悪をぶっとばす青年探偵×2   作:ルシエド

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須藤雪絵は記憶を失くした。イエスタデイメモリの副作用だったらしい。
"きのう"に囚われた彼女の復讐劇は、結局全ての過去を白紙に戻す事で、幕を閉じる事になった。
でも……彼女が記憶を取り戻し、罪を償った時……
この街にも、彼女にももっと良い風が吹く……俺はそう信じたい。

 仮面ライダーW 第34話 Yの悲劇/あにいもうと


Kの者達/きのうをさがして

 腑抜けちまってる自覚はあった。

 昔の俺が、二人で一人って事実に甘えてたって痛感してた。

 だけど分かってても、どうしようもなかったんだ。

 俺の心に吹く隙間風。

 その風よりもずっと可憐で悲しい一つの風は、女の姿をして俺の下にやって来たんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左翔太郎は事務所で一人、帽子を顔に被せながら天井を見上げていた。

 

「……仕事ねぇなぁ、オイ」

 

 所長は愛しのダーリンとデート。

 事件を持って来る警察の人間も居ない。

 依頼人もゼロで、閑古鳥すら寄り付かない始末だ。

 幸い少し前に仕事のラッシュがあったおかげか、事務所は金に困っては居ないが、こうも暇だと彼は探偵としての自分の存在意義を疑ってしまう。

 翔太郎は時計を見て、反射的に何も考えずに言葉を発する。

 

「っと、そうだフィリップ。そろそろ若菜姫のラジオが始まる時間……あ」

 

 そして意識していないとつい呼びかけてしまう"相棒"の喪失を再認識し、自爆に近い形で、一人で勝手に気分を落ち込ませていた。

 

「バカか俺は。フィリップもヒーリングプリンセスも、もうないじゃねえかよ……」

 

 左翔太郎には、半年前まで一人の相棒が居た。

 おそらくは、"結婚できるくらいに相性が良い異性"よりももっとずっと希少で大事な、文字通りの半身と言っていいくらいの大切な相棒。

 名をフィリップと言う。

 翔太郎とフィリップは力を合わせ、地球の未来を左右できるような巨悪を打ち砕いた。

 

 しかしその代償として、フィリップはこの世界から消えてしまう。

 巨悪を打ち砕くヒーローだった翔太郎は、その結果すっかり意気消沈してしまっていた。

 相棒を失い、熱量が減った熱血漢。

 それが、今の左翔太郎という男だった。

 

(フィリップ……すまねえ。お前にああ言って貰ったってのに、俺は相変わらずダメなまんまだ)

 

 翔太郎の脳裏に蘇るのは、フィリップの声。

 

―――君の友である事は、僕の誇りさ

 

 相棒(フィリップ)のことを思い出して落ち込み、相棒(フィリップ)の言葉で立ち直る。

 今の左翔太郎はちょっとだけ情けなくて、ちょっとだけ面倒臭かった。

 

(一人で気張らねえとな……)

 

 左翔太郎は、この街を守る『仮面ライダー』だ。

 頼れる師匠も、頼れる相棒も居ない。

 けれど守るべき街がある以上、誰かがこの街を守らなければならない。

 翔太郎は自分に言い聞かせるように、気合を入れ直した。

 

「すみません。入っていいですか?」

 

「!」

 

 そして彼が気合を入れ直すと同時、事務所のドアを誰かが叩く。

 依頼人だ、と思った瞬間、空気の抜けた風船状態だった翔太郎の様子が、空気を吹き込まれた風船状態に移行した。

 

「あ、ちょっと待って下さい!」

 

 パパパパっと、身だしなみを整えていく翔太郎。

 声が女性のものだったと気付いたため、そこそこカッコいい帽子を選んで被る。

 普段からちゃんとした格好をしていないのも、こうして依頼人が来てから慌てて身だしなみを整えているのも、実に固茹で卵(ハードボイルド)未満の半熟卵(ハーフボイルド)感がする。

 

「ん、んん、げふん。どうぞ、入って下さい」

 

「失礼します」

 

「この鳴海探偵事務所のいぶし銀探偵、左翔太郎と申します。お嬢さん、今日はどんな依頼……」

 

 そうして翔太郎は、今回の依頼人の顔を見て、硬直した。

 

「……え?」

 

 その依頼人にとって、左翔太郎は初対面だった。

 左翔太郎にとって、この依頼人は初対面ではなかった。

 

「須藤 雪絵と申します。探しものがあるならここに行くべきだと、聞いたものですから」

 

