。早く突入したくてたまらないようだ。

 

「なんというか、その、最初は歴とした血の伯爵夫人だったのですが、」

「 「『若さに嫉妬とか見苦しいのよ「私」! あぁ、見栄を張るための理性すらなくしてしまったのねこのバ(サ)カ!』

 ニア「途中からカーミラ同士で口喧嘩をしていた」」

「はい。先輩の言うとおり、マリーさんに嫉妬していた節のある向こうのカーミラさんをみて、少し、耐え切れなかったようです。エリザベートさんも唖然としていました」

「つまり、何? あんまり変わっていなかったってこと」

「いいえ、はい。確かに狂化はなされていました。ジャンヌさんの血が欲しいと舌なめずり……は今もそうですね」

「えっ」

 

 思わず振り返ったジャンヌをマシュは華麗にスルーした。

 

「はい。あのカーミラさんも、今のカーミラさんからそう外れているようには思えませんでした」

「根から歪みきったものに変質の余地など、それほど残されてはいないというわけかしらね」

 

 釈然としない風のメディアにマルタはちょっと顔をしかめた。

 

「ニア「行こう」

  『こ、こっちはひどいものばかり食べてるというのにこの私は!』」

「あぁ。開けてみればわかることだ」

 

 とりあえずマスターは呼び鈴を鳴らしてみた。返答はない。何度かチャイムが虚しく響き渡るのを待って、サーヴァントたちは鍵の掛かったドアをこじ開け、突入する。玄関で靴を脱ごうとする者は当然おらず、ずかずかと土足で彼女らはリビングに上がっていった。

 

「カーミラさん?」

 

 薄暗いせいで見えづらいがリビングは案外と綺麗に片付けられているようだった。部屋の間取り自体はカルデアのカーミラさんの部屋と変わりないようだ。中央のこたつに、彼女はスマホにイヤホンを挿し持って断続的にタップを繰り返している。

 

「電気つけるぞ」

 

 パチンという音とともに部屋の明かりが豆球から全灯に切り替わった。眩しそうに目を眇めるだけでカーミラさんは微動だにしない。

 

「おかしいです先輩。カーミラさんからの返答がありません」

「ニア「聞こえていないのか?」

  「やっぱりカーミラもガチャの闇に……!」」

「帰りましょう。カーミラ」

 

 胸の前で拳をつくり、マルタは底冷えするような声で言い放った。それにさえ反応しない彼女にさすがにおかしいと思ったのかマルタは少し心配そうな顔をする。まさか本当にどうにかなってしまったのかと。

 嫌な空気になりそうだったところへマルタは思い切ってカーミラさんのスマホ画面を覗こうと接近した。その見事すぎる足運びのせいで彼女の気配は完璧に殺されている。そうしてこっそりと覗き込んだその画面には「星々のひとときナイトタイムガシャ」とあった。

 

「カァミラーァア?」

「ちょ、返しなさいよ!」

 

 ちょっとでも心配して損したとばかりにマルタは有無をいわさずイヤホンごと引きちぎるようにしてスマホを取り上げ、マシュに投げ渡した。ギャーギャー言いつつも立ち上がろうとしないカーミラさんは鼻をつまんで制圧である。

 

「「星々のひとときナイトタイムガシャ」、ですか」

「えぇと、何それ? ……こほん。それは一体、何でしょう」

「『説明しよう!』」

「いたのですかドクター」

「『最初からいたよ!? ナビしてたでしょ!? ま、まぁそれはそれとしてだねマシュ。それは高垣楓と小日向美穂というアイドルのSSRを手に入れるためのものでね。期間限定だから今のうちに手に入れないと復刻ガシャが来るまでもう手が届かなくなるんだ。彼女たちが好きなプロデューサーはそれこそ車を売ってでも欲しい、という人もいるだろうね! あれ、でもカーミラは別に彼女たちの担当じゃなかったような……まぁそれはともかく何を隠そうこの僕も』」

「控えめに言って気持ち悪いです。ドクター」

 

 フリーズしたロマニに少し同情的な視線を送るのはマスターだけであった。

 そんな小芝居を他所に式はナイフを仕舞いジャケットのポケットに手を突っ込んだ。くるりと背を向けもう玄関へと向かおうとしている。一方憤然としてカーミラさんの頬をつねり始めたマルタをジャンヌは体を張って止めようとしている。

 

