撃沈王の土産話   作:vs どんぐり

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タイトル通りネタがバレバレします。


『劇場版 艦これ』視察任務

 月月火水木金金。

 休暇、それ即ち天照大艦隊に無理やり用事を作ってピザを食べる時間である大和にとって、『劇場版 艦これ』視察任務は逆に荷が重かった。この私、撃沈王が娯楽に興じてもよいのかと。

 任務を受けるべきか大和はむっつりと逡巡した。その阿呆らしい姿を殴る代わりに、彼女の机の上に紙の束がドサリと乱暴に積み上げられた。紙の束をこしらえてきた照月はここ最近、健康的とは言い難い仕事ライフを送っている。

 

「武蔵さんの喫茶店に入り浸ってる人が何を今更……あ、いえ、たまには映画鑑賞もいいと思います。うん」

 

 照月の忌憚のない(大和としてはもう少しあって欲しかった)意見がなければ、大和は間違いなく劇場版のストーリーを関係者のネタバレ情報より得ることになっていたであろう。映画を自身の目で鑑賞せずに内容を知ったつもりになるなど、図上演習のみ行って勝利したつもりになるようなものである。

 大和はそういった意味では、よく勘違いをされる性質である。ジャンクフードの浅くも広い世界を最近になって覚えた世間知らずのお嬢様が映画を知っているのかと。どうせ教養的知識だけを拾って済ませているのだろうと。映画館でポップコーンを食べたことがあるのかと。

 

「私だって映画館くらい行ったことはあります」と大和は、特に意味も無く照月を相手に胸を張った。「立川の映画館で鑑賞――じゃなくて、視察任務を行う予定です」

「はあ。そうですか」と気の抜けた照月だった。

「『極上爆音』だそうです。きっと今までにない迫力なのでしょう」

「はあ。へえ。すごいですね」

「……ねえ照月。少し冷たくはないかしら。せっかく立川で調べたことを話そうと思ってたのに。ブッダとイエス・キリストがバカンスで滞在しているとか、栄えていそうな街なのに実は駅の周辺ばっかりで――」

 

 照月はおもむろに手帳を取り出し、それを大和に手渡した。

 仲間の予定をしっかりと頭に入れている大和は手帳を開いて見るまでもないものの、照月のどんよりとした眼に脅されるように中のスケジュールを見た。

 月月火水木金金。

 密度こそ繁忙期の斑鳩には及ばないものの、パラパラと開いて見た限りカレンダーには空白がまったく無かった。その事は大和も把握しているからまだ良い。しかし、ページの隅に力強く書かれた『初月の様子を見に行く! 今月こそ!!』の文字が大和の心を深く容赦なく抉ってくる。

 

「映画を観たらすぐに戻りますから……これも一応は仕事ですし……はい」

「大和さん知ってます? 立川の映画館や駅のすぐ側を多摩川が流れてるんですよ。次の出撃、照月たちは東京湾で合流すればいいですよね。映画が終わるのを待ってますから」

「本当にごめんなさい。色々ちゃんと調整しますから。だからね? 照月みたいな子に敵意を向けられるとね? 大和型の装甲を貫通して精神的ダメージが――」

「あっ、でもあの辺りだと水深が無いから、最強の戦艦である撃沈王がジャブジャブ歩きながら川下りすることになるかぁ。うん。それは仕方ないですね。……はあ。どこかの練巡にテキトーに預けられた初月は、映画を観る余裕なんてあるのかなあ。心配だなあ」

「なんとかするから許して……でないと私、心が、折れるっ……」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫とカレーと不味いコーヒーを楽しむ喫茶店『ハングド・キャット』はそろそろラストオーダーの時間になろうとしていた。

 手伝い兼小遣い稼ぎで働きに来ている艦娘たちとマスターである武蔵が片付けに入ろうとしていた時だった。ドアベルが来客を告げた。

 ハングド・キャットは閉店時間ギリギリであっても客を無下にせず、加えて武蔵には雰囲気だけで誰が来店したのかを察していた。また奴か、と思うだけだった。だから入口に向かって微笑むことも目を向けることもせず仕事を続けていたのだが、対応に当たったアルバイト(長月)が

「……ぁ、おぅえ?」

と霊長類らしからぬ声を発したものだから、武蔵も何事かと面倒臭そうに顔を上げた。

 ツカツカと店内に入ってきて指定席めいたカウンター席に座った怪しい女は、ニット帽とサングラスとマスクで顔を覆い隠していた。隙間から僅かに上品なオーラを漏らしつつも、その姿と挙動不審っぷりは法を犯す寸前あるいは現在進行形で犯している人間のそれに近かった。ハングド・キャットまで捕まることなく辿り着けたことは奇跡だったろう。

