撃沈王の土産話   作:vs どんぐり

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天照大艦隊

 大和から天照大艦隊を紹介されて敬礼を返した直後より、初月は記録庫に籠った。

 

「あなたが恐れた島に何の情報も助けもなく唯の一人で挑み、土産まで持ち帰った尋常ならざる艦娘――斑鳩すらも恐れ戦く艦隊です。もし初月に恐怖を克服する気があるのなら、明日までに荷物をまとめなさい。……左遷とかではありませんからね。訓練のためよ、訓練。私も天照隊の分隊に席を置いてるけれど悪くない艦隊よ。ちょっと阿呆が多い気はするけれど」

 

 恐ろしい? 悪くない? 阿呆が多い?

 撃沈王の特にこれといって無い真意を図り損ねた初月はファイルの渓めいた棚の中から『天照大艦隊』の文字を探し出し、目を皿のようにしてページを捲った。

 掃除こそ行き届いているもののカビ臭く薄暗い記録庫の中で一人、何度も首をひねった。

 

「……何がどうなっているんだ、この艦隊は?」

 

 まだ資料を読み慣れない初月にも、記録が修正され、抜き取られ切り取られ、それからまるで割れた窓ガラスを段ボールとガムテープで塞ぐような粗雑さで辻褄が合わされているような違和感を読み取れた。酷い箇所など記録が半年分ほど飛んでいたりもしている。

 

「大和さんが言っていた斑鳩という空母、覚えがある。確かニュースにもなった水着姿のヲ級……違う。あの時はイカルガなんて名前じゃなかった」

 

 他のどの艦隊の記録も出鱈目な管理をされているのが普通なのかもしれないと考えた初月は他のファイルを手当たり次第に引っ張り出したが、どれも初月がこれまで学んできた通りの艦隊組織が活動し、何度も聞かされ頭に叩き込んだ内容の作戦を成功させたり失敗させたりしていた。作戦中に泣いて姉に縋ってしまった新人が生意気にも率直に言ってしまえば、どの艦隊も勲章の数に少々の差があるだけの、平凡だった。ファイルに纏められただけが全てではないだろう。直接これらの艦隊の中を覗けば何かがあるだろう。しかし今の初月にとっての問題はそのような事ではない。

 もう一度、天照大艦隊のファイルを開くと、露骨なほど手を加えられた箇所がいっそう目に付いた。隠す気すらないのではないか、そう思えるほどに。

 

「もしかして大和さんは僕に、この暗い部分を見せるために……?」

 

 そう呟いた時、背中に視線を感じた。初月の他に誰もいないはずの記録庫に視線を。

 跳ねるように振り返っても勿論、誰もいない。だが初月の目には何故かはっきりと、強い光を見た直後の目に焼き付く残像のように、少女の姿が映っていた。

 白いセーラー服、そして吊るされた白猫。

 

「…………お、……おばけなんてなーいさ……おばけなんてうーそさ」

 

 これが今の初月なりの、精一杯の決意表明だった。

 目を擦ると、やけに鮮明だった残像は消えた。

 

「ねーぼけーた僕が……うん、見間違えたのさ」

 

 散らかしてしまったファイルを順番通りに並べることも忘れて棚の空いている場所に突っ込み、記録庫から出て鍵をそそくさと返却し、真っ直ぐ自室へと荷物をまとめに戻った。

 大和は明日まで気持ちの整理を待つと言った。だが初月にはこのまま何も行動を起こさずに今晩を待つことなど、とてもできそうにはなかった。

 

「どうしたの初月?」慌ただしい音を聞きつけた照月が様子を見に来た。「その荷物、どこかに行くの?」

「姉さん――僕は必ず強くなって帰って来るよ」

「んん!? なんだか分からないけど行かせないよ!? 何その男の子向けマンガの主人公みたいな台詞!」

「いつまでも姉さんに守られてばかりじゃ駄目なんだ! 悪夢にもおばけにも負けない僕になるんだ!」

「えぇ……。じゃ、じゃあ、何処に行くのか知らないけど、この部屋から出たければお姉ちゃんを倒してみせなさい!」

「――分かったよ姉さん。これが僕の覚悟だ! イヤーッ!」

「痛っ!? ……は、初月が、ぶったぁ……!」

「倒せと言ったのは姉さんじゃないか……」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫喫茶『ハングド・キャット』の閉店時間を過ぎ、店の中だけでなく外の通りも静かになった時間にやって来て定位置のカウンター席に座った大和は、この日は珍しくカレーを要求しなかった。

 

「なんでもいいから飲み物を頂戴。ああ、武蔵のコーヒー以外で」

 

 片付けをしていたアルバイトの店員が茶を出そうとしたのを武蔵は制し、これ見よがしに水道水をコーヒーカップに注いで出した。しかし大和は気にするどころか小さなカップの中身を一気に飲み干して、「あぁ……疲れた」席に突っ伏してしまった。

 

「全部、武蔵のせいなのよ。武蔵が天照隊がどうこう言ったせいで」

「私は何の話かも聞かされないまま罵倒されるのか? 残った飯の処理に来たのでもなければ帰れ。邪魔だ」

「じゃあ、一皿だけ」

「なんだ。本当に疲れているらしい」

「初月のこと。二週間前にはとっくに話が片付いてたはずなのに……今日やっと決着が付いたわ」

「期待の駆逐艦をどう扱ったものかと言っていたな、そういえば。天照大艦隊に預けるだけで何をそこまで苦労するのやら」

「私だって正直、……本当に正直に言えば、天照隊に預けてハイお終いだと思ってたわよ。なんだかんだ言っても深海棲艦になりかけた艦娘と仲良くやれるくらいの艦隊だもの。初月が将来、秋月と照月に追い付く程になった頃に天照隊に愛着が湧いてたなら、そのまま残るって選択肢も許可するつもりだったわ。……だったのに、初日から大問題を起こしちゃうんだから」

