悪をぶっとばす青年探偵×2   作:ルシエド

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僕の好きだった 街をよろしく
 仮面ライダー
     左翔太郎

        君の相棒より


Kの者達/この街に正義の花束を

 夕日が沈む。

 夜が来る。

 昼と夜の境界の時間が終わる、その時間帯……憎しみの(ダブル)とジョーカーは、海の上で戦っていた。

 

「ちょこまかと……!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

 憎しみの(ダブル)は、サイクロンジョーカーゴールドエクストリームの体を一部再来させ―――正確には、羽しか再来させられなかった――、空から爆撃に近い銃撃を放つ。

 アインが狙うは、海上を走るエクストリームのジョーカー。

 ジョーカーは専用バイク・ハードボイルダーの車体後部、換装可能なユニット部分を水上特化ユニット(スプラッシャーユニット)に換装し、水上特化のハードスプラッシャーにした上でそれに跨って、水の上を(ダブル)に負けない速度で移動していた。

 

「タフでなければ生きて行けない。

 優しくなれなければ生きている資格がない。

 だからこそのダブルなんだよ! 一人で戦うダブルなんざ……俺が、必ず打ち倒す!」

 

「やれるものなら、やってみろ!」

 

 水上をジグザクに走り、サイクロンアクセルエクストリームの攻撃を避ける翔太郎。

 そんな翔太郎に向け、アインはエンジンブレードにヒートメモリを差し込み、数十mというサイズの炎剣を発生させ、空の上から翔太郎を斬りつけた。

 

《 HEAT! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 蒸発していく海の水。

 吹き上がる水蒸気。

 生身であれば、肌を焼いていたであろう熱風。

 飛び散る水滴の一つ一つが熱湯で、エクストリームのジョーカーの装甲がそれを弾いていく。

 

「もうただのジョーカーじゃないってことを、教えてやるぜ」

 

 炎剣の乱舞を的確に回避しながら、翔太郎はトリガーメモリをマキシマムドライブスロットに挿し、マキシマムドライブを発動させた。

 

《 TRIGGER! MAXIMUM DRIVE! 》

 

「ライダーシューティング!」

 

 ジョーカーの手の中に現れるトリガーマグナム。

 引き金が引かれ、翔太郎の渾身の射撃が憎しみの(ダブル)の眉間に刺さった。

 

「が……!」

 

 卓越した射撃技術を持っていた鳴海荘吉を師と仰ぐも、翔太郎自身は生身での射撃を得意技としているわけではない。達人の域にはもう少しの時間と修練が必要だ。

 なのに、サイクロンアクセルエクストリームの攻撃をかわしながらの精密射撃を命中させた。

 何故当たったのか? 気合である。

 気合だ。

 気合で当てたのだ。

 

(ここで調子付かせたくはないな……)

 

 アインはプリズムソードにアクセルメモリ、エンジンブレードにルナメモリを挿入し、マキシマムドライブを発動。

 

《 ACCEL! MAXIMUM DRIVE! 》

《 LUNA! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 突き出したプリズムソードから、赤い刃の先を無数に発射。

 横に振ったエンジンブレードの刀身部分を延長する形で巨大化させ、海面を切り裂いた。

 翔太郎は時にハンドルを切り、時に急停止と急加速を繰り返し、時にはバイクの上で飛び跳ねる器用さを見せて回避する。

 そして、海上から陸地へと向かった。

 

(逃がすものか)

 

 Ver.(エクストリーム)のジョーカーは陸地に辿り着く直前、バイク・ハードボイルダーの上から跳躍し、陸地の支援車両・ガンナーAに飛び移る。

 そしてそのまま、陸地を爆走した。

 やがて陸地を爆走するガンナーAの上から跳躍し、翔太郎はビルの壁面に着地する。

 

 ビルの壁面を駆け上がるジョーカー。

 空を飛び、ジョーカーに近接攻撃を仕掛けようとする憎しみの(ダブル)

 ビルの壁面から跳躍し、アイン向かって一直線に飛ぶジョーカー。

 飛行速度を加速させ、両の手の剣を振るう憎しみの(ダブル)

 

《 HEAT! MAXIMUM DRIVE! 》

 

《 CYCLONE! MAXIMUM DRIVE! 》

《 METAL! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 ジョーカーの右腰でヒートメモリが、プリズムソードでサイクロンメモリが、エンジンブレードでメタルメモリがマキシマムドライブを発動させる。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「ああああああああああああっ!!」

 

 突き出されたジョーカーの拳を、アインはメタルメモリで防御力を上げたエンジンブレードで受け止める。そこから、プリズムソードより風の刃を飛ばした。

 ジョーカーは空中で体をひねり、身のこなし一つで空中回転しそれを回避する。

 だがそこで、アインは気付く。

 

 ジョーカーが発動させたのはヒートメモリのマキシマムドライブであったはずなのに、ジョーカーの手が燃えていない。

 空中で回転したのは、回避だけでなく攻撃のためでもあった……そう気付いた時には既に、ジョーカーの燃えるキックが、憎しみの(ダブル)の顔面に叩き込まれていた。

 

