「それじゃあ、これから簡単なクッキーの作り方を始めます!」
「お~!」
「宜しくね、やす菜ちゃん」
神泉家の台所のたち笑顔で宣言するやす菜に星花はパチパチと手を鳴らす。
はずむも笑顔で返す。
今日は以前より約束していた。神泉邸でのお菓子作りを教わりに来ている。
やす菜自身、料理の腕前はかなりのもので、前に皆で集まってカレーを作る際に市販のルーではなく自作のスパイスでカレーを作れるほど。
ただ味覚が人よりズレており、極度の辛党なためそのカレーも一口食べただけでたらこ唇になるほど極端な味付けをしたのだが。
ジャン・プウはそれがトラウマになっているのか今回は渋々辞退している。
はずむは以前、やす菜の手作りのクッキーを食べたことがあり、流石にお菓子類まで辛くしないことを知っているので怯えていたジャン・プウを見て苦笑していた。
「今日はホットケーキミックスを使った簡単なクッキーを作るね」
材料としてホットケーキミックス、砂糖、卵、バター、小麦粉、それにココアパウダーが置かれている。
先ずは溶かしたバターと砂糖を混ぜる。
ザラザラ感がなくなったら卵を入れて混ぜる。
星花は材料を混ぜながら少しずつ変化していく生地に目を輝かせる。
特にやす菜が片手で卵を割っているのをすごいすご~い!と手を叩くと少しだけ恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに微笑んだ。
ホットケーキミックスを何度か分けて入れながら混ぜ合わせる。
元から思い切りの良く、歳のわりに要領の良い星花はここまで大きな失敗もなくこなしていく。もちろん初めてのクッキー作りなため、少々、もたつくことはあったが年齢を考慮すれば充分手際が良いと言えた。
生地を真剣な表情でかき混ぜる星花。ときどき、これでいい?と聞いてきてもう少しと答えるとわかった!と再びかき混ぜる。
そんな星花をはずむとやす菜は少し後ろで眺めていた。
幼い子供が精一杯なにかに取り組む姿を見るのとどことなく微笑ましい気分になる。
「星花ちゃん、すごく真剣に取り組むからこっちも教えるのに熱が入っちゃった」
「うん。何事も一生懸命だからね、星花は」
「ちょっと羨ましいな」
「え?」
「教えてる間にね、もし妹がいたらこんな感じなのかな?って思って。だからいつも星花ちゃんと一緒にいられるはずむ君が羨ましいなって」
やす菜の言葉にはずむは星花とのこれまでを思い返す。
最初は戸惑うことは多かったが、星花の順応性が高いのか少しばかり質問が多いものの、今では星花がいることが大佛家の日常となっている。
だから大佛家の末っ子言われればそうだとも言えた。
だがーーー。
「でも、星花は僕たちみんなの妹でしょ?」
「みんなの、妹?」
今度はやす菜が驚く番だった。
「とまりちゃんもあゆきちゃんも明日太もみんなで星花を可愛がって気にしてる。星花自身だってきっとそう思ってるよ」
やす菜が驚いていると当の星花からお呼びがかかった。
「やす菜おねえちゃん!ココアのほうも混ぜ終わったよ!」
「ほらね」
「うん!」
通常とココア味を作って生地が出来たので延ばして型を抜く。
星マークや動物などの型を全力で集中して抜く。
やす菜たちからすれば簡単な作業でもひとつひとつ丁寧かつ真面目に取り組む星花を見て笑顔になる。
できる限り生地を無駄にせず型抜きを終えて、並べてからオーブンで焼く。
「たくさん作ったね」
これは世辞ではなく、本心であり、星花一人で食べるにはかなり多い。
「うん!おとーさんやおかーさん。ジャン・プウおねえちゃんやせんせーにもあげたいの。もちろんはずむおねえちゃんややす菜おねえちゃんにも!」
指をひとつひとつ折りながら名前を挙げる星花にはずむとやす菜はキョトンとする。
「私たちにも?」
「うん!やす菜おねえちゃんは今日クッキーの作り方を教えてくれたお礼!」
「それじゃあ、クッキーを入れる包みをたくさん用意しないとね」
