そこは監獄でした。
与えられた小さな部屋で女の子はいつものように座して動きません。
なにもすることがないし、なにがしたいのか、なにができるのかということを女の子自身が理解していないからです。
ただ座して人形のように部屋の中を視界に入れるだけ。
それを楽しいと思うことも、つまらないと感じることもなくそこに在り続けるだけ。
事実女の子は人形に等しい存在だったのです。
そんなある日、女の子は1つの疑問を抱きます。
"あの扉の向こうはどうなっているんだろう?"と
ふと考えたその疑問の答えが気になった女の子は食事を運んで来た男に訪ねることにしました。
"この向こうはどうなってるの?"
男は一瞬だけ驚いたように目を開き、次に怒りの形相に変えて女の子の頬を張りました。
"お前は余計なことを考えずにここにいればいい!!"
そう怒鳴り付け、乱暴に食事を置いていき、女の子が初めて疑問を持った扉の向こうに消えて行きました。
恐らく初めて張られた頬。初めて感じた痛いという感覚。
それに戸惑いながらも女の子は外の世界の興味を抑えることが出来なかったのです。
「なんなんですか、あなたは!?そこはジャン・プウの場所ですぅ!!」
「おぅ?」
「おぅ?じゃないですぅ!!」
目の前の光景にはずむはどうしたものかと困惑していた。
ジャン・プウと名乗った少女は大佛家に居候しているつい数時間前まで名無しだった少女、星花に食って掛かっている真っ最中だった。
ジャン・プウは宇宙船の有機端末である。
おそらくこの地球で唯一存在する宇宙人である宇宙仁をマスターとする少女ではずむを模されたデザインで容姿を構成したことから見た目はよく似ている。
違いは髪の長さと色くらいか。
とにかくそんな地球側からしたらSF小説くらいでしか存在しないであろう少女の精神年齢は驚くほど幼かった。
そんな少女がオネニーサマ(かつてはずむが男性だったことから兄と姉が混ざった呼び名)と慕うはずむと同じベッドで知らない少女が一緒に寝ているのだ。その怒りやお気に入りのぬいぐるみを取られた子供の心境である。
星花に問いつめるジャン・プウだが本人は状況を理解しておらず、首を傾げて"おぅ?"としか反応しないため話が進まない。
それならそれではずむが説明すればいいのだが。というか説明しようとしたもののジャン・プウからオネニーサマは黙っていてください!!と言われてしまった。
どうしようかなぁと戸惑っていると横から意外な助っ人が参入した。
「落ち着けジャン・プウ。これでは話が進まない」
「プゥ〜」
横から声を出したのは全身黄色いタイツを着込んだ一見すると怪しい男。しかし彼こそが地球に在住する唯一の地球外生命体であり、はずむの通う高校の生物学教師として赴任している。宇宙仁である。
マスターである宇宙仁に嗜められ、取り敢えず大人しくなるジャン・プウ。
「ふむ」
仁が星花を見下ろし、星花が見上げる形で対峙している。
その僅かな沈黙を破ったのは星花の方だった。
「わたし、星花!」
足部分のタイツを引っ張って自身の名を告げる少女。その声は僅かに喜の感情を乗せていた。
「ふむ。私は宇宙仁。一応、そこにいる大佛はずむの通う学舎で生物学の教師をしている」
「ほら、ジャン・プウも」
「プゥ〜。ジャン・プウです〜!」
星花の自己紹介に仁はいつも通り淡々と。ジャン・プウは頬を膨らませながらやや不機嫌に返す。
「それで、元少年。この少女は?」
「う、うん……」
ようやく話せるなと思いながらはずむは昨日あったことを話始めた。
と言っても大したことが分かっている訳ではないのだが。
「なるほど……つまり身元不明を拾い、一晩面倒を見たわけだ、実に興味深い」
「興味深いってなにが?」
はずむの問いに仁は眼鏡をかけ直し、説明する。
「何の縁もない子供を自宅に招き入れ、こうして世話を焼くことがだ。私の研究対象である恋愛に関してとは別に興味を抱く」
仁の言葉にはずむは戸惑いながらもムッとして反論した。
