今回は文字数が少しいつもより少な目です。
生命とはいつか死すために存在する。
それは如何に高度な技術を持つ生命体であろうと例外ではない。
万人に愛された者であれ、社会に災厄を持ち込んだ罪人であれ、生物である限り死は等しく存在する。
人間も動物も昆虫も植物も、だ。
逆に言えば死のない存在は生命でないとも言えるかもしれない。
「せんせー、できたよ!」
「うむ。では採点を開始しよう」
夏の長期休暇に入って少し後に大佛家に住み、先日正式な養子として迎え入れられた少女、大佛星花。
この家に住み始めた当初に比べて感情の表現が表れた。
当初は疑問に対して首をかしげる位なものだったが、現在は笑顔を見せ、本やテレビなどの物語で涙する。
今もこうして私が問題の採点を行っているのを緊張した面持ちで待っている。
以前はどこか存在感の薄い、曖昧な自我が確固たる個性として確立しようとしていた。
そして本質的に好奇心が強く、それが学力向上の後押しになっている。
現在行っている問題はこの国の文字である平仮名に片仮名。そして三桁台の足し算引き算だ。
既に平仮名と片仮名は完全に習得し、計算問題についてもケアミスはあれど、充分に習得した言えるレベルだ。
まだ勉強を初めて一月ばかりで、だ。
特に記憶力が良く、平仮名と片仮名については十日ばかりで完全に覚えたほどだ。
「問題ない。もう次のことを教えても良い頃だな」
「お~!」
私がそう判断すると大佛星花は嬉しそうにバンザイする。
こうして一個人に勉学を教え、その成果を見る度に私の中で僅かばかり奮い立つものがある。
この感情を喜びだと認識するのには時間がかからなかった。
自ら教えたことを乾いた綿が水を吸うように吸収する少女。
この喜びが教師が教え子に対するものなのか、それとも父性愛とでも呼ぶものが芽生え始めたのかは私にも判断できない。
しかし、元来から感情が稀薄な私がこうして関心を寄せるのは悪いことではないだろう。
そして少女に影響を受けているのは私だけではない。
「せいかん!オセロやりましょうですぅ!」
「うん」
私の母船の有機端末であるジャン・プウ
彼女がもっとも大佛星花の影響を受けている。
この星に着いた当初は自身が慕う大佛はずむ以外に関心が低く、あっても大佛はずむの両親くらいなものだろう。
それが今や大佛はずむよりも一緒に居ようとしている。
大佛はずむには恋愛感情。大佛星花には庇護欲が目覚めて接しているようだ。
人格を宿して初めて出来た精神面での下となる存在にジャン・プウは庇護対象として面倒を見ている。
そのせいか、ジャン・プウ自身も以前より落ち着きのようなものを身につけ始めているように感じる。
私も子供と接し、物事を教え、共に過ごすということはなにもこちらの知識や経験を与えるだけではないということに気付く。
大佛星花と接すると自分の知らなかった一面を自覚することがある。
先日渡されたクッキーなどがそうだ。
物品ではなく、あの焼き菓子をもらった瞬間確かに私の中で喜の感情が浮かび上がった。
あの少女と接することで私たちが遠い過去に置き去りにしたものを思い出せそうな気がするのだ。
これは幼い子供を相手にしているからなのか。それとも大佛星花が持つ魅力に依るものなのか判断できない。
この問いに関しては時間をかけて検証していきたい。
「ではいつものようにこのヘルメットを被ってくれ」
「は~い!」
いつものように大佛星花は私に渡された健康状態その他の情報を計測する機材のヘルメットを被る。
そしてそこから測られた情報が私の目に入る。
「ねぇ先生。前から思ってたんだけど、星花のこと診すぎじゃない?どこか悪いわけじゃないんでしょ?」
「うむ。体温脈拍。血圧や内蔵器官も全て正常。身体に何らかの有害な細菌が感染している様子も認められない。健康そのものだ」
「だったらーーー」
「念のためだ。子供の身体は体調を崩しやすいからな。定期的に調べることに越したことはない」
大佛はずむの疑問を流しながら測られた情報に目を通す。決して自身の疑問を口にしないまま。
確かに大佛星花の身体に異常は一切計測されない。
まるで身体の異常がリセットされているかのように。
私は大佛星花と初めて会ったときから少女の健康状態を常に観測していた。
そして少女の異常はすぐに観測できた。
大佛星花の肉体は一切の変化も行っていない。
食事をしても体重は変動せず、運動をしても筋肉がついている情報は認められない。
以前、大佛はずむの高校で倒れたことがあったが、その後の調べで少女が日射病や脱水症状を起こしたことさえデータとして認められなかった。
まるで振り子が動き、元の位置に戻るように少女の肉体の変化は上下しない。
一度、大佛星花がジャン・プウと同じ有機端末の可能性も考慮したが、自身の調査により、その可能性は否定された。
データでは少女が人間で在ると示しているのに人間としてあり得ないほどに肉体がブレないという矛盾。
なによりーーー。
生命には運命因子というものがある。
運命因子とは即ち生命が生きられる時間。生命の寿命ではなく運命上の寿命のコトだ。
我々の母星では生命係数の情報からこの運命因子を計り、それに基づき寿命を定め、死期を告げるのが常識である。
もっとも産まれた頃から正確な死亡時期が割り出せる訳ではなく、死期が近くなるにつれて正確な情報が出せるわけだが。
運命因子が尽きた者はは原因は違えど命を終える。
事故、病気、他殺等々。
これは人間に限らず生命と定義できる全てに共通する。
人間、動物、昆虫、植物。ありとあらゆる生命が、だ。
だというのに。
ーーー何故、大佛星花からは生命係数及び運命因子が全く観測出来ない?
一応フォローしておきますが、宇宙先生は星花に恋愛感情とかは持ってません。
あるのは教師が出来の良い教え子に対する満足感と若干の父性愛です。それもようやく芽が出た程度の。
次回ははずむ編です。