撃沈王・大和ほどの女性ともなると、これはもう放っておくほうが失礼かつ馬鹿というものである。無論それは、男共が、という話であるが、女性を例外とする意味ではない。
幸運にも街の人通りの中で変装した大和を見つけることができたなら、駆け足で花屋に向かい、適切な本数の薔薇(色だけでなく本数でも花言葉が違うらしい。へぇ)を買って大和にエア贈りして然るべきである。エア贈りとは花を差し出すだけで手渡すことをしないプレゼント法である。花は無闇に贈られても持て余してしまうので、エア贈りが紳士としての嗜みである。
まさか世の提督の中に、Android版艦これに夢中になるあまり大和とすれ違ったことに気付けなかった馬鹿は存在するまいな。それは不敬、とまでは言わない。だが人生における大きな落とし物であることに疑う余地はない。歩きスマホをしてまで艦娘たちを愛でたい気持ちは痛いほど(電柱にぶつかる痛みほど)分かる。しかし顔を上げたまへ。ふと目で追った女性に桜の雰囲気を感じ取り、変装した彼女の正体に気付ける、かもしれないのだ――。
ここでひとつ、注意を喚起しておかねばならないだろう。エア贈りの嗜み同様、彼女に会えた興奮を、鼻から吹き出したリビドーを、彼女にそのままぶつけてはならない。接触はせいぜいが握手、サイン、エア贈り程度にとどめるべきである。ましてや、
「これ、ケッコンカッコカリとかそういうんではないんです、ほんと! ただ、貴女にこの『プラチナ』の指輪を受け取ってもらいたいだけなんです! 後でメルカリに出品してもらっても、なんつーか、全然構わないんで!」
戦艦の主砲よりもある意味重い贈り物など言語道断である。
◆――――◆
「エア贈り? ですらTwitterでやめてほしいってそれとなく言い続けてきたのに、なんで見ず知らずの人から指輪を貰わなくちゃあいけないのよ……」
ハングド・キャットのカウンター席に座った大和の前にはいつもカレーが置かれる。それが今日は違った。やわらかな店内照明を反射してキラリと輝くひとつの指輪だった。その指輪にはダイヤモンドらしき石まで埋め込まれている。
大和はいつもはカウンターをはさんで向かいにいるマスター、武蔵を愚痴をこぼす相手にしているのだが、今日は相手を変えた。変えずにはいられなかった。ちょうど天照大艦隊からアルバイトに来ていた長月を隣に座らせた。ハングド・キャットの制服は、長月には実際あまり似合っていない。もう少しだけ年齢が欲しいところである。
「本っ当に……何てことをしてくれたのよ天照隊は。なに、ケッコンカッコカリ・プラチナムセットって?」
「うわっ、すごく高そうな指輪だな」
長月の指輪を見た感想はとても素朴だった。
「ええ、高いわよたぶん。少なくとも700円では買えないでしょうね」
「こんなものを本当に、誕生日でもないのに、しかも知らない人からタダで貰ったのか」
「握手と見せかけてフェイントで無理矢理に握らされたわ」
「ほーう。すごいんだな、撃沈王って」
「あのね長月ちゃん。私はこの元凶である天照隊、あ・な・た・の、所属する艦隊に文句を言いたいの。艦娘にプラチナの指輪を贈るっていう悪習を広めたことについて。他の鎮守府どころか文民さんにまで噂が広まっちゃった結果がこの指輪なの」
「そう言われても。私なんか初上限にはまだまだだし、指輪の話だって遠征から帰ってきたらそうなっていたんだ」
「……ええ、長月ちゃんに文句を言うのは筋違いだって分かっているわ。ごめんなさいね。でも怖いったらないのよ」
「怖い?」
◆――――◆
「まずひとつ。その男の人は『私に指輪を渡す計画をしていた』のよ。この指輪をわざわざ買ったのかそれとも持っていたのかは分からないわ。でも少なくとも私に渡すために持ち歩いていたのだし、男の人は実際それを達成した。つまり」
「ストーカーみたいだな」
「みたい、じゃあなくてそのものよ。まあ今までもある程度は我慢してきたり、変装や雑踏にまぎれて回避したりはしてきたけど、相手に目標をここまで上手く達成させてしまったのは初めてよ。電車を降りるタイミングを狙われて、あれは私が迂闊だったわ……」
「うーん……可能性の話だが、もしかしたらその人は彼女に振られたとかで、手元に残ってしまった指輪をどうしようか考えてたところで偶然大和を見つけた、とかはないだろうか」
「それはそれで腹立たしいわね――そうだわ、別の誰かの刻印が入っているかも」
大和は恐る恐る指輪の内側をのぞいた。そこには流れるような筆記体で『○○○ ♡ Yamato』と刻まれていた。
【※】○○○にはあなたが憎たらしいと思う男性の名前を入れてください。