「ライダーブランディング!」

 

「づ……!」

 

 ゴールドエクストリームの翼を部分的に再来させているアインと違い、どこまでも跳んで跳ねるだけの翔太郎は、攻撃が終われば落ちていくだけ。

 しかし、翔太郎は一人ではない。

 落ちていく翔太郎を、空戦形態に換装したハードボイルダーが、空中で受け止めた。

 

「うし!」

 

 翔太郎のバイク・ハードボイルダーは、翔太郎が陸に上がったと同時に車体後部のユニット換装を始められ、戦いと平行して海戦用ユニットを空戦用ユニットに換装させられていた。

 そして出撃・射出・飛翔し、飛べないジョーカーに空戦能力を付加。

 空での第二ラウンドを開始した。

 

 空戦形態・ハードタービュラーには、ビーム砲と振動刃が備わっている。

 それを最大限に利用して、ジョーカーは憎しみの(ダブル)との空中戦を繰り広げた。

 撃つ。かわす。放つ。弾く。切る。避ける。ぶつかる。受ける。

 地より見上げればはるか上空で、展開される空中戦。

 

 夜の星空を切り裂くように、メモリの輝きが闇を裂く。

 ビームが流星のように夜空に線を引き、町の住民の一部が空を見上げていた。

 風都がつい最近まで『ビルが溶け、人が死ぬ。この街ではよくあること』と言われていたような街でなければ、大騒ぎになっていたところだろう。

 このくらいならば、この街では本当によくあることだ。

 

「仮面、ライダーッ!」

 

 サイクロントリガーエクストリームとなったアインが、風の弾丸を連射する。

 マシンガンが亀の歩みに見えるほどの高速連射に、翔太郎はサイクロンメモリを手に取った。

 

《 CYCLONE! MAXIMUM DRIVE! 》

 

「ライダーサイクロン!」

 

 サイクロンメモリのマキシマムドライブが、緑の風を巻き起こす。

 単純なエネルギー量では飛んで来る風の弾丸にも及ばないが、巻き起こされた風は風の弾丸を逸らし、翔太郎と空飛ぶバイクを風の弾丸から守った。

 翔太郎はそのまま、風を纏ってバイクごと体当たりを仕掛ける。

 

「!」

 

 迎撃しようとするアインだが、衝突の直前にバイクからジョーカーが跳躍したのを見て、一瞬対応に迷ってしまう。

 一瞬の逡巡の後、アインは回避を選んだが、迎撃だろうと回避だろうと結果は変わらない。

 バイクの突撃に対処したその一瞬の隙で、翔太郎はアインの背中に張り付いていた。

 

「っ、離せ!」

 

「離すかよ!」

 

 狙うは羽。

 羽に関節技を極め、折り目を入れてから打撃を叩き込み、脆くなったところに力を込めてもぎ取るという丁寧な攻撃で、ジョーカーは全ての羽をもぎ取っていった。

 

(こいつ、正気か……!?)

 

 当然、飛べないジョーカーと飛べなくなった(ダブル)は、地上に落ちる。

 

「つぅあっ!?」

 

 落ちた所は、戦いが始まった空き地の近くだった。

 リターンズ・ドーパントと、ジョーカーVer.(エクストリーム)は、その耐久力の差からか前者の方が先に立ち上がり、駆ける。

 ジョーカーも僅かに遅れて立ち上がり、敵の攻撃をジョーカーが迎え撃つ形になった。

 

《 PRISM! MAXIMUM DRIVE! 》

 

《 LUNA! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 (ダブル)の振り上げたプリズムソードで、プリズムメモリが。

 ジョーカーの右腰で、ルナメモリが。

 それぞれマキシマムドライブを発動し、攻撃側の(ダブル)の手により、必殺の斬撃が振るわれる。

 

「!?」

 

 "プリズムブレイク"とも呼ばれるその斬撃は、ジョーカーの胸に突き刺さる。

 

 だがアインが勝利を確信したその瞬間、突き刺したはずのジョーカーの体が掻き消えた。

 

「ライダーイリュージョン。そいつは幻術だ」

 

「!」

 

 自分の幻影を一つ生み出し、本体の姿を消すマキシマムドライブの効力時間が切れ、ジョーカーの姿が現れる。

 そしてジョーカーは、(ダブル)の顔面に向けて強烈な回し蹴りを放った。

 (ダブル)はその回し蹴りを両腕でガードし、ジョーカーにカウンターのローキック。

 ジョーカーはローキックを丁寧にスネで受け、両者はそこで仕切り直しに後方に跳んだ。

 

(トリガー、ヒート、サイクロン、ルナ……

 やべえな、マキシマムドライブ四回使っても、まだこんな状況か)

 

 一見翔太郎優勢に見えるが、クリーンヒットを何度か当ててもなお勝利に近付いていない翔太郎にも、焦りはある。

 マキシマムドライブは体に負荷のかからない便利な武器ではない。

 エクストリームの補助がなければ二つ同時に使うだけで死にかけることもあるし、連続で使えば負荷もゼロではないのだ。

 ここからまた何度もマキシマムドライブを使えば、翔太郎の負担は更に大きくなるだろう。

 

