撃沈王の土産話   作:vs どんぐり

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ヤーナム島調査部隊

「はぁ……空はあんなに青いのに」

【扶桑:Lv.155】

 

 扶桑を旗艦とするヤーナム島調査部隊の作戦目標は二つあった。

 一つは大和と懇意にしている艦隊のきな臭い艦娘が報告書を上げてきた未知の島、ヤーナム島を戦域展開の拠点とすることが可能か、これの第二次下調べである。

 同島の存在の噂だけは扶桑の耳にも「どうせ何処かの子が難破船か幽霊船を島と見間違えたのでしょう」程度は入っていたものの、まさかその幻影の島を攻略してしまったと、イチャモンを付ける余地が微塵もない整合した報告書で、それも深海棲艦になりかけた空母が単独で攻略・報告したと言うのだから、寝言は寝てから言えと無視するわけにもいかなかった。

 もし報告書の内容が事実であればヤーナム島はかつて質の良い鉄鋼を十分に生産できる程の文明を有し、供給ルートさえ確保できれば新たな泊地にもなり得る、との事だった。さらに島に巣くっていた致命的な脅威は既に排除したという。大本営直属の部隊を送り込むだけの十二分な理由があった。

 

「海はどうしてこんなに赤いのかしら」

 

 ヤーナム島調査部隊のもう一つの作戦目標、それは新たに配属された駆逐艦に経験を積ませることだった。

 

「………………ぐすっ」

【初月:Lv.2】

 

 机上で得られる知識など所詮は両手を広げた程度の範囲にしかなく、本物の海の広さには果てがない。

 そして、恐ろしい。

 しかもまったく未知の海域に踏み込むなど他の熟練メンバーでさえ緊張を強いられる。

 とはいえ、ヤーナム島とそこに至るまでのルートは既に詳細がまとめられており、初月を除く全員が詳細を頭に叩き込んでいた。報告にあった通り、そして噂通り本当に深海棲艦が寄り付かない、空母一人でも島に到達できる楽な道だった。

 要するに、新人を脅かす肝試しにはうってつけの作戦だった。……だった。

 

「ね、姉さん……」期待通りといえば期待通り、新人は姉に抱きついて離れようとせず、今にもへたり込んでしまいそうだった。「ごめん。僕はもう……もう無理だ。怖いんだ。もう進めそうにない……こんな情けない妹で……ぇぐっ」

 

 報告書では『青ざめた赤い血の海』といった風な脅威の度合いを表す修飾がやけに多く、その点だけは報告者である空母――斑鳩の心の弱さの表れだろうと、一時間前までは扶桑も考えていた。

 まさか、本当に海が血の色をしているとは。

 

「大丈夫。大丈夫だからね」

【照月:Lv.155】

「絶対にお姉ちゃんが守ってあげるからね」

 

 そう言いながらも照月はヤーナム島調査部隊の旗艦に涙目で訴えていた。「もう撤退しましょう」と。

 言われるまでもない。報告書にあった使用資材のうち『輸血液:約200リットル/人』は誇張でも勘違いでも冗談でもなく、本当にそうだったのだ。でなければ足元に赤い液体が粘り着き、強烈に鼻を刺す鉄の臭いに説明が付かない。襲い来る鮫を始末するなどで海を赤く染めた回数ならば自慢にもならないが扶桑は限りなく日本一に近いかもしれない(そして次点は妹の山城かもしれない)。だが島の周囲数キロの範囲を斑無く染めるほどの量の血をいったい誰が、いや何が用意できようか。

 ヤーナム島調査部隊は今、鉄底海峡などとはまったく性質の異なる悪夢に足を踏み入れていた。ここからさらに島に近づくなど自殺行為に他ならない。

 総員転進、回れ右の号令を出そうとした扶桑の頭に、しかし撃沈王・大和の言葉が響いた。

「危険だからこそ、最強である我等の他に誰が道を切り開くんですか」

 扶桑にも大和に負けず劣らずのプライドというものがある。今日まで彼女たちはそのプライドを背負って万難を排してきたし、今朝の出撃前にも初月にそう言い聞かせたばかりだった。彼女にはそのプライドを守り通せるだけの力をこの作戦で身に付けさせるつもりだった。