「いはいいはい!」

「このジャージアラフォー! どうしてくれようこの! あの悪魔から聞いたわよ! あんたお金まであいつにたかったって!?」

「ひ、ひひゃうわよ! ガフヤのおヒャねワじはりゃョ! ョウムのイヒガアリャワ!」

「喧嘩はダメですよ!」

「式さんもとめてください!」

 

 割と必死に頼んでくるマシュに歩を止めて振り返らず彼女はため息をついた。

 

「はぁ。放っとこうぜ。ゲームをしているだけだっていうなら、退去させる理由もない。大体、こいつ家賃もちゃんと払ってるし大家としては急いで追い出す理由なんてないぜ」

「ニア「いや、置いていくわけにも」

  「ガチャ!! ガチャ!! またガチャががが回せるぅう!!」」

「そのうち帰ってくるだろ」

 

 言い捨てて本当に行ってしまった式をみてかマルタの力が緩んだ隙をつき、カーミラさんは魔の手から脱出する。後じさりするカーミラさんへ音もなくするすると歩くように近寄るマルタを自然過ぎて見逃すところだったがジャンヌは必死になって引きとめた。

 

「離しなさい、ジャンヌ。いい子だから」

「い、いえ! ダメです!」

「ほら、大家も言っているでしょう! 私はただゲームをしているだけよ!」

 

 現世の大家ってすごいのねなどと思いながら彼女はスマホを指差しながら叫んだ。

 

「いってて恥ずかしくないのあなた……」

「うっ」

 

 メディアに心底呆れたというような目を向けられ、なんだか部屋の空気も微妙になった気がしてカーミラさんは少し怯んだ。マルタはともかく、血を狙っているときいてちょっと身構えていたジャンヌでさえ苦笑を浮かべている。

 

「ニア「早めに帰ってきて」」

「え、えぇ。いいのね?」

 

 マスターが頷くのに、カーミラさんはほっと息をついた。それに応じてマシュがスマホを持ってカーミラさんの傍による。

 

「マスターもこういっていますし、早めに帰ってきてくださいねカーミラさん」

「えぇ」

 

 SSRが出て、撮ったスクショをスレに上げて自慢してからねと彼女は内心付け加えることを忘れない。なんとなくそれを察してマシュがぎこちなく微笑するのに、カーミラさんはやっぱマシュは小梅コスさせれば天下とれるわーとか思いつつスマホを受け取った。俯いて、深く息をつくマシュはきいたこともないぐらい疲れたような声を出した。

 

「……次、行きましょうか」

「えぇ。行くわよマルタ」

「わかったわよ……こほん。わかりました」

「次も頑張りましょう」

「フォウ!」

 

 ぞろぞろと去っていく彼らをカーミラさんは一応玄関まで立っていって見送った。

 

 通路に出た彼らは604号室の前で紙束をチェックする式に追いついて声をかけた。603号室(なんだかいい匂いのする)はいいのかという問いに式は「特に苦情もないから」と後回しにすることを告げる。先ほどのようなことは彼女も極力避けたいのだろう。

 

「とっとと行こうぜ」

 

 頷いてマスターはドアノブに手をかけ、躊躇いなく入室する。

 そして彼らは部屋に姿を消し、通路はつかのまの静けさを取り戻した。しかしそれ程の間もおかずに室内からは何故か海賊の声が漏れ出し、次いで物騒な物音が響き始めた。

 

「デュフフフ! お前たちもネットの海に溺れるでござるよ!」

「 「在庫を抱いて溺死しろ」

 ニア「では即売会は中止ということで」」

「それはそれこれはこれでござる!」

 

 欄干の向こうには青みがかった夜空がみえた。立ち並ぶビルや家々には何の気配もなくそこに灯った明かりはひどく寒々しい。階下の公園に燃え残った森林の熾火だけが活き活きとしてその明るさを主張している。

 

 一陣、風が吹く。上空から吹き込んでくる風に紛れ何かが一瞬6Fを過ぎった。それを追うように吹きすぎていった黒い暴風がガタガタと各部屋のドアを激しく揺らす。ついで、爆音。地上からはじけ飛んだコンクリート片が空高く舞い上がり、その一つが602号室のドアを乱暴にノックした。

 

 リビングに戻っていたカーミラさんは急いでジャージから着替えて武装し引き返してドアに突き刺さった石を目の当たりにする。ぽろりと大きな石が玄関に落ちて間抜けな音を響かせた。彼女の目つきが加速度的に悪くなっていく。お隣さんたちにバカにされたらどうしてくれるのだと、大きな穴の空いたドアにカーミラさんの頭は沸騰寸前だ。「へー、お前の部屋風通し良さそうだなぁ」「うー」とか言われたら恥ずかしいじゃないあの大家に言いつけてやる! ということで彼女はまず犯人を突き止めようと靴を履いて外に出た。