「……セプテントリオンが、お前の殺害を条件にした理由が、分かってきた。仮面ライダー」

 

「あーはいそうかよ」

 

 (ダブル)はプリズムソードを盾に戻し、プリズムビッカーに四本のメモリを挿して、盾より多色のビームを放った。

 

《 CYCLONE! MAXIMUM DRIVE! 》

《 HEAT! MAXIMUM DRIVE! 》

《 LUNA! MAXIMUM DRIVE! 》

《 JOKER! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 ビームは一点集中されず、いくつものビームとなってジョーカーの逃げ道を塞ぐ。

 そしてビームは逃げ道を塞ぎつつ、一本にまとまるよう収束し、ジョーカーを襲った。

 

(ここは……)

 

《 METAL! MAXIMUM DRIVE! 》

 

(……耐えるしかない!)

 

「ライダープリヴェ―――」

 

 翔太郎がカッコつけて言おうとした技名を遮るように、サイクロンアクセルエクストリームの特大ビームが直撃する。

 

「―――がッ!?」

 

 しかし寸前に体躯を鋼に変えていたジョーカーは、ダメージを最小限に抑えていた。

 最小限に抑えられたダメージは、ジョーカーをゴロゴロと地面に転がし、翔太郎の精神力をもってしても中々立ち上がれなくなるほどのダメージを与える。

 

「げほっ、げほっ、げほっ……! っ、……! あ、あれは……!」

 

 だが、幸か不幸か。

 盾ビームで吹っ飛ばされたジョーカーが転がった先は、翔太郎達をおびき寄せるために囚われていた、須藤雪絵が縛られていた場所だった。

 

「っ……待ってろ、今助ける!」

 

 翔太郎は雪絵を縛る猿轡を外し、体を縛るロープを外していく。

 

「しょうた―――」

 

「伏せろ!」

 

「!」

 

 だが雪絵がそれに礼を言う間も与えず、アインはヒートトリガーエクストリームの姿になり、銃とベルトのメモリで同時にマキシマムドライブを発動させる。

 

《 TRIGGER! MAXIMUM DRIVE! 》

《 XTREME! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 そして、超特大の火球を発射した。

 

「灰になれ、仮面ライダー……依頼人もろとも」

 

 雪絵を抱えて回避する? 不可能。

 体を張って止める? 不可能。

 迎撃して叩き落とす? 不可能。

 翔太郎の頭の中にいくつもの対策が組み上げられては、片っ端から崩されていく。

 

 そうして、ロクな対抗手段を思いつけないまま……翔太郎と雪絵に、その火球は着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄色のオーマ・ドーパントが、玖珂光太郎に殴り飛ばされた。

 それは悪を討つ正義の拳。

 青い光を纏い、それを見た人間に"正義は必ず勝つ"という言葉を想起させるような、そんな圧倒的な拳であった。

 

「がはっ……!?」

 

「な、なんだこいつ!?」

「データじゃここまで強いなんて、どこにも……!」

 

 黄色のオーマ・ドーパントはその一撃で、メモリブレイクされていた。

 

「正義は勝つ!

 悪は滅びる!

 何故ならば、悪い奴だって迷惑かけた人にごめんなさいすりゃ、やり直せるからだ!

 悪党が殴り飛ばされ、悪党が改心して良い奴になれば、いつか悪は滅びるからだ!」

 

「無茶苦茶言ってやがるぞこいつ!?」

 

 胸を張り真っ直ぐに立つ光太郎に、赤のオーマ・ドーパントと、黒のオーマ・ドーパントが、前後から挟み込むように襲いかかる。

 光太郎は真正面の赤色に向けて跳び、赤色が迎撃に蹴りを放ったのを見てから、その赤色の蹴りをジャンプ台にして跳躍。

 後方から迫り来る黒色に瞬時に接近し、拳を叩き込んでいた。

 

(技術なんてない……ないはずなのに……

 何故ここまで自然体で、何故ここまで圧倒的に強い……!?)

 

 後退りする赤のドーパントにも光太郎は駆け寄って、右の拳を叩きつける。

 ドーパントが展開したエネルギーのシールドが粉砕された。

 光太郎が左の拳を振るう。

 ガードに使われた赤色の両腕がカチ上げられた。

 そしてラストに、もう一度右拳。ほんの一瞬に放った拳の三連打で、光太郎はドーパントを守りブレイクに追い込んでいた。

 

「っしゃ。んで、お前を倒せばステージクリア……だろ?」

 

 壊した三つのメモリの内一つを踏み、ジャリッと音を鳴らす光太郎。

 彼が相対するはツヴァイこと、スカル・ドーパント。

 『白にして白骨』の名を持っていても、心を持たぬ女である。

 

 そんなスカル・ドーパントが、光太郎に手の平を向けた。

 

「天は愛す その心

 白にして白骨の我は 精霊(リューン)に命じる

 完成せよ 『円風』」

 

 実戦的な短い詠唱から、白い光の衝撃波が無数に放たれる。

 衝撃波は斬撃となり、ビルを輪切りにしてあまりある攻撃となって光太郎に飛んで行った。

 迎撃するは、青い光が纏われた拳。

 

