ぼりぼりと煎餅を頬張りつつ、カーミラさんはテレビをみていた。今日は野球観戦である。
さすがに自室でのジャージ姿は自重したのか彼女はいつも通りのボンデージ姿だ。部屋の片隅にはオガワハイムから配送させた品々が整理整頓されてあった。無論整理したのはエミヤである。
「ランサー、振りかぶってー」
マウンドにはクー・フーリン。豪快なワインドアップからトルネード気味に上体を捻りつつ彼はうっすらと獰猛な笑みを浮かべる。
バッターボックスにはビリー・ザ・キッド。その堂に入ったクローズドスタンスにエミヤはほうと息を漏らした。
「さすがベースボールの本場、アメリカ出身の英霊といったところか」
「野球なんかやったことあるのあいつ」
「さてな」
「ビリーは一番ではなく三番に置くべきバッターですね。OPSにWARに打率、打点、全てにおいてエジソンチームナンバーワンです。あの張り子の雄駄ライオンなどベンチに飾っておけばいいものを」
「そうね」
「わかりますかカーミラ!」
「えぇ」
「打ったー大きいー」
同じく煎餅を貪りながら力説する騎士王に、カーミラさんはなんだかテキトーな相槌を打っていた。どうみても話を聞いていない。騎士王はそれを気にした風もなく、ビリーが悠々と塁上をめぐりホームへと向かうのを見ながら几帳面にスコアブックをつけていく。正直カーミラさんはちょっとその熱意に引き気味であった。
「ねぇ、なんであんなに熱心なのよ」
「セイバー・メトリクスという名称に感じるものでもあったのでは、ないかな」
「違う世界だとズッコンバッコンやってる仲でしょうもうちょっとまじめに答えなさい」
「記憶にございません」
エミヤはそういうと寝転がり、肘をついてテレビを見上げ始めた。次のバッターはナイチンゲールである。スイングしながら殺菌! 消毒! とかいってる。怖い。
「なんだ、この場所は」
「ニア「カーミラの部屋」
「……たまり場?」」
「先輩、エミヤ先輩がだらけきっています。いや、エミヤさんのことではなく」
「ここで、待機か」
「ニア「うん」」
マスター部屋から何か聞こえていたがカーミラさんは余裕のスルーだった。赤執事はどこかで聞いた覚えのある声だなと首をひねり、セイバーはフォアボールで塁に進んだナイチンゲールにやはり出塁率ではビリーをも凌ぐ逸材ですねと小さく頷いている。
「 「ふぁっく、ゆー。ぶちころがすぞにーとども」
ニア「みんな、ちょっといいかな」」」
ぞろぞろと入室してきた彼らに三人は一斉に目を向けた。セイバーの耳と手だけは野球に向いたままではあるものの、とにかく視線が集まったことを確認してマシュは物々しい装備を身につけた男を手招いた。
「新人のエミヤさんです」
マシュに言われて男はこたつの前まで進み出た。色の抜け落ちた髪と褐色の肌、赤いクロークを纏ったその姿は名前も相まってカルデアのナンパ師を想起させる。しかし妙に近未来的なアーマーを身につけ、腰のホルスターにはナイフや銃をさしているところを見ると、魔術師というより傭兵にしかみえない。もしかすると彼の周りに漂う白い靄のようなものが魔術の類なのだろうか。
「エミヤだ」
男は死んだ目をカーミラさんに向け、ぽつりと呟いた。渋くていい声なのはわかるが何を言っているのかひどく聞き取りづらい。無愛想というかコミュニケーションをはかろうという気がゼロであるように彼女には思えた。実際それ以上喋ろうという気もなさそうだ。見るからに面倒そうな男である。カーミラさんは自身のことを棚に放り投げて嫌そうに渋々会釈した。
「エミヤ、あなたの親戚が来たわよ。それとも息子か何か?」
「ば、馬鹿な。そんな、あなたは」
「切嗣!?」
二人して立ち上がり、新人の元へ駆け寄って行くのをカーミラさんは煎餅を齧りながら見物する。まさか本当にあの二人の「何か」なのねとちょっとウキウキして、わざわざ見やすいようにポジションを微調整しだす始末だ。
「僕を知っているのか」
「ニア「じゃあしばらくここにいてね。行こうかマシュ」」
「はい、先輩」
あとはお若い者同士でというわけでもないのだろうが、彼らは足早に退室していった。最近現れたらしい特異点もどきに戻るのだろう。カーミラさんはこいつもそこから連れてきたのかしらねと酒を口に含みながらひとりごちた。
「なるほど、異なる世界ですか。通りで」
「爺さんが、守護者に……」
「爺さん?」
「あぁ、いや。私の世界ではあなたはもっと老けていたものでね」
「切嗣、彼はあなたの義理の息子です。よく似ているでしょう」
「おい、セイバー」
「そして、私はあなたのサーヴァントでした」
「息子……ですって……?」
立ったまま話し続ける彼らを他所に、カーミラさんは一人でがっくりしていた。なんてつまらないオチなの、私のワクワクを返しなさいよともう関心ゼロである。彼女はさっさとテレビに視線を戻した。もう打線が一巡したのかバッターボックスにはビリー・ザ・キッドが立っている。
カーミラさんはふと、なんだか静かになった部屋に違和感を覚えて顔を上げた。なぜか三人は固まったまま気まずい沈黙を湛えている。部屋の中の空気まで若干重くなっていくのを感じてカーミラさんは不機嫌そうに声を上げた。
