新人を一人連れていたからといって「島が怖かったから逃げました」などという報告が許されるはずもなく、大和は困り果てていた。
「おおお……」
逃げ帰った部隊の旗艦、扶桑が“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまった件もあり手が空かないため、責任のバトンは大和に託されているのだった。さすがに文句のひとつでも言わなければと電話を掛けると、ここしばらく使われていない扶桑の席でスマートフォンが鳴った。昨日もまったく同じことをやってスマートフォンを着払いで郵送してやろうかしらん、などと考えたこともすっかり忘れていた大和だった。
「もーやだー……」
このタイミングで何故か自分の元に通された訪問販売にイラッとしつつも、ささやかな現実逃避にはなるかと話だけは聞きに席を立った。
いくら胡散臭くとも、今の大和にとって『島攻略オンデマンド』は渡りに船だった。戦艦が船を見つけて喜ぶとは――いいや撃沈王は時に柔軟に、時に手段を選ばない。少々目を回しながら気が付くとガッチリ契約の握手を交わしていた。
◆――――◆
いつもはまっすぐカウンター席に付いてカレーを要求する大和だが、この日は武蔵と目を合わせようとせず「……たまにはコーヒーセットを注文しようかしら」と控え目だった。
武蔵も武蔵で「そ、そうか。コーヒーセットだな」と挙動不審で皮肉の言葉が無い。
「……ね、ねぇ武蔵。特に深い意味はない一般的な話なのだけどね。外注ってどう思う?」
武蔵は珍しく手を滑らせてカップを割った。
「ガ……害虫? 虫ならウチでは猫がある程度は対処してくれる」
「じゃなくて、他の企業にお願いすること。委託。そうよね、企業でもない艦娘が外注って言うのは変……いえ、あくまで一般的な話でね」
「そっちの方か。なるほどな。うん」
「うん、じゃなくて――どうなのよ」
「どうなのよ、ではなくて――何がだ」
「だから、良いか悪いかよ」
「一般論なんてあるわけないだろ」
「じゃあ例えば――例えばだからね? PMCってあるじゃない。民間の軍事会社」
武蔵は今度は皿の山に肘をぶつけて派手な音を立ててしまい、他の客にペコペコ頭を下げた。
「今日はらしくないわねえ。風邪?」
「お前こそ、歯切れが悪いしカレーを食わないじゃあないか」
「撃沈王には色々とあるのよ。色々と」
「洞観者にも色々とあってな」
「ふうん。そう……」
「…………」
「……姉妹艦って隠し事ができなくて嫌になるわね」
「同感だ」
大和は結局いつものようにカレーを注文して「あ、コーヒーセットも早くね。武蔵のコーヒーがまたどれだけ不味くなったか味見してあげましょう」いつものふてぶてしい彼女に戻った。武蔵が撃沈王をカレーで完全に餌付けしてしまった残念な気分になっている様子に気付かず、スプーンで掬った一口目を幸せそうにパクついた。
「――でね。この忙しい時に誰かと思ったらイムヤだったのよ。天照隊・分隊の潜水艦で、ドーカンシャで、ここにも来た事があるから武蔵も顔は知ってるでしょ。キッチリしたスーツ姿だったから一瞬、誰か分からなかったけれど」
「この店に来たスーツ姿の潜水艦なら、ゴーヤだったぞ」
「うそ!? もしかして武蔵も『島攻略オンデマンド』を買ったの!?」
「お前アレを買ったのか!? 助けを求めている奴がいると聞いて、お前の事だったのか!」
大声が過ぎたと気付いた二人は店内の客と店員に「なんでもないです」と手を振った。
「……状況を確認しましょう」と大和は声を潜めて言った。「イムヤが雑なチラシと大真面目な話を持って来たのよ。また傘姫提督の悪ふざけかとも思ったのだけれど、チラシに記載されてた連絡先は天照隊の分隊じゃなくて本隊の方の、売店だったのよ。そこが窓口になるって」
「売店? それほど大袈裟な店が鎮守府の中にあるのか」
「いやー、それが記憶にないのよねえ。すごく長い射撃場の他は特別、目に付くものはなかったはずなんだけど。サービスの性質から詳細は伏せてるって言われたし、中継の電話番だけ売店に置いて、本体は他所にあるのかも」
