多くの武将が名乗りを上げた群雄割拠の時代に、一人の暗殺者がいた
食い散らされる弱者を救い、民を救わぬ役人を消し、賊と化した暴徒を屠る
名も無く、守るものもなく、あるのはただ使命のみ
その者、いつしかこう呼ばれるようになった
「虚なる暗殺者」と
※短編です
恋姫要素は申し訳程度です
一応アサクリ的な要素もありますが、申し訳です
一時期考えてたクロス作品でございます
恋姫二次創作でしか見たことねぇけどな!(←馬鹿
夜の帳の落ちきった小さな街
その地を治める者の豪奢な屋敷の廊下を、軽鎧で身を固め、手には長槍を手にした二人の男がふらふらと歩いている
「はぁーあ。今頃他の奴らはお楽しみ中なんだろうなぁ」
「ぼやくなよ。こうして警備の真似事してるだけで金貰えんだ、楽な仕事じゃねえか」
「つってもよぉ。あいつら、酒も女も好きなだけ味わえるんだろう? なのにオレらだけこんな……」
屋敷の警護を命じられているのは、何もこの二人だけではない
本来は更に十数人が住み込みで暮らしてはいるが、その内の何人かは屋敷の主―――この街の執政を執り仕切る役人に誘われ、高い酒、豪華な料理、見目麗しい女達を交えた、酒池肉林と言うべき宴に参加している
まぁ、女達が好んで参加したかはまた別の話であるのだが
「そこまで言うんならおこぼれでも貰いに行ったらどうだよ?」
「けっ。あいつらが突っ込んだ汚ぇ穴なんざ願い下げだよ」
「違いない」
ハハハ……と、下卑た高笑いが薄暗い廊下に木霊する
税と嘯いて無辜なる民から金を巻き上げ、それを行う役人達とそのおこぼれを啜る、運が良いだけの低俗な男達
これこそが世界の縮図、弱き者は泣き寝入りを余儀なくされ、金や権力がものを言う、そんな世界の有り様を如実に表していた
―――だが、それを良しとしない者がいるのもまた、現実
「……ん?」
「どうした?」
「見ろ、女だ。悪かねぇぜ」
「お? ……へへっ」
二人の視線の先には、頭巾を目深に被ってもなお、その整った容姿が判別できるほどの美女の姿
女性は二人に気が付くと、早足で近寄っていく
「あの、すみません……今宵の宴に招かれた者なのですが、ここには初めて入るので、道がわからなくて……」
「おうおう、それは大変だ。太守様は気が短いお方だからなぁ」
「はやいとこ行かないと、何されるかわからないぜ?」
「ああ、そんな……」
女性は口許に手を当てて嘆く
その様を見ていた二人の口角が吊り上がり、瞳には下卑た情欲の火が宿る
「もし良かったら、案内してやろうか?」
「えっ! よろしいのですか?」
「ああ、いいぜ。困った女性の頼みを聞いてやるのも、男の務めだ」
無論、この二人にまともに道案内をする気など更々無い
宴に誘われなかった腹いせと自身の欲求不満の解消のための慰みものにする、程度の考えしか無いのだ
「ありがとうございます……では、お願いいたします」
そう言うと、女性は頭巾を取り、素顔を晒す
窓から射し込む月明かりに照らされたその微笑、だが
「……夢の世界への案内を、ね」
その口から放たれたのは、冷めきった宣告の言葉
「は? おい何、を……!?」
言葉を最後まで紡げず、男の身体はどさりと音を立てて崩れ落ちる
「なっ……!?」
もう一人が見たものは、同僚の背後に立つ、長身の人物の姿
手に剣の収まった鞘を手にするその人物こそ、同僚を倒したのだと確信する
「きっ、貴様……!」
手に持った長槍を構えるも、それを突き出すより速く、女性が放った拳打が男の腹を抉り抜く
「ごっ……!?」
その声にならない悲鳴と、自身の首を襲った鈍痛を最後に、男の意識は闇に堕ちた
◇◆◇
「相変わらず見事な早業ですね、主様」
「お前こそ、いい演技だったよ伏儀」
頭巾を目深に被り、白に所々赤黒く色付いた外套を身に纏う青年に、伏儀と呼ばれた女性が近寄る
青年は懐から一枚の竹筒を取り出し、それを広げる
「屋敷の中はだいたいわかった。標的の居場所は、たぶん大広間か私室だろう」
「腐った役人の思考なんて、手に取るようにわかりますね」
「まぁそういうもんだろ。それより、急ぐぞ。二人やったことなんてすぐバレる」
「御意」
気配を殺しながら歩を進める二人