 園咲霧彦――須藤霧彦――の妹で、翔太郎と因縁浅からぬ女が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園咲霧彦――旧姓、須藤――という男が居た。

 この街を愛し、人の進化を手助けできると信じ、巨悪の手先になってしまっていた男。

 しかし真実に気付き巨悪に反逆、子供達を助けるために絶望的な強敵との戦いを切り抜け、街に住まう子供の未来を守った男。

 同じく街を愛する男として、翔太郎も一目置いていた男だ。

 ……だが、愛に裏切りと悪意を返され、巨悪に飲み込まれるように死んで行った。

 

 須藤雪絵という女が居た。

 霧彦の妹であり、兄が死ぬその時まで、世界の裏側を知らない美しい女性であった。

 だが、兄の死をきっかけに兄の日記を見て、兄の死の真相を知った時。

 彼女は復讐鬼となり、巨悪と同じ力をもって巨悪に挑んだ。

 そして命こそ奪われなかったものの……その記憶の全てを失ってしまった。

 

 翔太郎はこの二人と縁深く、この二人が辿った末路にも、苦い顔を見せたことがある。

 

「私、記憶が無いんです。

 警察の人の話だと、ガイアメモリっていう危険な物に手を出しちゃったからだそうで。

 その時、ここの探偵さんに迷惑をかけてお世話になったということを、耳にしまして」

 

「……そうですか。いや、確かに俺もあなたのことは少しですが知ってます」

 

「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしたみたいで……」

 

「いやいやいや! 俺は迷惑とか思ってないからさ! うんうん!」

 

 そうして記憶を失った雪絵が、今翔太郎の前に居る。

 翔太郎としても対応に困るに違いない。

 ただでさえ、雪絵の容姿や雰囲気は翔太郎の異性の好みドンピシャだというのに。

 

「その上で、探偵さんに依頼したいんです。私の過去(きのう)を探すことを」

 

「……」

 

 "きのうを探して"という言い回しに、翔太郎の眉が僅かに動く。

 

「兄が居る、ということを人から聞いても、兄の記憶は蘇らないんです。

 自分がしてたっていう研究の内容を聞いても、研究の記憶は蘇らないんです。

 私の記憶(きのう)は、どこにも見当たらない……それが、とても不安なんです」

 

 雪絵の言葉は、実感の無い悲痛さに満ちていた。

 記憶が無いから、言葉が軽い。何にも薄い実感しか持てていない。

 けれどもその悲痛さは本物で、彼女の不安も本物だった。

 過去(きのう)の自分という、人が自分自身を定義するために大切なものが失われた雪絵の苦悩。

 それを見て、翔太郎は帽子を少し押し上げ、一つの決断を下した。

 

「依頼、承ったぜ。あんたの"きのう"は、俺が必ず見つけてみせる」

 

「! ありがとうございますっ!」

 

 慣れた様子で、翔太郎は検索ボックスに入力するワードのような、いくつかの短い単語に要点をまとめて、口にする。

 

「キーワードは須藤霧彦、須藤雪絵、思い出の場所……って、違う。意味ねえだろ……」

 

「?」

 

 キーワードから真実を見つけ出す相棒が居ない今、それに意味は無いというのに。

 翔太郎はとりあえず、探偵の鉄則"足で探す"を実行しようとし始める。

 

「とりあえず、まずは色々回ってみないか? 雪絵さん。

 思い出の場所とか、インパクトの有る場所とか、風都の名所とか」

 

「思い出の場所……」

 

「俺はあんたの兄のことを多少だが知ってる。ちょっとは役に立てるかもしれねえ」

 

「本当ですか!?」

 

 いつの間にか、雪絵はうっすらとした信頼を翔太郎に向けていた。

 無口で分厚い男が向けられる信頼ではなく、親しみやすい善良な男が向けられる信頼を集める。

 そういう資質が、翔太郎には合った。

 

 

 

 

 

 かつて翔太郎は雪絵に「『きのう』を探して」と依頼された。

 けれど結果的に、その依頼の終わりに雪絵は全ての記憶を失ってしまった。

 その結末に翔太郎が感じたのは、ほろ苦い後悔だ。

 

 兄を殺した巨悪に復讐しようとしたかつての雪絵は、記憶を失うという形で巨悪に「殺さなくてもいい有象無象」と認識され、その命を永らえた。

 そうして、今の雪絵がある。

 もう彼女の命を脅かす巨悪は存在しない。

 記憶が蘇っても、雪絵が巨悪に目をつけられ殺されるということはないだろう。

 雪絵が抱えていた問題の幾つかは、時間が解決してくれたようだ。

 