「邪魔だ!」

 

 光太郎の拳は信じられない速度、かつ技量はなくともこれ以上なく最適な軌道で振るわれ、全ての異端をねじ伏せる青い光を纏わせていた。

 ビル一つを切り刻めるだけの攻撃は全て叩き壊され、光太郎はツヴァイに手が届く距離、拳を叩き込める距離にまで接近する。

 

「天は戦う その夢を守り

 白にして白骨の我は 精霊(リューン)に命じる

 完成せよ 『円翔』」

 

「うおっ!?」

 

 しかしそこで、スカル・ドーパントは移動用の絶技を発動させた。

 光太郎の拳の速度より速く、スカル・ドーパントは距離を取る。

 そして三つ目の絶技の詠唱を行った。

 

「天は惜しむ その勇気

 白にして白骨の我は 精霊(リューン)に命じる

 完成せよ 『円盾』」

 

 盾を作る絶技を使い、ツヴァイは光太郎を囲むように領域を区切る。

 

「!」

 

 光太郎が殴れば壊れるような壁であったが、それでも光太郎の足は止まり、光太郎の足を止めた時点で円盾は十分に役割を果たしていた。

 円風、円翔、円盾が世界に刻んだ軌跡が、組み合わされる。

 大規模絶技を発動させるための下地が、三つの絶技の組み合わせにより構築される。

 三つの絶技の詠唱が、ひと繋がりの詠唱として扱われ昇華される。

 

 そうして、三つの絶技を前準備と詠唱として発動する、超高度絶技が放たれた。

 

「我が名はツヴァイ 白の白骨

 白にして白骨の我は 精霊(リューン)に命じる

 我が拳は逆転の一撃

 完成せよ 『精霊機導弾』」

 

 円盾により区切られた空間の中に、特大の火力が集中される。

 

「―――!」

 

 光太郎は飛んで跳ねて回りながら、青い拳を全力で振るう。

 弾く。

 弾く弾く。

 弾く弾く弾く。

 弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く。

 

 そしていずれ、光太郎の処理限界が来る―――前に。

 

 光太郎は全ての攻撃を、その拳で殴り壊していた。

 

「ハァーっ、ハァーっ、ハァーっ……ぜ、ぜぇっ……ぜぇっ……」

 

 息を切らす光太郎の体に、新たに付けられた傷はない。

 せいぜい、リターンズ・ドーパントに付けられた傷が開いたくらいか。

 ツヴァイに心があれば、目の前の現実に心折られていたかもしれない。

 それほどまでに、人を守るという正義を掲げた玖珂光太郎は、圧倒的だった。

 

「……見たことある技で、助かったぜ」

 

 光太郎は心なきツヴァイが次の行動に出る前に、拳の一撃でそのメモリを粉砕する。

 

「ちょっとだけ、寝てろ!」

 

 倒れるツヴァイ。

 砕けるメモリ。

 そうして、罪を憎んで人を憎まぬ一撃が、ツヴァイを力から解放した。

 

「……待ってろ、ジョーカー」

 

 光太郎は少しの休憩も入れず、翔太郎の下に向かって駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ロクな対抗手段を思いつけないまま……翔太郎と雪絵に、その火球は着弾した。

 

 かに、見えた。

 

「なに……!?」

 

 ジョーカーと雪絵を包む青い光が、敵の攻撃を防ぐ盾となってくれていた。

 光太郎の拳の光ではない。

 あれほど純粋ではなく、けれど翔太郎には、どこか懐かしく感じられる光。

 

《 NASCA! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 危機を前にして、翔太郎の手は自然とシュラウドから貰ったメモリに伸びていた。

 まるで、メモリに導かれるように。

 翔太郎はメモリがどういう効果を発揮するのかも分からないままメモリを使い、マキシマムドライブを発動させたナスカメモリは翔太郎と雪絵を守り、砕けたメモリは地に落ちた。

 

「ナスカメモリ……霧彦……」

 

 傷めつけられていた翔太郎の体に、力が湧いてくる。

 情けない姿は見せられない、と。

 あいつの妹さんを守るんだ、と。

 仮面ライダージョーカーを、再び立たせる力が湧いて来る。

 

「この街を……泣かせる奴は……!」

 

 翔太郎が手にしたメモリは、"おやっさん"と呼び慕っていた探偵の師匠、鳴海荘吉が愛用していたスカルメモリ。

 シュラウドから受け取っていた、荘吉とシュラウドの絆の象徴とも言えるもの。

 

「……俺がっ!」

 

《 SKULL! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 スカルメモリの力で、ジョーカーの前に髑髏型のエネルギーが浮かび上がる。

 

「ライダーパンチ!」

 

 ジョーカーはそれを殴り飛ばし、サイクロンアクセルエクストリームに痛烈に叩き込んだ。

 

「ぐっ……」

 

 ジョーカーは、スカルメモリの崩壊と引き換えに、これまでのどの攻撃よりも大きなダメージを与えられたようだ。

 サイクロンアクセルエクストリームが初めて、痛そうに体を抱えている。

 アインは苛立たしげな声で、翔太郎を問い質し始めた。

 

「貴様、俺を舐めているのか?」

 

「何の話だ?」

 

「とぼけるな! 体で受ければ分かる!