熟練の域に達したその挙動を見据えるのは、ぴくりとも動かず倒れ伏した男達だけだった
◇◆◇
薄く明かりの点いた大広間に、女達の悲鳴と男達の下卑た笑いが木霊している
それを見下ろしながら、自らも女を組伏せ、思うままに蹂躙する男の姿があった
男は悦びに打ち震えていた
ただの君主仕えの下級役人でしかなかった自分が、己の欲望を思うがままに叶えられるこの現状に、権力を振るい、望んだあらゆるものが手に入るこの現状に
自身の下で震える女を尻目に、男は歪んだ笑みと共に穢れた欲を吐き出した
「ふふっ、ははは……まだだ……俺はまだまだ、ここから成り上がる……そして、俺を見下し続けた奴らを、纏めて犯し尽くしてやる……!」
叶いもしない幻想を呟き、男は再び女に手を伸ばす
ふと、その時
広間から響いてきた悲鳴に、男は思わず身を乗り出した
「なっ……!?」
そこに広がっていた光景に、冷や汗が流れる
自身の部下達が、ただ一人の人物……それも女に次々と薙ぎ倒されているのだ
「な、なんだ奴は……ええい、見張りの奴等は何を……!」
「夜も遅いからな。もう寝てるよ」
「っ!?」
かけられた声に振り向くよりも速く、突如現れた闖入者に壁へと叩き付けられた
「かっ……き、貴様……!」
「………」
眼前の頭巾を被った青年
その端から見えるどこか虚ろな瞳に、二の句が告げられなくなる
「ま、まさか貴様が『虚』か……!」
「お前には関係無いだろ? すぐに死ぬんだ」
「俺を、殺すのか……俺が死ねば、この街はすぐに賊に呑み込まれて……」
「安心しろ。少なくとも今よりはマシになる」
街の治安を楯に命乞いをする男
その様を冷めた瞳で見詰めながら、虚と呼ばれた青年は籠手を巻き付けた左腕を男の首許へと宛がう
「や、やめろ、やめてくれ! 俺は、俺はまだ死にたくない! これからなんだ!」
いつの間にか大粒の涙を流しながら、男は叫ぶ
避けられぬ死を前に、やり残したこと、自身を蔑み続けた者達への恨みを晴らしていないことが男の脳裏を埋め尽くす
「あんな、あんな粋がるだけの小娘共に任せてられない! 俺たちこそが君主たるべきなのに!」
「……まぁ、その気持ちはわからなくもない」
「だ、だったら!」
ドシュッ
そんな、どこか間の抜けたような音
虚の左腕の籠手から伸びているのは、鈍く光る銀色の刃
それが男の喉元、頸椎を断ち斬っていた
「あ、あぁ……」
それが引き抜かれると同時、多量の鮮血が流れ落ちていく
床を紅く染め上げていくそれを見ながら、男の意識は次第に闇に染まっていく
「……けどな。罪の無い民を貪っていい理由にはならねぇよ」
その言葉、そして次に告げられた哀れみと慈しみが込められた言葉
そして、自らの命を断った男の左手……薬指が欠損したそれを最期に視界に収め、男は事切れた
「死を恐れるな、静かに身を委ねろ」
「眠れ、安らかに」
◇◆◇
雲一つ無い満天の星空の下、焚き火に照らされながら、虚は仰向けになってそれを見上げていた
「………」
自分の、未だ薄く血の匂いの残る左手をしばし見詰め、やがてそれを握り締める
薬指と共に自分の本当の名前を捨て去ってから、どれだけの時が過ぎたのだろうか
無辜なる民を食い物にする腐った役人や、村を蹂躙する賊を、この手で何人も屠ってきた
とっくに血塗れなこの手で、あとどれだけの弱者を救えるのだろうか
「起きていらしたんですね」
「……伏儀か」
かけられた声に振り向くと、そこには微笑を携えた伏儀の姿
身体を起こした虚の隣に、伏儀もまた腰を下ろす
「……眠れないのですか?」
「そういうわけじゃない。ただ、いつになれば戦の世は終わるのかと気になってな」
「……それは」
「俺のような存在がいなくてもいい世の中になればいい、みんな……ではないにしろ、そう思う奴もいるだろう。なのに、いつまでも戦は終わらない」
自分のやっていることは決して正しいことではないと、虚は十分に理解している
それでもなお、こうしなければならないのだという使命感が、虚に剣を取らせ、幾度もの殺人を行わせるのだ
伏儀もまた、そんな虚を支えたいと思い、自ら血に染まることを決断した
「………」
「………」
会話は止まり、いつしか二人で夜空を見上げる
地上の地獄が嘘であるかのように、空には星々が煌めいていた