 過去を忘れられず、「きのうを探して」と翔太郎に依頼した、かつての雪絵。

 

 ハーフボイルドな翔太郎の中で、その依頼はまだ未達成のままだった。

 

 

 

 

 

 この風都(まち)に幾つかある、須藤兄妹の思い出の場所。

 翔太郎は雪絵を連れてそれらを回っていたが、彼女の記憶は一向に蘇らなかった。

 探偵は物探しが得意とはいえ、探すものが人の記憶ともなれば、流石に手こずるようだ。

 

「ここで待っててくれ、雪絵さん。そこの自動販売機で飲み物買ってくるから」

 

「あ、はい」

 

 ある公園のベンチに雪絵を座らせ、翔太郎は近場の自動販売機に向かう。

 

(どうすりゃいいんだろうな……なあ、お前の妹だろ、霧彦。

 俺はどうすればいい? どうすれば記憶を取り戻してやれる? 教えてくれよ……)

 

 適当なお茶を購入する翔太郎。

 頭の中で死人に呼びかけるも、答えは返って来ない。

 その代わりに翔太郎の脳裏には、最後に聞いた園咲霧彦の言葉が蘇っていた。

 

―――この街を、よろしく頼む

 

(なあ、霧彦……お前はどんな気持ちで、俺にあの言葉を言ったんだ……?)

 

 霧彦が最後に残した言葉を思い出しながら、翔太郎はポケットの中からキーホルダーを取り出して、目の前に吊り下げる。

 翔太郎が霧彦から託された、"ふうとくん"のキーホルダー。

 そこには霧彦の街を愛する気持ちと、街を守るという覚悟が詰まっている。

 

(お前はどんな想いで、こいつを俺に託したんだ?)

 

 あの日、園咲霧彦の死が報じられた新聞の一面を見た時、翔太郎の心の中に浮かび上がってきた気持ちが、また彼の胸の内に蘇る。

 

(霧彦。最期にお前は、何を思って……)

 

 翔太郎は(かぶり)を振って、自動販売機が吐き出したペットボトルを手にし、ベンチで待つ雪絵のもとに戻った。

 

「あ、翔太郎さん」

 

「どっすか雪絵さん。何か思い出したこととか」

 

「何も思い出せないんです。でも……」

 

「でも?」

 

 雪絵は目を閉じ、この公園に吹く風を肌で感じながら、どこか懐かしげに語り始める。

 

「風です」

 

「風?」

 

「この風が……どこか懐かしくて、心地いい気がして……」

 

 記憶が無くなる前に好きだった風が、雪絵の肌を撫でる。

 心が憶えていなくても、体が覚えているのかもしれない。

 この街に吹く風は、雪絵を優しく迎え入れていた。

 

(雪絵さん……あんたも風都の風、好きだったんだな)

 

 翔太郎はこういうところに、雪絵と霧彦の血の繋がりを感じるのだ。

 

「あの……できそうになければ、適当な所で切り上げちゃって下さい」

 

「え?」

 

「元から無茶な話だったんです。記憶を探して欲しい、だなんて……

 医者の方にもできなかったことなんです。できなくたって、文句なんて言うわけないです」

 

「……いいや、受けた依頼は必ず完遂するさ」

 

 翔太郎は帽子のつばを指で押し上げ、凛とした表情で、彼女に依頼の継続を告げる。

 

「俺はまだあんたの"きのう"を見つけてない」

 

「翔太郎さん……」

 

「行こうぜ。こんな短い時間で、風都の全てを見た気になられても困る」

 

 手の形を銃のようにして、雪絵に向ける翔太郎。

 

 そうして彼は彼女を連れて、街のいたる所を歩き回った。

 

「ほら、あそこでヘブンズトルネードやってる二人がいるだろ?

 あれを見て、なんかこう、精神的にビビッと衝撃が来て何か思い出したりは?」

 

「……いえ、特には」

 

「あそこに居るのはジミーってやつで、今でも時々路上ライブやってんだ。

 どうだ? この、心臓からゲロを吐きたくなる酷い音楽に何か感じないか?」

 

「内蔵を全て吐き出してしまいそうな吐き気を感じます。記憶には何も……」

 

「リリィ白銀の大魔術!」

 

「わぁ、凄いマジック! でも記憶は全く戻りません!」

 

 風都は広く、そこに住まう者達は非常に個性豊かだ。

 それぞれが持つ個性の強さも、悪女の割合も、他の街と比べてかなりの高みにある。

 脳への刺激が足りないということはあるまい。

 なのに、雪絵の記憶は一向に戻る気配を見せなかった。

 