 

 欄干から身を乗り出し、彼女は恐る恐る地上を眺めやる。6Fまで漂ってきている土煙にカーミラさんは目を眇めた。

 

 地上の噴煙は激しい剣戟の音とともに霧散した。振り払ったのは虹色の剣。開けた視界の中には見覚えのある褐色の女性の姿があった。着弾した二人によってバラバラにされたコンクリートの上で、彼女は矢継ぎ早に飛来する黒い光線を無表情で捌き続けていた。珍しいことに防戦一方だ。カーミラさんは相手の方をもうちょっとよくみようと身を乗り出す。しかし、片手で帽子を抑えた男の黒い影がぼんやりと垣間見えるだけで彼女にはそれが何なのかよく理解できない。目が赤く光っているが新手のシャドウサーヴァントだろうか(カーミラさんはなぜかイカした帽子のマイコーを連想する)。最優たるセイバーに真っ向勝負を挑むほど理性が飛んでいないのか、それはかなりの距離をとってビームを放ち続けていた。

 

「フハハハッハハハアッ!」

 

 叫ぶ影に構わずアルテラは口を真一文字に引き結び、光線を一つ振り払うと身をかがめ、遮二無二弾幕に突っ込んだ。笑う影を無機的に睨みつけ、彼女は軽やかに疾走する。影は意地汚く笑って両手を突き出した。応えるように軍神の剣が回転する。

 

 影の両手から夥しい数の光線が迸り、絡みあったそれらの中へアルテラの姿も黒く塗りつぶされるように覆われてしまった。顔を僅かにしかめてカーミラさんは欄干に足をかける。また爆発なんてされたらそれこそマンション倒壊の危機である。

 

 そしてカーミラさんに聞こえたのは肉の擦れる音だった。

 

 一閃、超速で回る虹が唸りを上げる。それは光線の上を滑り無際限に削りとばす。飛び散る闇に利き手の肌を溶かされながらもアルテラは眉一つ動かさない。彼女はトンッと地を蹴った。地を這うように飛んで、向かってくる光弾へ軍神の剣を押し付ける。剣越しに伝ってくる衝撃に逆らわず彼女はその闇を撫でるように擦った。闇の飛沫を軽く屈んで避ける。彼女は光弾の側面をなぞりつつ前へ。ひりつくような暗い熱が彼女の肌を焦がしている。影のほうを見据え、彼女は幾度も剣を振るう。目にも留まらぬ速さでまた別の光線を滑り、削り、斬り飛ばした勢いを駆って前へ。常にどす黒い火花が散り、耳をつんざく音が彼女の四方八方で響いていた。

 

 影は今にも貫かれるだろう弾幕から離れ両の手をパンッと合わせた。掌に光線を集中させ無理矢理に抑えこむ。

 ゴウッと人型の颶風が颯爽と闇を払っていく。カーミラさんの目に血だらけのアルテラの姿がみえてきた。脇目もふらずアルテラはそのまま影へと斬りかかる。軍神の剣が回転し大きく軋みを上げた。帯電したような音を立てて影の手の中で闇が胎動する。

 

 瞬転、(ましら)のごとく跳びかかったアルテラは剣を大上段から振り下ろした。その剣速は音を置き去りにするほどのものであったが影は大胆にも向かってくる剣に向かってすり足でぬっと距離を縮め、掌底を剣へと差し向けた。それをみて、というよりそれに身体が反応したのかアルテラは柄の握りをするりとずらす。その妙技に影からは剣が陽炎のように揺らめいたように思えたろう。掌をするりと擦り抜けていった剣は深々と、影の身体を肩口から容赦なく切り裂いた。影は可笑しそうに哄笑する。堪えていないのか今度は掌の闇を己に叩きつけるべく影は無事な方の腕を振り上げた。

 

 刹那、何を思ったのかアルテラはカーミラさんの方を見上げる。驚いているカーミラさんに目を合わせたまま、彼女は影を全力で上空に振り上げた。

 

 そして再度、闇が爆発する。空中をうろうろしていたゴーストが急拡大する闇に飲み込まれ、消滅した。上へ上へ昇っていくそれから逃れようと七人御佐姫が必死になってマンションの通路に逃げ込んでくる。

 

 風に飛ばされそうになりながらも欄干に気合で立っているカーミラさんは、これ横槍入れたら私が死ぬんじゃないかしらとひとりごちた。

 