「……こ、この○○○の彼女だった人の名前も偶然同じヤマトだったっていうことも」
長月は人を気遣える良い子である。
「ないわ。あと一応、刻印を入れ直した可能性もゼロと言えなくもないけど、ないわ。余計に重たくなっちゃったじゃあないの、見なければよかったわ……」
「私、指輪がただのアクセサリーに見えなくなってきたぞ。大人の深い意味があるんだなあ」
◆――――◆
「もうひとつ。この指輪を受け取ってしまった、これから先よ」
「これから先」
「○○○氏は『売ってもいい』と言っていたけど、質に入れても捨てても物理的に祟られそうじゃあないの」
「なら、せっかくのプレゼントだし――」
「つけるのだけは絶対にあり得ないわ。もしつけているところを○○○氏に見られでもしたら、ストーカー行為がどんな方向に過激化するやら。まあ、逆につけていないのをチェックされるのも怖いのだけど」
「んん、難しいな」
「そこで長月ちゃんが天照隊を代表して、私のお願いを聞いてくれないかしら」
「お願い?」
「明日から一週間。私のボディガードになって欲しいの」
「私が? ボディガードに?」
「ええ。長月ちゃんの強さを見込んでのお願いよ」
「いやどうだろう。私にそんなことが務まるとは思えないが」
「大丈夫。私はただ誰かが一緒にいてくれたら安心できるってだけだし。あと例えば、そうね――極端な話、○○○氏が私たちの前に立ち塞がったとしましょう。そこで長月ちゃんは近くにあった放置自転車をビーチボールくらいの大きさまでメキメキに押し潰してこう言うの。『お前もこうなりたいか?』って。どんなストーカーも逃げ出すに違いないわ」
「そうかなぁ」
「新しいアルバイトだと思って、ね。お給料もちゃんと出すわ。それと天照隊がやらかしたケッコンカッコカリ・プラチナムセットの件も長月ちゃんのお手柄でチャラにするわ。どうかしら?」
「うーん……そんなのでいいなら私は……あ、すまない駄目だ。明日から遠征があるし」
「そこは大丈夫。ちょっと待ってて、そちらの提督さんと話をつけてくるから」
大和はスマートフォンを片手に店を出た。その交渉力は恐ろしく、言ったとおりちょっとの時間で店内に戻ってきて席に着き直した。
「オーケーよ。長月ちゃんの予定、一週間空けてもらったわ」
「す、すごいな。分かった。そこまでなら引き受けよう。でも一週間でいいのか?」
「うん?」
「たったの一週間で、その後も怖いのは続くと思うが大丈夫なのか」
「あら心配ありがとう。でも一週間は心を鎮めるのにかかる時間だから。その後はこの撃沈王、ストーカーも何のそのよ」
◆――――◆
長月がハングド・キャットの仕事に戻った後、武蔵は大和にカレーを出しつつこっそり聞いた。
〈お前がストーカーを怖がる? 何の冗談だ〉
〈んま、失礼な姉妹艦ですこと。撃沈王だって女子なのだから〉
〈はいはいそうだな。で、本当の目的は?〉
〈長月ちゃんの力の秘密をこの目でじっくりと計りたいの。ああ、でも海にまでボディガードについて来てもらう名目はどうしようかしら〉
〈どんなに回りくどい名目を作ったとて得られるものはないと忠告しておいてやろう。その指輪も狂言のために自分で用意したのか?〉
〈だったらよかったのだけどね。天照隊のケッコンカッコカリ・プラチナムセットはわりと頭にきてるわ、ストーカーよりずっと〉
〈お前が艦隊相手にそこまで言うとは珍しい〉
〈武蔵のところの艦隊ではどう? プラチナの指輪、欲しがってる?〉
〈話題にはなったが、いやまさか700円からプラチナまでは夢見過ぎだろうと、本気にする者はおらんよ。普通そうだろう。私とてお前のさっきまでの話を聞いていて、本気でそれをやった艦隊があったのかと耳を疑ったさ〉
〈どこもそう冷静であってくれることを祈るばかりよ〉
〈さすが天照大艦隊はやってくれる。極楽を匿まっていたりなあ〉
〈頭がプラチナでできてるのよきっと、あの阿呆たちは。だから発想がピカピカ無駄に輝いてて――〉
「さっきから何をコソコソ言ってるんだ、二人とも」
武蔵と大和は雑談に興ずるあまり、頭プラチナ艦隊のひとり、長月が近づいていたことに気付けなかった。二人は持ち前の胆力で動揺を顔に出さず「「いや別に」」とサラリと返した。
「武蔵、コーヒーおかわり二つ」
「あいよ」
長月が客たちの方に戻っていったのを見て、二人はぼそりと言った。
〈長月は素直で良い子だぞ〉
〈一人一人は悪い子ではないわ。集合的阿呆なのねたぶん〉
一週間に3,4話くらいババッと投稿できないかなー、と思いましたが無理でして。
じゃあ睡眠時間をゼロにして週2話くらいならいけるかなぁと思いつつ挑戦しました。
ひどいことだ、頭がグワングワンします。