 

武蔵「おい貴様。もう二度と大和型を名乗るな。大和型一番艦は欠番だ」

 

 怪しい女、もとい大和は変装グッズを脱ぎ捨てて「ぷはぁ」と軽く頭を振った。

 

大和「視線がいつも以上に集まって大変だったのよ。それとも最近は街に出る暇もなかったし、今までが気にしなさ過ぎだったのかしら。お水とカレーを頂戴」

 

武蔵「事情は知らんが後ろを見ろ。あの長月が怯えて水も出せない。自分より遥かに強い少女を危ない格好でビビらせた感想を30字以内で答えろ」

 

大和「私の強さ、ねえ。ところで武蔵はもう観た? 『劇場版 艦これ』を私はさっき観てきたのだけれど――あらやだ私ったら。出演もしてない姉妹艦に失礼なことを言っちゃったわ」

 

武蔵「駆逐艦を少し庇った程度で足を止めた雑魚艦が。鉄屑は沈んで魚礁にでもなってろ」

 

 大和型の久々の姉妹喧嘩はハングド・キャットの閉店時間を著しく早めた。

 

 

◆――――◆

 

 

 武蔵(ボロ雑巾Ver.)は居た堪れない気持ちになり、片付けは我々でやるからとアルバイトを早々に帰した。暖房付近で団子になっていた猫たちもいつの間にか一匹残らず姿を消していた。

 大和(ボロ雑巾Ver.)は振り回していた木製の椅子を粗大ごみサイズから袋に入るくらいにベキボキ折りつつ、「……だから、劇場版を観てきたのよ」と言った。

 

武蔵「そうかそうか。なら片付けが済んだら仕事をしに帰れ」

 

大和「照月がなんだか怖いから、しばらく天照隊で仕事する。それより武蔵も観たんでしょう? どう思った?」

 

武蔵「なかなか悪くなかった」

 

大和「そうじゃなくて、思い当たらないかって聞いてるのよ。血色の海。深海棲艦になりかけた艦娘」

 

武蔵「一人だけ『改』にすらなっていない大和型」

 

 大和が投げつけた木屑を武蔵はひょいと躱した。

 

武蔵「確かに私にも、思い当たった奴が一人いるな。血の海を恐れない、そして空母ヲ級に酷似した奴を」

 

大和「でしょう。そればかり気にしていたらポップコーンが無くなってたのよ」

 

武蔵「だが表面的に似ているだけで無関係だ。まず劇場版の鉄底海峡とヤーナム島周辺海域では座標も性質も違う」

 

 その点については大和の方が詳しかった。何せスクリーン上の勇敢なる英雄たちと違い、大和の仲間たちは作戦海域を前にして「怖かったから」と転進したのだから。

 彼女が知る『青ざめた赤い血の海』は中心点であるヤーナム島がすべての元凶であり、艦娘一人が海にポッカリ空いた穴の中の光に飛び込んでどうこうなる類の災厄ではなかった。海も『血の色』ではなく『血』そのもので艤装を蝕むこともない。ただ、ただ、あまりに恐ろしいだけの悪夢のような海だった。

 照月たちを睡眠不足にしている理由はまさにここ、現在は無害化されているヤーナム島を泊地にする計画を未だ恐怖が妨害してくる点にあった。

 

武蔵「幸か不幸か、異常を残したまま帰って来た奴もだ。いや我々が『変な状態で帰って来るな。自沈処分するぞ』とは口が裂けても言えないのだが」

 

 大和が監視していた、深海棲艦になりかけた艦娘――斑鳩はむしろドーカンシャ(洞観者)として自身の青い炎をだいたいコントロールできている。付き合いも気がつけば長くなっており、あの正規空母ならば、例え頭から角が生えてきても大丈夫だと断定できるほど大和は信頼していた。

 むしろ「ツノが生えたら切り落とせばいいクマ」と襲いかかりかねない天照大艦隊の阿呆たちの方が心配だった。良くも悪くも一定以上に好かれている斑鳩のことが大和は心配で、そして時々、少しだけ、羨ましくも思った。

 

武蔵「戦争の勝利条件については言うまでもない、ご新規さんに向けた説明だ。これらを踏まえた上で劇場版の、たった一人の駆逐艦が巻き起こした騒動は――そうだな。いささか事象を重ね過ぎた迷惑行為だ。主人公にのみ許されるマッチポンプだ。といった感想になるかな」