「あなたたちも立っていないで座りなさい。エミヤ、あなたじゃないわ。執事の方よ。何かそいつに甘いものでも出しなさい。父であっても客には違いないでしょう。騎士王、もう打線一巡したわよ」
「了解した」
「なっ、馬鹿な……!」
ちょっとした魔力放出の応用でこたつに舞い戻ったセイバーに、さすがのカーミラさんも呆れ気味である。続いてこたつに入り込んだエミヤは死んだ目を宙空に向けたまま微動だにしない。何こいつ怖いとカーミラさんは戦々恐々としている。
「野球はお好き?」
「いや」
何を小娘の見合いみたいなこと口走ってるのよ私ぃ! とテンパりながらもカーミラさんもエミヤに負けず劣らずの冷たい無表情で対抗する。珍しく押され気味の彼女の気分はさながら見えている地雷に突っ込む歩兵であった。多分この間みたランボーの影響である。
「では甘いモノは」
「たまに、食べたくなることもある」
似合わないわねと危うく口に出しそうになりながら、彼女はぐっと口元を引き締めた。思わず笑ってしまうところだったのだ。セーフ。
「まさか、あなたが甘いモノを好むとは」
「あぁ」
「このポンコツニート」
臆面もなく笑っている騎士王にこのポンコツニートがとカーミラさんは内心で理不尽に言い放った。
「何をいうのですカーミラ。私はニートでもポンコツでもない」
「あら口に出ていたかしら。騎士王、あなたの直感スキルからくる空耳ではなくて?」
「む。そういわれると」
「違うぞ」
「ほら切嗣もこういっているではありませんか!」
「違うわよ」
「真似をしてもダメです。ふふっ、罰としてカーミラのケーキは一つ私が頂きましょう」
「エミヤ! 死んでない目の方のエミヤ! ケーキ一つ追加よ!」
「了解した」
『あら、私にも頂けるのかしら』
その言葉が切嗣の白い靄から漏れたかと思うと、彼を取り巻いていたそれが眩い光を放ち始めた。
「き、切嗣? 何を」
「…………」
むすっとしたまま黙りこんだ彼に少し怯んだセイバーをみて何を思ったのか、カーミラさんはちょっとテンション高めに言い募った。
「分からないなら分からないといいなさいこのグズ!」
『騒がせてごめんなさい。私の名は、そうね。アイリスフィールと』
輝きが収束し、魔力の気配も鳴りを潜めた。眩しさに目を細めるのをやめ彼らが開いた視界の中で、美女は何食わぬ顔でエミヤにしなだれかかっていた。彼女の身体はちょっぴり透けていて、向こうの景色が見えそうになっている。新手のスタンド使いか! とカーミラさんは思わずジョジョっぽい濃い表情を浮かべた。
「アイリ、なのですか」
『えぇ、セイバー』
驚きのあまりスコアブックを手放した彼女に、アイリスフィールは柔らかく笑ってみせた。切嗣には彼女の姿が視えないのか困ったように少し首を傾げている(表情が全く動かないのであまり困ったようには見えないのだが)。
語り始めた二人に割り込むのも億劫になり、カーミラさんはリモコンを手にとった。野球は飽きたのだろうか。彼女は最近マイブームになっている仮面ライダーシリーズのデータを選び、リストに移る。この間BLACKとRXをみたのでクウガを鑑賞するつもりだったのだ。
「あなた、仮面ライダーをみたことは?」
「…………ない」
「そう」
先程まではテレビに見向きもしなかったのにさっとディスプレイを眺め始めた彼に、カーミラさんは仮面ライダー好きなのかしらねこのスタンド使いとちゃっちゃか再生を始めた。何気に雑とはいえお客様への気遣いに割りと余念のないカーミラさんだった。
「ふーん。ドラマ仕立て、というか一話完結じゃないのね」
「む」
結局一話を見終えて予告に入ったところで彼女は一旦休止ボタンを押した。心なしか残念そうにしている切嗣の頬へアイリが愛おしそうに手を差し伸べる。騎士王はぎこちない笑顔を浮かべ、首を振った。
「さて、待たせたな」
「遅いのよ」
「さすがですアーチャー」
「む」
『ありがとう、士郎くん』
「構わんさ」
そう素早く動いているわけでもないのに、彼はいつのまにか各人の前にケーキと紅茶のセットを用意し、自身も空いた席についていた。
それからアイリも交えて和気藹々と会話する彼らに、カーミラさんは最低限の毒舌と相槌を打って場の空気がまた固まってしまわないよう、少しだけ気を配っていた。ふとしたことで黙りこみそうになるアルトリアを煽って嗜虐心を満たしたり、どこか感傷的になっているエミヤをパシらせていつもは食べられないものをよこさせたりして。
『セイバー、今のマスターとはうまくやれているの?』
「えぇ、実に好ましい主ですよ」
『そう、よかった』
そして親子はともにずっと仮面ライダーをみていた。言葉少なながら、彼らはグロンギの悪逆っぷりや五代や一条さんたちの活躍を話の種にして、何かを話していた。
「生ぬるい」
「だが、よくやっている」
「それじゃダメなんだ」
**
クウガを半クールほど見終えたところで、やってきたマスターたちが騎士王と死んだ目の方のエミヤを回収し、また特異点もどきへと戻っていった。
残されたカーミラさんはテレビを消し、こたつで横になった。エミヤは食器を片して部屋の電気を消し、出ていこうとする前に今にも目を閉じようとしている彼女に声をかけた。
「カーミラ」
「何よ」
「感謝する」
エミヤはそれだけいって、去っていった。
「気色悪いわね」
彼女は呻くようにそういい、今度こそ眠りについた。