 

「ひっぐ……あ、足に血がどんどん……! 嫌だ。嫌だ嫌だ! お願いだ姉さん、せめて僕を綺麗な海で沈めてくれ……!」

「絶対に手を離さないで! 大丈夫。帰れるから。みんな無事に帰れるから!」

 

 目標の一つである、新人に少しばかり戦場を潜り抜けさせることは完全に失敗していた。どころか強烈に過ぎるトラウマを植え付けてしまい、下手をすると二度と出撃できなくなったかもしれない。鉄壁の防空能力を誇る秋月型駆逐艦をこんなわけのわからない作戦で失ってしまうとあっては、もはや扶桑一人が責任を取れるレベルの話ではない。

 さらには本来の目標であるヤーナム島の調査を何一つ終えていないのだから笑えない。

 

「照月と秋月は初月のフォローを。他の三人は周囲を警戒して」

「逃げようよ!」と照月が珍しく扶桑に食って掛かった。「作戦続行はどう考えても不可能! 扶桑さんだって本当は疑ってるでしょ!? 深海棲艦すら近寄らない島には絶対に何かあるって! あんな報告書が書ける艦娘は絶対におかしいって!」

「よく分かってるから、あと十秒だけ考える時間を頂戴」

 

 扶桑はその十秒で、本日の大和の予定が休暇であった不運を心の中で嘆いた。

 

「――よし。これからの作戦を伝えます。あの島を写真撮影して、ここの海水を採取して、帰ります。カメラを持っているのは誰?」

「ぼ、僕が……」

「待って」扶桑は伊達に不幸の星の下で生き延びてはいない。初月が震える手でデジタルカメラを落としてしまう事は容易に予測できた。「照月が取ってあげて」

 

 だが不幸の星も伊達に扶桑を照らし続けてはいない。初月にばかり気を取られていて、照月もまた赤い海を怖がっていることを失念してしまっていた。

 カメラを落とし、せめてスケッチでもと取り出したペンと手帳を落とし、「……海水のサンプルだけでも」初月に茶を飲ませて空になった水筒まで海中に没したところで、ようやっとヤーナム島調査部隊の旗艦は諦めがついた。

 今は未熟だが将来は必ず味方の上空に一機たりとも敵機の飛行を許さないと胸を張って言えるようになる。必ず姉さん達に追いつき秋月型防空駆逐艦に恥じない艦娘となってみせる。そんな僅かに残った職責とプライドから、初月が血の海に落とした道具を探ろうと恐る恐る手を伸ばす姿はまるで、カミソリの山の中から鍵を見つけなければ死ぬサイコホラー映画のようだった。

 

「大丈夫よ」と見かねた扶桑は初月の手を取った。「帰りましょう。帰ればまた来……いえ、ええと、その、きっと大和あたりが作戦を引き継いでくれるから」

「ごめんなさい扶桑さん……僕のせいで……」

「出撃前に言ったでしょう。轟沈せずに帰ることが初月の目標だって」

 

 仮に鬼姫クラスの敵と何体か遭遇したとしても新人を無傷で守り通せるだけの部隊を揃えたつもりであり、とはいえ初月を怖がらせるのが目的だったことから脅し文句だけは必要以上に並べ立てていた。今でこそ小動物めいて震える妹を抱き締めている照月も、出撃前には姉のカッコイイところを見せたかったがために、「秋月型は完全護衛を使命とするの。だから自分自身のことは――分かるよね」余計なことを言ってしまっていた。

 扶桑はヤーナム島に背を向けた。

 

「じゃあ私がしんがりになるから。初月と照月を中心に、はい帰投します。帰るまでが任務ですからね。行きに敵影が無かったからといって帰りにも無いとは――」

 

 他の五人は扶桑の忠告に耳を傾ける余裕もなく、一刻も早くこの赤い海域を脱しようと鈍足の航空戦艦を置き去りにした。

 無線で言いたい事は山程ある扶桑だったが、口から出たのは言い慣れた台詞だった。

 