「おい。どうなってる」

 

 ガチャリと603号室のドアが開いた。顔だけを出したモードレッドは空が異様な真っ暗闇に包まれているのを見て、心底不快そうに舌打ちする。

 

「シャドウサーヴァントとアルテラがやりあってるわ」

「そうか」

 

 モードレッドが興味なさそうに答えてドアノブに手をかけるのに、カーミラさんはじゃあ聞かないでよと声に出さずに反論した。

 

「クハハハ!」

 

 そうこうしているうちに影が6Fに近づいてきたのか、カーミラさんの耳に声が届いた。ドロー! カレイドスコープ! 胸元にセットし通路に転がった七人御佐姫を辻斬りもとい辻吸血! 全ては幻想のうちけれど少女はこの箱を。だがしかしまだカーミラさんのターン! 

 

「慈悲などいらぬ!」

 

 5F付近で急停止したのか、そこで大音声を上げているらしい影にカーミラさんは杖を向けた。深手を負ったくせに元気なやつである。その急激な魔力の高まりに宝具展開の途中だとはわかったがカーミラさんは構わず宝具をマンションの怨敵にぶっつけた。

 

「ファントム・メイデン」

 

 大雑把に座標を指定して彼女は見えないながらも巨大な拷問器具をその場に開き、きつく閉ざす。

 肉の裂ける明快な感触。彼女は喜びに悶え、思わず艶めいた声を漏らした。何故か悲鳴は上がらないが血が彼女の口内に流れ込んできている。全身を貫かれているのにどういう神経してるのあいつとぼやきつつも、美処女のものでないとはいえ久しぶりの血の味に彼女は口元を歪める。

 

 地上で煌めき始めたアルテラの極光がカーミラさんの目に映る。それにすかさず彼女は欄干から飛び降りた。まだ、手は緩めない。

 

 影の抵抗が強まったかと思うとさっと身をかがめカーミラさんは気配を遮断。さっきまで彼女のいた場所を、暗い光線が通りすぎた。それはどうやら欄干をえぐり階上へと突き抜けていったらしく天井には深い穴が開いている。彼女のところまで、石片とともに石材の溶けた嫌な臭いが漂い降りてきた。冷や汗を流しながらも彼女は必死にうっすらと開いた幻想の鉄処女に影を挟みつけ続ける。

 

「ぼんやりしてないでとっと伏せろよ! 来るぞ!」

「わかってるわよ!」

 

 黒い血が、ぽたり、ぽたりと溢れていた。

 相変わらずカーミラさんからは何も見えない。しかしあのアルテラがこの隙を見逃すような女ではないことを彼女は承知している。

 

「フォトン・レイ!」

「ったく!」

 

 その叫びが響き眩い光が周囲を満たすと同時、カーミラさんは目を瞑ってこれが最後とばかりに思い切り蓋を閉ざした。

 ガタガタと彼女の座る通路もこの世の終わりのように横揺れに揺れ、そうかと思うといきなり欄干が吹き飛び、カーミラさんも通路に投げ出された。アルテラの宝具に大気が鳴動し、嵐のように風が逆巻いている。彼女はその回転に巻き込まれないよう、必死になって床にへばりついた。そんな彼女の背を引っ掴むとモードレッドは素早く玄関に戻りドアを閉め、カーミラさんをそこら辺に放り投げた。それにも気づかず彼女は蹲ったままこのマンションごと空へ飛んでいってしまうのではないかと思うような衝撃に耐えつつ、嵐がすぎるのを待った。

 

「おい、そろそろ自分の部屋に帰れ」

「う、うーん」 

 

 ぱらぱらと細かい石が降り落ちるのにカーミラさんは上体を起こしながら頭を振った。

 手応えはなかった。彼女にわかったのはアルテラの剣が幻想の鉄処女を貫いたその感触だけである。彼女は立ち上がり、周囲の惨状に目を凝らした。吹き飛んだドアの向こうにはところどころ抉れた欄干、ひび割れた天井と床が見える。

 

「邪魔したわね」

「もう来んなよ」

 

 杖をつきながらカーミラさんは外へ出た。通路はボコボコにへこんでひどいことになっている。この様子では自室の状態もひどいものだろうとカーミラさんもへこんでいた。

 

「カーミラ」

「アルテラ」

 

 すとんとカーミラさんの背後に飛び降りて、アルテラは声をかけた。腕部だけでなく足にも痛々しい大きな傷が入っていた。大量の血が流れ、通路に出来た穴ぼこが血溜まりになってしまっている。カーミラさんは大きく喉を鳴らした。