「うん!」
やす菜の言葉に返事をする星花にはずむはありがとねと頭を撫でた。
その後、焼き上がったクッキーを冷ます。
それからやす菜の提案でお礼を書いたカードも同封することにした。
まだ覚えたての平仮名文字で正直読みにくい。しかしだからこそ精一杯書かれた短い文。
【いつもありがとう】
単純でありきたりなお礼の文。
だからこそそこにはなにひとつ含みのない心からの感謝が込められていた。
色違いの包みにクッキーを均等に入れて書いたカードと一緒に閉じる。
「はい、やす菜おねえちゃん!今日教えてくれてありがとう!」
「どういたしまして。私も今日は楽しかったよ。また作ろうね!」
「うん!」
包まれたクッキーを受け取って、笑顔を向けた。
包む時に少しだけ崩れてしまい、欠けてしまったものもあるが、やす菜にとって今までで一番嬉しいプレゼントだった。
「それじゃあ、星花ちゃん、また遊びにーーーううん、今度はお泊まりに来てね!」
やす菜の言葉に星花は少し戸惑う。
「いいの?」
「もちろん!私にとっても星花ちゃんは妹みたいに思ってるんだよ?だから、ね」
「うん!ありがとう!!」
嬉しそうにはしゃぐ星花。
「それじゃあ、やす菜ちゃん、またね」
「ええ。その時ははずむ君もとまりに来てね」
「うん。必ずね!」
そうしてやす菜の家を出た後、星花は家族に渡すクッキーを大事そうに抱えている。ちなみにはずむも既に貰っていた。
「おかーさんたち、喜んでくれるかな?」
「きっと喜ぶよ。だって星花が頑張って作ったんだから」
あの両親のことだからきっとはずむの予想を超えるくらい大はしゃぎするのではないかと思っている。
特に父のほうが。
「「うぉおおおおおおおっ!!?娘の手作りお菓子ィいいいいいい!!?」」
帰宅して星花が大佛夫妻に渡すとやはりはずむの予想を超えて大喜びしていた。
いきなり大声上げたため星花がビックリしている。
「せいかんありがとうですぅ!?ジャン・プウは嬉しいですぅ!!」
空中浮遊したまま星花に抱きつく。ジャン・プウ。
「ふむ。ありがたく頂こう」
宇宙仁も簡素ながら礼を述べて受け取る。
「よかったね、星花」
「うん!」
一通り喜び、夕食を終えたあとにはずむの両親がなにかを決めたかのように一枚の書類を出した。
「星花、ちょうええか?はずむもな」
「お?」
星花の前に出されたのは養子縁組に関する申告書だった。
「今日星花の件について役所に問い合わせてみたんやけど全然わからへんらしいんよ」
「これからもし星花が病気になったときに保険証の問題とかもあるから早めの方がいいと思ったんだ。もし星花さえよければ正式にウチの子にしようって」
「おぅ?」
意味がわかっていない星花にはずむがわかりやすく説明する。
「つまりね。星花をこの家の本当の子供にしようってこと。もちろん星花が良ければだけどね」
「本当の……」
その言葉を聞いて星花が目を閉じる。そして次の瞬間、その閉じた目蓋から涙が伝った。
「あれ……?なんで?」
流れた涙を両手で何度も拭う。
「かなしくないよ?すごく、胸の奥があたたかいの。なのになんで?へんなの……」
ただひたすらに涙を拭う星花をはずむは後ろから抱きしめる。
「変じゃないよ。人はね、自分の心がいっぱいになったときに泣くんだから」
なにも人は悲しいばかりで泣くわけではない。
怒ったときも嬉しいときでも泣くのだ。自分の中にある感情が許容を超えれば。それはとても自然なことで。
「星花は嬉しいんだよね?僕も嬉しいよ。星花と本当の家族になれて」
「うれしい……うん……うれしいの。すごくうれ……しっ!?」
そこで星花は声を上げて泣いた。
産声を上げるようにわんわんと。
次の日、家族揃って大佛家からある書類が提出された。
そしてその書類提出後に大佛家の家族構成に名前が一人追加された。
大佛星花とーーー。
次回は宇宙仁編です。
宇宙先生から見た星花を書きたいです。