女の子の外へ出たいという渇望は日に日に大きくなっていきました。
ですが、どうしたら部屋の外に出てもいいと言ってもらえるのか女の子にはまったく判らなかったのです。
以前、お願いしてみたら、返ってきたのは頬への平手打ちでした。
頬から伝わるジーンとした感覚に驚きながら女の子は不思議そうに指で触れます。
初めて感じた痛みに女の子は涙を流しました。
それが、痛みという感覚を知ったことで流したのか。それとも別の気持ちが生まれたからなのか。
それは、女の子には最後まで判らなかったのです。
「で?結局誰なんだ、あの子?」
登校中に質問したのは幼馴染みであるとまりだった。
今朝、いってらっしゃいと手を振っていた幼い女の子にとまりを含めた明日太、あゆきも覚えがない。
一瞬親戚の子が夏休みを利用して遊びに来ているのかとも考えたがそうした場合ははずむの方から話題にするため、可能性は低いと思う。本人が言い忘れていた場合はその限りではないが。
「あ~うん。実はーーー」
話し始めた内容にとまりは最初、うんうんと聞いていたが、段々顔をひきつらせ、最後には内面の憤りや呆れを追い出すように大きく息を吐いた。
話の内容から幼い子供を保護したのはいい。
が、はずむの家に引き取るかもしれないという話しに呆れていた。
だが考えてみれば自分の子供を性転換させた宇宙人を快く住まわせる夫婦だ。それくらいのことは今さら驚くことではないのかもしれない。
「それじゃあ、しばらくはずむ君の家に居ることになるの?」
「うん。そうなるかな。でもやっぱり早く親御さんが見つかるといいんだけど」
はずむは純粋な善意から自分が星花と名付けた少女が本当の両親と会えるのを望んでいる。そうした人の良さがはずむを含めた大佛一家の長所である。
しかし、一方であゆきは別のことを考えていた。
「でも、ちょっとおかしいわね」
「おかしいって、何が?」
「聞くに、その子は鹿縞山で一人、眠っていて自分の名前とか両親とか何も覚えてないのよね?」
「う、うん‥‥‥」
「鹿縞山自体、それなりに整備された山だけどあんな小さな子供が一人で行ける場所じゃないわ。仮に親と一緒に来てたとしたも、そんな夜に見つからなくて昨日今日だとしても騒ぎにならないものかしら?最後にあの子が自分のことも覚えてないってその両親……」
そこから先は言葉にしなかったがはずむたちはあゆきの言いたいことを理解した。
正確には考えないようにしていたことを突き付けられたと言うべきか。
星花の本当の両親は真っ当な人たちではなく、あの子が捨てられた可能性。
星花自体記憶がないのは思い出したくないからではないのか?
はずむとてニュースなどの情報媒体で実の子供に暴力などの酷いことや捨ててしまう人間が居ることは知っている。
もちろん理解も納得もできないが。
「でもそれだってあゆきの憶測だろ?」
「そうね。あくまで私の疑問に過ぎないわ」
とまりの指摘をあっさり肯定するあゆき。
彼女はこうしてはずむたちとは違う視点や言い難いことを口にすることが多い。
その内容は、はずむたちにとって良いアドバイスになることが多く、無視できないものがあった。
「ま、なんにしてもさ。ここで考えたってしょうがねぇだろ。もしあゆきの言うようにあの子の親がろくな奴じゃなかったらそんとき考えればいいんじゃないか?」
それは楽天家な明日太らしい意見と言えた。
基本彼はとあることを除き、物事を深く考えない。しかし、情に篤く優しい明日太のことだ。もし少女の実の親が問題のある人物なら彼なりに行動してくれるだろう。
そしてみんながみんななりに星花のことを考えてくれていることに嬉しさが込み上げてきた。
「ありがとう、みんな」
教室に着くとそこにははずむの初恋の相手であり、現在とまりと共にはずむを巡る三角関係になっている神泉やす菜がいた。
「おはよう、やす菜ちゃん」
はずむに続いてとまりたちもやす菜に挨拶をする。
「おはよう、はずむくん、みんな」
やす菜もいつも通り朝の挨拶を返す。
はずむたちも鞄を自分の席に置いて雑談を始めた。
そして話は当然大佛家に訪れた少女に移っていった。
「そんなことがあったんだ」
はずむの話を聞いてやす菜が不思議そうな表情の中に顔も知らない少女に対する憐れみが混じった顔をする。
その表情は早く本当の家族が見つかると良いという期待ともしあゆきの仮定通りの人達ならという不安の混じったものだった。
「ちょっと気になるな、その子。今日学校が終わったら会いに行ってもいいかな?」
「もちろん!来て来て!」
やす菜の提案にはずむは嬉しそうに首を縦にふった。
まだはずむが男性だった頃、勇気を振り絞ってやす菜に告白した経緯がある。
やす菜はとある事情からそれを断り、後に女性へと性別が転換したはずむに告白したという少々ややこしい経緯があった。
それから少しすれ違う状況になるもはずむはやす菜の抱える悩みを知り、とまりとの関係にも変化が生じたことからはずむを挟んだ三角関係になっている訳だが。
はずむ自身まだ姓が転換したことや二人の気持ちへの戸惑いなどがあり、答えを出しかねている現状だった。