「大問題? ケンカ騒ぎでも起こしたか」

「扶桑の存在を妹さんに喋った」

「情報漏洩か。そいつは疲れるわけだ。ほら、カレー食って元気出せ」

 

 ハングド・キャットを開く以前の武蔵にも召集の命令はよく届いていた。

 撃沈王・大和を旗艦とする強行偵察部隊は強さだけでなく機密性も重要視され、それがたとえ大和型の二番艦であったとしても、喫茶店で働くような者を構成員にすることは許されなかった。大和と武蔵の会話もほとんどに『撃沈王と洞観者の情報交換』という大義名分が立っている。

 扶桑という名を聞いた武蔵は少し懐かしんだ。いつ頭の艦橋に隕石が落ちてきても不思議ではなさそうだった航空戦艦はどうやら、まだ存命であるらしい。

 

「いきなり機密を喋ったんじゃあ、練度がどうこう以前の問題だな。誰の責任になったんだ?」

「他人事だと思って……」大和はカレーを一口頬張った。「……喋った初月に喋らせた扶桑の妹さん、初月の元教官、私、天照隊の竹櫛提督、誰を責めたって話が大きくなればなるほど何が機密なのか分からなくなってくるじゃない。だからもう妹さん、山城っていうんだけれど、その阿呆が扶桑を探して暴れるものだから、もういっそのこと姉妹を少し会わせて表面上だけでも丸く治めようとしたのよ――ちょっと。さっきから何ニヤニヤしてるの?」

「いやいや。姉妹艦の苦労を笑うだなどとんでもない。その山城というヤツは凶暴なのか」

「斑鳩に聞いたところによるとね、まったく同じ理由で問い詰められた事があったそうよ。姉さまの居場所を教えろって。初月と違ってそう簡単に口を滑らせる斑鳩じゃあないけれど、かなり手強い阿呆だったそうよ」

「手強い阿呆か。それは恐ろしいな」

「恐ろしいなんてレベルじゃあなかったわ。扶桑に出た許可は一日だけだったのに、どこかの山奥でタクシー事故起こして帰って来られなくなったんだから。駅から真っ直ぐ鎮守府を目指せばいいだけなのに、どうして海に背を向けて山に向かったのか理解に苦しむわ。そして事故! 運転手さんが軽い怪我で済んだのは本当に不幸中の幸いで――大人しく帰ればまだよかったのに、『姉さまに対する態度が許せなかった』からって山城が警察と揉めて……はあ、不幸だわ」

「山城の口癖が伝染してるぞ」

「やっぱり知ってるのね山城のこと! 人が大変な思いで後始末してた時に姉妹艦は知らないフリしてニヤニヤと、憎らしいったらありゃしない!」

「いや、猫から知らせを受けて昨日ちょっと電話で話しただけさ。まだ山城がどんな性質かも把握していない」

「扶桑が言ってたもの。妹が突然、世界の真理を暴いたような表情になったって。事故現場で救急車を待ってる間に、本当に突然そうなったって。扶桑は妹が成長したって喜んでたけど――ねえ、何度でも聞くわよ。ドーカンシャって何なの? 私にも今この瞬間に世界の真理が見えるようになる可能性があるの?」

「さてな。ただこれだけはハッキリ言っておくが、我々が見つけたのは世界の真理なんかじゃあない。暴いた、という言い方は正しいかな。少なくとも普通の艦娘を見下せるような存在ではないから安心しろ。むしろ零れ落ちてしまった感じだな、強いて言えば」

「いっそのこと見下してくれれば力尽くで対話の席に着かせられるのに」

「これで天照大艦隊には長月、斑鳩、潜水艦五名、そして山城と計八名の洞観者が在籍していることになる。他に類を見ない魔境だぜ。初月はなかなか厳しい環境で訓練を……ん? そういえば結局、初月の処遇は?」

「どこかの練習艦に預けた」

「最もつまらん結果だ。せめて最初からそうしておけよ」

「そう言われると思った。じゃあ大和型二番艦が喫茶店を畳んで新人の教育に回ればいいじゃない」

「だから私は洞観者の面倒を見ている。ああそうだ。もし扶桑が山城の心配をしている様子なら、しばらくは長月と斑鳩が注意して見ておくから死にはしないと伝えておいてくれ」

「お気遣いどーも。ドーカンシャの仲間には優しくして、姉妹艦には何も無し?」

「自分で言いたくはないのだがな。けっこうお前のために色々やってきたぞ、この武蔵は。今もこうして仕事の邪魔をしている奴を追い出さずに愚痴を聞いてやっているというのに、これ以上の何を望むんだ? ああん?」

「そうねえ――肩揉んで頂戴」

「よーし全スタッフは手を止めて聞いてくれ。ここに座っている撃沈王の肩凝りエピソードを紹介しよう。昔コイツは虚栄心から肩に大きな負担が掛かる金属製の――」

「あ゙ーっ!! 武蔵ってばなんて出来た姉妹艦なのかしらー!!」

「分かればいいんだよ、分かれば」

「……後で覚えてなさいよ」

「疲れているならさっさとカレー食って帰れ」

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