ある日のカーミラさん。   作:ktomato

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タイムスリップカーミラさん(1) 北米神話大戦篇

 カーミラさんは思った。最近働いてないのにマスターが何も言ってこない。

 作りおきのコーヒーを啜って頭を振り、彼女は砂糖とミルクを追加する。まだ部屋は薄暗いままで彼女以外に誰もいないようだ。どうやらカーミラさんはエミヤが来て朝食を作りに来るのを待っているようだった。

 

 あれか。オガワハイムで今生分働いたからか。一昨日もマスターが「この間は大活躍だったものね、カーミラ」と珍しく褒めてくれたのだ。何かちょっと疲れた顔をしていたからお世辞でもないはずだと彼女は一人で頷いてみせる。あれはその手の嫌味を言うような質でもない。

 

 マシュが倒れてから、マスターは元気がない。

 マスターを元気づけようとしたりマシュを治療しようとする者は多く、そのせいか最近はカーミラさんの部屋を訪れる者はかなり減ってしまっていた。

 

 コーヒーを飲み終えて、彼女は軽くため息をついた。

 ゲームをやろうか。それともテレビを見ようか。オガワハイムストックを切り崩すのもいい。彼女はそうつらつらと考えながらもなんとなく何をする気にもなれず、ただボーッと電源の入っていないテレビを眺めていた。

 

「電気ぐらいつけたらどうかね、カーミラ」

 

 パチンという音がして、カーミラさんは目を眇めた。音もなく彼女の前を横切りつつ食器を回収し、彼はそのまま朝食を作りにキッチンに入っていく。

 

「おはよう、眠たそうね。カーミラ」

「む」

『おはよう、カーミラ』

 

 あでやかな着物姿の女性が、スタンド使いエミヤを引き連れてカーミラさんの視界に登場する。ほのかに香る花の匂いは隣の男の血と硝煙の臭みを打ち消し、部屋に涼やかな空気を漂わせる。カーミラさんも挨拶を返すと二人はすっとこたつに座り込んだ。

 

「珍しいわね、式」

「たまにはね。ほら、エミヤ。あなたもなにか言わないと」

「む」

『甘いモノを食べたい気分だったのよね』

「……そうだ」

 

 エミヤの仏頂面をみて花やかに笑う式と一緒になって、アイリも小さく笑った。

 

「今日はえいがはみていないの?」

「そうね。何か、つけましょうか」

『あ、士郎くーん。何かみたい映画はないのー?』

 

 それに応えてというわけでもないのだろうが、彼は両手で器用に朝食を携えてキッチンから姿を現した。

 

「ふむ。バック・トゥ・ザ・フューチャーなどどうかね」

『どんな映画なの?』

 

 エミヤは内容をかいつまんで説明しつつ、素早く食卓を整えていく。

 カーミラさんにはフルーツ入りのヨーグルトとフレンチトースト。誰に向けたものかそれをもう一つ彼は脇の方に置いた。そして三人と自分には焼き魚と味噌汁に白ご飯、漬物等のオーソドックスな和食を誂え、彼も空いた席につく。

 

 毎度のことながら作りおきにしても手際がよすぎて意味がわからないレベルねとカーミラさんはエミヤを見据えた。褒め言葉になりそうだから口には出さないカーミラさんだった。

 

 

 朝食を終え、一同揃ってバック・トゥ・ザ・フューチャーを鑑賞しようとしたところでまた新たな来客があった。

 

「ごはんを食べに来た」

「あぁ、君の分もある。食べたまえ」

 

 食器を片付けながらエミヤがいうのに頷いてアルテラはカーミラさんの隣に座り込んだ。

 

「ちょっと、あっちへいきなさいよ」

「あそこはエミヤの席だ」

 

 ぶつぶつ文句をたれながらもスペースをあけてやるカーミラさんをアイリは生暖かい目で見守っている。

 

「いただきます」

 

 俗世に染まりまくってるわねこのフン族とカーミラさんは頬肘をついて息をついた。リモコンを片手に彼女はすらすらとバック・トゥ・ザ・フューチャーのデータを検索する。何気にカーミラさんがこれをみるのは三度目だったりするのだが、見返すことにあまり躊躇いはないらしい。彼女はアルテラとアーチャーを待つこと無く、その第一作のデータに合わせてボタンをプッシュした。

 

 

『すごく面白かったわ!』

「えぇ」

『続きもあるのよね』

 

 ひどくお気に召したのかエミヤのスタンドはうきうきと空中浮遊を繰り返している。式は目を伏せて少しずつお茶をこくんこくんと飲みながら、彼女にちゃんと相槌を打ってやっていた。

 

「確かに、面白い」

『そうよね! そうよね切嗣!』

 

 テンションあげあげのスタンドを尻目にカーミラさんはリモコンを取り、2のデータに移行する。それをみて何を思ったのか、アイリはさもいいことを思いついたといわんばかりに手を合わせた。

 

『ねぇ、カーミラ』

「何よ」

『タイムスリップ、してみたい?』

「えぇ……?」

 