 

大和「やあねえ姉妹艦のひねくれた視点って。もっと素直に『私たちにも同じことが起こるかも!?』とは考えないの?」

 

武蔵「深海棲艦化した自分に会いたいのか。心配するな、この武蔵が直々にカイシャクしてやろう。その時に詠むハイクを考えておけ」

 

大和「ストーリー的に! 大規模作戦的に!」

 

武蔵「実際、起こってしまったらどうするつもりだ」

 

大和「どうにかするに決まってるでしょう。この撃沈王を何だと思ってるのかしら」

 

武蔵「なら聞くが、結局ヤーナム島はどうやって無害化したんだった?」

 

大和「…………お、お金だって重要な戦力よ。なによ悪い?」

 

武蔵「スクリーンの中の大和は体を張って進路を切り開いたのになあ。こっちの大和は金でフィクサーを雇い、自分はマスクとサングラスで顔を隠していらあ」

 

大和「うるさい。武蔵だって長月ちゃんを戦わせてお金儲けしようとしてたくせに」

 

武蔵「さっきから口ばかり動かしているがなあ大和。お前が壊した店の備品、つまりこれら木片とガラス片とセラミック片、すべて元通りになるよう弁償して貰うからな」

 

大和「はあ!? 折半に決まってるでしょ!?」

 

武蔵「自分の店の備品を自分で破壊する阿呆がどこにいる。椅子やら何やら振り回していたのはお前だけだ」

 

大和「ええ、ええ、そうでしょうよ。こんなにずる賢い艦娘、劇場版に登場させたら大団円も台無しよ」

 

 それからしばらく二人は黙々と荒れた店内を片付けた。大和の腹が「グー」と鳴ったのに釣られて武蔵の腹も「グー」と鳴り、休憩の散歩がてらコンビニに行くことにした。喧嘩でボロボロになった姿を少し整えている間、二人は自分らの阿呆らしさにいっそう惨めな気分になった。店内は未だ大和型二隻が暴れた爪痕を残しまくっている。溜息すら出ない。

 そろそろ日付も変わろうという時間、変装の必要もないほど暗くなった外に出て、武蔵は「なあ」と白い息と共に口を開いた。

 

武蔵「昼間、変装したくなるほど目立ったのか」

 

大和「立川の映画館を選んだことを後悔したわ。人混みが嫌いになった」

 

武蔵「ふうん。その映画館はどうだった? 音がすごいのだろう」

 

大和「音というか、音に合わせて空気がビリビリ震えるのよ。臨場感を味わえる……のは、普段から臨場してる艦娘的にはちょっとストレスかも」

 

武蔵「なるほどな。艦娘的にはアレかもな。戦車兵もそうかもな」

 

大和「ん? ええ、そうね」

 

武蔵「しかし艦これのためだけの映画館ではあるまい」

 

大和「それは、勿論そうね」

 

武蔵「映画に爆発はつきものだ」

 

大和「まあ、そうかもね」

 

武蔵「特別なサウンドも制作された映画もあるだろう」

 

大和「あるかもね」

 

武蔵「例えば戦車の映画とかな」

 

大和「戦車といえば、フューリーとかね」

 

武蔵「鉄板だ。戦車は絶対の移動要塞などでは断じて無いと、改めて思い知らされた」

 

大和「ね。似たような性質の私たち艦娘でも怖くなるわ」

 

武蔵「そう艦娘だ。もっと艦これのように気軽な戦車映画も――」

 

大和「そんなに私に『ガルパンはいいぞ』って言わせたいの?」

 

武蔵「お前、せっかく立川まで行っておいてガルパンを見ないとは何たる阿呆の所業だ」

 

大和「艦これを観る前後は電話で仕事だったもの。映画2本も観て遊んだら照月に殺されるわ。いえ待って。そもそも艦これすら視察任務で、別に遊びで映画を観に行こうだなんて思ってもいなかったから」

 

武蔵「戦争が戦車道を遠ざける。戦争に戦車が必要だからだ。クロスロード・カラテでもなんでもいいから深海棲艦を駆逐して、この不毛な戦争を終わらせなければなあ」

 

大和「ちょっと武蔵、頭は大丈夫? 私が変なところ殴っちゃった?」

 

武蔵「いいか大和、よく聞け。――ガルパンはいいぞ」

 

大和「やかましいわ」

 




ガルパンはいいぞ
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