 貴様、この期に及んでメモリブレイクを狙っているな!? 俺を殺さないように!」

 

 左翔太郎の拳に憎しみはない。殺意もない。

 彼が望んでいるのはメモリブレイクであり、アインの捕縛であり、彼が罪を償うことだ。

 戦えば戦うほど、アインには翔太郎のそういう部分が理解できてしまう。

 理解すればするほどに、アインの"人への殺意"は、翔太郎に向きにくくなってしまう。

 アインは殺す気で攻撃しているのに、翔太郎は殺す気を返してこないのだから、それも当然だ。

 

「罪は憎んでも人は憎まない。この風都の人々が仮面ライダーに望んでるのは、そういう心だ」

 

「人を、憎まない……?」

 

「お前にこれ以上罪を重ねさせるかよ、アイン。

 お前は自分の罪を数えて、数えた罪を一つづつ償うべきだ。……お前はそれで、許される」

 

 何故、仮面ライダーのメモリブレイクは、人を殺さないのか。

 それは、正義は悪を討つからだ。人ではなく、人を惑わした悪のメモリだけを討つからだ。

 (メモリ)を憎んで人を憎まず。

 道具が悪用されるのは使う人間が悪いのだ、なんてことを彼が言うわけがない。

 

 仮面ライダーは人が重ねた(つみ)を砕き、人がやり直す可能性を残すのだ。

 

 その優しさが無ければ、人はきっと、仮面ライダーに相応しい者にはなれない。

 

「Nobody's Perfect。

 この言葉には『誰も完全じゃない』という意味がある。

 だけど、この言葉にはもう一つ意味がある。

 『誰にだって過ちはある』って意味がな。この言葉は……許しの言葉でもあるんだ」

 

 玖珂光太郎は強く、鮮烈だ。

 その在り方は周囲の人間にも伝搬し、周囲の人間を強くシンプルな正義の味方に鍛え上げる。

 痛快で軽快で爽快で、彼の周りでは正義が悪を倒すという単純で心地のいい物語が紡がれる。

 

「左、翔太郎……」

 

「この街は俺の庭だ。そこで誰一人、泣いていて欲しかねぇんだ」

 

「―――」

 

 けれども、左翔太郎はそれとは別ベクトルで、心地のいい物語を紡ぐ者だ。

 彼は悪の事情を知り、同情し、気を使い、甘すぎるやり方で事件にぶつかっていく。

 足元を掬われることもあるだろう。

 本物の悪人に騙されることもあるだろう。

 バカを見ることもあるだろう。

 

 それでも、それを知った上で、多くの者が左翔太郎(ジョーカー)に賭けるのだ。

 その甘さでなければ、救えないものがあると知っているから。

 

「なあ、アイン。相棒を泣かせるなよ」

 

「何を……」

 

「記憶は俺達の中にある。

 俺達の中の相棒の記憶は、俺達をずっと見てるんだ。

 このジョーカーメモリの中に、切り札の記憶が内包されているのと同じように」

 

 翔太郎はジョーカーメモリを手に取り、諭すようにアインに語りかけ続ける。

 

「大切な記憶は、俺達の中にずっとある。

 相棒との思い出は、この(メモリ)のなかにずっとある。

 あの大切な日々は、この地球の記憶の中にある。

 この地球がある限り!

 俺があいつを思い続けている限り! 俺とフィリップは永遠に相棒だ!」

 

 仮面ライダージョーカーの右手の中には、握られたジョーカーメモリとサイクロンメモリ。

 それを並べてアインに見せて、翔太郎はありったけの言葉をぶつける。

 

「お前とツヴァイも、きっと永遠に相棒で在れるはずだ! お前が、間違えなければ!」

 

「―――っ!」

 

 『今のお前は間違っている』と暗に言いながら、翔太郎は二つのメモリをしまった。

 逡巡し、僅かな迷いを見せるアイン。

 

「……」

 

 悲しい事実が、ここにあった。

 ありえない事実が、ここにあった。

 普通の人間ならばありえない事実が、ここにあった。

 

 アインは生まれて初めて、自分と同じ被験体だった人間以外の人間に、『好感』を抱いていた。

 

 彼は今日この時初めて、被害者意識で繋がる仲間以外の人間を、好きになり始めていた。

 逆説的に言えば、彼は今日まで同じ被験体以外の人間に、微塵も好意を抱けないような人生を送って来たということになる。

 それは、悲劇の人生の証明でもあった。

 

 アインは外からは見えない唇を噛み、懊悩する。

 世界への憎しみが、世界の人間全てを裁くことは正しいのだと、彼の背中を押す。

 だがアインの目の前に立つ、"相棒を失ってなお守るために戦う男"が、アインの歩みを進める足を絡め取る。

 

「正義は勝つ。そういう言葉がある。

 勝った方が正義だ。それが当たり前で……この世界の真実だ。

 俺はそう生きてきた。

 あの研究所の奴らは強者で、あの頃の俺は弱者だった。だが、今の俺は弱者じゃない」

 