「イムヤもゴーヤもお前の仲間だろう。さっきからやけに他人行儀な風だな。直接確認できないのか」
「潜水艦たちって斑鳩にしか懐かないのよねえ……。そうでなくても傘姫提督より極楽師匠とかいう何処かの誰かを優先するし。そっちはどうなのよ。長月ちゃんとか扶桑の妹さんに頼んでよ」
「あ、ああ。長月な。……うん」
「そうそう。それと島攻略オンデマンドでは天照隊の睦月型八番艦に匹敵するフィクサーを用意するってよ。そう言ってたのがイムヤだったから証拠は結果で見せてもらうってことで同意したけど、そんなに強い人を知ってる? ――ねえ、なに固まってるのよ武蔵」
「…………ヤーナム島は斑鳩が一人で攻略しただろう」
「なに? 私まだヤーナム島攻略を委託したなんて話してないわよ。ちょっと、世間様には絶対に言えない取引がどうして武蔵の耳に入ってるの?」
「長月ならばもっと安全かつ簡単に事を済ませられると思ったんだ。ましてや事後処理に万が一もなかろうと……私は、長月を……私は仲間を売った最低の屑だ……」
イムヤと取引する直前の自分のように「おおお……」唸りながら頭を抱えてしまった姉妹艦を、大和は今回ばかりは責められなかった。売ったのが武蔵なら買ったのは大和である。
「ゴーヤが提示した条件、そんなに良かったの?」
「…………正直、目が眩んだ」
「あ、よく考えたらお金を出すの私だった。その長月ちゃんの反応は? どれだけ強くても初月みたいに怖がるかもしれないし」
「正式な頼みだから猫に手紙を持たせたのだが、まだ反応がない」
「お金が入ったらドーカンシャ全員に専用の通信機を持たせなさいよ。いつまで原始的なことやってるの」
「300万円に押し潰されそうだった長月を笑っていた私が……いくら強いとはいえ少女を悪夢の島に送り込んで金稼ぎを……おおお……」
「ちょ、ちょっと武蔵、お客さんが見てるわよ」
「長月にとっては蟻の巣に熱湯を注ぐくらい容易いことだろうが、それを利用して私という屑は……」
「わ、分かったわ。じゃあこうしましょう。簡単にキャンセルできる話じゃないから、今から何か無茶を言って契約を迷子にさせましょう」
「無茶?」
「そう。例えば――明日明後日にでも、超特急でヤーナム島攻略に取り掛かってくれって。長月ちゃんだって洞観者である前に天照隊の仕事があるから対応できないでしょう」
「お、おお! 今日のお前は冴えてるな!」
「食後のデザートには期待するわよ。それじゃあイムヤにメールを、と」
大和がスマートフォンを操作する指の動きすらも猫のように気になる武蔵だった。
「――送信。さて真面目な話、ヤーナム島には本気で困ってるのよ。いい加減この島の話は終わらせたいの。今度は実績ある斑鳩と長月ちゃんのコンビで堅実な調整をしたいのだけど、それなら大丈夫よね」
「そもそも大丈夫かどうか正しく判断できるのが斑鳩だけだろう。我々の都合で勝手に話を進めず、島攻略オンデマンドの責任者も交えて――」
武蔵の話を遮るように大和のスマートフォンが鳴った。さすがイムヤはこういった仕事は早いと、大和は感心しながら届いたメールを読んだ。
「……了解されちゃった。明日には計画書を出して、明後日出撃」
「だ、誰なんだ責任者は! 天照隊の提督か!? 長月は絶対に行かせないぞ! 窓口の売店とやらに行って全部吐かせてくれる!」
「落ち着きなさいって武蔵。長月ちゃんに直接、電話で確認すればいいでしょう」
「それだ電話だ。大和、お前ちょっとこっちに来て洗えるもの洗っておけ」
「だから、伝書猫なんて使ってるからこうなるのよ。もう」
ブツブツ文句を垂れる大和だったが、彼女にも長月に精神的・物理的に重い物を背負わせてきた負い目がある。
武蔵が奥に引っ込んでしまったため店員に手伝えることを聞き、ハングド・キャットのエプロン姿となった撃沈王はそれだけで客を大いに喜ばせたのだった。