「はぁ……空はあんなに青いのに」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫喫茶『ハングド・キャット』に来るならば客の少ない時間にしろと、武蔵は何度も言い聞かせている。確かに撃沈王の集客力はすさまじいものがあり、まばらに座席を埋めている今の客も追加注文を惜しまず「大和型のツーショット!」とスマートフォンでつぶやくのに忙しい様子である。ではあるものの、来店される度にイベントめいて騒がれては経営戦略も何も無くなってしまう。何よりハングド・キャット本来の活動に支障を来すことだけは避けたかった。

 

「何よ。私が来たら迷惑だって言うの?」と大和がカウンター席から問うた。

【大和:Lv.155】

「ああ正直に言って迷惑だ」と武蔵は夕方から増え出す客に備えながら答えた。

【武蔵:Lv.151+1】

 

 姉妹艦同士で気を緩ませ合う二人よりも、間に座っている茶猫の方がよっぽど堂々としたものだった。

 申し訳程度の変装を兼ねる私服姿の大和、ハングド・キャットの制服で身形を整えた武蔵、二人が並べば武装をせずとも凄みと風格で店内を圧迫する。しかし交わされる会話は阿呆らしいことが多かった。

 

「お前のせいで『ハングド・キャットは美味しいカレーと不味いコーヒーを味わう場所。撃沈王もそう言ってる』とネットで評価されているのだぞ。どうしてくれる?」

「あらやだ武蔵ったら、客観的な評価も受け止められないようになったの? 以前はもう少し素直な戦艦だったはずだけれど。やっぱり艦娘と喫茶店のマスターを掛け持ちするなんて無理なのよ。カレーおかわり」

「その太く厚いメンタルがあればな。私も喫茶店など開いてないぜ」

「そう、メンタル。ちょっとその事で相談があるのだけれど」

「なんだ。大和撫子の権現と呼ばれる重圧に負けて気を病んだか。ざまぁみろ」

「私じゃなくて新人の子」大和は身を乗り出して声を潜めた。「ちょっと珍しい経験を積ませるだけの任務――の予定だったのに、心がポッキリ折れちゃったみたいなのよ」

「おい、ガチな話を今ここでするな馬鹿者。せめて閉店まで待て」

「夜は予定があるから今話したいの。武蔵はヤーナム島って聞いたことある?」

「お前が俗な噂を知っていることに驚きだ。その噂なら、まあ創作のネタにはなる程度かな。デイヴィ・ジョーンズとかアトランティスなんかと同レベルの」

「そのヤーナム島、斑鳩がたった一人で攻略したって報告書を上げたのよ」

「……は? 斑鳩って、あの深海棲艦になり損ねたアイツで合っているか? 攻略した?」

「そう。あの斑鳩の完璧な報告書を無視するわけにもいかないでしょ。だから調査部隊を送り込んだのよ。新人の教育にも持って来いの作戦、だったのだけどね」

「待て待て順を追って話せ。まずヤーナム島が実在したのか?」

「実在したから困ってるって話なの」

「何も聞いてないぞ。隠す必要があるほど危険な海域なのか」

「斑鳩一人で行って帰れるくらいの危険度、と言っても私にはピンと来ないのだけれど、斑鳩と同じドーカンシャの武蔵なら分かるでしょ」

「分かるか」

「何にせよ艦娘一人で島の隅から隅まで徹底的に調べ尽くした場所に精鋭五人と新人一人を送り込んで、何の情報も持ち帰れなかったどころか、期待されてた秋月型駆逐艦の心をへし折っちゃったのよ。隠してるというより世間様に説明できないってこと。要は面目の問題」

「ふうん。難儀だな」

「でしょう? ねえ、早くカレーおかわり」

 

 とても客に向けられるものではない顔をしながら武蔵はカレー皿に溢れんばかりのカレーを盛った。どうせ料金はいつも過剰に請求しているのである。少しでも一皿の量を増やしてサイクルを遅らせた方が効率が良い。