 憎しみの(ダブル)から、多様なメモリの色に染まった蒸気が噴き出す。

 

「あんたが正しいのなら! 俺を倒してみせろ! 俺が間違っていると、証明してみせろ!」

 

 迷うアインは、これまでのように信念をもって勝利を求めるのではなく、この戦いの勝敗に信念の行く末を託した。

 勝てば、自分が正しいと確信できる。

 負ければ、自分が間違っていたのかもしれないと思える。

 そんな風に、この戦いの勝ち負けに自分の未来を賭けていた。

 "正義は必ず勝つ"という言葉の名の下に。

 

《 ELECTRIC! 》

 

 (ダブル)用のメモリの補助を受け、雷を内包する暴風雨がジョーカーに放たれる。

 広範囲を巻き込む、ジョーカーでも耐えられないであろう一撃。

 

「そうはさせるか!」

 

 しかしそこで、間に割り込んだ光太郎が拳を叩き込み、嵐をかき消した。

 相手が天変地異だろうと、神だろうと、世界そのものだろうと。

 敵がぶっとばすべき悪であるならば、玖珂光太郎の拳は全てを砕く。

 

「玖珂光太郎!? なら、ツヴァイは……」

 

「あっちでお昼寝中」

 

「……っ!」

 

 ここに来てアインは、ツヴァイへの心配からか、更に集中力を削がれてしまう。

 対し翔太郎は光太郎が隣に立ったことで、同じように光太郎も隣に翔太郎が居ることで、その心と体の力を更に強くしていた。

 サイクロンアクセルエクストリームに、大きなダメージはまだ一発も叩き込まれてはいない。

 ジョーカーは傷だらけで、光太郎は今にも倒れそうなくらいの出血状態だ。

 一見、どこにも勝てる要素は無いように見えるだろう。

 されど、彼らが勝てる要素は、彼らの心の中にこそある。

 

「忘れてたな、アイン。

 俺達はお前と同じ、相棒を失ってそれを忘れられない野郎どもだ。

 誰も一人じゃ完全じゃない。だから俺達は、二人で力を合わせてお前に立ち向かった」

 

「二人で二人の探偵。今夜の俺達は、ダブル青年探偵だ」

 

「完璧な人間なんて一人もいねえ。互いに支え合って生きていくのが人生ってゲームさ」

 

 相棒を失っても、人生は続いていく。

 相棒じゃないどこかの誰か、支え合う誰かは見つかっていく。

 そういう"人生の真理"を、翔太郎と光太郎が並び立つ光景が、アインに教えているようだった。

 

「もう一度言うぞ、アイン」

 

 左手を銃のようにした翔太郎、右手を銃のようにした光太郎が、それをアインへと向ける。

 

「「 さあ、お前の罪を数えろ! 」」

 

 傷と血にまみれながら、黒の男達はやせ我慢で格好付けた。

 

「俺達を苦しめた人間に罪を数えさせなかったお前達が、今更っ!」

 

 アイン。リターンズ・ドーパント。憎しみの(ダブル)。サイクロンアクセルエクストリーム。そのどれでもある者が、右手にエンジンブレード、左手にプリズムソードを持ち、二刀流にて襲いかかる。

 翔太郎と光太郎は斬撃をかわし、二人同時に蹴りを放った。

 

 剣の合間を抜けてきた蹴りは、顔を狙ったジョーカーの回し蹴りと、足を狙った光太郎の水面蹴りの二つ。

 アインは咄嗟に顔面を庇うが、その代わりに足を払われバランスを崩してしまう。

 二人の上下同時蹴撃が、綺麗に決まっていた。

 

「くっ!」

 

「ぶっとべ!」

「ぶっ飛べ!」

 

 そしてバランスを崩したアインの腹に、翔太郎の左拳と光太郎の右拳が同時に叩き込まれた。

 

「か、はっ……!」

 

 更に翔太郎の左足、光太郎の右足による同時キックが、間を置かずに腹に叩き込まれる。

 

「がっ!?」

 

 光太郎がライダーであれば、ダブルライダーパンチからのダブルライダーキックと呼ばれるであろう、そういう連携。

 強烈なコンビネーション攻撃を食らったアインはゴロゴロと転がり、やがてふらふらと立ち上がり、ビッカーシールドを飛行ユニット代わりに使って空に逃げていく。

 

「くぅっ……俺は……俺は……!」

 

 おそらくは空からの砲撃に切り替えるつもりなのだろう。

 空から一方的に攻撃されれば、翔太郎と光太郎はかなり不利になる。

 そんなことは、悪をぶっとばす青年探偵達も百も承知だった。

 

「ジョーカー!」

 

「ああ、分かってる。任せろ! これで決まりだ!」

 

 そこでジョーカーは、空に向かって高く跳躍。

 

《 JOKER! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 一瞬遅れて光太郎も跳躍し、天に向けて拳を突き出す。

 光太郎が天に突き上げた拳を、マキシマムドライブを発動させたジョーカーの右足が踏み、その右足に纏われていた紫の光が、光太郎の拳の青い光を飲み込んだ。

 そうして、光太郎に殴り飛ばされるように、ジョーカーは空の上へと跳んでいく。

 

(フィリップ……どこかで俺を見守ってくれているんなら……俺に力を貸してくれ!)