 おいお前のスタンドだろどうにかしろと彼女はきつくエミヤを睨みつけたが、彼は既に画面に向かっていた。このまるでダメな夫(仮)がとカーミラさんは憤怒する。

 

「そうね。まぁ、ちょっとぐらいなら」

 

 彼女は仕方なさそうに無難な答えを返し、またリモコンをテレビに差し向けた。さっきから式もアルテラもエミヤ二人も黙って待っているのだ。この異様な雰囲気から逃れようと彼女はボタンへ人差し指をひた伸ばす。

 

『わかったわ』

 

 嬉しそうに頷くアイリへテキトーに首を縦に振り振り、カーミラさんもバック・トゥ・ザ・フューチャー2に集中し始めた。

 

『じゃあ、いってらっしゃい』

「はいはい」

 

 そして視界が切り替わる。吹きすさぶ風が彼女の頬に熱砂を叩きつけた。咄嗟に俯いた彼女の膝元をタンブルウィードが通り過ぎる。それでもまだ座ったままの彼女は呆然と空を見上げた。

 

「いい、天気ねぇ……」

 

 ギラギラと照りつける太陽の下でカーミラさんは目をこすり、もう一度周りを見渡した。

 

「は?」

 

 行く手には地平線が見えている。均された道ではない。ずっと向こうまで荒野が続いている。近くで牛っぽいものの鳴き声も響いている。

 座ったままではあれだし第一痛いので彼女はとにかく立ち上がった。まさか本当にタイムスリップ、というかバック・トゥ・ザ・フューチャー3の舞台にでも来たのかとカーミラさんは呆然とドタドタと通り過ぎていくバイソンを見送った。

 

「なんでさぁあああああ!?」

 

 上空からエコーつきで響き渡るその声にカーミラさんは思わず杖を構えた。

 直後爆音とともに彼女の背後で砂埃が舞い上がる。彼女はそれを吸い込まないよう身をかがめた。それは地面に大砲でもぶっ放したような規模の砂煙だったが、背中にちょっと石礫が当たって「いて」とかいってるぐらいで幸い彼女にはそれほどの被害はなかった。

 

 強く吹いている風が煙を払った頃合いに彼女はそろそろと、地面に手をついてうなだれているエミヤに近づいた。

 

「ねぇ、エミヤ」

「聞くな」

「エミヤ」

「聞くな」

 

 心底参ったといったような声を出すばかりで顔も上げない彼をカーミラさんは杖で突いた。

 

「何をする」

「どこよここ」

「クリント・イーストウッドの故郷ではないかな」

「え、本当に?」

 

 割と嬉しそうなカーミラさんにエミヤはますます深いため息をついた。カーミラさんはバック・トゥ・ザ・フューチャーなら3が一番好きだったのだ。カメラ持ってくればよかったわぁとちょっとはしゃぐくらいに。

 

 そのあまり堪えた様子を見せない彼女にまぁ、こうしてばかりもいられないかと彼はさっと立ち上がり、その目で周辺を探索し始めた。

 

「む?」

 

 地平線の向こうからすさまじいスピードでこちらへ向かってきている褐色の物体に、彼は訝しげな呟きをもらした。何かに追われているようだ。

 

「カーミラ。構えたまえ」

「何よ。デロリアンでも来たの? ネイティブなアメリカンに追われてるの?」

「敵だ。アルテラを援護する」

 

 彼は瞬時に弓を投影し、偽・螺旋剣を番えた。その剣幕に彼女はサーヴァントが来たことを悟り気配遮断しつつ彼の後ろの方に生えた木の影に隠れた。逃げているのではなくあくまで奇襲のためである。決してダメだったらエミヤを囮にしてダッシュね……などということを考えているわけではきっとない。

 

 カーミラさんの目にもアルテラが巻き上げる砂埃が目に入ったところで、エミヤの目には彼女を追跡する何者かの姿がはっきりと映った。

 

「馬鹿な……」

 

 彼は知らず番えた剣の柄を強く掴んだ。

 もう交わされる剣戟の音がカーミラさんの耳にも届いている。彼女もその男の姿を見ることが出来た。大した偉丈夫である。その鍛えぬかれた肉体を誇示するようなかなりの軽装で、口元には獣のような笑みを浮かべている。普段からそうなのか彼の目は常に笑っているように細められていた。

 

 両者の疾走が、止まった。

 アルテラの強烈な斬り払いがその巨大な「剣」をかち上げた。しかし彼女の剣も打ち合った反動で一瞬宙へ浮き上がる。男はガハハと笑いながら無理やりに剣を地に突き刺し、よろめいた身体を回転。彼女の剣に向かって蹴りをぶちかました。

 

 そのあまりの重さに苦悶の声を上げながらも彼女は決して剣を手放さない。腕に走る痺れを無視して彼女はそれに逆らわず後方へ思い切り飛び上がった。

 

 その動きにハッとなって彼は着地とともに剣に全体重をかけ、即座に体制を立て直す。

 

「カラド――」

 

 3キロほど離れた南の地点、もはや見間違えようのないその螺旋の剣にエミヤもまた皮肉げに笑い、番えた「矢」の名を呼んだ。

 

