『ハングド・キャット』
THE HANGED CAT
洞観者の洞観者による世界のための秘密結社。伝書猫で情報交換を行い、指導者である武蔵の命令に従って活動している。
または秘密結社の本拠地であり財源でもある喫茶店。とても賢い猫たちを利用した猫喫茶のつもりで武蔵は店を開いたものの、客は手伝いで働いている艦娘(洞観者)や本格カレーを目当てに来店する。武蔵が最も力を入れているコーヒーは「極めて不味い」と撃沈王のお墨付き。実際不味い。
◆――――◆
毎度のようにお忍びで――まったく忍べてはいないのだが――ハングド・キャットにカレーを食べにきていた大和には、どうしても姉妹艦に聞きたいことがあった。
しかし、聞けない。
なかなか聞けない。
聞きたいことというものが、それはもう武蔵から失笑を買わずに何を買うかという他になく、どうしても「ねえ武蔵」といつものようには口から出ない。出ない代わりにカレーが口の中へと入っていく。本日三皿目である。
カウンター席で悶々としながら黙々モグモグとカレーを食べる大和の正面、武蔵は姉妹艦の何か言いたげな雰囲気を嫌でも察してしまい仕事になかなか集中できないでいた。ストレートに言って、いや変化球的な嫌がらせに「迷惑だから帰れ」と言うかどうか悩ましかった。
この大和という姉妹艦は、ハングド・キャットにやってきてはしょうもない話を土産とするのだが、たまに武蔵にも聞き捨てならない話を持ってくるのだ。
かといって武蔵から「話でもあるのか大和」と助け艦を出すのも面白くない。だから今の雰囲気がとても面白くない。
「……カレーおかわり」と大和が皿を上げた。
「……ああ」と武蔵。話が進まない。
そんな二人を見ていてじれったくされていたのがハングド・キャットのアルバイトだった。
「武蔵と大和はさあ」と二人に助け艦を出したのは、小遣い稼ぎに来ていた長月だった。「姉妹艦なのに、面倒臭いなあ。何か話せばいいんじゃあないか」
大和型戦艦と睦月型駆逐艦の身長差は艦これアニメの通りである。大和型の二人は、それはもう恥ずかしい思いだった。
◆――――◆
「……じゃあ聞くけど」と大和はようやく話題を出した。「武蔵はアイドルについてどう思う?」
「は?」と武蔵。
「だから、アイドルよ、アイドル」
「ほう、知らなかったな。大和お前、ジャニーズとかに興味があったのか」
「え、ジャニーズ? そっちのアイドル?」
「あ?」
「は?」
「……何のアイドルだ?」
「艦娘のアイドルに決まってるでしょう。言っときますけど私、芸能界とか出版業界とかに利用されそうになる仕事はなるべく淡白に済ませてるから」
「まあ『撃沈王』なら当然か。で? 艦娘のアイドルが何だ?」
「ほら。いま大人気の練習巡洋艦、鹿島って子がいるじゃあないの。うちの初月をしばらく預かっててもらってた香取型の二番艦」
「ああ人気がすごいな。練巡というより陸のカメラの前で観艦式をやっているような――で?」
「それがちょっとね……ねえ武蔵、撃沈王はアイドルじゃあないわよね」
「いやアイドルだろう」
「……否定してくれないの?」
「お前は偶像だ。大和型たるもの――」
「あ、そういう説教は結構です。今はアレよ、単純に人気者かどうかって話よ」
「大和型のマグカップがどうこう言っていたクセに。いまさら何だ、ネットに書かれたあることないことを見てショックでも受けたか」
「もっと酷い話よ。単冠湾の巡洋艦が歌まで出そうとしてるなら、撃沈王はその後を追うようではならないって命令されたの」
「お、おう。命令……」
「歌えばいいの? 何を? ヒラヒラ付きの制服で軍艦マーチ?」
「待て早まるな。分かった、これは真面目に考えよう」
◆――――◆
「で、話の続きだ」
ハングド・キャットを閉めてアルバイト達も帰った後、武蔵と大和は薄暗い店内で会議を始めた。
「まず大和お前、アイドルに詳しかったり……するわけないな」
「いま思ったんだけど」
「なんだ」
「どうして私、武蔵なんかに相談したのかしら。問題が解決する見込みがまるでないわ」
「殴るぞ」
「ちょっとスマホで調べてたのだけどね」
「ああ」
「軍艦マーチって最近までパチンコ店で流れていたんですって」
「オシマイだ……大和型の面目は阿呆に潰された……」
「武蔵は何かないの? 例えばドーカンシャのお仲間に、歌と踊りが上手くなる能力を持った艦娘とか」
「仮にそんな都合のよい者がいたとしても一時逃れにしかならん。付焼き刃ですらないな」
「今ってユーチューバーが子供に人気なのでしょう? そっち方向から攻めるのはどうかしら」
「なるほどな。普段は見られないお前や仲間の姿を動画にするだけでいいわけだ」
「はい? そんなの駄目に決まってるでしょう。普段『見せられない』から『見られない』んだし」
「……じゃあ何か。スマホでビデオ撮影できるし、軍艦マーチ歌うか? 今ここで私が撮影してやってもいいぞ」
「さっきは止めたくせに? いいの、本気で歌うわよ? 踊りもちょっと付けちゃうわよ?」
二人は水を飲んで、ひとつ大きなため息をついた。
「正攻法では無理ね」と大和は半分諦めた。
「軍艦マーチが正攻法とは思えんが、無理だな」
「単冠湾に行ったついでに、鹿島にサイン貰って握手してもらうところを広報の人にどうにかしてもらえばいいかしら」
「『実はファンでした』とでも言うのか?」
「何も考えずに、無心で。だってアイドルなんてそもそも興味ないし――そうよ。普通に『初月がお世話になりました』って挨拶する形で接点もてば十分でしょう。馬鹿正直に言われるままアイドル目指してどうするのよって話じゃあない」
「そうだそうだ。大和型を何だとおもっている。……だよな? お前、本当に撃沈王だからと余計なことはしていないよな?」
「しーてーまーせーんー。私たちのグッズ販売だって、言われなければ思いつきもしなかったわ」
「ならいいんだ」
「でも、アイドルねえ……。物心がついたくらいの頃なら、アイドルと撃沈王、どっちに憧れたかしら、私は。しみじみ」
「しみじみしているところを悪いが大和、お前は明日も休暇なのか? もう外は暗いぞ」
「……なんでもっと早く言ってくれないのよ」
「マネージャーでも雇ったらどうだ。少しはアイドルっぽく見えるんじゃあないか」
「結構です。自分の事は自分でやれますから」
「やれてないから愚痴りに来ているんだろうにな」
なお作者はアイドルについてまったくの無知です。
芸能人は勿論、アイドルマスターが何をするゲームなのか等も知りません。マジで。