 

 ジョーカーメモリと、ジョーカーメモリに力を貸したエクストリームメモリが、最高の力をジョーカーの右足に集約させた。

 集約された力は紫の光となるが、そこに玖珂光太郎の青い光が混ざったことで、紫の光はその色を劇的に変化させる。

 

 今のジョーカーが身に着けているマフラーと同じ色の、緑色(風色)の光に。

 

(もう一度!)

 

 左翔太郎の脳裏に光景として浮かぶ、男達の背中。

 鳴海荘吉。

 園咲霧彦。

 フィリップ。

 街を愛し、街を守り、そして消えていった男達の背中が、心に挫けぬ力をくれた。

 

 翔太郎は、憎しみの(ダブル)の胸にそうして、風色の光を纏わせた右足を叩き込む。

 

「ジョーカーエクストリーム!」

 

 光は叩き込まれ、爆音を鳴らし、侵入して、炸裂する。

 

「……あっ、ガっ……」

 

 アインはリターンズのメモリが壊されていく音を聞きながら、自分の敗北を悟る。

 

「仮面……ライダー……」

 

 空の上に、爆発が起こる。

 夜空に輝く爆炎の煌めき。

 風都の住民はそれを見て、季節外れの花火だなと、そう思ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝敗は決した。

 アインは倒れ、オーマ・ドーパントの変身者達は気絶したまま起き上がらず、ツヴァイだけが無表情にアインに寄り添っている。

 翔太郎が携帯を覗くと、ちょうど街に現れたドーパント軍団を片付けたとの、照井のメールが入っていた。

 

「これからどうするんだ、アイン」

 

 翔太郎は、倒れたまま起き上がらないアインに問いかける。

 

「さあな……自首か……贖罪にこの世界の守護か……復讐の継続か……」

 

 アインは安易に正義の道には転ばないが、翔太郎の一撃と想いは確かに彼に届いており、もうアインは悪の道の上には居なかった。

 『これを滅ぼしてしまっていいのか』という迷いが、アインの中に渦巻いている。

 

「なあ……ツヴァイ……」

 

 アインは倒れたまま、全ての人間性を失っているツヴァイに話しかける。

 返事など、期待していない。返事が返って来るわけもない。

 そう思っていたはずなのに。

 

「アイ……ン……」

 

「―――! ツヴァ、イ……?」

 

 ツヴァイは口を開き、アインの名を呼んだ。

 この場の全員が揃って驚愕する。

 人間の心を全て失っていたのなら、アインの名を自主的に呼ぶはずがない。

 

「ど、どういうことだ……?」

 

「時期的に、NEVERが財団の独自研究では未完成だったから、か……?

 半殺しにして半分生き返らせるNEVERだったから、とか……

 ああくそ、俺は頭脳担当じゃねえってのに」

 

「仮にそうだったとしても、今日までこうならなかった理由が……」

 

 アインはそう言って、光太郎の握られた右拳に目をやった。

 

「そうか、精霊手……青く輝く拳!」

 

「え? これで殴ったから? 家電か何かかよ……」

 

「それ以外にありえない!」

 

 まとめると、こうだ。

 

 資金援助と引き換えに、死亡確定固体復環術NEVERを手に入れた財団X。

 それを独自研究で発展させたもの、未完成で本物には程遠い。

 完全に殺してから蘇らせる技術は、完全に殺しては使えない未完成の技術になってしまった。

 そこでツヴァイへの人体実験に使用。

 半殺しにして、そのままの状態を維持するような使い方をする。

 そうして未完成の技術でNEVERにされてしまったツヴァイは、人間性の全てを喪失。

 

 そして先程光太郎の拳を喰らったことで、ほんの僅かに人間性を取り戻したのだ。

 彼の拳は悪を討つ正義の拳。

 されど同時に、子を叱る親の拳にも近いものがある。

 間違ったものを叩いて直す、物理的に触れられぬものを叩き直す拳。

 

 彼の拳が纏う青き光は、悲劇やバッドエンドをひどく嫌うものなのだ。

 

「メモリ越しに一回殴ってあれなら、もう一回殴れば、普通の人間に戻る……かもしれないな」

 

「本当か!?」

 

「別の世界で聞いたんだ。

 ある土地では、生まれつきの不治の病をこの拳で治した奴が居ると。

 ある土地では、悪化した戦傷をこの拳で治した奴が居ると。

 この拳は運命の前借りをすることも、死を殺すこともできると。

 青い拳は運命に反逆するために突き上げられ、その拳が正しいのならば必ず勝つ、と」

 

 ぽうっ、と光太郎の右の拳から青い光が漏れ始める。

 それは夜が暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光。

 絶望と悲しみの海から生まれ出る、銀の剣の輝きにも負けぬもの。

 どこかの誰かの未来の為に、地に希望を、天に夢を取り戻す光。

 

「全ては、想い一つ」

 