もちろん、ずっとこのままで良いとはずむ本人も思ってないが。今はまだこの付かず離れずの関係に甘えていたいというのがはずむの正直な気持ちだった。
なにもかも急激に目まぐるしく変化し、ようやく落ち着きを取り戻した。はずむの心がその変化に追い付く時間が必要なのだ
夏休みの登校を終えたはずむたちは今朝のメンバーにやす菜を加えて大佛家に向かっていた。
「それで、その星花ちゃん?ってどういう子なの?」
「う〜ん。どういうかぁ」
やす菜の質問にはずむは少し考える素振りを見せる。
昨日今日出会ったばかりの女の子で分かることはそう多くない。
「何て言うか、口数が少ない子かな。でも遠慮とかそういう感じじゃなくて人と話すことに慣れてない印象かな。それに子供っていっても少しものを知らなさすぎるような気もする」
美味しいという言葉を知らなかったり、知らない人ーーーこれは大佛一家のことだか無抵抗に疑うことなくほいほいついてきたり。
「それに物怖じとかもしないかな」
今朝のジャン・プウとのやり取りを思い出す。
普通、自分より大きな人に怒られたら萎縮してしまうものだろう。ましてやそれが幼子なら尚更だ
しかし、星花はただ不思議そうにジャン・プウを見上げているだけだった。
もしかしたら悪意に鈍感なのかもしれない。
「なんつうかよくわからない子だな」
はずむの説明にとまりがそう言うとはずむもそうだねと返した。
そうして話しているうちにはずむの家に到着し玄関を開けた。
「ただい、まっ!?」
「おかえりなさいごしゅじんさま?」
少し、舌ったらずな口調で理解できない言動をしているメイド服を着ている星花がいた。
「何してるの?星花?」
「おぅ?こうしたらはずむおねえちゃんが喜ぶって聞いたから」
「はずむ君にそんな趣味が……」
「いやないから!?」
あゆきの疑惑の視線にはずむは全力で否定した。
考えてほしい。昨日拾った少女が学校から帰ってきた瞬間、なんの前振りもなくメイド服を着て出迎えたらどう思うか。確実に戸惑うだろう。はずむもそんな常識人の一人だった。
「誰がそんなこと教えたの?」
「む?この星の人間は侍女服で出迎えられるのが好きなのではないのか?」
はずむがひきつった表情で星花に質問すると奥から漫画本を持って宇宙仁が現れた。
そして謎は全て解けた。
「先生!星花に何を吹き込んでるのさ!?」
少し怒気混じりの声で質問すると仁はふむと頷いた後に。
「この資料によると男性は侍女服を着せた少女にこうして出迎えられると喜ぶと描いてあったのだ……気に入らなかったかね?」
「気に入るかぁ!?それに漫画を参考にしないで!?」
この宇宙仁という宇宙人は確かに頭脳はずば抜けているが感情の機微に疎く、常識がぶっ飛んでいることがある。
以前も漫画を参考に喋らないほうが萌えるのでは?とジャン・プウを「ぷう」しか喋れないようにしたことがあった。
「おかえりなさいです、オネニーサマ!!」
奥から星花と同じメイド服を着てジャン・プウが出迎えに来てはずむに抱きついた。
「あ、うん、ただいま。」
ジャン・プウに抱きつかれてなすがままにされるはずむ。
そんな中、星花は玄関にいるとまりたちを不思議そうに見ていた。
「ああ。今朝は紹介する暇がなかったね。皆は僕の友達でーーー」
友人たちを紹介紹介しようとするとまずあゆきが一歩前に出た
「摩利あゆきよ。よろしくね」
「星花、です」
自己紹介する星花にあゆきはよく言えたわねと星花の頭を撫でて褒めた。
それに続いてとまり、やす菜、明日太が自己紹介をすると、一度に複数の名前を言われて、混乱したのか何度も口の中で皆の名前を反芻している。
そんな風に自分たちの名前を覚えようとする星花を微笑ましく眺めていると顔をあげてはずむに質問してきた。
「ねぇ、はずむおねえちゃん」
「どうしたの、星花?」
「ともだちってなに?」
瞬間、場の空気が凍った
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。
でも思い返してみれば美味しいという言葉も知らなかった子だ。友達の意味を知らなくても驚くことではないのかもしれない。
「ぷう〜!お友達というのは一緒に遊んだりする人たちのことなのです〜」
嬉しそうに説明するジャン・プウにはずむはあれ?と首をかしげた。
「今朝喧嘩してなかった?ジャン・プウちゃん……」
正確にはジャン・プウが一方的に敵視していただけなのだが。
「ぷう〜!ジャン・プウはお姉ちゃんになったです〜。だから喧嘩なんてしないですよ!」
今朝とはうって変わって笑顔で後ろから星花に抱きついているジャン・プウを見て、なにがあったと思うはずむ。
それを説明し始めたのがマスターである宇宙仁だ。
「どうやら、少女に姉と呼ばれたのが嬉しかったらしい。それから態度を180°回転させた」
「そうなのです〜!ジャン・プウはお姉ちゃんになったから妹と喧嘩なんてしないです〜!」
「おぅ?」
ジャン・プウにいいように振り回されている星花を見てはずむは単純だなとは思ったが、あのまま喧嘩したままよりはいいかと考えを切り替える。
「そっか。じゃあちゃんとお姉ちゃんをしないとね」
「もちろんですオネニーサマ!」
そうしている三人は誰から見ても本当の姉妹のようだった。