 ならば足りていないのは刺激の強さではなく、刺激の種類なのだろう。

 

 翔太郎と雪絵が何度か話した公園。

 霧彦と雪絵が幼い頃育った施設。

 生クリームが麺に絡まり、チョコメンマ・チョコ煮卵・アンコ入りチャーシューという核兵器の連打の如き衝撃を与える、スイーツラーメン。

 本屋で買った、霧彦がデザインした風都君のイラスト集。

 翔太郎の知り合いである、ウォッチャマンの写真情報、サンタちゃんからの人伝情報、クイーンとエリザベスからの女性視点の意見。

 そのことごとくが空振った。

 

(やべえ、手詰まり感が出て来たな……

 こういう時亜樹子が居りゃあ、ヘンテコなこと言い出したあいつが埒を明けてくれるんだが)

 

 須藤雪絵は、風都の風に何かを感じていた。

 風都の何かをきっかけに記憶を蘇えらせる、という発想は間違っていないはずだ。

 ただ何か、パーツが足りていないだけで。

 

「どうしましょうか、翔太郎さん」

 

「とりあえず一回事務所に戻って……ん?」

 

 一旦事務所に戻ろう、と翔太郎が決めたその時。

 何気なく歩いていた翔太郎が立ち止まり、雪絵を手で制して歩みを止めさせ、彼女を庇うように一歩前に出る。

 驚く雪絵が何かを言えるだけの間も置かず、翔太郎は物陰に声をかけた。

 

「おいそこのヤツ。隠れてないで出てこい」

 

 翔太郎の問いかけに返答を返すように、物陰から無言の『化物』達が現れる。

 

「! これは、警察の人から話に聞いていた、ドーパント……!?」

 

「名乗れよドーパント。俺達の後をつけてた理由も白状しな」

 

 『ドーパント』。

 それは地球の記憶を宿した『ガイアメモリ』を使用し、怪物と化した人間の呼称。

 翔太郎達の前に現れた怪物は二体。

 

 片や緑色を基調とした、稲穂を人の形に束ねて花で飾ったようなドーパント。

 片や橙色を基調とした、手を繋ぐ男女を象った石像のような、目の無い不気味なドーパント。

 橙色の方は喋らないが、緑色の方は得意気に名乗りを始める。

 

「『オーマ・ドーパント』」

 

「オーマ・ドーパント……?」

 

 "オーマ"という聞いたことのない、かつ名前から能力が全く想像できないメモリ名に、翔太郎は眉をひそめた。

 問答で時間を稼ぎつつ、翔太郎はこっそり雪絵を物陰に逃がす。

 

「お前は生け贄だ……風都の仮面ライダー!」

 

 緑色のドーパントと橙色のドーパントが、翔太郎に接近する。

 翔太郎はそれに対抗し、自分のベルト(ドライバー)(メモリ)を取り出す。

 彼の相棒、フィリップはもう居ない。

 けれども、それは彼が戦えないということを意味しない。

 ドーパントを前にした彼の心に、今は居ない相棒の声が蘇っていく。

 

―――なあ、約束してくれ。たとえ一人になっても、君自身の手で、この風都を守り抜くと

 

 ただそれだけで、戦いに臨む左翔太郎の心は、何にも勝る切り札となる。

 

(分かってるさ、フィリップ)

 

 翔太郎がたった一人で、二体のドーパントを片付けようとした、その瞬間――

 

「死ねぇっ!」

 

 ――輝ける青色が、現れた。

 

「どりゃぁっ!」

 

「何!? ぐあっ!?」

 

 学生服を着た青年が、その右拳で緑色のドーパントを殴り飛ばす。

 その拳は、翔太郎と雪絵にはただの拳にしか見えず、されどドーパント達には青い光を纏う輝きの拳に見えていた。

 学生服の青年は素手でドーパントを殴り飛ばし、威風堂々に名を名乗る。

 

「俺の名前は玖珂光太郎! 悪をぶっとばす青年探偵!」

 

 彼の名は玖珂光太郎。左翔太郎と出会うべくして、出会った青年。

 

「ぶっとばされてお縄になるか、お縄になってぶっとばされるか! どっちか選べ、この悪党!」

 

 翔太郎と光太郎。

 

 二人のHEROの運命が、今ここで交差した。

 

 

 




式神の城サイドは漫画版ねじれた城事件終了直後(ザサエさん喪失後)
風都サイドは48話と49話の間(フィリップ消失後)
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