「こんな小さな女の子が1人で親とはぐれて身元も分からないんだから世話してあげるのは当然じゃないか…」
「我々の星ならば彼女のような立場の子供は治安維持組織。つまりこの星でいう警察などに引き渡す。しかしこの家の者たちは本当の家族が見つかるまで面倒を見ても良いと考えている。
何の益もない子供に対してだ。これも我々の星での価値観からは理解し難い動向だ」
仁の母星は進み過ぎた科学力により自らが住む惑星すらボタンひとつで破壊できるだけの技術がある。
それによる自滅を怖れた彼らは兵器を使う状況。つまり戦争を回避するために自らの感情を封印した。
その結果、戦争などの争いがなくなった世界。
一見すると平和な楽園に見えるそれだが感情を喪失させた彼らは他者との結び付きすら希薄になってしまった。
結果として生殖機能の退化が起こってしまい、滅亡の危機に陥っている。
地球人より遥かに長い寿命を有する彼らも子孫が出来なければいつかは滅びる。
それ故に宇宙仁はまだ感情を有する地球人からそれらに直結する感情を観察し理解して再び他者と深く結びつけられる生命へと寄り戻そうとしているのだ。
しかし。
「子孫が産まれようと感情のない親では子供に心を与えてやることはできん。母性や父性を与えられて子供は自らの感情を育んでいく。血の繋がりのない子供に愛情を与え、どの様に子供が受け止め、成長するのか。興味深い題材だ。ぜひ観察させてもらおう」
言いたいことはあるが、言っても無駄なことはこれまでの経験から分かっているためはずむはため息を吐くだけに止めた。
「それよりいいのかね、元少年?」
「いいって何がさ?」
「たしか今日は部活動で登校の日だったろう?時間的にそろそろ準備を始めねばいけないと思うのだが……」
「えぇ!?」
時計を見ると確かにギリギリの時間だ。
ジャン・プウと星花の口論?に意識が向きすぎてすっかり忘れてた。
「いけない!?」
はずむはベッドから急いで下りて、最早着なれた女子用の制服を着ていく。
「どこいくの?」
星花の質問にはずむは星花の頭を撫でながら答える。
「今日は学校があるんだ」
「がっこう?ついていってもいい?」
「あ〜。星花はちょっと入れないからね。お母さんと一緒に家で待っててくれる?」
「わかった」
聞き分けのいい星花にいいこいいこと頭を撫でてあげるとジャン・プウも頭撫でを要求され、思ったより時間を食ってしまった。
朝食を食べ終え、歯を磨き、準備を終えるとインターフォンがなった。
「とまりちゃんたちだ!」
はずむが少しだけ駆け足で玄関を潜るとそこには学友であるとまり、あゆき、明日太といつもの面子が揃っていた。
ついこの間まで、宇宙人と接触し、性別が換わった自分にマスコミなどが家や学校などに押し寄せてきたこともあったが、政府の計らいで大佛はずむに対する取材行為の禁止令が出されていた。
そのお陰で女になった当初の騒がしさが嘘のように平穏な登校が許されている。
もちろん諦めずに取材にくる記者もいるが相手にしないで逃げることにしている。
「おはよう、みんな!」
はずむがいつも通り挨拶するとあゆきがおはよう、はずむくんと淡々と挨拶し、明日太がおうと笑顔で右手を上げ、遅いぞ、はずむ!ととまりが少しだけ不機嫌そうに文句を言う。
いつもの、朝の風景だった。
塀の門を越えようとした時、はずむの制服のスカートを引っ張られる感触がした。
「ん?」
振り返るとそこにははずむのスカートを掴んでいる星花がいた。
「え……と、なに?」
星花を知らないとまりたちは驚いた表情で戸惑っている。
「ん…いってらっしゃい。はずむおねえちゃん」
それだけ言うと星花はスカートから手を離した。
「うん、行ってきます。帰ってきたら色々遊ぼうね」
そうしてはずむは手を振りながら塀の向こうに出た。
はずむたちの姿が見えなくなるまで手を振り続ける星花を見て何故か微笑ましい気持ちになり、今日はガーデニングの部活でいつも以上に優しく花の世話が出来そうだなと思った。