 『悪をぶっとばす青年探偵』に、これ以上なく相応しいものだった。

 

「助けたいか?」

 

「助けたいッ!」

 

「……いい返事だ。しかも早い」

 

 食い気味に返答して来たアインを見て、光太郎は少し楽しそうに笑う。

 ニカッと笑うその笑顔は、彼の在り方と相まって、まるで太陽のようだった。

 

「なら……やったことはないけど、やってみるか!」

 

 光太郎はアインの想いの代弁者として、その想いを青い光に変えて、その拳に纏わせる。

 翔太郎は光太郎が心配するだなんて思っていなかったが、ふと気になったことがあり、それを光太郎に問うてみる。

 

「誰に教わったんだ? その理屈は」

 

「ペンギンだ」

 

「は?」

 

 玖珂光太郎に"その青き拳の使い方"を、ほんの少しだが教えた師匠。

 それは、ペンギンだ。

 左翔太郎よりも、ずっと―――ハードボイルドな、ペンギンだった。

 

「ハードボイルドペンギン、ってやつさ。ハードボイルド探偵」

 

 戦いの終わりを告げる青き光。

 

 (まばゆ)い光が、既に失われたハッピーエンドを、取り戻してくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにも奇妙な事件だった。

 この報告書の書き出しは、これしかありえないと思う。

 あと、報告書は今後も俺なりの英語で書かせてもらう。絶対に、絶対にだ。誰が何と言おうが、俺は俺なりの英語でこいつを書いていくことを、ここに宣言する。

 こいつは俺なりの宣誓書ってやつだ。

 

 照井の野郎は、あれだけの数を片付けてピンピンしてやがった。

 不死身っつったって限度があるだろ……

 昔全身に火傷負っても怪我の跡も残らなかったし、あいつの体はどうなってんだ?

 

 アイン達は、いつの間にか消えていた。

 ここではないどこかに自首したのか。

 戦いのない場所に行って、平穏に暮らす道を選んだのか。

 やるべきことをやってから、自首するつもりなのか。

 あるいは、この世界の外側で戦っているのか。

 俺にはあいつらが今どうしているかは分からない。

 だが、これだけは言える。

 あいつはきっと、これからは自分の罪を数えて、それを償うために生きていけるはずだ。

 最後に「これからは復讐のためじゃなく、恩返しのためにこの力を使いたい」とも言ってたあいつなら、きっと……

 

 雪絵さんは、記憶を取り戻した。

 これで俺が受けた依頼は完遂、と考えてよさそうだな。

 美人の依頼を完遂できないなんざ、ハードボイルドには程遠いってもんだぜ……

 霧彦の話を少し聞かせてもらった後、「また来ます」と言われて別れた、のはいいんだが。

 あれからも本当にちょくちょく来るんだよな。これからもちょくちょく来そうだ。

 ……なんとなく、長い付き合いになりそうだ。

 

 そして、玖珂光太郎。

 ……こういうのはこっ恥ずかしいが、あいつが来てくれたおかげで、俺は少しだけマシになれた気がする。

 少なくとも、やせ我慢してる俺に照井が文句を言うことはなくなった。

 あいつは「この世界に来た意味が分かった」と言って、ツヴァイを助けるだけ助けて、すぐさま別の世界へと旅立っちまった。

 一度も、振り向かず。

 あの躊躇いのなさと、全力で走り去って行くあの背中は、男として少し憧れちまうな。

 俺とあいつは共通点が多かった。俺とジョーカーメモリのように、どこか引き合っていたような気がするくらいだ。また会えたらなと、素直に思える。

 

 迷った時は、あいつの言葉を借りれば、また戦えるような気がする。

 「俺は、悪をぶっとばす青年探偵だ」ってな。

 見てるか、フィリップ。

 俺はこれからも、お前が愛した街を守っていくぜ……

 

 

 

 

 

 タイプライター+ローマ字打ちで、格好付けながら報告書を書いている翔太郎。

 彼はこうして事件の終わりを格好良く〆たがるが、大抵の場合そういう目論見は叶わない。

 彼には彼の、ハーフボイルドらしい終わり方がある。

 それをしょっちゅうもたらす要因Aが、彼の前に現れた。

 

「ん? おー亜樹子、遅い出勤じゃ……」

 

「あたし聞いてない!」

 

「は?」

 

 事件に一切関われず除け者にされていたことに至極ご立腹な、鳴海探偵事務所の所長が現れた。

 

「出番ない、活躍ない、あたし聞いてないぃぃぃぃっ!!」

 

「痛えから叩くんじゃねえ亜樹子ぉぉぉぉぉっ!!」

 

 昨日は昨日の風が吹く。今日は今日の風が吹く。明日には明日の風が吹く。

 風都には、いつだっていい風が吹いている。

 明日も、明後日も、遠い未来も、ずっとずっと。

 

 左翔太郎は、いい風が吹くこの街を、一人で踏ん張りながらも、守っていく。

 

 

 




おしまい

 翔ちゃんに可能性のあるヒロイン候補残してあげたっていいじゃない、というギャルゲー主人公照井と比較しての叫び

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