 

「仕留めたの?」

「いいや。逃げられた」

 

 残念そうに剣をぶんぶん振り回すアルテラに、あれペットボトルにいれて持ち帰ろうかしらとカーミラさんは真剣な表情で考えている。

 

「相手はどんな野郎だったんだ」

「影だ」

「いや、影だってのはわかってるけどよ」

 

 まだリビングに行っていなかったのか、モードレッドは玄関からアルテラに声をかけた。さすがの彼女もアルテラの負傷具合に顔をしかめ、壁にもたせかけていた背を離した。歩み寄る際、ひどく物欲しそうにしているカーミラさんにガンを飛ばすのも忘れない。

 

「何事!?」

 

 無事だった604号室のドアが壊れんばかりの勢いで開かれる。杖を槍のように構えて飛び出してきたマルタはすぐさま傷だらけのアルテラといつのまにか武装しているカーミラさん、困惑気味のモードレッドを発見し、駆けつけた。あとから飛び出してきたマスターたちも三人の元へ駆け寄って行く。怪我のひどいアルテラを早速治癒しながらマルタは優しく問いかけた。

 

「何があったのです?」

「む。寝起きにロムルスに連れられて来た。それからあれの用事が済んで私も帰ろうとした。だが、あの影が邪魔をした」

「影?」

 

 そういえばロムルスとうちにきたわねとカーミラさんは塞がっていく傷口をどこか残念そうにみながら頷いた。

 

「さっきはカーミラがあれの動きをとめた。そしてカーミラの宝具ごと私の剣で貫いた。だがそれでもあれは動いていた」

「串刺しにはしたの?」

 

 カーミラさんの声にアルテラは首を縦に振る。

 

「カーミラのあにめでみたが、瞬間移動、というのか。あれはその類のもので離脱したようだ。死んではいない」

「一体何者よあいつ……そういえばロムルスは」

「わからない。はぐれた」

「あぁ、あいつなら多分料理作り直してるぜ。オレの部屋で」

「料理、ですか……?」

 

 呆然としていうマシュにモードレッドは「おう」と気さくに返した。どうやら本当に料理をしているらしい。

 

「それで、カーミラ。あなたは大丈夫なのですか」

「ぇ、えぇ」

 

 ひどく心配そうにしてくるマルタに半歩退りつつ、カーミラさんは小声で答えた。それでも念のためという形でマルタは彼女に治癒を施し始める。

 その間に二人からその影の特徴(若干キング・オブ・ポップ似でテンション高め)を聞き出して考えがまとまったのか、マスターが顔を上げた。

 

「ニア「カーミラ。アルテラを連れて先に帰っておいて」

  「アルテラをお持ち帰りしてもいいよ」」

「え、嫌よ」

 

 にべもないカーミラさんの返答にメディアは笑った。もう呆れを通り越して感心しているようだ。情けない顔をしたマスターにカーミラさんは眉をひそめる。

 

「先輩、元気だしてください」

「カーミラ、あまりマスターを困らせるな」

 

 真顔で正論を吐いてくるアルテラにカーミラさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。それをみてマルタがくすりと微笑む。まるで母親がやるように。

 

「……わかったわよ」

 

 ひどく居心地悪そうに彼女は渋々頷いて、まぁ高垣楓はお迎え出来たしよしとすべきよねと自分なりに納得しようと頑張っていた。これは逃走ではないのだ。帰ったらロマニに思い切り自慢してやるのだ。戦利品はアルテラに運ばせようそうしよう。そうしてアルテラと連れ立って自室へと向かっていったカーミラさんを眺め、式がポツリと零した。

 

「変なやつだな」

「 「血の伯爵夫人は伊達じゃない」

 ニア「あぁ。たまにだけど頼もしいだろう?」」

「先輩。たまには余計です」

「そうかぁ?」

 

 肩に剣を担いだ格好のモードレッドは訝しそうに首を傾げた。

 

「あれ、そういえばモードレッドさん」

「あっ。か、帰るわ」

 

 咄嗟に言い訳が思いつかなかったのか、ナチュラルに混ざっていたモードレッドは脱兎のごとく逃げ出した。そして今度はモードレッドを追いかけ始めた彼らに変な「やつらだ」と言って、式も後を追った。




カーミラさん「ノーマルに期間限定のミッション! そういうのもあるのね……」
アルテラ「帰るぞ」
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