 以前、武蔵のお茶目で洗面器にカレーを盛って出したこともあったのだが、さすがに超えてはならない一線の向こう側であったらしく大怪獣特撮映画めいた姉妹喧嘩が勃発したため、今では非常に安定しつつも面倒臭いおかわりサイクルが形成されている。

 

「そこで相談なのだけど」大和は出されたカレーに満足しながら言った。「問題の初月って子――いえ、とっても素質ある良い子なのよ? なのだけれど、このお店でどうにかならない?」

「……撃沈王はいつから仲間の手を簡単に放すクズに成り下がったんだ? ああ?」

「違いますぅ。頼まれたって初月を手放すつもりはありません。ただ他の皆と練度に差がありすぎる上に心まで折れちゃって、……正直に言うと、ドーカンシャの魔法にもすがりたいところなのよ。私の言いたいことが分からない立場でもないでしょ」

「何度も言っただろう。洞観者は魔法使いではない」

「武蔵は一年くらいお休みしたことがあったじゃない? でも悠長に待ってられないあの子にできることがないか、似たような経験のある姉妹艦からアドバイスが欲しくてこうして話をしてるの」

「アドバイスも何も、普通ならば即刻、艦娘を辞めさせて他の道を奨めるぞ」

「あの子が望むなら、この撃沈王があらゆる障害を排除する。……だから今後の道は自分の好きなようにしなさい、って言っちゃったのが失敗だったみたい」

「焚き付けてどうする……。あーあー、お前のせいで初月とやらは逃げるに逃げられなくなったぞ。責任を持って面倒を見ろ」

「それが姉妹艦の言葉? ちょっと冷たいんじゃあないかしら?」

「だからハングド・キャットは洞観者のための組織で、それ以上でもそれ以下でもないと、これも何度言えば分かって貰えるんだ? ――なら、ヤーナム島云々の元凶である斑鳩とお前の席がある艦隊はどうだったんだ。傘姫提督には既に相談したのだろう?」

「…………完っ全に忘れてた。もう斑鳩を見張るような真似をしなくてもいいと思ってたから」

「こんな薄情者が姉妹艦だと思うと涙が出てくるぜ」

「うるさい」

 

 いそいそとスマートフォンを取り出しながら、本当に存在を忘れていた艦隊への後ろめたさからか大和は腰を低くしつつ店を出ていった。

 しかし、五分と掛からず店内に戻ってきた。

 

「前から思ってたのだけれど斑鳩って、よく傘姫提督と仕事できるわよね」とぼやきながら大和は元のカウンター席に戻ってきた。「斑鳩の一人称が『僕』で、初月も『僕』。紛らわしいからって電話に出るなり拒否されたわ。……そういえば、どうして初月の事を知ってたのかしら」

「流石の意味・正体不明っぷりだな。良くも悪くも期待を裏切らない」

「予想してたのなら教えなさいよ! こんな薄情者が姉妹艦だと思うと涙が出てくるわ」

「くだらない愚痴をこぼしている今も初月は思い悩んでいるぞ」

「……天照大艦隊の分隊が駄目なら本隊よ。あそこなら人数も多いし、武蔵お気に入りの長月ちゃんだっているし」

「私は特定の誰かを贔屓したりはしない。姉妹艦も含めてだ。だが長月に余計な負担をかけるのは許さないからな」

「はいはい。今から直接、話を付けに行ってくるわ。絶対に断らせないんだから。カレーごちそうさまでした。マスター早くお会計」

「レジに行け」

「誤解しないでよ。私は初月のために天照大艦隊を紹介するのであって、厄介者を預けるだなんて本当にこれっぽっちも考えてないのだからね」

「分かったから、さっさとレジに行って金を出せ」

 

 大和型姉妹の仲が良いのか悪いのかについては、実際にハングド・キャットで二人の会話を盗み聞きしている客の間でも意見の別れるところだった。




大和と武蔵がだらだら喋るだけの話をどうしても書きたかったので、書きました。
それと誤解を恐れずに言えば……良く言えば「モニター上でも見やすい文章」、悪く言えば「こんなの小説じゃあねえ」的なものの練習でもあります。
読み難い、などなどありましたらご指摘いただけると幸いです。
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