「――ボルグ」

 

 解き放たれた矢は寸分違わず男の胸へと吸い込まれたかにみえた。だが男は呵々と笑う。まるでそれを読んでいたかのようにするりと螺旋の剣を掲げ、ぐっと腰に力を込めた。

 

「ははっ愉快愉快!」

 

 ()()宝具の激突。どちらの剣によるものか、壊れた幻想による爆音が響き渡り男の姿は再び見えなくなった。

 

 残心。エミヤは自身の宝具が虹霓剣に着弾したにも関わらず舌打ちを漏らさずにはいられない。相応のダメージは与えたがあの男、いやフェルグス・マック・ロイはまだ生きている。

 

「な、何?」

 

 木陰に隠れていたカーミラさんは鳴動を始めた大地に、思わず悲鳴じみた声を漏らした。

 

「大地が、揺れている」

 

 いつのまにこちらへ避難してきたのかアルテラが木の後ろからひょこっと顔を出し、律儀にカーミラさんの疑問に答えた。

 

「みればわかるわよ。こういうのは、そう。マグニチュードよ」

「そうか」

 

 彼女の中途半端な知識にこっくりと頷いてアルテラはこつこつと剣で赤い土を叩く。彼女は遙か大地の奥底まであの男が潜行し、何かをやろうとしていることをただのそれだけで察知したがこれがマグニチュードというものかと素直に納得しただけであった。

 

「逃げるぞ」

「戦う」

「早くしろ!」

 

 こてんと首を傾げるアルテラの手を引き、エミヤは全速で駆け出した。明らかにマジ顔な彼にこれは追いかけないと不味いわねとカーミラさんもその走りづらそうなハイヒールでダッシュを始める。履いた覚えはないが多分あのスタンドがサービスしたのだろうと彼女は特にそのことを気にもとめなかった。

 

 急速にひどくなっていく揺れの中でも彼らはスピードを緩めない。しかし走っても走っても荒野は終わる気配を見せなかった。エミヤは焦ったように足元の地面の、その先を凝視する。

 

「なぜ逃げるのよ!」

「相手が本物の虹霓剣だからだ」

 

 並走するカーミラさんはちょっと疲れてきたのか顎が上がってしまっている。いつも真っ白な顔が熱で少し赤らんでいるし、本当にしんどそうだ。会話したせいで息まで上がってきているその様はまさに運動不足の中年女性であった。

 

 もう無理、もうダメと彼女ははぁはぁいいながら必死になって二人についていった。

 何がタイムスリップよ時をかけるのは少女な処女であってヒャァその血は私のものよ献血しなさい赤十字ぃ! とその脳内は欲望と疲労でわけのわからないものになっていた。震度8を越える地震に頭がシェイクされているのもあるだろう。

 

『休憩したい?』

「したいに決まってるしょ!」

 

 いきなり一人で大声を上げ始めたカーミラさんにエミヤは驚いて振り返った。

 

『でも一回だけよ? それ以上は無理なのだけれど』

「そのよく回る口を閉じなさい! 私は休みたいといっているのよはやく!」

『わかったわ。ちょっとまってね』

「おい、カーミラ」

「黙りなさい!」

「……元気そうだな」

 

 突然何故かあさっての方向へ走り始めたカーミラさんにドン引きしつつ、エミヤも仕方なさそうに後を追った。

 

『その穴に入って。2時間ぐらいなら持つと思うわ』

「よくやったわ!」

『じゃあ、頑張ってね』

 

 いきなり前方に開いた禍々しい、というか入ったら亜空間にばら撒かれそうなお面を縁のところにつけた穴へカーミラさんは迷いなく足を踏み出した。

 

「カーミラ、ちょっと待ちたまえ」

「休憩所よ!」

 

 よー、よー、よーという残響を残して彼女は穴の向こうに姿を消した。

 そして突如激しさを増した揺れにエミヤは思わず片膝をつく。もはや、大地が耐えられる震えではなくなりつつあった。絶え間のない轟音。先程までカーミラさんが隠れていた木のあたりは既に巨大な亀裂に呑まれて消えてしまっている。エミヤはなんとか立ち上がろうとするが一度止まってしまうと再び動くことは困難を極めた。

 

「はやくしたいとは、なんと情熱的な! たまらんなぁ!」

 

 地の底からそんな陽気な声がうなりをあげて響いて渡る。アルテラはそれにひどく嫌そうな顔をして胸を隠し、強くエミヤの手を引いた。引きずられる形となった彼の抗議は地鳴りのせいで誰にも伝わらない。

 

「いざ、真の虹霓をご覧に入れよう……!」

 

 その声とともに一瞬、大地が静まった。耳が痛むほどの沈黙。風も吹かず植物も息をしない。その異様な静寂を好機! とばかりに平気な顔でアルテラはエミヤをベちんべちんさせながらその不気味な穴へと飛び込んでいった。当然のようにエミヤの抵抗は却下である。

 

「カラドボルグ!」

 

 そしてその声が響くと同時、大地が爆ぜた。

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